第一話 かつての仲間たちと、再び ④
その後しばらくハルアの力を取り戻そうと努力したのだが、気づけば夕刻。さすがに諦めがついて帰路に就くのだが、足取りが重いのは疲労の影響だけではなかった。
「数分で効果が消えちゃうとか、陣に書き込んだ物語が荒唐無稽だと魔法が発動しないこともあったはずだけど……一度成功した魔法がどうして効かないんだろう」
「そうだねぇ。水の魔法しか使えなかった私が四属性を扱えるようになったの、さっきの魔法のおかげだもんね」
「考えられるとしたら、やっぱりハルアが不完全な状態だからかな……よし、帰ったら原稿を書くぞ! 絶対に完結させて、君を完全に顕現させるから! その時は一緒に僕たちが強いんだってことを世間に見せつけてやろうよ!」
「ええっと……あのね、今回は気分転換になるかなって思って焚きつけてみたけど、本当はそんなに無理して書くことないんじゃないかなって本当は思ってるの。春は使命がどうこう言ってたけど、無理して戦うことはないと思うよ?」
「そうかもだけど、ただ何と言うか……何かしてないと不安になるんだ」
「不安? どんな?」
「僕は本当に僕なんだろうかっていう不安。こっちの世界に戻ってきてからずっと何かが噛み合わない感覚があるんだ。たぶんこっちの世界に戻ってきた際の記憶喪失で、自身の変化の理由を失ったからだろうね」
「召喚したばかりの頃の春はすごく暗くてうじうじして、よく泣いてたものね。春にしてみたら、急に元気になったように思えたのかな?」
「そうだね。いつの間にかネガティブな感情が消えていて、すっきりした感覚があったよ。それだけでも不思議で仕方がないのに、『君は神隠しにあったんだ』『二年も行方不明だったんだよ』って大人たちが言うものだから、酷く混乱して、自分を見失っちゃったんだ」
「……そっか。だから《エルピスガイア》の完結にこだわってるのね。私が元通りになって、仲間たちを顕現させられたら、見失った自分を取り戻せるかもしれないから」
そういうこと、と春は何事もないように頷くのだが、ハルアは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんね、春……私が顕現しなければ、こんなに悩まなくてよかったのに」
「そ、そんな重く受け止めないでよ。深刻に聞こえたかもしれないけど一つの理由であって、執筆に没頭するのは他にも理由があるからなんだから」
「そうなの? じゃあその他の理由ってなあに?」
「いやそれは……いいじゃないか、何だって」
「えー何でごまかすの? 気になるなぁ」
顔を覗き込んでくるハルアは楽しげで、春はほっとする。が、それと同時に、その笑顔の裏でどれほど寂しさを募らせているのだろうと考えてしまう。
平和になったはずの世界でのんびり暮らしていたはずだが、突然この世界に召喚され、春を除いた他の誰とも話すことができず、また他の『顕現者』と違い自身を顕現させた小説に触れても元の世界に戻れないのだ。相当なストレスを感じているはずである。
だから春は《エルピスガイア》を完璧に書き上げ、故郷の仲間たちと再会させ、ハルアの姿と力を完全なものにしてあげようと必死になっているのだった。しかしそれを言ったところで
「無理しなくていいよ。私は大丈夫だから」と逆に気を遣わせてしまうことは容易に想像できるため、春は自身の決意を黙っているのだった。
「あ、その顔は言わないつもりね? ふん、いいもん。教えてくれなくたって。その代わり、あそこに連れて行ってもらうから」
「あそこって?」
「春が私に召喚された場所」
「え、どうしてまたそんなところに?」
「連れて行ってくれたら教えてあげる。ということで、歩いて歩いて! レッツゴー!」
背中からぐいぐい押され、仕方なく春は歩き始めた。
近くの坂を登り、高台にある公園の中へ。奥へと進むと町が見渡せる場所があり、そこがハルアが目指す場所だった。
「わぁ、夕日が鮮やか! 久しぶりに拝んだ気がする!」
「こっちの世界は建物が遮っちゃうからね。《エルピスガイア》の冒頭の召喚シーンでも、こういう綺麗な夕日が浮かんでいたって描写したよ」
