第一話 かつての仲間たちと、再び ③
「こらぁ、モリヤハルゥ!! あんたなんでこんなとこに来てんの! 誰が戦いに出て良いって許可だしたァ!?」
《レベルMAXから始めるリアルRPG》の世界と地球の境界線まで来たところ、なぜかそこに担当編集である胡桃沢がおり、彼女は鬼の形相で詰め寄ってきた。
「ど、どうしてここに胡桃沢さんが……」
「この世界の作品の担当だから、モンスターの対処法をレクチャーしに来たのよ!」
そう言って彼女が示す先には大小様々なトラックが止められており、そのすぐ傍で作家の三日月勝平が『顕現者』たちのサポートで派遣された自衛隊員と会議を行っていた。
三日月の解説は荒唐無稽に聞こえるのか、自衛隊員の誰もが困惑を浮かべている。それでも黙って聞いているのは、目の前の異世界で蓮魔たちが戦っているからだろう。
相手は、昨日の合同執筆大会の会場から目撃した城を根城とする『聖竜教会』の教主と信者たち、そして彼らが飼いならす翼竜。彼らは小説の中で世界の均衡を守る清浄なる者として描かれていたが、今は瞳を妖しい金色に輝かせ猛り狂っている。
「ヒャッハー! やつらから『魔素』を絞り取れぇ! 一滴残らずだァー!」
「あ、あぁああしゃぶ、しゃぶるぞー! 女から『魔素』をしゃぶりつくすじょー!」
「オンナ、処女ノ魔力、ウマソウ! ウマソウ! アウアウアー!」
杖の先から生み出した氷の矢をマシンガンのように撃ち放つ信者たちや、火球を吐き出す翼竜を相手に、蓮魔とアレクスは風のごとく駆け回って翻弄していた。
二人ともかっこいいなぁ、アレクスの『神速』スキルは実際に見ると瞬間移動みたいなものだな、などと考えながら眺めていると、「で、どういうつもりでここに来たの? 私は応援要請もしてなければ戦闘の許可すらしてないはずだが?」と胡桃沢が訊ねてきた。
「その、実戦を経験すればスランプから脱することができるかなと思いまして」
「だからと言って、無茶して死んだら意味ないでしょうが」
「それはそうなんですが……胡桃沢さん、誇りを賭けて何がなんでも戦わなきゃいけない時ってあるじゃないですか。知ってます? 僕たちがネットで何て言われてるのかを」
「『白髪チビ』とか『ただの妄想オタク』とか『永遠の中二病www』とかだろ?」
「待ってくださいそれは聞いてない……ああ、心が……心がズキズキする……」
「つまり見返してやりたいってことか? その気持ちは分かるが、でもなあ……」
胡桃沢は溜息を吐いて眼鏡の位置を直し、「ハルアちゃん、傍にいる? ちょいと魔法使ってみてよ」と見えないハルアを探して視線を周囲に走らせた。
「よーし見てて、春! 私、いいとこ見せるから! 「【黄昏に輝く鳥よ!】」
ハルアが呪文を唱えると、その手に握られた『精霊王の杖』が薄暮の輝きを放ち始めた。
それは彼女が使える最大威力を誇る炎魔法。現れた炎を纏う巨鳥が大地を焼き払う。
これを見せれば胡桃沢さんも納得するだろう、と春は期待して結果を待つのだが……しかし、杖の先端からぽろりと零れ落ちるように現れたのはスズメほどの大きさの鳥だった。
「守屋先生ぇ、つまりこういうことなんですよぉ。小説の中で描かれた力を取り戻すどころか日に日に弱っていってるじゃない。そんなんで戦えるわけないでしょうが」
「ちょっと待ってください! これは何かの手違いで……ハルア、自信満々でこれってどういうこと? 力を取り戻したのかと思ったじゃないか」
「今日はいけるかなって思ったんだけど……小鳥さん、どう? 戦う力ある?」
もやもやと燃える小鳥は地面をふらふらよちよちと歩き、「ピ……ピヨ……うっ」と情けない鳴き声を上げて掻き消えた。
「ああ、鳥さーん! フェニキスー!」
「くっ、駄目か……ハルア、他に何かない? 胡桃沢さんを驚かせるような何かを」
「はいはい、終わり終わり。モリヤ君もハルアちゃんもいい加減諦めなさい。どう足掻いても私は戦闘の許可を下ろすつもりはないぞ。相馬君、改め舞城先生も納得してくれるな? こいつを誘ったのは君だろう?」
