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『私は悪霊になり、娘はカルトになった』  作者: 根古野 惹句
第4章 列

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第21話 管理

相談は、止まらなかった。


最初は、廊下の端に立つだけだった。


陽菜の教室の前まで来て、声をかける勇気が出ないまま、昼休みが終わるのを待つ。西野に見つかって「何かあるの」と聞かれ、首を振る。それでも帰らない。莉奈のノートに名前だけ書いて、次の日まで待つ。


目に見えるほど多くはない。


だが、学校という場所では、少しの偏りでも目立つ。誰が誰の机へ行った。誰が誰と廊下で話した。誰が昼休みにどこへ消えた。誰が泣いて戻ってきた。


「阿久津さんのところ、また誰か来てた」


「西野先輩が止めてた」


「莉奈が名前書いてたよ」


「長谷先輩、また撮影止めてた」


「和泉さん、最近ずっと阿久津さんと帰ってる」


その声は、小さかった。


けれど、小さい声ほど長く残る。誰も正面からは言わない。陽菜が近くを通れば黙る。西野が見れば目を逸らす。教師が来れば話題を変える。


教室では普通に授業を受ける。ノートも取る。小テストも出す。弁当も食べる。先生に呼ばれれば返事もする。見た目だけなら、学校生活を続けている。


でも、昼休みになると顔が固くなる。


放課後になると、鞄を持つ手に力が入る。


誰かが教室の入口に立つたび、肩が小さく動く。


「阿久津さん」


一年ではない。たぶん三年だ。制服の着方が少し崩れている。だが、ふざけている感じではなかった。目の下にうっすら隈がある。


陽菜が顔を上げる前に、西野が廊下の向こうから来た。


「ここで話さないで」


西野はもう、そう言うのに慣れていた。


「名前、書いた?」


「まだです」


「じゃあ莉奈のところに」


「でも、急ぎで」


「急ぎなら先生」


「先生には言えないんです」


「それでも、阿久津さんだけには言わない」


西野の言葉は正しい。


「阿久津さんなら、分かってくれるって聞いたんです」


陽菜は立ち上がりかけて、止まった。


その時、担任の小野寺が廊下へ出てきた。


「阿久津」


小野寺は、廊下にいる女子と西野を見てから、少し声を低くした。


「少し、職員室まで来られるか」


「私も行きます」


「西野は授業に戻りなさい」


「でも」


「阿久津を責める話じゃない」


小野寺はそう言った。


少なくとも、小野寺に害意はなかった。困っているだけだ。教師として、学校として、どう扱えばいいのか分からない顔をしていた。


職員室の隣にある小さな面談室で、陽菜は学年主任と小野寺、養護教諭の前に座らされた。


責められてはいなかった。


テーブルには紙が一枚置かれていた。印刷されたものだ。上には「生徒相談対応について」とある。


学年主任が言った。


「最近、阿久津さんのところに相談が集まっていることは、学校としても把握しています」


「……すみません」


「謝らなくていい」


小野寺がすぐに言った。


「阿久津が悪いことをしているとは思っていない」


「ただ、困っている生徒の話を、生徒だけで受けるのは危険です。内容によっては、学校や保護者、警察、専門機関が関わる必要がある。阿久津さん一人が抱えることではありません」


「はい」


「だから、これからは相談があったら、担任、学年主任、保健室、スクールカウンセラーへつないでください。君たちだけで判断しない。生徒同士で名簿のようなものを作ることもしない」


「名簿じゃないです」


その声は小さかったが、はっきりしていた。


「莉奈さんは、相談内容は書かないようにしてます。名前と、先生に言っていいかだけで」


「それでも、管理は学校がします」


「阿久津さんを守るためでもあります」


陽菜は黙った。


西野も言う。

彩乃も言う。

先生も言う。


陽菜を守るため。


「廊下に人が集まるのも、やめさせます。撮影や噂についても指導します」


小野寺が言った。


「阿久津は、普通に学校生活を送っていい。送らなきゃいけない」


普通に。


「私、何もしてません」


陽菜は言った。


「分かってる」


「分かってるよ」


「でも、みんな来るんです」


「だから、学校で止める」


「でも、困ってる人が」


止めてほしいのか。

来てほしくないのか。

でも、困っているなら見捨てたくないのか。


陽菜の中でも、答えが割れている。


学年主任は紙を陽菜の方へ滑らせた。


「これを、西野さんたちにも伝えてください。阿久津さん本人に直接相談しない。相談は学校の窓口へ。緊急の場合は教員へ。個人での対応は禁止」


陽菜は紙を見た。


何も間違っていない。


だから、怖い。


◇


その日の放課後、陽菜は西野たちに紙を見せた。


最初に口を開いたのは、莉奈だった。


「そうですよね」


「学校がやった方がいいです。私たちが持ってるのも、よくないと思ってました」


「じゃあ、ノートは」


「先生に渡します。相談内容は書いてないので、危ないものではないと思います。でも、これからは私が持たない方がいいです」


莉奈は真面目に言った。


その真面目さが、陽菜を安心させたように見えた。


「撮影を止めるのは、続けてもいいですか」


「それは先生に」


「でも、先生が来るまでに撮られます」


結衣の声は平坦だった。


「一回撮られたら、消せって言っても消えないです。送られたら終わりです」


結衣は、河合が写真やメッセージをどう使っていたかを知っている。宮原が自分から送った写真で脅されていたことも、学校の中で誰かの好意が弱みに変えられることも知っている。


彩乃は紙の端を見つめていた。


「帰り道は、どうしますか」


「それも、もう」


「私、別に大丈夫なので」


「阿久津さんが大丈夫でも、待ってる人がいます」


彩乃が言った。


「校門の外に」


陽菜が顔を上げる。


「外?」


「昨日、知らない人がいました。保護者っぽい人。阿久津さんのこと、見てました」


「いつ」


「放課後です。校門の反対側。車の近くに」


「何で言わなかったの」


「確信がなかったので。でも、今日もいたら言おうと思ってました」


陽菜の顔が青くなった。


学校の中だけではない。


小野寺たちの紙は、学校の中のルールだった。


廊下に集まらない。

生徒だけで相談を受けない。

先生へつなぐ。

撮影しない。


それは正しい。


「私、帰ります」


「今日はすぐ帰ります」


「一緒に行く」


西野が言った。


「私も」


彩乃も立った。


「途中まで同じなので」


「同じじゃないでしょ」


「今日は同じです」


陽菜は困った顔をした。


それでも、強く拒めなかった。

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