18話「接点」
──月曜日。
学校へ向かう道は、いつもと変わらないはずだった。
でも──
(……なんか、そわそわする)
制服を着て、靴を履いて、電車に揺られて、学校に向かう。
たった二日前までは、それが“すべて”だった。
だけど今は違う。
ダンジョン、邪神、スキルの進化、討伐……
あの二日間で、僕は確実に“別の世界”を知ってしまった。
(普通の高校生活に、ちゃんと戻れるのかな)
少し不安を抱えながら、教室のドアを開けると──
中はすでにざわついていた。
「マジで山田大地、まだ帰ってきてないってよ」
「ハンター協会も動いてるらしいじゃん」
「でもさ、大地ってB級だよ? あいつが消えるって、やばくない?」
山田 大地──あのダンジョンに僕を連れていった張本人。
僕は思わず足を止めた。
(……そうか。あれって、まだ……“3日前”のことなんだ)
記憶が濃すぎて、もっと昔のことのように感じていた。
でも、現実ではまだ──何も終わっていない。
そのとき、教室のドアがガラリと開いた。
「席についてー、ホームルーム始めるぞー」
担任の無精ひげがいつもよりピンと張って見えたのは、気のせいじゃない。
先生は黒板の前に立ち、少しだけ緊張した声で続けた。
「ホームルームを始める前に、今日は“諸事情”で、特別にとある方が来てくれてる」
ざわっ──と教室が再び騒がしくなる。
「えっ誰?」
「え?有名人?誰??」
その瞬間、
廊下から差し込む柔らかな足音。
そして──扉の向こうから、涼やかな声が響いた。
「こんにちは。皆さん、お邪魔しますね」
教室の扉が、静かに開かれた。
入ってきたのは、長身で、絹のように滑らかな艶のある黒髪の人物。
透き通るような白い肌と、男性とは思えないほど繊細な顔立ち──
けれど、その瞳には、まるで“全てを見通している”ような静謐な光が宿っていた。
連水 琥珀──水蓮ギルドのギルドマスター。
教室は一瞬で騒然となる。
「うそっ……!?」
「ほんとに……本人……!? え、えぐ……」
「かっこよすぎて無理……!」
「写真撮ってもいいの!?やばいんだけど!」
歓声とざわめきの中でも、
琥珀は一切乱されることなく、静かに微笑んだ。
その姿はまるで舞台上の俳優のようで、
どこかこの“現実”とは違う空気を纏っていた。
そして、ふと──彼の視線が、こちらに向けられる。
僕だ。
(……っ)
琥珀はゆっくりと視線を合わせて──
──にこり、と穏やかに笑った。
心臓が一瞬、大きく脈打つ。
しかし──
「きゃあああああっ!!今、私の方見て微笑んだっ!!」
「違う!こっちだったってば!絶対私に向けてだった!」
「うわ、もう無理、今日死んでもいいかもしれない……!」
女子たちの黄色い声が一斉に響き渡り、
場が浮ついた空気に包まれる。
その騒がしさに紛れるようにして、
僕はそっと目線を外した。
(……違う。今のは──僕に向けてだった)
その確信が、なぜか心をざわつかせる。
琥珀の存在は、美しく、穏やかで、微笑ましいほど優雅だった。
「──皆さん、改めてこんにちは」
連水 琥珀の声は、まるで心に直接触れるような柔らかさだった。
けれど不思議と、教室のざわめきはすうっと鎮まっていく。
「突然お邪魔してしまってすみません。
本日は、ある調査の一環として、協力してくれる方を探してここに伺いました」
その言い回しひとつとっても、琥珀の話し方はどこか優雅で、言葉に“余白”がある。
はっきりとは言わない、でも確実に“意味がある”──そんな喋り方だった。
「実は……三日前に、あるB級ハンターのパーティが消息を絶ちました。
ダンジョン関連の事故か、それとも何らかの事件か──現在、私たち水蓮ギルドでも調査を進めているところです」
教室にざわっと緊張が走る。
「──え、それって……山田くんたち……?」
「まじ?ガチのやつ……?」
琥珀は微笑みを絶やさぬまま、話を続けた。
「そのハンターのリーダーがここの生徒さんだったので、この学園の生徒さんの中に、そのパーティと何らかの接点があった可能性がある人物を探しています。
だからといって、皆さんを疑っているわけではありませんよ。ただ──もし、何か“思い出したこと”があれば、それを教えていただけるだけで構わないです」
詩遠は、自分だけが“突き刺されている”ような錯覚に陥っていた。
琥珀の言葉は決して鋭くはない。
やさしくて、包み込むようで、どこまでも丁寧で。
──だけどその眼差しだけは、一切ブレないまま。
(……見ている。完全に、僕を──)
「協力してくれた方には、個人的にお礼も用意しています。ですから、もし……“何か心当たりがある”人がいたら、後でこっそり先生を通してでも大丈夫です。ね?」
琥珀はにこっと笑い、まるで花が開くような動作で黒板の前から一歩下がった。
「では、お邪魔しました。皆さん、今日もいい一日を」
その姿は完璧な訪問者だった。
品があって、礼儀正しくて、柔らかくて、どこまでも紳士的だった。
──でも、詩遠にはわかっていた。
この人は、こちらの答えを“待っている”。
それも、ただの情報提供ではなく──“僕の言葉”を。
(……僕のこと、もしかして気づいてる…?)
(いや、揺さぶられてるだけかもしれない。ここは慎重に)
心臓がまた、どくんと跳ねた。




