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邪眼の力でS級ハンターに  作者: 他力本願
第一章:邪眼を継ぐ者
19/31

19話「視線」

──放課後。


チャイムが鳴り終わるよりも早く、

僕は鞄を手にして教室を出た。


(誰かに何か聞かれる前に……)


山田 大地の件。

琥珀の意味深な訪問。

そして、視線──


(……今、僕に関わられるのはまずい)


僕は人気のない階段を使って校舎の裏口へと回り込む。


あとはここを抜けて、通用門から帰れば──


「……おや?」


その声は、あまりにも自然で、優しくて。

けれど、背筋が凍るほどに美しかった。


裏口の軒下──光と影の継ぎ目に、

連水 琥珀が立っていた。


昼間と同じく、完璧に整った姿。

微笑みを浮かべたまま、薄く首を傾けてこちらを見る。


「さっき、僕が訪ねた教室にいた子ですね。

 ……正門はあちらのはずですが、どうかされました?」


微笑みは一ミリも崩れない。

けれど、それが余計に怖かった。


(……どうして、ここに……?)


「す、すみません!僕、熱があって……慣れた場所なのに、道を……っ」


自分でも驚くくらい早口だった。


返答になっているのかも分からなかったけれど、

とにかくこの場を離れたくて、踵を返す──その時。


「……っ」


すぐ後ろに、黒い壁のような“何か”が立っていた。


連水の護衛──長身の男、黒のスーツ。

表情はなく、ただ無言でそこに“いる”。


(……囲まれてる)


喉がカラカラに渇いていた。


「熱があるなら、心配だなぁ」


琥珀の声が、まるで独り言のように優しく響いた。


「良ければ、僕に送らせていただけないかな?」


──コツ、コツ、コツ……


琥珀の足音が、ゆっくりと、一定のリズムで近づいてくる。


それに呼応するかのように、僕の鼓動も跳ねる。


(だめだ、この人から逃げられない)


振り返った先──

至近距離に、あの微笑みがあった。


柔らかい睫毛。美しい瞳。血の通ったはずの人間の顔。

けれど、そこに浮かぶ笑みは──“人間”のものとは思えなかった。


「──ね?」


その“問い”は、選択肢を奪っていた。


僕は、自然と口を開いていた。


「……はい……お願いします」


そう言った瞬間、自分が何を言ったのかもわからなかった。


──断れなかった。

というより、断るという概念そのものが、存在しなかった。


──車内。


黒のセダン。

革張りのシートは柔らかく、それでいて背筋が伸びるような硬さがある。

窓には軽くスモークがかかっており、外の景色も少し霞んでいた。


僕は後部座席の左側に座り、

その隣には、連水 琥珀が静かに座っていた。


車はすでに走り出している。

けれど──


(……おかしい)


見慣れた帰り道じゃない。

駅前も、住宅街も通らなかった。


曲がるはずの交差点を、さっき真っ直ぐ抜けた。

何度も通った道だから、間違えようがない。


(……でも、黙っておこう)


声を出すと、

何かを壊してしまいそうだった。


真横にいるのは、連水 琥珀。


水蓮ギルドのトップ。

国家と並ぶ影響力を持ち、数々の討伐記録を塗り替えた“英雄”。


けれど今は──

その人が、横でじっと“黙って僕を見ている”。


「…………」


横顔を見る勇気がなかった。

でも視線を感じている。


肌が、針のようにチリチリと焼かれていくようだった。


喉が渇く。手のひらが汗ばむ。

息を吸うたびに、胸がぎゅっと締め付けられる。


(い……息がつまる……)


車内は、エンジン音すら静かだった。

運転席に座るスーツの護衛は一言も喋らず、前方だけを見ている。


そんな中──


「ねぇ、詩遠くん」


唐突に名前を呼ばれた。


反射的に顔を上げると、

琥珀は、ほんの少し首を傾けながら、やわらかく微笑んでいた。


まるで、何もおかしくないかのように。


「──どうして震えてるのかな」


静かな問いだった。


優しさに満ちた声色なのに、

なぜか“逃げ場”のない圧があった。


答え方ひとつ間違えたら、

呼吸そのものが許されなくなるような──そんな感覚。


だけど、逃げられない。

否応なく、何かが始まっている。


視線がぶつかって、僕はとっさに目を逸らした。


「……あ、憧れの……連水 琥珀さんが隣にいるので……

 緊張してるん……です……はは……」


笑いながら口にした言葉は、自分でも驚くほど震えていた。


それでも何とか場をごまかそうとして、僕は顔を少し横に向ける。


けれど──


「…………」


まだ、見られていた。


横目にちらりと視線を戻すと、

琥珀さんは一切の動きを止めたまま、

まるで絵画の中の人間のように“僕だけ”をじっと見ていた。


(……うわぁぁあ……さすがにもう……これ……目を逸らせない……!!)


心臓がバクバクとうるさくて、

息の仕方さえ忘れそうだった。


──もう、こうなったら。


「……」


僕は、目を閉じて、深く呼吸をひとつ。


────識環邪眼(しきかんじゃがん)!!


そっと目を開いた。


視線の先、琥珀の全身が視界に展開されていく──はずだった。


けれど──


(……っ!?)


何も“見えない”。


属性、魔力流、思念、構造、スキル情報──

そのどれもが、読み取れない。


まるで、そこだけ“解析対象が存在していない”かのように。


視界が歪み、干渉を試みた瞬間、

まるで何か“厚い膜”のような防壁が、僕の目を弾き返した。


「うーん」


琥珀の唇が、わずかに歪んだ。


「そんなに、僕のことが気になる?」


(……!?)


「……穴が空くほど見返してくれたから」


(さ、探られてる……!危ないっ…慎重に動かないと)


すると、バチンと視界を直接叩かれたような衝撃。


「うっ……!」


思わず、目元を押さえた。


痛みは一瞬。けれど明確に、“干渉された”感触が残っている。


「やっぱり熱のせいで体調が悪そうだね」


そう言って連れてこられたのは──


「…え?」


水蓮ギルド本部のあるタワービルだった。

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