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走り出した馬車は、そのまま大通りを駆け抜けた。
周囲は暗いため、どの辺りを走っているのかはわからないが、昨日オーグ伯爵邸に向かう際に通った道とは違うようだ。高い塀が片側にある道を、馬車はしばらく走り続けた。
「この馬車は、どこへ向かっているの?」
外を眺めながらブランディーヌが訊ねる。
さきほどはギスランの質問に答えてくれなかったテオドールだが、今度はすぐに教えてくれた。
「王宮です。王女殿下が秘密裏に伯爵令嬢にお会いになりたい、と」
「随分と信頼されたものだな」
ふんと鼻を鳴らしてギスランが冷ややかに呟く。
「オーグ伯爵には内緒なのかしら」
ギスランを無視して訊ねると、テオドールは首を縦に振った。
「この件は、もしオーグ伯爵が横槍を入れてきたとしても、それに屈せずに行動している方が必要でした。以前から、我々の味方となって下さる方を探しておりましたが、昨日になってラペリーヌ伯爵令嬢であれば可能である、と殿下は判断なさいました」
「わたしはオーグ伯爵のお世話で都に来た者ですよ? 伯爵とは血縁関係はありませんが、領地は近所ですから古くからのお付き合いはあります。それに、わたしには伯爵の弟であるギスランが大抵はくっついていますし」
なぜギスランがブランディーヌの部屋の扉に仕掛けまでして見張っていたか、といった点までは彼女は考えていない。彼の行動は常にブランディーヌの思考では理解できない部分が多々あり、いちいち疑問を感じている暇はないのだ。いまだって、なんでついてくるのかといったことを彼女は考えない。ついてくるなと拒絶もしない。ギスラン自身がついてくると決めたからには、どのような手段をつかってでもついてくるのだ。拒むだけ面倒なので、こういった場合、ブランディーヌは放っておくことにしている。
「伯爵の弟君が、あなたの周囲で起きるあらゆることを伯爵に報告するとは限らないでしょう。あなた方を護衛隊に推薦されたのは伯爵ですが、採用を決められたのは国王陛下です。もし伯爵の意に沿わない行動をあなた方がされたからといって、あなたがたは伯爵を恐れることはないだろう、と殿下はおっしゃっていました」
「兄の顔色を伺って行動したことなどない」
ふんぞり返って椅子に座るギスランは、腕組みをしたまま偉そうに言い切った。
「あなたのことは、伯爵から伺ったことがあります。伯爵が王宮で侍従の仕事を用意していたにもかかわらず、騎士団に入ったとか。王宮内でもちょっとした噂になっていました。あの伯爵でも思うが儘に動かせない人物がいるのだと」
「別に兄は万能ではない」
オーグ伯爵がどのような人物として王宮内で評価されているのか、ブランディーヌは心配になった。
叔母が愛妾であることを利用してオクタヴィアンが宮廷内でのし上がったという話は小耳に挟んだことがあるが、縁故だけで権力を持てるほど王宮は単純なところではないはずだ。きっかけは叔母だろうが、その後は実力で現在の地位を築いたに違いない。
「いずれは宰相になられるだろうと噂されています。オーグ伯爵家が公爵家に格上げされる日も近いことでしょう。まずは伯爵が王女殿下の婿となり……」
「伯爵はやっぱり殿下の婿候補の大本命なんですか?」
「いまのところは」
ブランディーヌの問いに、テオドールは当然だといわんばかりの顔をした。
「伯爵は将来の宰相候補としての呼び声も高い方です。殿下が王位に就かれた際に、殿下の右腕となって政治を動かしていただくためにも、殿下の婿となって王家と繋がりを持って頂くのが一番確実です」
「伯爵はずいぶんと期待されているのね」
「それだけの実力をお持ちの方です。ただその分、彼に逆らえる者がほとんどいません。伯爵の威光に脅え、誰もが萎縮しています。宰相や彼に逆らった者は粛清されています。その点については、王女殿下は苦々しく思われています」
「王宮って物騒なのね」
これまで国境でのんびりと過ごしていたブランディーヌには、よく理解できなかった。
数日後には自分が率いることになる護衛隊は、王太子である王女を護るために結成されるが、隊士たちの中には隊長であるブランディーヌと副官であるギスランを、オーグ伯爵の配下と考える者もいるかもしれない。
