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おてんば姫の世界おやつ漫遊記 ~お城を家出したら、魔物二匹と諸国を救うことになりました~  作者: 明石竜


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第21話 姫殿下、これはもう旅行ではありません

 翌朝、村を発つ準備を整えていると、セシルがいつになく厳しい表情でわたしを呼び止めた。

「姫殿下、少しお話があります」

「何かしら」

「昨夜おっしゃっていた、アルマ海洋共和国へ向かう件です」

「ええ」

「これまでは、姫殿下が旅先で出会う問題に首を突っ込むことを、多少は大目に見てきました。ですが、今回のことは、これまでとは規模が違います」

 セシルの声には、これまでにない真剣さが滲んでいた。

「世界規模の異変だとすれば、それはもはや、一介の旅人が首を突っ込んでよい類のものではありません。各国の政治的な問題や、古代からの魔力の仕組みなど、あまりにも大きすぎる話です」

「でも、だからって――」

「姫殿下は、王女です」

 セシルがきっぱりと言い切った。

「王女という立場は、確かに大きな責任を伴います。ですが、それは同時に、何もかもを一人で背負う必要があるという意味ではありません。このような問題は、然るべき機関や、専門家たちに委ねるべきです」

 その言葉に、わたしは思わず唇を噛んだ。セシルの言っていることは、決して間違っていない。むしろ、正論だと言えるだろう。

 けれど。

「わたしは、知ってしまったのよ」

 わたしは、はっきりとした声で答えた。

「フロレンツァ公国での果物の異変。ヤマトノ国での、弱った魔物たちと村人たちの苦労。サハリア王国での、枯れかけた花畑。そしてこの村での、不作に苦しむ人々の姿」

 言葉を続けながら、わたしはこれまで出会ってきた人々の顔を、一人ずつ思い浮かべていった。

「ミレーナ、コハル、シャヒラ様、フレイヤ。みんな、それぞれの場所で、一生懸命に生きてる。その暮らしが、この異変によって、少しずつ脅かされてる」

「それは、分かっております。ですが――」

「王女だからこそ、知ってしまったのに、見なかったことにはできないの」

 わたしはセシルの目をまっすぐに見つめながら、はっきりとそう告げた。

 その言葉に、セシルは一瞬、息をのんだような表情を見せた。

「もし、わたしがただの旅人だったら、ここで見て見ぬふりをすることもできたかもしれない。でも、わたしは王女なの。それも、旅の中で、たくさんの国の、たくさんの人たちと繋がりを持ってしまった王女よ」

 わたしは自分の胸に手を当てながら、続けた。

「だったら、その繋がりを使って、何かできることがあるはずだと思うの。王女だからこそ、逃げたいって思ってたけど……今は、王女だからこそ、動きたいって思ってる」

 その言葉を口にした瞬間、わたしは自分自身の中で、何かが確かに変わったことを感じ取っていた。

 城を飛び出したあの夜、わたしはただ、王女という窮屈な立場から逃げ出したいだけだった。世界中のお菓子を食べ尽くしたいという、単純な欲求に突き動かされて。

 けれど今、目の前に広がっているのは、それだけでは片付けられない、もっと大きな現実だった。

 セシルはしばらくの間、黙り込んでいた。灰青色の瞳には、複雑な感情が渦巻いているように見える。

 やがて、彼女は穏やかに、けれど確かな決意を込めて口を開いた。

「……分かりました」

「セシル?」

「姫殿下がそこまでおっしゃるのであれば、私も、覚悟を決めます」

 セシルは剣の柄に手を添えながら、まっすぐにこちらを見据えた。

「これまでは、姫殿下を城へ連れ戻すことを、心のどこかで職務として意識しておりました。ですが、今この瞬間から、それは違います」

「違う、って?」

「私は、姫殿下がこの謎を解き明かし、世界を救う一助となれるよう、正式に、その旅にお供いたします」

 その宣言に、わたしは思わず目を見開いた。

「セシル、それって……」

「これは、監視でも、護送でもありません。姫殿下と共に、この問題に立ち向かうための、正式な協力です」

 セシルの表情には、これまでにない強い決意が浮かんでいた。その姿を見て、わたしの胸に、深い感動が込み上げてくる。

「ありがとう、セシル」

「礼を言われることではありません。これは、私自身の意志で決めたことですから」

 凛とした声でそう答えるセシルの姿に、わたしは改めて、彼女の存在の大きさを実感していた。

「きゅい!」

 服の中から顔を出したプティも、二人のやり取りに賛同するように鳴き声をあげた。

「もふぅ!」

 ボンボンも、力強くそれに応える。

 村を発つ前、フレイヤが名残惜しそうな様子で見送りに来てくれた。

 その少し後ろには、グスタフの姿もあった。

「……余所者にしては、よくやったな」

「それ、褒めてるの?」

「好きに受け取れ。次に来るときは、もう少しまともな時期に来い。冬の村は客をもてなす余裕がない」

 そう言って顔を背けるグスタフに、わたしは思わず笑ってしまった。

 

「本当に、行っちゃうのね」

「うん。でも、必ずまた戻ってくるわ。この問題を解決したら、絶対に」

「待ってるわ。それと、これ」

 フレイヤは、小さな包みを差し出してきた。

「シナモンロール、たくさん焼いたの。旅の途中で食べて」

「ありがとう、フレイヤ!」

 包みを受け取りながら、わたしは温かい気持ちに満たされた。

 最後にボンボンに駆け寄ったフレイヤは、名残惜しそうにその毛並みを撫でた。

「ボンボン、また会えるといいな」

「もふぅ」

 ボンボンも、フレイヤの別れを惜しむように、優しく鼻先をすり寄せた。

             ☆

 村を発ち、南へと続く街道を進みながら、わたしは改めて、これから向かうべき道のりについて思いを巡らせていた。

「セシル、まずはどこを目指せばいいと思う?」

「アルマ海洋共和国へ向かうには、海を渡る必要があります。港町を目指すのが良いかと」

「海を渡る……ってことは、船に乗るのね」

「はい。そのためには、まず海沿いの町まで移動し、船の手配をする必要があります」

 これまでの陸路の旅とは、また違った困難が待ち受けていそうな予感がした。それでも、不思議と不安は感じなかった。

 むしろ、新たな冒険への期待の方が、胸の中で大きく膨らんでいる。

「きっと、アルマ海洋共和国でも、色々な発見が待ってるはずよ」

「姫殿下は、こんな状況でも、前向きでいらっしゃいますね」

 セシルが呆れたような、それでいてどこか温かい口調でそう言った。

「だって、落ち込んでても仕方ないでしょう。前に進むしかないんだから」

 わたしの言葉に、セシルは小さく微笑んだ。

「確かに、その通りですね」

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