ハルアは何か言いたげに視線を向けてきたが、すぐに夕日に視線を戻して語り始めた。
「ここから春の冒険が始まったんだよね。お父さんとお母さんを事故で亡くして、悲しみで胸がいっぱいだったのに、私に召喚されたせいで」
ハルアが両親のことに触れることは珍しい。急にどうしたのかと春は訊こうとしたが、その真剣な顔を見て何かを伝えようとしていることを察し、代わりに頷いてみせた。
「本当に小説通りなら、僕はここで一人泣いていた。引き取り手がいなくて、両親が残してくれた一軒家で一人暮らししてたんだけど……孤独に耐えられなくなって、現実から逃げ出すように走り回ってたらここに辿り着いたんだ」
「春には大変な思いをさせちゃったね。まだ私たちの国にはツヴァイフルグの魔の手が伸びて来てなかったから、今のうちに勇者を召喚しておけば十分に準備できると思ってたんだけど……まさかすぐに戦争が始まるなんて」
「急に異世界に呼び出されて混乱してただろうから、それはもう散々だったはずだ」
「それでも私の両親を助けるために立ち上がってくれたわ。本当に感謝してる」
「目覚めた【創造神の意思】で『精霊王の力』を与えただけで、戦ったのはハルアだけどね。大変な戦いだったけど、小説にしてみると一巻分の内容だっていうんだから驚きだ」
「その後のこと、覚えてる? 私たちは打倒ツヴァイフルグのための連合を組むため、ウェルグランド大陸に向かったんだよ」
「君の幼馴染で、ウェルグランド王国の次期国王であるレイスターを頼ろうとした……だよね? 貴族たちのクーデターに巻き込まれてハルアは人質に取られるし、助けるためにレイスターを探すんだけど、女性だと知らなかったせいで何度もすれ違ったり……二巻にまとめようとしてエピソードを幾つか省いたけど、もっとしっかり描くべきだったかな」
「ウェルグランドの次はボルルカン。ニャオと出会った地。大変だったよね、首長がツヴァイフルグに捕まってるのを助けるの」
「ボルルカンとツヴァイフルグの関係とか、歴史とか掘り下げなくちゃならなくて、まさか二巻分になるとは思わなかったな。うわぁ中だるみって言われそう、読者離れないかなぁ、って不安だったのを覚えてるよ」
「うーん、私が言ってる大変はそういうことじゃないんだけどな……まあ、とにかく次はツヴァイフルグに渡るために船が必要でバルドを仲間に迎え入れた。その後に続くエンディングについては自分で思い出してもらうとして、とにかく色々なことがあって――」
ハルアは言葉を切り、小さく息を吐く。
その後、顔を向けて来ると、これ以上ないと思えるほど美しく清らかな笑顔を浮かべた。
「私はこの世界に来たわ。小説の物語なんかじゃなく、長い旅の末、春の傍にいるの」
ここに至り、春はようやく彼女が励ましてくれていることに気づく。
結局ハルアに気を遣わせてしまったと落胆するが、同時に彼女の優しさが嬉しかった。彼女との間に感じる絆が、自己喪失の不安を和らげてくれた。
「……そうだね、君は確かにここにいる。なら、何も不安に思うことなんてないよね」
「そう、その意気! 元気出て良かった!」
そう言ってハルアは夕日に顔を戻すと、「これからも私は春と一緒にいるよー!」と叫んだ。
「ちょ、急に何!? なんてこと叫んでるのさ!」
「青春、青春! こっちでは夕日に向かって心の内とか決心を叫ぶんでしょ?」
「確かにマンガとかでよくあるけど、わざわざそんなことしなくても……」
「ふふ、嬉しいくせに! 顔真っ赤だよ!」
「そ、そんなことないよ! あーあー、何だか僕も叫びたくなってきたなぁ!」
春は誤魔化すように前へ出ると、大きく口を開ける。
「レイスター! ニャオー! バルドー! 勝手ながらこっちに召喚するからよろしくー! また一緒に戦おうー!」
そこは異世界に召喚された特別な場所である。もしかしたら声が届くかもしれない、という期待があったからこそ、春はそのように叫んだ。
「意外と気持ち良いってことが分かったところで帰ろうか。もうそろそろ暗くなるしね」
「うん、帰ろう。私たちの家に」
微笑み合った春とハルアは夕日に背を向ける。ハルアはどこか満足げで、気力を取り戻した春は「帰ったらすぐに原稿に向かおう。今なら書ける気がする」などと高揚感に浸っていた。