「それで、君たちは彼女になにをさせようとしているんだ? いくら彼女が兄と懇意にしているからといって、兄が彼女を失脚させない可能性がないわけではない。彼は身内に甘いわけではないんだ。あるていどのことは見逃すだろうが、彼の不利益になるようなことであれば、平気で我々を王宮どころか都からも追い出すだろう。我々は王女の捨て駒になるつもりはない」
「もちろん、承知しております。伯爵が身内であろうと厳しく罰することはあるでしょう。ただ、私のような者よりは目こぼしはあるはずです。せいぜい苦言を呈するくらいにとどまるでしょう」
「ずいぶんと楽観視しているようだな。それとも、我々をそれだけ買ってくれているということか?」
嫌みったらしくギスランはテオドールを見据えた。
「あの伯爵が王女殿下の護衛隊の隊長と副官に、と薦めてきた方です。伯爵の身内というだけではない実力をお持ちだと信じています」
オーグ伯爵が身内を護衛隊に送り込みたいだけであれば、わざわざ隊長と副官に据える必要はない。平隊士でもいいはずだ。それがわざわざ隊長と副官という地位まで指定したからには、それだけの能力があると見込まれているのだとテオドールは考えたらしい。
「パンテール騎士団の騎士といえば、勇猛果敢な集団として王宮でも名を馳せています。その騎士団で、女性ながら騎士に叙任されたのであれば、かなりの実力者であると考えるのが当然でしょう」
「女だから甘く判定されて騎士になれた、とは考えないんですか」
「パンテール騎士団はそのような生温い場所ではないと聞いています。性別や家柄を問わず、実力のみで這い上がれる騎士団だとか。あの騎士団に貴族の子弟が少ないのは、生半可な気持ちでは苛烈な鍛錬に耐えられないからだそうですね」
「わたしは団長の姪なので、かなり無理を言って騎士団に入れてもらったんです。いわば縁故です」
「ご謙遜を。縁故で入れたからといって、それだけで騎士になれるほどパンテール騎士団が甘い場所ではないことは、私も存じています。実は私には兄が二人おり、下の兄は一度はパンテール騎士団に入ったのですが、半年ほどで帰ってきました。騎士団での厳しい訓練に耐えかねたのです」
テオドールの中では、パンテール騎士団は最強の騎士団として認知されているらしい。
そこまで凄いところでもなかったのだが、ブランディーヌはテオドールが抱いている騎士団への憧れを壊しても可哀想なので、黙っていることにした。
「そのお兄様はいま、なにをしていらっしゃるのですか」
「王都警邏隊に所属しています。パンテール騎士団とは比べものにならないくらい、緩いところだそうです」
「騎士団は、脳筋の集団だ」
きっぱりとギスランが言い切った。
「騎士として身体を鍛えることしか考えていない、筋肉莫迦どもの集まりだ」
「そこまで酷くはないわよ」
「連中が筋肉のことを考えていないときは、武器のことしか考えていない。剣や槍を恋人だと言い切るような阿呆どもばかりだ。だから、どいつもこいつも独身なんだ」
「……うん、まぁそういう人もいるけど」
かく言うブランディーヌも武器を愛している。
身体を鍛えることはいまや呼吸するのと同じだし、剣の手入れを怠るなんて身だしなみが整っていないこと以上に恥ずべきことだと団員たちからしつこく教えられたので、当然なこととして意識に染みついている。
自分は違うのだと言い切れず、ブランディーヌは赤面した。
「あなたは違うのですか、アリディ殿」
「俺はそれこそ兄のごり押しで騎士に叙任されたようなものだ。従騎士のままでは、騎士団に入った意味がないからな」
「でもちゃんと試験には通ったじゃないの」
「ぎりぎりで通して貰ったんだ。最後の方はおまけで合格にしてくれたらしい」
実のところ、ギスランは騎士への叙任のための試験に二度落ちている。三度目の正直でなんとか合格したのだが、ほぼ合格点すれすれだったことは周知の事実だ。
「あの当時、兄が頻繁に騎士団に顔を出していたから、団長たちも無言の圧力を感じていたらしい。俺が叙任された際は、騎士団に多額の寄付をしたらしいが」
「……オクタヴィアンらしいわね」
「俺はともかく、彼女の実力は騎士団で正統な試験により認められたものだ。侮らない方がいい」
「侮るなんて! 私はあなた方の力を疑ったことなどありません」
必死でテオドールは弁明した。




