↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『私は悪霊になり、娘はカルトになった』  作者: 根古野 惹句
第5章 威光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/35

第23話 告げ口

翌朝も、神様は返事をしなかった。


学校は陽菜への直接相談を止め、下駄箱の前に案内を貼った。相談は教員へ。無断撮影は禁止。個人で判断しない。どれも正しい決まりだった。


だが、正面から来られなくなった子は、紙を莉奈へ渡し、校門の外で待った。陽菜を守るための線は、相談を消さず、別の通り道を作った。


その日の昼、吹奏楽部の相原芽衣が来た。先輩に撮られた動画を消してほしい、と泣きながら言った。


西野が廊下に立っていた。莉奈は少し離れたところにいて、先生に話せるかどうかだけ確認している。結衣は窓際からスマホを構える生徒がいないか見ている。彩乃は校門の外の様子を気にして、昼休みなのに何度か階段の方へ行った。


声をかける友達は、いないわけではなかった。


同じクラスの女子が「大丈夫?」と聞く。陽菜は「うん」と答える。そこから会話が続かない。相手も何を聞けばいいか分からない。普通の話をすればいいのに、普通の話題が見つからない。


天気。

小テスト。

先生の癖。

昨日のテレビ。


そういうものが、陽菜の周りだけ少し遠い。


昼休みの終わり際、教室の入口に小野寺が来た。


「阿久津」


陽菜が顔を上げる。


「保健室に行けるか」


教室の何人かが、また相談だと気づいた顔をした。


陽菜は弁当箱をしまい、立ち上がった。


西野も廊下から動こうとしたが、小野寺が首を振った。


「今回は先生がついている。西野は授業に戻りなさい」


「何の話ですか」


「一年生の生徒の件だ」


陽菜の顔が硬くなる。


「私じゃなくて、先生が聞いた方が」


「先生も聞く」


小野寺は言った。


「ただ、その子が阿久津に一言だけ謝りたいと言っている」


「謝る?」


「勝手に名前を出したことを、だそうだ」


陽菜は困惑したまま、小野寺についていった。


保健室には、一年の女子が座っていた。


名前は、相原芽衣。


小柄で、髪を低く結んでいる。制服の袖を両手で握り、ベッドのカーテンの影に半分隠れるように座っていた。隣には養護教諭がいる。


芽衣は陽菜を見ると、立ち上がろうとしてよろけた。


「座ってて」


芽衣はまた椅子に座った。


「すみません」


「勝手に、阿久津さんの名前を出して」


「何のこと?」


芽衣は膝の上を見た。


「部活で」


芽衣はクラリネットを吹いているらしい。入部したばかりの一年生。楽器の経験はあまりない。先輩たちに教わりながら、必死についていっていた。


その中の三年の女子が、芽衣を特に強く叱るようになった。


音が違う。

返事が小さい。

片付けが遅い。

休むなら代わりを探せ。

一年は先輩より先に帰るな。


部活ではよくあること。


そう言われれば、それで終わってしまう話だった。


「私、昨日、泣いてしまって」


芽衣は言った。


「それを、他の先輩に動画で撮られて」


陽菜の顔が変わる。


結衣がいたら、たぶんすぐに止めたはずだと思った。


「泣くなら神様に頼めば、って言われました」


芽衣の声が震える。


「阿久津さんのところに行けば何とかしてくれるんでしょって。だったら行ってこいって。私、そんなつもりじゃなかったんです。でも、行かないなら、泣いてる動画を部のグループに流すって言われて」


陽菜は息を呑んだ。


小野寺の顔も険しくなっていた。


「それで、私」


芽衣は両手を握りしめた。


「阿久津さんの名前を出しました。阿久津さんに言いますって。そしたら、先輩が笑って」


芽衣は顔を上げた。


「神様に告げ口かよって」


神様。


人をからかう時にも使われる。

脅す時にも使われる。

すがる時にも使われる。


陽菜の知らないところで、陽菜の名前と神様という言葉が結びつき始めている。


「私、違うって言ったんです」


芽衣は泣きそうな顔で続けた。


「阿久津さんはそんな人じゃないって。でも、じゃあ今日の放課後、阿久津さんの前で謝れって。できないなら、動画を出すって」


「動画は?」


小野寺が聞いた。


「先輩のスマホに」


「名前は」


芽衣がためらう。


陽菜はすぐに言った。


「言った方がいい」


芽衣は陽菜を見た。


「でも」


「怖いなら、先生に。私じゃなくて、先生に」


陽菜は言った。


「動画を撮るのも、脅すのも、おかしいから」


誰かを呪う言葉ではない。

罰を求める言葉でもない。

神様に告げる言葉でもない。


ただ、間違っていることを間違っていると言っただけだ。


芽衣は、それでも泣いた。


「阿久津さん」


「私は何もできない」


陽菜は先に言った。


「私に言っても、何も起きない。だから、先生に言おう。今、小野寺先生がいるから」


芽衣は小野寺を見た。


小野寺は頷いた。


「相原。名前を教えてくれるか」


芽衣はしばらく黙ったあと、三年の先輩の名前を言った。


黒川沙耶。


その名前を、俺は覚えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。