↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おてんば姫の世界おやつ漫遊記 ~お城を家出したら、魔物二匹と諸国を救うことになりました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/12

第9話 これがお餅!?

 ヤマトノ国へ入った瞬間、わたしは息をのんだ。

 これまで通ってきたどの国とも、まったく違う景色がそこには広がっていた。石造りの建物ではなく、木と紙でできたような繊細な家々。道行く人々の衣装は、腰帯で結ばれた独特の形をしていて、足元には見たこともない木製の履物を履いている。

「これが……ヤマトノ国……」

「珍しい国ですね」

 セシルも興味深そうに周囲を見回している。ボンボンの背から見渡す街並みは、これまでの旅で目にしたどの景色よりも、異質でありながら不思議な調和を感じさせるものだった。

「きゅい、きゅい!」

 プティが帽子の中から興奮した様子で顔を出し、周囲の匂いを嗅ぎ回っている。

「わかるわ、プティ。わたしも何もかも珍しくて仕方ないもの」

 街道を進んでいくと、地面に敷き詰められた石畳の道の脇に、湯気の立ち上る場所が見えた。

「あれは……何かしら」

「温泉、というものではないでしょうか。以前、書物で読んだことがあります」

 セシルの言葉に、わたしはますます好奇心をかき立てられた。

「温泉? お湯が地面から湧き出てるってこと?」

「詳しくは分かりませんが、そのようなものだと」

 街の中心に近づくにつれ、木造の店が軒を連ねる商店街のような一角に差し掛かった。店先には見慣れない食べ物が並んでいて、その中のひとつに、わたしの目は釘付けになった。

「あれ、何かしら……白くて、丸い……」

 店先の茶屋らしき建物の中を覗くと、白い丸餅らしきものが炭火の上で焼かれているのが見えた。焼けるにつれて、餅がぷくりと膨らんでいく様子が何とも不思議だった。

「セシル、あれよ! きっと商人が言っていた『餅』ってやつだわ!」

「まだ確かめたわけでは……」

 わたしはすでに店の中へと足を踏み入れていた。店主らしき年配の女性が、こちらを見て少し驚いた表情を浮かべる。

「あの、これって『餅』ですか?」

「ええ、そうですよ。お客さん、遠くからいらしたのかしら」

「ええ、そうなの! これ、ひとつちょうだい!」

 銀貨を差し出すと、店主は焼きたての餅を小皿に乗せ、たれをかけて渡してくれた。香ばしい醤油の匂いが鼻をくすぐる。

「どうして二本の棒で食べ物をつかむの?」

「姫殿下、それはこちらの国では普通です」

「フォークの方が絶対に簡単よ」

 箸の使い方が分からず、結局は指でつまんで口に運んだ。

 もちもちとした食感が歯に伝わった瞬間、わたしは思わず声をあげた。

「の、伸びた! 本当に伸びたわ!」

 餅を噛み切ろうとするたびに、糸を引くように伸びる不思議な感触。これまで食べてきたどんな菓子とも違う、まったく新しい食感だった。

「セシル、見て! これ、本当に伸びるのよ!」

「姫殿下、口の周りにたれがついています」

「そんなことより、この食感! すごいと思わない!?」

 興奮のあまり、餅を千切っては伸ばし、伸ばしては千切りを繰り返していると、店主が微笑ましそうにこちらを見ていた。

「そんなに気に入っていただけて嬉しいわ。お代わりもございますよ」

「ください! たくさんください!」

「プティにも分けてあげてください」

「きゅい!」

 プティも餅を頬張りながら、驚いたように尻尾をぴんと立てている。あまりの伸び具合に戸惑っている様子が、なんともおかしい。

 餅を堪能していると、店の奥から、黒髪を赤い紐で結んだ少女が姿を現した。歳のころは、わたしより少し年下だろうか。黒い瞳には穏やかな光があり、巫女装束のような、独特な衣装を身にまとっている。

「お客さん、餅を気に入っていただけましたか」

「あなたは?」

「わたしはコハルと申します。この先にある神社で、巫女見習いをしております」

 コハルと名乗る少女は、穏やかな笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀をした。その所作には、これまで出会った誰とも違う独特の品があった。

