16話「第一歩」
ラン=フェリオンが、最後の叫びを上げながら地に伏した。
──ボス、討伐完了。
空気の震えが静まり、ダンジョンの空間全体が“緩む”ような感覚が走る。
魔力の流れが凪いでいく。
扉のようなゲートが、奥にゆっくりと浮かび上がる。
「やった……!」
誰かの声がこだました瞬間──
「詩遠!!!」
ユウトが一番に駆け寄って、思いきり僕に抱きついてきた。
「うぉおおおお詩遠回復してよかった!!!」
「詩遠が倒れた時めちゃくちゃ焦ったよ」
皆が僕を囲み、次々に拳をぶつけたり、背中を叩いたり──
少しだけ照れくさくて、でもどこか、心がじんわりと温かかった。
(……僕、今ちゃんと“ここ”にいる)
そのとき。
「──……」
天川さんは、少し離れた場所で、自身の双剣をじっと見つめていた。
光を帯びていた刃は、もう魔力の残滓を残すのみで、静かに鈍く輝いている。
「……天川さん?」
僕が声をかけると、彼はハッと目を見開いて、我に返ったようにこちらを見た。
「……ああ、ごめん。ぼーっとしてた。
ありがとう、詩遠くん。君が最後に声をかけてくれたおかげで、決められたよ」
彼の微笑みは変わらず優しかったけれど──
ほんのわずか、その奥に何か複雑な感情がある気がした。
(……気のせい、かな)
その直後だった。
──ピン。
視界に、浮かび上がる。
【ダンジョン討伐完了】
ランダム報酬:配布開始
▼ 一ノ瀬 詩遠:新スキル獲得
【スキル名】
〈魔力収束:迅伸〉
【分類】
希少級スキル(身体強化型)
【効果】
魔力を特定部位(脚・腕・目など)に一時的に集中させることで、
反応速度・筋出力・跳躍力などを大幅に向上させる。
使用時、魔力消費と部位疲労あり。
【備考】
前Boss〈ラン=フェリオン〉の戦闘特性を基礎に抽出
(…希少級の身体強化スキル、しかも──ボス由来の……)
僕はそっと拳を握った。
(これで、逃げるだけじゃなく──戦える)
視覚だけだった僕に、“動く力”が備わった。
ダンジョンゲートを抜けた瞬間、
外の空気が一気に体に流れ込んできた。
「っ……はぁ……」
太陽の光が、まぶしい。
通路を封鎖していた協会スタッフたちが、僕たちの姿を確認すると小走りで近寄ってきた。
「無事、帰還確認──!現在時刻13時36分、討伐班、5名全員生存確認!」
通信担当がマイクに向かって声を飛ばす。
他のスタッフが、順に僕たちに声をかけてきた。
「攻略状況を確認します。ボスの討伐、完了していますか?」
天川さんが一歩前に出た。
「はい。対象は獣型、名称“ラン=フェリオン”。
突進と振動波による範囲攻撃を持ちますが、解析をもとに側面からの斬撃で撃破しました」
その言葉を聞いた瞬間、
近くにいた協会職員の“詩遠の情報を疑っていた男”が、一瞬ピクリと反応した。
目が合うと、わずかに彼は視線を逸らす。
「お疲れ様でした。ログは本部へ自動で反映されます。
今から約30秒後に、皆さんのハンターアプリへ攻略完了通知が届くはずです」
その言葉を聞いて、メンバーたちがスマホを取り出す。
──ピロンッ。
【通知】
▼ ダンジョン攻略完了
報告:成功(構成5名)
貢献評価:C級相当/記録済
僕の端末にも、同じ通知が届いていた。
(これで──記録として、残った)
「っしゃ。また新しい経歴ができたぜ」
「俺達に大きな依頼が来るかもな」
「ドロップ素材とかどうする? 解体して店持ってくか?」
カズキたちはそれぞれ、戦利品の相談を始めていた。
魔石、ボスの骨片、魔力結晶──これらは専門店で買い取ってもらうことで報酬になる。
今回は協会依頼ではなかったため、振込はなく、完全な“自力報酬”制だ。
天川さんが僕のほうを振り返る。
「詩遠くん、今回は本当にありがとう。
……あのとき、君の解析を信じて本当によかった」
「……いえ、僕こそ、皆さんに守ってもらったので……」
すると──
先ほど僕を疑った協会職員が、少しだけ近づいてきた。
「……解析結果の正確性、失礼しました。
情報は確かに一致していました。まさか本当にダンジョンの真髄まで視える目をお持ちとは思っていませんでした……あなたの解析能力、記録に残します」
口調は固かったが、申し訳なさそうな職員の態度をみるからに僕もそれ以上は何も言わなかった。
(……少しだけ、世界が変わった)
僕は静かにうなずいた。
この目は──誰かの役に立てる。
──その頃、静寂が支配する一室。
外の喧騒とは無縁の、上品で無機質な空間。
水蓮ギルド本部、最上階。
静謐な空気に包まれた執務室の中
書類の上に添えられた指先が音もなくページを滑る。
その手の主──連水 琥珀は、柔らかく艶のある唇に細く白い指を添え、
まるで詩を読むような声で呟いた。
「……確かに、君の報告通り。面白い新人ハンターが現れたね」
デスクの横に立つのは、研究部門所属の解析士──瀬早 正人。
白衣の裾を揺らしながら、眼鏡越しに静かに微笑む。
「スキル使用回数、まだ二、三回程度。
ですがS級ダンジョン由来の鉱石の“本質構造”を言い当てたのは事実です。
実に良い”目”を持っています。」
琥珀は書類の角を指先でなぞりながら、ゆっくりと頷いた。
「……そして、別件で今調査中の失踪事件。例の──B級パーティの件で。
彼らの足取りを辿ると、ある地点で不自然な魔力反応の痕跡が。
我々のダンジョンデータには存在しない。
おそらく未解析のダンジョンに、彼らは──勝手に、入ったのかと。」
琥珀は視線を外さないまま、微かに首を傾げた。
「未解析のダンジョン。帰還しないパーティ。彼らがダンジョン内でモンスターに討たれたのなら、ゲートはクリアされていないから閉じずに残っているはず……あるいは、時期的にもう“ブレイク”を起こしていなければ、おかしい」
その唇に再び、指先が添えられた。
「それがですね──」
瀬早は小さく頷いて続ける。
「どうやらそのパーティーに、非加入メンバーも一人参加していたようでして」
琥珀の指が止まる。
「そして、今回失踪したB級パーティのリーダー、山田 大地。
そして先程お伝えした新しく登録された新人ハンター、一ノ瀬 詩遠。
彼らが“失踪する前日”、二人が会話をしていた現場を複数の生徒が目撃しているそうです」
一瞬、空気が張り詰める。
「……つまり、詩遠くんは──」
「何かを“知っている”可能性があります。
あるいは、“関わった”可能性も」
琥珀は目を伏せたまま、艶やかに笑った。
「……本当に、興味が湧いてきたな。
さて、これは……“直接”話を聞いてみないとね」
まるで、まだ飼いならされていない逸材に目を留めた鷹のような──
その声は、静かに、深く、微かに甘かった。