――そんな二人に、不気味な青白い輝きが降り注ぐ。
「えっ?」
振り返ると、青白い炎のようなものを纏う巨大な球体が頭上に迫ってきていた。
唖然とする春とハルア。逃げる間もなく星は二人を取り込むように地上へと落下した。
「春! これって……!」
「い、異世界が落ちてきたのか!? 予報にはなかったはずなのに……!」
荒れ狂う風に飛ばされないようハルアと手を繋ぎ、膝を突いてじっと堪える。
次第に風は弱まり、それとともに目を焼くかのような輝きも薄れていった。
「ここは……」
目を開けると、そこは草も生えない荒野だった。冷たく異質な風が吹いていて、遠くの空に赤と青の二種類の太陽が浮かんでいる。
「ここ、どこの世界だろう。春は分かる?」
「この光景だけだと何とも……とりあえず、遠くを見ても地球の町並みが全く見えないな」
「確か、異世界の中は空間が捻じれて階層状になってるんだよね? 地球の町並みが見えないってことは、一階層じゃないってこと?」
「ああ。こうして異世界に巻き込まれると、どこかの階層にランダムで投げ出されるって話だ」
「早く『時空穴』を見つけて移動しよ! こんな隠れる場所がないところで敵に遭遇したら春がやられちゃう!」
「いや、ここでじっとしてよう。『時空穴』はどの階層に繋がっているかわからないから、下手したら救助の手が届かない深層に飛ばされる危険がある。今は『顕現者』と作家さんたちが助けに来るのを待つのが鉄則だ」
「そうだけど、私は今すぐにでも移動した方がいいと思うな。ほら、あれ」
ハルアが示す方向に土煙が見える。何かが地面の中を泳ぐようにこちらに向かって来ている。
「な、何だあれ! サンドワーム!?」
巨大なミミズの姿をしたその化け物は数十体おり、口から唾液を撒き散らし耳障りな鳴き声を発していた。こちらを捕食しようとしていることは明らかである。
「ま、まずい、僕たちの体内のエーテルに誘われて来たみたいだ!」
「春、早く逃げないと食べられちゃうよ! ほら、あっちに時空穴があるよ!」
ハルアが指差す方向の空間に穴のようなものが空いており、向こう側には全く違う光景が広がっている。遭難の危険が頭を過るが迷っている暇はない。ハルアとともに穴に向かって駆け出した。
間一髪、丸呑みされる寸前で時空穴に飛び込むと、そこは深い森の中。急ぎ巨木の影に隠れて時空穴を窺うが、サンドワームが穴を通って追ってくることはなかった。
「ふぅ、時空穴が通れるぐらいの大きさで良かった。とりあえず一息吐けるかな」
「そうもいかないみたい。見て、春」
言われて振り返り、春はぎょっとしてしまった。
木々の間、枝の上、隆起した根の下など、様々な場所から金色の瞳が向けられている。
その瞳の持ち主は、筋骨隆々で豚のような鼻を持つオークだった。
「オークって残虐に描写されがちだけど……この世界では温厚だったりしないかな?」
「例え温厚でもエーテル中毒を引き起こしてるんだから、襲ってくることは確実ね」
彼女が言う通り、オークはこん棒を振り回して我先にと向かってきた。
春たちは悲鳴を上げて一目散に逃げ出す。振り下ろされるこん棒を避け、オークの群れの中を掻い潜り、見つけた別の時空穴に飛び込んだ。
しかし、渡った先の洞窟の中で待ち受けていたのはゴブリンの群れ。非力ではあるものの足の速い彼らに纏わりつかれ、慌てて別の時空穴へと飛び込む。が、そこで待ち受けていたスライムたちに襲われるのだった。
「我ながら驚くほど逃げ足が速いな! 冒険の序盤で逃げ回ったせいだろうか!」
「旅に出た直後はまともに戦う力がなかったもんね!」
「あ、向こうに時空穴! 今度は沼地みたいだけど、どんな化け物が待ち受けてるんだろうね!? 逆に楽しみになってきた!」
異様なテンションで時空穴を潜り抜けると、「うわっ!」と第三者の声が上がった。
咄嗟に身構えるのだが、そこにいたのは胡桃沢と数人の見知らぬ人たちだった。
「あれ、胡桃沢さん!? さっきまで別の異世界の傍にいたのに、どうしてここに?」
