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おてんば姫の世界おやつ漫遊記 ~お城を家出したら、魔物二匹と諸国を救うことになりました~  作者: 明石竜


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第26話 王女として、お願いします

 玉座の間での報告を終えた後、事態は急速に動き始めた。

 父上はすぐさま各国への使者を送るよう命じ、精霊脈の修復に関する緊急会議を開くことを決定した。わたしがこれまでの旅で集めてきた情報は、宰相や城の学者たちによって、丹念に整理されていくことになった。

「姫殿下、これから開かれる会議には、各国の代表者も参加することになります」

 セシルが会議の準備が進む城内の様子を見つめながら、そう説明してくれた。

「精霊脈を修復するには、各国が管理している魔力施設を、一時的に接続する必要があるみたいです」

「はい。しかし、それぞれの国が独自に運用している施設を接続するとなると、当然、外交的な調整が必要になります」

 セシルの言葉に、わたしは重々しく頷いた。

 これまでの旅で出会ってきた各国の状況を思い返しながら、わたしは、この問題がいかに複雑で、繊細な調整を必要とするものであるかを、改めて実感していた。

          ☆

 会議の当日、王城の大広間には、各国から派遣された代表者たちが集まっていた。フロレンツァ公国からはジョゼッペ氏の代理を務める商業組合の者たちが、ヤマトノ国からはコハルの師である神主を含む代表団が、サハリア王国からはシャヒラ自身をはじめとする代表団が、ノルディア王国からは村長の代理である長老を含む代表団が、そしてアルマ海洋共和国からは海洋交易を取りまとめる評議会の代表団が、はるばる駆けつけていた。

「まさか、こんなに早く、皆さんと再会できるなんて」

 久しぶりに顔を合わせた面々を前に、わたしは思わず声を弾ませた。

「リリアーヌ様のお招きとあらば、馳せ参じないわけには参りません」

 シャヒラが優雅な笑みを浮かべながら、そう答えてくれた。

「皆さん、長旅でお疲れでしょう。お茶とお菓子を用意させています」

「姫殿下」 

「何よ、セシル。大事なおもてなしでしょう?」

「会議が始まる前から、ご自分の前にだけ三種類ございますが」

「……各国の味を公平に確認しているのよ」

「そういうことにしておきます」

           ☆

 会議が始まると、まず各国の代表者たちから、それぞれの国で起きている異変について、詳細な報告が行われた。フロレンツァ公国での果物の質の低下、ヤマトノ国での米の不作と森の異変、サハリア王国での蜂蜜と花の減少、ノルディア王国でのベリー類の不作。

 どの報告も、これまでわたし自身が見聞きしてきた内容と、深く重なり合うものだった。

「これらの異変はすべて、大陸を巡る精霊脈の寸断が原因であると考えられます」

 宰相が、これまでに集めた情報を整理しながら、そう説明した。

「精霊脈を修復するためには、各国が個別に運用している魔力施設を、一時的に接続する必要があります。しかし、これは決して簡単な話ではありません」

 その言葉に、会議の場に、重苦しい沈黙が広がった。

 各国の代表者たちの間にも、明らかな戸惑いの色が浮かんでいる。

「魔力施設の接続となると、それぞれの国の安全保障にも関わる問題です」

 フロレンツァ公国の代表が、慎重な口調でそう発言した。

「他国と施設を接続するということは、自国の魔力を、他国に依存する形にもなりかねません」

「それは、我が国としても、慎重に検討せねばならない問題ですな」

 ヤマトノ国の神主も、同意するように頷いた。

 会議は次第に、各国の思惑が交錯する、複雑な様相を呈し始めていた。

 そのとき、一人の代表者が、低い声で口を開いた。

「そもそも、本当にそこまでして協力する必要があるのでしょうか」

 場の空気が、わずかに張り詰めた。

「異変が起きていることは承知しております。しかし、それぞれの国には、それぞれの事情があります。自国の安全を危険にさらしてまで、大陸全体のために力を貸せと言われても、簡単に頷くことはできません」

「ですが、このままでは――」

「姫殿下」

 わたしが口を開こうとすると、代表者は静かにこちらを見た。

「失礼を承知で申し上げます。姫殿下がおっしゃっていることは、理想としては立派です。しかし、理想だけで国を守ることはできません」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 少し前のわたしなら、きっと言い返す言葉を見つけられなかったと思う。