「巫女見習い……」

「はい。この茶屋は、わたしの親戚が営んでおります。今日はお手伝いに来ておりました」

 わたしは興味津々でコハルに詰め寄った。

「ねえ、他にもこの国のお菓子について教えてくれない? 団子とか、羊羹とか、いろいろあるって聞いたんだけど」

「もちろんです。よろしければ、神社の方へご案内いたしましょうか。ちょうど今、祭りの準備で色々なお菓子を用意しているところなんです」

「祭り?」

「はい。数日後に、神様へ収穫を感謝する祭りがございます。神前へお供えする特別な菓子を、これから仕込むところなんです」

 その言葉に、わたしの好奇心はますます膨らんだ。

「見学させてもらってもいい?」

「ええ、もちろんです」

 コハルに案内され、わたしたちは神社へと向かうことになった。

 商店街を歩いていると、別の店先に、鮮やかな緑色の粉をまとった菓子が並んでいた。

「あれは何?」

「抹茶をまぶした、わらび餅というお菓子です」

 コハルが店先を指しながら説明してくれた。

「わらび餅?」

 一つ味見してみると、ぷるんとした柔らかな食感とともに、抹茶のほろ苦さが広がり、そのあとから優しい甘さが追いかけてきた。

「美味しい! この緑色、覚えたわ!」

「きゅい!」

 すっかり気に入ったわたしとプティは、店先でもう一つずつおかわりをねだり、コハルを困らせてしまった。

 商店街をさらに進むと、また別の店先から、威勢のいい掛け声と、今まで嗅いだことのないような香りが漂ってきた。

「せっかくですから、少し休憩がてら、お寿司を召し上がっていきませんか」

「お寿司?」

「酢で味付けしたご飯に、魚などを合わせた料理です」

「へえ……! それ、食べてみたいわ!」

 コハルの説明を聞いて、わたしは迷わず頷いた。

           ☆

 案内されたお店で、艶やかな酢飯の上に、色とりどりの魚が乗った寿司が運ばれてくる。物珍しさに目を輝かせながら、わたしは皿を覗き込んだ。

 小皿の隅に、見覚えのある緑色のものが添えられていた。

「あ、これも抹茶ね!」

「きゅい!」 

「え、リリィ、それは――」

 コハルが止めるより早く、わたしとプティは同時に口へ運んだ。

「――――っ!?」

「きゅいいいいっ!?」

 鼻の奥を突き抜けるような刺激に、わたしは涙目になった。

「な、なによこれ! 全然甘くないじゃない!」

「それはわさびです……」

 コハルが、申し訳なさそうに、けれどおかしさを堪えきれない様子で、そう教えてくれた。

「きゅ、きゅう……!」

 プティも、涙目のまま、必死にお茶を飲み干している。

「姫殿下、食べ物は確認してから口にしてください」

 セシルは寿司にわさびをほんの少しだけ付け、何事もなかったように味わっていた。

「プティだって食べたじゃない!」

「きゅい……」 

「プティを言い訳にしないでください」

「見た目が似てるからって、油断しちゃいけないのね……」

 涙目のまま呟くわたしの姿に、店の中では、思わずといった様子の笑い声が上がっていた。

                  ☆

 商店街を抜けてしばらく歩くと、周囲の賑わいは次第に遠ざかっていった。やがて木々に囲まれた石段が見えてくる。

 石段を登っていくと、鳥居と呼ばれる独特な形の門が現れ、その奥に静謐な雰囲気を漂わせる社殿が見えてきた。

「素敵な場所ね……」

「ありがとうございます。ここは、代々この土地の神様をお祀りしている神社です」

 境内に入ると、巫女装束の女性たちが忙しそうに立ち働いている姿が見えた。米を蒸す湯気があちこちから立ち上り、独特の甘い香りが漂っている。

「これが、祭りに使う米菓子の材料です」

 コハルが案内してくれた場所には、蒸したての米が大きな盥に盛られていた。

「これから、これを搗いて、神前にお供えする特別な菓子を作ります」

「わたしも手伝っていい?」

「え、よろしいのですか」

「もちろん! お菓子作りには目がないの!」

 興味津々で申し出ると、コハルは少し困ったような表情を浮かべた。

「じつは……今年の米は、少し様子がおかしいのです」

「様子が、おかしい?」

 わたしは首を傾げながら、蒸された米を一粒摘まんで口に含んだ。

 しばらく味わってみて、思わず眉をひそめる。

「……これ、味が薄いわね」

「え?」

 コハルが驚いた顔でこちらを見た。

「甘みが少ないっていうか……なんだか、育ち方がおかしいような気がするの。土の味がちゃんと乗ってないっていうか」

「そこまでお分かりになるのですか」

 コハルの表情が、驚きから真剣なものへと変わっていく。

「じつは、村の方々も同じようなことをおっしゃっていました。今年は米の出来が悪くて、特に神前にお供えする特別な米が、思うように育たなかったのです」

「原因は分かってるの?」

「はっきりとは……。ただ、村の田畑の近くにある森で、最近奇妙なことが起きているという噂もあって」

 コハルの表情に、不安の色が滲んだ。

「奇妙なこと?」

「夜になると、田畑の作物が少しずつ減っているらしいのです。獣の仕業かとも思われたのですが、足跡なども見当たらず……」

 わたしとセシルは、思わず顔を見合わせた。

「気になるわね……」

 そのとき、わたしの肩の上でプティが、突然何かに反応するように鼻をひくつかせ始めた。

「きゅい! きゅい!」

「プティ、どうしたの?」

 プティは興奮した様子で、神社の裏手にある森の方角を指し示すように、必死に鼻先を向けている。

「あっちから、何か甘い匂いがするみたいです」

 コハルが不思議そうに呟いた。

「甘い匂い……?」

 わたしは森の方角を見つめながら、胸の奥にざわめきを感じていた。

(また、この感覚。何か、大切なことが隠されている気がする)

「コハル、その森について、もっと詳しく教えてもらえる?」

「はい……。ただ、あまり近づかない方がいいと、村の年配の方々からは言われています。何か、良くないものが棲みついているのではないか、と」

「セシル、どう思う?」

 尋ねると、セシルは真剣な表情で少し考え込んでから答えた。

「気になることではありますが、まずは情報を集めるべきかと。夜になってから森へ向かうのは危険です」

「そうよね……」

 わたしは頷きながらも、心の中では既に決意を固めていた。

(この謎、絶対に解き明かしてみせるわ)

 その日の夜、コハルの計らいで、わたしたちは神社の一室に泊めてもらうことになった。

 布団に横たわりながら、わたしは昼間の出来事を思い返していた。

 味の薄い米。夜な夜な減っていく作物。そして、フロレンツァ公国でも感じた、果物の違和感。

 これらは、本当にただの偶然なのだろうか。

「プティ、あなたはどう思う?」

「きゅう……」

 すでに眠りについているらしいプティは、規則正しい寝息を立てるだけだった。

 窓の外には、見たこともない星空が広がっている。月明かりに照らされた神社の境内は、昼間とはまた違う、神秘的な静けさに包まれていた。

(明日、あの森を調べてみましょう)

 そう心に決めながら、わたしはゆっくりと眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。