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我が物語こそ相応しい  作者: 奈坂秋吾
第一話  かつての仲間たちと、再び
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第一話  かつての仲間たちと、再び ①

 

 第一話  かつての仲間たちと、再び


【       幕間  決戦の前


 かくして我々はエルピスガイアに存在する四つの大陸を踏破するに至り、その過程でか  けがえのない仲間を得た。


「苦しい時は肩を貸そう。悲しい時は傍にいよう。私たちは親友じゃないか」


 レイスター・ウェルグランド。ウェルグランド王家の王位継承者であり、女神のごとき美しさを誇る女性でありながら、誰よりも勇敢な騎士。


「アタシも旅に一緒についてくナ! 救ってくれたお礼、まだしてないもん!」


 ニャオ・ミャウミャウ。ミャウミャウ族の少女で、家族を奪われながらも憎しみに囚われず、仲間のために立ち上がった清廉なる心を持つ獣人。


「『魔王』だろうが何だろうが、俺たちに敵うはずがねえ! なあ、お前もそう思うだろ?」


 バルド・グライツ。親に捨てられ、魔大陸ツヴァイフルグ出身であるために迫害され続けるも、弱者のためにその強靭な力を振るった偉丈夫。

 そして、ハルアベーラ・ルチュール。私を《エルピスガイア》に召喚し、困惑する私を振り回しながら、大切なものを心に刻んでくれたアクアスの姫。

 レイスター、ニャオ、バルドの三人こそが、両親を事故で亡くして悲観に暮れるばかりの弱き私の心を変えてくれた。だが、私の置かれている状況などお構いなしに召喚し、勝手ながら戦いに巻き込んだハルアこそが、私の心から喪失の痛みを消し去ってくれたように思う。

 そう、ハルアは私にとってかけがえのない存z                】


 エディタソフトにそこまで打ち込んだところで、ビー、というブザー音が鳴った。

 天井のライトが点き、『合同執筆大会』の会場が照らし出される。パソコンに向かっていた商業作家たちの溜息が聞こえ、物語から現実へと意識が引き戻された。


「か、かけがえのない存在って……何だこの臭い一文は……」


 恥ずかしくなって悶絶していると、「どうしたの。顔真っ赤にして」と隣のデスクで小説を書き続けている二十代ぐらいの女性が話しかけてきた。


「それがその……なかなかストーリーが思いつかない、というか思い出せなくて、急に自分語りを始めちゃったんです。しかも愛の告白めいた内容になっちゃって……」


「分かるわぁ。詰まった時、ついキャラクターを掘り下げたりしちゃうのよね。でもその作品、自伝風小説なんだし、多少自分語りがあってもいいんじゃない?」


「あれ、僕のこと知ってるんですか?」


「○×文庫のモリヤハル先生でしょ? その日本人離れした髪の色、まあ有名よね」


 春は乾いた笑みを浮かべ、「やっぱり目立ちますよね」と言って自身の灰色の髪に触れた。触感は普通だが、光の加減で様々な色に変化する独特な髪質をしており、日本人どころか地球人離れしている。 


「それ、やっぱり異世界を冒険してきた名残?」


「それがその……よく分からないんですよね。次の十巻で完結予定なんですけど、未だに僕の髪がこの色になったイベントは出てこないし、それどころか最後の戦いの構想が全く浮かばなくって……」


「大変ね。私はどうにか書けてるけど……でも正直、自分は異世界冒険者じゃないのかもって思えて、心が折れそう。読者を楽しませるでもなく、ただ自分の中にあるものが特別なものだと信じたい痛いだけのやつに思えてきて、さ……」


 そうは言うが、彼女はパソコンのモニタから一切顔を逸らさずキーを叩き続けている。

 春は「すごい気迫だなぁ」とその横顔をぼんやり眺めていたが、すぐに彼女が誰であるか気づき声を上げた。


「あれ? まさか蓮魔(はすま)響子(きょうこ)先生!?」


「なんだ、こっちのことも知ってるんだ」


「今一番ノリにノってる作家で、最もキャラクターの『顕現化』に近いって話題じゃないですか! こんなスランプの集まりみたいなところでお会いするなんて……先生みたいな人でも悩むことあるんですね」


「そりゃそうよ。『紅厄星(パンドラ)』が空に現れてから、国指導でどんだけの作家が育成されたと思ってるの。今や十代の作家たちで溢れ返っていて、みんな面白いものを書いてる。そんな状況で、ちょっと売り上げが良いからって持てはやされても天狗にはなれないわ」


「でも、キャラクターが顕現する作品は売り上げが良いものばかりじゃないですか。五百万部も売り上げ出してるんだし、きっともうすぐですよ」


「売れてるからって異世界を冒険したとは限らないし、キャラクターが顕現するとも限らない。それはモリヤ先生も分かってることでしょう?」


「うっ……そ、そうですね……」


「でも、これだけグチグチ言ってても私は信じてるんだ。この《シャイニング・ウィザード》という作品は、本当に私が召喚された世界なんだって。だからもう少し……あと少し書ければきっと、アレクスが会いに来てくれる……」