少し離れたところで様子を窺っていた相馬は、「すまん、余計なことしちゃったな」とこちらに申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「仲間が全員揃ったら、ちゃんと名誉挽回の機会を与えてやる。だから今日のところはお前の力で支援するだけに留めてくれ。それも立派な役目だろ?」
「支援? 誰か新しく顕現したんですか?」
「ほれ。彼女だよ。舞城先生の最後の仲間の」
胡桃沢の視線の先、相馬のすぐ傍には様々な形の剣を持つ男女が立っている。
鎧を身に着け、ダイヤモンドのような刀身のショートソードを腰から提げる騎士。鉄塊と言える巨大な剣を担いだ半裸の男。バンダナを頭に巻き、様々な色の宝石があしらわれた短剣を手にする盗賊。薙刀に良く似た武器を手に持つ神官服姿の女性。呪いが刻まれた紫紺の細剣を胸に抱く、黒髪の女呪術師。
彼らに共通するのは、六角形のメダル『アルテアの加護』を体のどこかに身に着けていること。女神の加護を持つそれを持つということは、相馬の作品《七つの神器―邪竜宿し運命の俺―》の登場人物であり、人々が化け物になる病気の根源を探す旅に出て、元凶である『太古の龍』という自分たちの世界を生み出した存在に立ち向かった勇者であることを示す。
そしてもう一人、そのメダルを首から下げている小柄な少女がいた。
「は、はは初めましてっ! わたし、メアと申します! 見ての通りまだまだ子どもなんですけど、あなたと同じ支援職を務めてまして――」
「ああ、もちろん知ってるよ! 相馬君、というか舞城先生が書いた《六つの神剣》は全巻読んでるからね。君は光属性を持つ剣に選ばれた魔法使いだろ?」
「は、はいっ、その通りです! この杖にしか見えない『光魔剣』は使い手に魔術素養を付与する力がありまして、仲間を癒したり強化する魔法を発動できるんです!」
「もちろん、それも知ってる! 相馬君を救うために体を貫かれながらも《光魔剣》を覚醒させたシーンは感動で涙が出そうだったよ!」
「そんなことまで知っているのですか。ではわたしの実力も知っていますよね? ソウマから聞きましたが、あなたも同じ支援職で、しかもわたしより強力な魔法を使えるのだとか。できたらその、後学のためにあなたの力を見せていただけないでしょうか?」
「構わないよ。そのつもりだったからね。それで胡桃沢さん、メアさんにはどれぐらい状況を説明したんですか?」
「何も。昨晩現れたばかりで時間がなかったからね。そのうち守屋君の魔法を頼ればいいかって、すぐここに連れて来たんだけど、まぁちょうどいいから施しちゃってよ」
「なんか便利に使われてるような気がするけど……分かりました。じゃあさっそく始めます」
息を吐き、目をつぶると、そこは深い暗闇の中。しかし遠くに光り輝くものがある。
異世界に召喚された者や転生した者は、その世界に漂う魔力や召喚魔法に組み込まれていた術式などの影響で異能力に目覚めることがあり、春もその一人だった。
頭の奥に見えるその光こそが《エルピスガイア》に召喚された際に覚醒した異能力。戦いの中でその力の存在を知り、ハルアたちとともに戦うため磨き上げてきた力だ。
「【創造神の意思】、展開」
唱えた途端、春の周囲の空気は渦を巻いて青白く発光し、突き出した右手の指先からは緑色の糸――グリッド線のようなものが飛び出した。
糸はすぐ目の前に二重の円を描き、もう一つ、細かく区切られた長方形を作り出す。
そっと長方形に触れると区切られた枠の中に象形文字のようなものが浮かび上がった。
それは《エルピスガイア》で使われている文字だが、同じ発音の文字が日本語仕様のキーボードと同じ順番で並んでいるため、春は戸惑うことなくその文字たちを叩いた。
「これはまさか……魔法を構築しているのですか?」
春がキーボードを叩くのに合わせ、二重の円に次々と文字が浮かび上がる。それを見つめるメアが驚きを露わに訊ねてきた。
「正確に言うとちょっと違うんだけど、まあその認識でも間違いないかな」
「私の世界では魔法を一つ編み出すのに百年はかかると言われています。なのに即興でなんて……ど、どんな魔法を作り出そうとしているんですか?」
「それはすぐに分かるよ。よし完成だ」
春はキーボードを叩く手を止め、息を吐き出す。
そして、無数の文字が打ち込まれた魔法陣に触れると呪文を唱えた。
「【賢者の名はメアにこそ相応しい】!」
