23話「ギルド食堂」
爽やかな鳥のさえずり。
眩しい陽の光。
全身を撫でる風が、静かに部屋のカーテンを揺らしていた。
「……ん……ん?」
微かにこぼれた声とともに、僕はうっすらと目を開けた。
まぶしさに顔をしかめながら、目をこすって上半身をゆっくり起こす。
ぼんやりとした視界の先。
そこに、ひとつの人影が立っているのが見えた。
「おはようございます、一ノ瀬さん」
……その声と同時に、視界がはっきりと戻る。
黒のスーツに身を包み、背筋を伸ばしてきっちりと立つ男。
整った髪型と落ち着いた佇まい、まるで役所の職員のようなきっちりした空気を纏ったその人物に──
「……っ!?!?!」
僕は寝ぼけた思考のまま、反射的にベッドから転げ落ちた。
「っ……いたた……!」
慌てて立ち上がりながら昨日の出来事が脳裏を駆け巡る。
そうだ、僕は昨日、水蓮ギルドに入ったんだ。
「あ、金宮さん……!」
目の前に立つ彼は、金宮 啓介。
水蓮ギルドのギルドマスター──連水 琥珀の補佐にして、A級ハンター。
普段は琥珀さんの護衛や補佐の仕事のみ行う真面目で堅実な人。
そんな彼が、今日はなぜか朝から僕の部屋にいた。
そして、ずっと動かずにこちらを見ていた。
僕が起きたのを確認したかのように、金宮さんは言葉を発した。
「本日より、ギルド内の設備案内を承りました。琥珀様よりのご指示です。」
きっぱりとした口調でそう告げた金宮さんは、まるで微塵の疑問も抱いていないようだった。
(それにしても……)
僕はそっと、ちらりと隣に立つ金宮さんを見た。
黒いスーツは一糸乱れず整っていて、動きに合わせて皺ひとつ浮かばない。
額から流れるように落ちる前髪と、端正な顔立ち。
眉は凛々しく、鋭い眼差しをしているのに、どこか柔らかい品がある。
まさに「静かなる鋼」とでも呼ぶような雰囲気──
(うわぁ……大人のカッコ良さを詰め込んだような人だなぁ)
モデルでも通用しそうなほど整った顔に加え、あの落ち着き。
さすが、琥珀さんの側近でありながらA級ハンター……
歩き方ひとつにまで無駄がなくて、まさに“仕事人”って感じだった。
そんな僕の視線に気づいたのか、金宮さんは視線を僕に向けることなく、ぽつりと言った。
「……朝食は、ギルドの食堂にてご用意しています。ご案内しますね」
「は、はいっ……!」
内心ではまだ眠気も残っていたけど、その言葉で一気に背筋が伸びた。
部屋を出て案内された階へ移動する。
食堂のフロアに足を踏み入れた瞬間、僕の足は自然と止まっていた。
眼前に広がる、ガラス張りの壁一面から見える都心の景色。
高層ビルの屋上に近い高さから一望できる東京の街並み。
朝の陽光が柔らかく降り注ぎ、白と金に輝く空間に静けさが漂う。
「……えっ、ここが……食堂?」
言葉がぽろっと漏れる。
まるでどこかの高級ホテルのディナールームのような空間だった。
景色を楽しむために計算されたテーブル配置、内装、照明。
それが“ただのギルドの食堂”だなんて、ちょっと現実味がない。
そんな僕の感想を遮るように、金宮さんの静かな声が背後から届いた。
「こちらでは、ハンターの能力の系統や体質を分析し、それぞれに合わせた最適な朝食が自動的に準備されます」
「え……自分に合った……?」
「はい。消化、吸収、疲労回復、魔力変換効率……複数項目を日々測定し、最も理想的な構成で配膳されます。もちろん、苦手なものがある場合や別の料理を希望する場合は、実費となります」
その言葉に、僕は内心で小さく悲鳴を上げた。
(……え、昨日ネバネバサラダしか食べてないけど……!? それが基準で判断されてたら恥ずかしすぎる……!)
「ちなみに、実費での食事はハンター等級ごとに割引率が異なります。
ですので、ここで食事するためにモチベーションを保っているハンターも少なくありません」
「……すごいな……なんか、現代っぽいっていうか……シビアというか……」
「合理性は、命を支える仕組みの一つですから」
淡々とした金宮さんの説明に、僕はただ頷くしかなかった。
「こちらに」
金宮さんに促され、僕は全身がすっぽり映り込むほど大きな、透明なガラスのような端末の前に立った。
「これは、水蓮ギルドの研究チームが開発した専用スキャン装置です。内部には、過去にダンジョン内で発見されたレアアイテムの一部が組み込まれており──」
端末の表面に淡く光が灯る。
「……ハンターの能力、体調、魔力の循環状態などを即座に分析し、最適な食材・調理法を厨房側へ送信します」
さすがにこの仕組みには僕も目を見張った。
自分のシルエットが浮かぶ画面を前に、僕はしばしぼんやりと立ち尽くしてしまう。
(すごいな……こんな装置があれば、戦闘中の体調管理や、栄養補給の最適化までできるかも……)
でも──ふと、ある疑問が頭をよぎった。
(……あれ?これって、能力まで全部読み取られたりしないよな……?)
少し背筋が凍る思いがして、僕はそっと振り返って金宮さんに尋ねてみた。
「あの……これって、コンパクトにしてダンジョンでモンスターの情報を読み取ったり、
戦闘中にも使えるようなものには、ならないんですか?」
さりげなく聞いているつもりだったが、我ながら声が若干裏返っていた。
金宮さんは無表情のまま、短く答えた。
「……今のところは、あくまで食堂内専用の仕様です。
分析結果は食材と調味料の提案に限定されており、スキルの階層分析までは行っておりません。
ただし、研究が進めば将来的には応用も考えられるでしょう」
「な、なるほど……ありがとうございます」
(よかった……スキルそのものまでは見られていない、か)
僕は心の中で大きく安堵の息をついた。
(でも……いずれ、こういう解析技術もスキルの領域にまで届くようになるかもしれない)
その時に備えて、僕はまだ使っていないもう一つのスキル──
〈幽霞ノ帳〉の存在を思い出した。
気配も姿も、霧のように薄めてしまう希少級のスキル。
情報の遮断や隠蔽にも、もしかしたら応用できるかもしれない。
(……このスキルの使い方、もっとちゃんと考えておこう)
そんな思案を巡らせていると、金宮さんの声が落ち着いた調子で響いた。
「もう大丈夫ですよ。一ノ瀬さん、こちらへ」
「はい」
僕は端末から一歩下がり、再び金宮さんのあとをついて食堂の奥へと歩き出した。