 けれど今は、違った。

 わたしはゆっくりと立ち上がった。

「……確かに、わたしは国を治めた経験もありません。外交のことだって、まだ分からないことばかりです」

 父上が、じっとこちらを見つめている。

「でも、わたしは、この目で見てきました」

 会議の場にいる、一人一人の顔を見渡した。

「フロレンツァでは、果物の味が失われ始めていました。ヤマトノ国では、米の実りが悪くなって、森の魔物たちまで食べ物を求めて村へ下りてきていました」

 シャヒラが、静かにこちらを見つめている。

「サハリアでは、花畑が枯れ、蜂蜜が採れなくなり始めていました。ノルディアでは、冬を越せるかどうか不安を抱えている村の人たちにも会いました」

 会議の空気が、少しずつ変わっていくのを感じた。

「わたしが見てきたのは、数字や報告書だけじゃありません」

 自然と、声に力が入った。

「そこで暮らしている人たちです」

 代表者たちは、誰も口を挟まなかった。

「自分の国だけを守ろうとしても、この異変そのものが大陸全体に広がっているのなら、いつかは守れなくなると思います」

 わたしは一度息を吸った。

「一つの国だけで、全部を守ることなんてできません。だからこそ今は、それぞれの国が少しずつ力を貸し合う必要があるんだと思います」

 先ほどまで戸惑いを浮かべていた代表者たちの表情が、少しずつ変わっていくのが分かった。

 それでも、先ほどの代表者はすぐには頷かなかった。

「……姫殿下は、本当にそれで各国を守れるとお考えですか」

「分かりません」

 わたしは、正直に答えた。

 その返答に、会議の場がわずかにざわめく。

「でも、何もしなければ守れないことだけは、分かります」

 代表者の目を、まっすぐ見返した。

「わたしは、それを旅の途中で何度も見てきましたから」

 しばらく、誰も口を開かなかった。

 やがて、シャヒラがゆっくりと立ち上がった。

「リリアーヌ様のおっしゃる通りです。わたくしも、実際に花畑の異変を目の当たりにし、その深刻さを痛感しております。サハリア王国としては、精霊脈の修復に、全面的に協力することを、ここに表明いたします」

 その言葉を皮切りに、会議の空気が少しずつ動き始めた。

 ヤマトノ国の神主が、重々しく頷いた。

「我が国も、村人たちの窮状を思えば、協力せぬわけには参りますまい」

 フロレンツァ公国の代表も、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。

 その後、ヤマトノ国、ノルディア王国、アルマ海洋共和国の代表も、相次いで協力の意を示した。

 そして、各国の代表団の中で最後まで難色を示していた一人も、しばらく沈黙した末、小さく息を吐いた。

「……姫殿下のお言葉だけで、すべての懸念が消えたわけではありません」

 わたしは黙って、その言葉を受け止めた。

「ですが、何もしなければ守れない、というお言葉も事実でしょう。我が国でも、協力に向けた検討を進めることをお約束いたします」

「ありがとうございます」

 わたしは深く頭を下げた。

 各国の代表者たちが、次々と協力の意を示していく様子を見つめながら、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 会議の後、父上がわたしのもとに歩み寄ってきた。

「リリアーヌ、先ほどの発言、なかなか見事だったぞ」

「お父様……」

「お前が、あれほどまでに、他国の人々のことを深く理解し、彼らのために言葉を尽くせるようになるとは、正直、思ってもみなかった」

 父上の言葉には、これまでにない、確かな誇らしさが滲んでいた。

「旅を通じて、少しは成長できたということかもしれんな」

「はい、お父様。この旅で、たくさんのことを学びました」

 わたしは、これまでの旅を振り返りながらそう答えた。

 城を飛び出したあの夜、わたしはただ、王女という立場から逃げ出したいだけだった。けれど今、わたしは、王女という立場だからこそできることの意味を、深く理解し始めていた。

              ☆

 その日の夜、各国からの協力を取り付けたことで、精霊脈の修復に向けた具体的な計画が、急速に進められることになった。

「セシル、ようやく、ここまで辿り着いたわね」

 城の一室で、わたしはセシルにそう語りかけた。

「はい。しかし、これはまだ、始まりに過ぎません。実際に精霊脈を修復するには、始まりの森で、精霊自身と向き合う必要があるはずです」

 セシルの言葉に、わたしは頷きながら、改めて決意を固めた。

「明日、始まりの森へ向かいましょう。そこで、この旅の、本当の終着点を見届けるために」

「はい、姫殿下」

 窓の外に広がる、星々が瞬く夜空を見つめながら、わたしは、これまでの旅で出会ってきたすべての人々の顔を、改めて思い浮かべていた。

 ミレーナ、コハル、シャヒラ、フレイヤ、マリン。

 彼女たちとの絆が、今、大陸全体を繋ぐ、大きな力へと変わろうとしていた。

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