17話「仲間」
ゲートをくぐって地上へ戻り、協会での手続きもひと通り終わると、
空はもう夕方に差し掛かっていた。
僕たちは駅へと続く道で立ち止まり、自然と輪を作るような形になった。
「よし、今日はお疲れ様。このあと──」
天川さんがそう言いかけた、そのとき。
「なぁ、詩遠。皆で飯、行かね?」
不意にアラタが、笑顔で僕に声をかけてきた。
「え?」
「ほら、戦い終わったあとって、腹減るじゃん。なんかさ、ダンジョン帰りにみんなで飯行くのって、ハンターっぽいだろ?」
「“っぽい”って……またその雑な感性……」
ユウトが呆れたように肩をすくめる。
「でも、たしかにアリだよね。なんか今のうちに色々振り返りたいし」
カズキもすでにスマホで付近の飲食店を検索し始めている。
「詩遠くんも、よかったらどう?」
天川さんが優しく、少しだけ首を傾げて僕を見る。
僕は──ほんの一瞬、迷って、でもすぐに頷いた。
(昔、テレビで見たんだ。
ダンジョンを攻略したハンターたちが、仲間と笑い合いながら食事してる姿。
“いつか僕も、あんなふうになれたら”って──)
「……行きます。僕も、行きたいです」
「やった!よし、詩遠も参加ってことで決まり!」
「マジで、今日の主役は詩遠だろ。ガチMVP。」
「ちょっとやめろよ、ごめんね詩遠、こいつ調子乗らせるとうるさいから」
「俺のことかよ!」
笑い声が飛び交う中で、
天川さんが僕の隣に並んで、そっと言葉を添えてくれた。
「改めて、ありがとうね。詩遠くん。君の力、みんなほんとに頼りにしてたよ」
「……そんな……でも、嬉しいです」
笑い合う声と、柔らかな夕風の中。
“あの時の僕が見ていた景色”が、今、目の前にあった。
──駅前の居酒屋。
照明は少し暗めで、木目の壁と落ち着いた内装。
通された半個室のテーブル席には、すでに料理とドリンクが並んでいた。
「かんぱーい!!」
アラタの元気すぎる音頭に、グラスが軽くぶつかり合う。
「いやぁ〜ほんとに今日、詩遠ありがとうなぁ!
まじでお前いなかったら死んでたかもだし、若いのにすげぇし、なんかもう、弟にしたい!!」
既に9杯目のメガハイボールを空けたアラタが、
僕の肩にぐいぐい体を預けながら喋り倒してくる。
「ちょっ、おま、詩遠が困ってんだろ!離れろアラタ!酔いすぎ!」
ユウトがアラタの襟首を引っ張って引き剥がすと、
「ごめ、詩遠〜アラタいつも酔うとこうだから……」
「いや、いいです……なんか、元気で……」
「だーっはっは!!詩遠、引いてる顔!めっちゃ引いてるー!!」
カズキはおつまみ片手に、声を上げて笑っていた。
僕はというと──
「えっと……ウーロン茶、おかわりで……」
ソフトドリンクのグラスを持ちながら、やや圧倒されていた。
(みんな……戦ってるときとのギャップがすごい)
その光景を、ただ静かに見つめていたのが──天川さんだった。
静かにグラスを手に取る。
優しい笑みを浮かべたまま、僕たちの騒がしいやり取りを見守っていた。
(……この人、本当にこのメンバーが好きなんだな)
時折、視線が合うと、天川さんは微かに目を細めて頷いてくれる。
それだけで、なんとなく安心できるような気がして、
僕はウーロン茶を一口飲んだ。
「でさー!そのときアラタがヌメったモンスターと戦ってる時に滑って転んで、敵に突っ込んだの!まじ爆笑だったんだけど!」
「ちょ、それ言うなってカズキ~!」
わいわいと盛り上がるテーブルの向こう側で、
僕はゆっくりとウーロン茶を飲んでいた。
少しずつ氷が溶けて、グラスが汗をかいている。
そのとき。
「ねえ、詩遠くん」
静かな声が横から届いた。
振り返ると、天川さんがこちらを見ていた。
柔らかい微笑みは変わらないけれど、
その瞳には、どこか“確かな観察者”の色があった。
「……最後の戦闘のとき──
僕の双剣に、何か“した”よね?」
一瞬だけ、時が止まった。
「……え?」
「君が回復した後、僕の武器を見てたでしょ?その瞬間、剣がすごく、手になじんだんだ」
(……見られてた)
あのとき。〈視操〉で天川さんの武器に魔力の“補強”を施した瞬間。
あれは、完全に僕の意思でやった。
「……すみません、無断で……」
僕は素直に頭を下げた。
天川さんは、驚くでも、怒るでもなく、
ただふっと──少しだけ笑った。
「……ありがとう。すごく助かったよ。
あの時の斬撃、自分でもびっくりするくらい切れ味がよかったから気になったんだ」
僕は、静かに胸をなでおろした。
「まだ、慣れてなくて……負担も大きいんです。でも、ああやって、“支える形”で力になれるなら、僕は──」
「うん。詩遠くんには、それがすごく向いてると思う」
それは、誰かに認めてもらったような、あたたかい言葉だった。
天川さんはそう言って、グラスに口をつけた。
居酒屋を出ると、夜の風が涼しく感じた。
昼間はあれほど汗ばんでいたのに、今はひんやりとした空気が頬を撫でる。
「じゃあ、ここで俺は反対方面だから」
カズキが手を振って歩き出し、
「おつかれー!またねー!」
ユウトとアラタもそれぞれ別の方向へ。
最後に残ったのは、天川さんと僕。
駅前の交差点で信号が変わるのを待っているとき、
天川さんがふと振り返って言った。
「……ねぇ、詩遠くん」
「はい?」
「もしよかったらさ。銀翼に、入らない?」
その言葉は、唐突だけど、すごくあたたかかった。
(あぁ……憧れてたな、こういうの)
仲間と戦って、支え合って、
その延長で──“一緒にやっていこう”って言ってもらえること。
胸が熱くなって、すぐに返事ができなかった。
「……ありがとうございます。
お気持ちは嬉しいですが、まだ……僕じゃ、迷惑をかけるかもしれないので」
「迷惑?」
「スキルの進化や制御もまだ不安定なので、暫くは自分のスキル磨きをしようと思うんです」
言葉を選びながら、それでも自分の気持ちを丁寧に伝えた。
「いつか、本当に“ちゃんと”戦えるようになったら……そのときは、また声をかけてもらえたら、嬉しいです」
天川さんは、少しだけ寂しそうに微笑んで、頷いた。
「……わかった。でも、今日のことを通して分かったよ。
詩遠くんは、俺たちにとってすごく大切な仲間になった」
その一言が、なによりも嬉しかった。
「討伐のとき、もし僕が必要なら──いつでも呼んでください。
僕も、また皆と一緒に戦いたいです」
「うん、任せて。きっと、また頼るよ」
信号が青に変わる。
僕たちは自然と、それぞれの方向に歩き出した。
──その前に、スマホを出して。
「良ければ連絡先交換しませんか?」
「ありがとう。必ずまた連絡するね」
お互いの連絡先を交換し、
またね、と小さく手を振って、夜の街へと歩き出す。
(……いい仲間と、出会えた)
邪眼を閉じたまま、
僕は目を細めて空を見上げた。
風が、少しだけ優しく感じた。