「どうしても何も役目が終わったから帰ろうとしてたのよ。そしたらイレギュラーで降って来た異世界に巻き込まれて、たまたまこの人らを見つけたから保護したのよ」
そこで胡桃沢は溜息を吐き、「まいったわ……まさかこの世界が降ってくるなんて」と焦燥を浮かべた。
「胡桃沢さんはこの世界を描いた作品を読んだことあるんですか?」
「ええ、他社で鬼のように売れてた作品だから、よく覚えてる。この沼地は、非っ常にまずい。早く逃げないと全滅――」
胡桃沢が言いかけたその時、近くの沼から腐臭を伴った何かが飛び出してきた。
前足を使って必死に這いずり出ようとするそれの肉は腐り果てており、触手に寄生されて形が半ば崩れているが、その姿は紛れもなく竜である。
「げっ、出やがったな『腐食竜』! まずいぞ、あいつどうやっても死なないから、この世界を冒険した先生たち一行も投げ出したんだよ!」
「ええ!? じゃ、じゃあ早く逃げないと!」
「あいつあんな姿でも飛べるんだよ! しかも早いの! 『時空穴』探す余裕すらないぞ!」
「そ、そんな。僕たちが渡ってきた時空穴も危険だし、どうしたもんか……」
そこで、「やることは決まってるよ」と声が聞こえてくる。
振り向けば、『精霊王の杖』を握りしめたハルアが強気に微笑んでいた。
「こういう時こそ、私たちの出番だよ。ずっとそうしてきたじゃない」
「ハルア……」
そうは言っても自分たちに戦うことができるのだろうか――そう言いかけたところで、「私たち、どうなるの?」「え、マジ? ここで死ぬの?」「あぁ神様……」と聞こえてきた。胡桃沢とともに巻き込まれた一般人たちは一様に恐怖と絶望を浮かべている。
「春っ!」
「ああ、分かってる。僕たちには力があるんだ。なら、やるべきだよね」
春はハルアと頷き合うと、右手を目の前に突き出した。
「ハルア、時間を稼いでくれる? 今から自己強化の魔法を作ってみる!」
「うん、任せて!」
ハルアは意気揚々と前へ飛び出し、沼から這い出した腐食竜に『精霊王の杖』を向ける。
「【地の王の魔手よ】!」
本来は地面より巨大な木の根が現れ、絡み取った獲物を大地に封印する大魔法である。
しかし現れた根は蔦のように細い。絡みつくことでほんの数秒だけ拘束に成功するが、腐食竜はすぐさま振り解き、ハルアに向かって紫がかった息を吐きかけた。
「臭っちゃーい! 春、けほっ、ごめんこれは無理―!」
「ありがとう、十分だよ!」
春はタッチタイピングで【創造神の意思】のキーボードを叩きながら、《エルピスガイア》第七巻の内容を頭に描く。戦闘不能に陥った仲間たちを守るため、その時、春は初めて自身に強化を施した。
「頼む、発動してくれよ! 【駆け抜ける疾風、打ち崩す剛力、それこそ我が本質に相応しい】!!」
魔法陣より放たれた光が全身を包み込み、体の底から火傷しそうなほどの熱が生まれる。第七巻で描写した通りの現象だった。
よし、これなら行ける――と自信が湧いた春は駆け出すのだが、予想以上に脚力は強化されており、腐食竜の頭上へと跳び上がってしまった。
「う、わ、わわ!」
腐食竜の頭を越え、無様に背中へと墜落してしまう。肉体の強度も上がっていたため怪我をすることはなかったが、すぐさま触手に絡め取られ投げ飛ばされてしまった。
「がっ――!?」
地面をバウンドし、巨木に背中から激突。
衝撃が体中を駆け巡り、頭の中はシェイクされて意識を半分持っていかれてしまった。
「くそ……強化はしっかりかかってたはずなのに……」
全身を包み込んでいた魔法の光は明滅して消えかかっている。力をコントロールできなかったことで「やはり自分は物語の主人公のような力はないんじゃないだろうか」と疑念が浮かび、その影響で魔法が破綻しかかっているのだ。
「春、早く立ち上がって!」
ハルアが声を上げ、こちらに飛んでこようとする。逃げてハルア、と叫びたかったが、痛みで声を上げることすらできない。
(小説では自身を強化してかっこよく戦ったはずなのに……何て無様なんだ……)
絶望が胸の奥を侵食してくるが、春は気力を振り絞りそれを振り払った。
(小説が自分の妄想だったなんて思うな! それはハルアを否定するようなものだろう! 無様だろうが何だっていい! 彼女のために戦え!!)