呪文に呼応し、魔法陣が発光を強める。
その光はすぐに陣の中心に集まり、光の矢となって放たれた。
「きゃっ!? 何ですか今のは?」
胸の中心を射抜かれたメアはすぐに胸元を確認するが、しかし穴は開いていない。彼女は目を白黒させ、ふらふらと頭を揺らすが、その顔には興奮が浮かんでいる。
「こ、これはどういうことでしょう!? 数秒前まで知らなかったこの世界の常識などが、頭の中に浮かんできました! わたしに何をしたんですか!?」
「何て言ったらいいのか……君というキャラクターの設定に『こちらの世界の常識や現在の危機的状況を把握している』という項目を書き加えたんだ。簡単に言うと、【創造神の意思】は人物や物体に新たな特性を与える力なんだよ」
「書き込む、というところにいまいちピンと来ないのですが……しかしこれって、摂理を捻じ曲げる神の御業とも言える力では!? 人の子でありながらこれほどまでの力を身につけるなんて、一体どんな修行をされたんですか?」
「これは偶然身に着いたんだ。僕を異世界に召喚した魔法に『召喚者の特性を強化する』っていう術式が組み込まれていて、空想で鍛え上げた想像力……というか妄想力がこんな能力となったんだよ。まあ、あまりにも荒唐無稽だったり、その時の精神状態によって発動しないこともあるから、そんな大したものじゃないんだ」
「それでも同じ魔術師として崇拝するに値する力です! あの、師匠って呼んでいいですか!? ぜひ弟子にしてください!!」
「そ、それは無理かな。教えられることなんて何もないし……それより、ちゃんと魔法の効果があったか確認させて欲しい。どこまでこの星の危機的状況を理解できたかな?」
メアは一度考えるそぶりを見せた後、「要点だけ述べますね」と言って姿勢を正した。
「異世界が落ちてくることで町一つがどこか別の次元に隠れてしまうこともそうですが、最たる脅威は異世界から襲ってくる人や動物、モンスターの類です。彼らは地球に漂う膨大な魔力の源――こちらの世界で『エーテル』と呼称されるものにあてられて中毒症状を起こしており、より多くのエーテルを求めて体内に溜め込んでいる地球人を襲います」
「ここまではオッケーだね。じゃあ対処法は?」
「はい、方法は一つ。戦ってエーテルを発散させて正気を取り戻してあげることだけ。異世界は約一週間後に元の第二宇宙へと戻っていくので、それまで戦い続けなければならない――で、どうでしょう? あってますか?」
「うん、問題な――あ、しまった、一つ魔法に組み込み忘れてた。元の世界へ帰りたくなったら、自分を顕現させた小説の『自分が飛び出てきたページ』に触れてみて。原因は判明してないんだけど、向こうの世界とこちらの世界を繋ぐポータルになっていて、行き来できるようになってるんだ」
「ありがとうございます! おかげで情報収集の手間が省けましたし、生活に困ることもなさそうです! もっとお話ししたいですが……いただいた情報によると切羽詰まった状況のようなので、戦いに向かおうと思います」
残念そうにメアが戻って行くと、相馬はこちらに手を上げて苦笑を浮かべた。
「都合良く利用したみたいでほんとすまん! メアのこと、ありがとな!」
そんじゃあ行きますか、と気合を入れた彼の右手に黒い靄のようなものが溢れ返り、赤黒くいびつな形をした『暗黒剣』が出現する。
使用者を地獄の業火で焼き尽くすとされ恐れられていた魔剣だが、相馬は選ばれし者として平然と掴み、メアたちとともに目の前に広がる戦場へと駆け出して行った。
「ごめんね、春……私がポンコツじゃなかったら一緒に行けたのに……」
「何言ってんのさ。ポンコツなのは君だけじゃないだろ」
春はそう言って【創造神の意思】を唱えると、現れたキーボードを叩いた。
書き上げたのは、ハルアが力を取り戻して大活躍する物語である。それが魔法陣の中に書き込まれることで、ハルアが力を取り戻すための【四の属性、それを統べる精霊王の名はハルアにこそ相応しい】という魔法へと変わる。
しかし、その魔法陣から放たれた光の矢に貫かれながらも、ハルアの杖から飛び出してきたのは先ほどと同じ小鳥だった。
「う、ぅう……ピヨ……ピ……ヨ……」
「ああ、鳥さん死なないでー!」
「駄目だこりゃ……」