 そこで蓮魔は手を止め、深く息を吐くと、「これで完成」と言うとエンターキーを弾くように叩いた。


 ――次の瞬間、蓮魔のパソコンの画面が強烈な光を放ち、文字が飛び出してきた。


 轟々と風が鳴る中、文字は蓮魔のすぐ横で渦を巻き始める。蓮魔も春も驚きで言葉を失い、騒がしくしていた周囲の作家たちも口を開けて眺めていた。

 目に焼きつけたくなるほど美しい光は次第に収束していき――


「む、ここは一体……何が起こった……? ブルム城ではないようだが……」


 光の中から現れたのは、西洋風の鎧姿に剣を背負った金髪の美青年だった。

 辺りをきょろきょろと見回す彼を、春とその周りにいた者たちが呆然と見つめる。だが、蓮魔は一人体を震わせ、涙を流しながら鎧の男に抱きついた。


「アレクス! 私よ、分かる!? 花子よ、花子!」


「うぉ、ハナコ!? どうして君がここに……元の世界に帰ったはずじゃ?」


「ええ、帰れたよ! ちゃんと私帰れたよ! 今度はね、私があなたを召喚したのよ!」


 どっと拍手が起こり、「すげえ、本物のアレクスだ!」「挿絵とほぼ変わんないですね! かっこいいなぁ!」と歓声が会場を揺らした。

 春も胸を高鳴らせており、蓮魔におめでとうと言いたかったのだが、この『合同執筆大会』の運営スタッフが押し寄せてきてそれどころではなくなってしまった。


「どうも初めまして顕現された方! どうか我々の話を聞いていただきたい!」


「実は現在、我々の世界は危機的状況にありまして!」


「あなた様は蓮魔様を、ああいえ橋本花子様を異世界の勇者として自身の世界に召喚し、彼女の協力のもとにご自身の世界を救ったのですよね⁉ その恩を返すと思って、今度は我々の世界で戦っていただけないでしょうか! 奇怪な化け物から天使に悪魔、魔法なんて訳のわからんものの対処法を知らない我々地球人のためにぃ!」


 春は背伸びしてアレクスを見ようと頑張るのだが、『顕現者』――『創作物からこの世界に現れたキャラクター』を一目見ようと人が押し寄せ、あれよあれよと会場の外に押し出されてしまった。


「いてて、無茶するなぁ……」


 入り口にはすでに人だかりができており、中に戻るには相当苦労しそうだった。

 仕方ない、お祝いはまたの機会でいいか。そのように心の中で呟くのだが、しかし胸の中の興奮はまだ消えていなかった。

 フィクションと思われていたアレクスというキャラクターがこの世に現れた。それはつまり蓮魔の著作 《シャイニング・ウィザード》の世界は第二宇宙と呼ばれる別次元の宇宙に実在し、小説で描いた大冒険を彼女自身で体験してきたことが証明されたということだ。