仲間を思う気持ちで絶望を焼き払い、春は目を見開く。すぐ傍まで唾液を垂らす腐食竜が迫っていたが、春は待ち受けるように立ち上がった。
「やってやる……僕は、ハルアとともに戦ってきたんだ!! ハルアたちの存在を、彼女たちの旅を、彼女たちの戦いを否定してたまるかっ!!」
ここだ、今ここで自分を取り戻してやる――その覚悟が消えかかっていた魔法を甦らせた。全身を包む光が再び輝き始め、全身に力が行き渡る。
これならいける――その確信を得た春は飛びかかるために、腰を落とした。
小説通り、まずは強烈なストレートを食らわせる。そのイメージを膨らませ、右拳に力を集中。
そして、ぐっと足に力を込め――
「うおおおおお! おおお、お……おお? あれ?」
飛びかかる寸前で腐食竜はその口を閉じ、後ずさった。
何事だと窺っていると、「春、ポケット! ポケット!」とハルアが呼びかけてきた。
「ポケット? 何が起こって――っ!? あれ、スマホが……」
取り出してみると、スリープ状態だったはずのスマートフォンの画面が発光している。
それが何を意味するかすぐに気づき、春は炎に包まれるような興奮を覚えた。
「は、ハルア! これって、君の時や蓮魔先生の時と同じ光だよね⁉」
「間違いないよ! 春、早く小説を!」
春は頷くと、すぐさまパソコンで使っているエディタソフトのアプリ版を起動した。
すると操作していないというのに、仲間たちとの出会いが描かれている第二巻、第五巻、第七巻の原稿データが開かれる。表示されている文字は疼いているかのように震えており、画面の輝きは増すばかりだ。
春は一度目を閉じ、スマートフォンを額に当てる。
涙が出そうなほどの感動を抑え込み、目を開け、深呼吸すると、
「みんな……今度はこの世界で、僕とともに戦ってくれ――!!」
何かを恐れるように後退する腐食竜に向かってスマートフォンを突き出した。
――その瞬間、画面から膨大な明朝体の文字が溢れ出した。
それらは一段落毎に纏まって宙に浮かんでいたが、その文章内で描写している人物毎に集まっていき、人の形を形成していく。
と、そこで腐食竜が動き出した。恐怖のあまりといった様子で、今にも姿を現そうとしている一人に向かって巨大な前足を振りかざす。
ああ、まずい! と春は慌てるのだが、
「おお、ドラゴンか。久しぶりに肝が食いてえが、ここまで腐ってたらさすがに無理か」
文字の集合体はそのように発すると、『その巨躯から放たれる拳は大砲そのもの』『誰よりも大食らいで、財布事情を悪化させたのである』『勇猛果敢。その言葉こそ彼に相応しい』という文章が絡み合って形成されている拳を振り上げる。
信じられないことに、その拳は頭上より振り下ろされた腐食竜の前足どころか、胴体の半分すらも吹き飛ばした。
「グ、ガ、アアア――!!」
腐食竜は地に伏すが、体内に宿る大量の触手が攻撃した者へ襲いかかった。
しかし、届かない。『その耳、その素早さ、その習性は猫そのもの』『風の力を操り、斬撃は鋭い衝撃波と化す』『少女ながら戦闘力は並の男を凌駕する』等の文章で構成された別の集合体が、目にも止まらぬ爪の連撃で切り裂いたのだ。
「んニャァアアアアア⁉ ヌルンヌルンして気持ち悪ぅーい! 早く消し飛ばしてぇ!」
その集合体がそのように発すると、自身の体を確認していた残りの一人が顔を上げた。
「ふむ、見るからに邪の存在だな。果たして魔力を失ったこの剣で浄化できるだろうか」
そう発した者の手に『それは清浄なる力を帯びていた』『ウェルグランド王家の選ばれたものだけが手にすることができる』といった文章が集まる。
その部分の文字が発光し、弾けるように消えると、真っ白な刀身の剣が現れた。
「む、僅かばかり力が蘇っている? ……では、再会を祝して景気良く行くとしよう」
顕現し切っていない文字で構成されたその者は剣を構え、腐食竜に向かって駆け出した。
襲いかかる触手の合間をすり抜け、跳び上がると、頭目がけて剣を突き立てる。
発生した光の柱が空を貫き、立ち込めていた暗雲が霧散した。
垣間見えた青空の下、腐食竜を撃退した三人の体が発光し、その姿を完全に顕現させた。
美しく穢れなき鎧を身に着けたその者は、清らかな輝きを放つ剣を握っている。
褐色肌の少女は猫のような耳が頭から生えており、ズボンのスリットから出した尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
残る一人は巨大なアックスを背負っているが、二メートルを越すであろう巨大な体躯のせいで重そうには見えない。
「あぁ、みんな……うぅっ……ようやく……レイスター! ニャオ! バルド!」
感極まった春はたまらず声を上げる。
その声に気づいた三人は振り返り、まるで旧友に向けるように笑顔を浮かべた。
「やあ春、また会ったね」
「ンナー! 春だ、春だ! 会いたかったよー!」
「最後に見た時からちっとも成長してないじゃねえか。ちゃんと飯食ってんのか?」