 物語は想像の産物だからこそ価値があると言う者もいる。だが春は頭の中で冒険し続けてきた世界が実在して欲しいと願っており、蓮魔のことが羨ましくてたまらなかった。


「いつまで経っても思い出せないってことは……本当は僕、異世界に行ってないのかも」


 弱気なことをぼやくが、そんなはずはないとすぐに首を振る。

 なぜなら――


「春ー! ねえ、春ってばー!」


 振り返れば、季節の春を体現するかのような桜色の女性が駆け寄って来るのが見えた。

 自身の著作 《エルピスガイア》から顕現したヒロインのハルアベーラだ。彼女の存在が春の異世界召喚と冒険を証明している。


「春、見て! あっちにネコちゃんがいっぱいいたの! んー、かーわいい!」


「可愛いのは分かるけど、三匹も抱えるのは欲張り過ぎじゃない?」


「そんなことないと思います! アクアスではいっつもモニャスを五匹抱えてました! 最高記録は十匹なのです!」


「モニャスって、アクアスに生息してる猫っぽい動物だっけ? モッサモサの尻尾を回転させて浮くことができるっていう」


「それそれ! 王宮でもいっぱい飼ってたんだよ! 覚えてない?」


「覚えてるって言っていいのか分からないけど、君が小動物と戯れてる姿は小説の中で何度も描写したよ。それより、早く放してあげたら? 嫌がり方が尋常じゃないよ」


 猫たちはハルアの腕の中で踊り狂うように暴れていた。見知らぬ人に抱え上げられたことよりも、自身を抱く者の姿が見えないことでパニックに陥っているようだ。


「ハルア……君の姿が他の人に見えなかったり声が聞こえないのは、やっぱり僕の小説が不完全だからかな……」


 放した猫に手を振る彼女に語りかけると、「そんなことないよ。春の小説はとても素敵だよ」と返してきた。


「でも君が現れてから半年も経つのに、レイスターもバルドもニャオも顕現してくれないじゃないか。うーん……やっぱり僕が最後の戦いを思い出せないせいかな?」


「もう、またそうやって一人考え込むんだから。最終決戦の時みたいに堂々としていれば、もっと幸せな人生を送れるのに」


「ハルアは『魔王』戦の記憶あるんだよね。いい加減、教えてよ。早くこのスランプから抜け出したいんだ」


 しかしハルアは首を振り、腰に手を当てこちらの顔を真っ直ぐ見つめてきた。


「それは駄目。自分で思い出すことに意味があるの」


「どんな?」


「私が嬉しい。春が春なんだなぁって思えるから」


「え、それだけ?」


「そうだよ。それが今の私にとって何よりも大事なことなの」


 そうは言うものの、ハルアの浮かべる笑顔はどこか寂しげだった。


「でも、みんなと会いたいって気持ちは私も同じ。久しぶりに顔を見たいし、また一緒に冒険したいから。それに、いつまでこの状況を保っていられるか分からないしね」


 そう言って空を見上げるハルアの視線の先には、半年前より浮かぶ『紅厄星(パンドラ)』がある。すっかり見慣れてしまったが、改めて眺めるとその得体の知れなさに寒気を覚えた。


 ――と、そこで『紅厄星』の周囲に浮かぶ一つの星が熟れた果実のように落下してきた。


 それが地上へと着地すると、鈍い音を伴った衝撃波が春たちのもとへと伝わってくる。落下地点には煙が立ち込めており、光の柱のようなものが天に向かって立ち昇った。

 光の柱の中には高層ビルもなければ壊れた家屋も存在しない。見えるのは荘厳な雰囲気を漂わせる巨大な城と、その上空を飛ぶ翼竜(ワイバーン)、そして城周辺に鬱蒼と茂る森林地帯だ。


「異世界が空から降ってくるとか……ほんと、とんでもない時代だよ」


「予報通りなら、あれは《レベルMAXから始めるリアルRPG》っていう作品の世界だよ。こっちの世界の小説ってタイトルが独特だよね。一ヶ月前に落ちてきた世界の本なんて、《異世界で女の子のスカートに顔を突っ込んだら王様になった》だもん。文章みたいじゃん」


「いやそれは、多くの人に手っ取り早く売りポイントを知ってもらう営業努力でありまして……」


 タイトルがいかに大事なのか説明しようとした時、遮るように悲鳴が聞こえてきた。それとともに、「マジモンのドラゴンだ! 早く逃げろー!」と声が上がる。

 はっとした春は逃げていく周囲の人々とは逆、落ちてきた異世界の方に顔を向ける。城の周辺を飛び回っていた翼竜のうち、一際大きな一匹がこちらに向かってきていた。


「春、どうしよう! こんなに早くこっちの世界に出てくるなんて……!」


「戦うなって命令されてるけど……でも、放っておくわけにはいかない! 僕たちでやろう! そのための異世界冒険者と『顕現者』なんだから!」


 春はすぐそこまで来ている翼竜に向かって構えるのだが、その時、横を颯爽と通り過ぎて行く人影があった。

 先ほど顕現したばかりのアレクスだった。

 彼は背中に担いでいた大剣を手に取り、跳躍すると、すぐそこまで迫っていた空を覆い尽くすほどの翼竜の顎を柄で殴りつけた。


「おーい、ハナコ! 凶暴そうだったが、仕留めなくていいんだな?」


 グェッ、と鳴き声を上げて墜落した翼竜の横に着地すると、アレクスは振り返ってそう訊ねた。遅れてやってきた蓮魔は、「ええ、もしかしたら温厚な生物かもしれないから」と答える。


「アレクス、向こうに見える光の柱の中が異世界よ。中にいる人や生物は『エーテル中毒』を引き起こしていて、見境なく襲ってくるの」


「まあとにかく戦って魔力を発散させてやればいいのだろう? 楽な仕事だ!」


 アレクスがにやりと笑った途端、彼の髪が白銀に染まった。

 鎧を弾き飛ばすほど体が膨張し、白銀の毛が全身を包み込む。顔は細長く、つんと尖った耳は空を向いており、四肢で地面を踏みしめるその姿は、紛うことなく狼だった。


「行こう、アレクス!」


 彼に飛び乗る蓮魔の髪は淡く緑色に輝き、その手には神々しい輝きを放つ槍が出現した。

 変身した蓮魔を乗せた白狼アレクスは地面を駆け、建物の壁や屋上を蹴って落ちてきたばかりの異世界へと向かって行く。周辺からは歓声と応援の声が上がった。


「蓮魔先生とアレクス、すごく強そうだったね。仲間たちを顕現させたところで揃ったとしても、あの二人についていけるかなぁ」


「心配ないよ。だって私たち、すっごく強いもん。そうでしょう?」


「まあ、僕が地球に帰って来てるってことは『魔王』を倒したってことだしね。半分答えが分かってるんだし、そろそろどんな戦いだったか教えてくれてもいいんじゃないかな?」


「だーめったらだーめ!」


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