第20話 ボンボン、そり大会に出る
翌日。フレイヤの案内で村を歩いていると、広場の方から、賑やかな声が聞こえてきた。
「今年も、そり大会の季節だな!」
「うちの犬ぞり、今年こそは優勝を狙うぞ!」
村人たちが雪の積もった広場に集まり、何やら準備を進めている様子だった。
「そり大会?」
わたしが興味津々で尋ねると、フレイヤが説明してくれた。
「毎年、この時期に開かれる、村の恒例行事なの。雪原に作ったコースを、そりで一番早く滑り抜けた人が優勝するのよ」
「面白そう!」
わたしの目が、思わず輝いた。
「優勝すると、何がもらえるの?」
「今年育てた蜂蜜酒の樽と、冬を越すための保存食が、賞品として用意されるはずよ」
「でも、今年は保存食の蓄えも少ないんでしょう? 賞品にして大丈夫なの?」
「うん。だから、今年は例年よりずっと少ないの。それでも村長が、こういう時だからこそ大会は続けようって」
「そうなんだ……」
森で見た弱った木々の姿が、頭をよぎった。異変の影響は、こうして村の暮らしにも確かに広がっている。
「そういうことなら、わたしも参加したいわ!」
「え、リリィも出るの?」
「もちろん! こういうお祭り事、大好きなの!」
「それなら、ボンボンと一緒に出てみる?」
「ボンボンと?」
「うん。あの子なら、雪の上でもしっかり走れるし、そりを引く力もありそうだもの」
少し離れた場所で、雪原に生えた草をのんびりと食んでいたボンボンが、こちらを見て顔を上げた。
「もふぅ?」
「ボンボン、あなた、そりを引けそう?」
わたしが尋ねると、ボンボンは興味深そうに、近くに置かれていたそりの一台に鼻先を近づけていった。
「あら、興味を持ってるみたいね」
フレイヤが感心したように呟いた。
村人の一人が、丁度良いサイズのそりを、快く貸してくれることになった。
「グランドアルパカがそりを引くなんて、初めて見るな」
「うまくいくといいが」
興味深そうに集まってきた村人たちの視線を受けながら、わたしたちは、ボンボンにそりの綱をつける準備を始めた。
「セシル、手伝って!」
「わ、私もですか」
戸惑うセシルを引っ張り込みながら、わたしたちは、慣れない手つきで、綱の結び方を試行錯誤した。
その様子を見ていたフレイヤが、見かねたように近づいてきた。
「そんな結び方じゃ、途中で外れちゃうわよ。ほら、こうやるの」
フレイヤは慣れた手つきで、あっという間に綱をしっかりと固定してみせた。
「さすが、雪国育ちね!」
「これくらい、当たり前よ。ボンボンなら、きっとそりも引けると思う」
「本当?」
「うん。さっき乗せてもらったときも、雪の上をすごく安定して走ってたもの」
「もふぅ!」
褒められたのが分かったのか、ボンボンが得意げに胸を張った。
「じゃあ、そり大会には、わたしとボンボンで、一緒に出るわ! フレイヤは、応援してくれる?」
「もちろん! でも、油断は禁物よ。うちの村の子たちも、みんな結構な腕前だから」
フレイヤの言葉通り、広場には次々と、そりを引く動物たちが集まってきていた。頑丈そうな犬ぞり、力強い角を持つ大型の鹿、そして、毛並みの美しい馬。
「わあ、色んな動物がいるのね」
わたしは、興味深そうに、それぞれのそりを見比べた。
そのとき、プティが寒さで縮こまりながらも、わたしの服の隙間からひょっこりと顔を出した。
「きゅう……」
「プティ、あなたも、応援してくれるの?」
「きゅ……」
弱々しい鳴き声を返すプティに、わたしは苦笑しながら、服の中へと優しく押し戻した。
「無理しないで、暖かくしてなさいね」
いよいよ、そり大会の開始時刻が近づいてきた。
広場に設けられたスタートラインに、わたしとボンボンも、他の参加者たちと並んで位置についた。
「準備は、いいですか」
村長が、大きな声で参加者たちに呼びかけた。
「ボンボン、頑張りましょうね!」
「もふぅ!」
ボンボンも、いつになく気合の入った様子で、鼻を鳴らして応えた。
「位置について……」
村長の合図と共に、わたしはそりの手綱をしっかりと握りしめた。
「よーい、スタート!」
その掛け声とともに、一斉に、動物たちが雪原を駆け出した。
「わあああっ!」
思っていた以上のスピードに、わたしは思わず悲鳴のような声をあげた。ボンボンは真っ白な雪原を、まるで飛ぶように駆け抜けていく。
しかし、しばらく順調に進んでいたところで、ふと、ボンボンの足取りが急に緩やかになった。
「ボンボン? どうしたの、頑張って!」
わたしが必死に声をかけても、ボンボンは、なぜかコースの脇に生えている雪の下からわずかに顔を出した草に、興味を惹かれ始めていた。
「もふ……」
「駄目よ、今は競争中なんだから!」
しかし、ボンボンはすっかり草に気を取られてしまい、その場に座り込んでしまった。
「ちょっと、ボンボン!!」
わたしの悲痛な叫びも虚しく、他の参加者たちが次々とわたしたちを追い抜いていく。
「もう、こんな時に限って!」
わたしが頭を抱えていると、コースの脇で応援していたフレイヤが、大きな声で呼びかけてきた。
「ボンボン! こっちよ! ちゃんと走って!」
その声に反応してか、ボンボンが、ゆっくりと顔を上げた。
「もふぅ?」
「そう、その調子! さあ、頑張って!」
フレイヤの声援に応えるように、ボンボンは、名残惜しそうに草を一口だけ食んでから、ようやく再び走り出した。
「よかった、動いてくれた……!」
わたしは安堵の息をつきながら、改めて手綱を握り直した。
けれど、すでに大きく出遅れてしまったこともあり、順位を挽回するのは簡単ではなさそうだった。
「ボンボン、ここからよ! 全力で行きましょう!」
「もふぅ!」
ボンボンが、これまでにない勢いで雪原を駆け抜け始めた。真っ白な毛並みが、風になびきながら猛烈な速さで前へと進んでいく。
次々と、前を走っていた参加者たちを追い抜いていく様子に、わたしは思わず歓声をあげた。
「すごい、すごいわ、ボンボン!」
ゴールが見えてきたところで、わたしたちはついに先頭集団に追いついていた。
「あと少し、頑張って!」
わたしの声援に応えるように、ボンボンが最後の力を振り絞って、地面を蹴った。
そして、わずかの差で、わたしたちは二位でゴールラインを駆け抜けた。
「やった……! やったわ、ボンボン!」
わたしは、興奮のあまり、ボンボンに勢いよく抱きついた。
「もふぅ!」
ボンボンも、誇らしげに鳴き声をあげながら、わたしの頬に鼻先をすり寄せてきた。
「二位だなんて、すごいじゃない!」
フレイヤが駆け寄ってきて、興奮した様子で祝福してくれた。
「途中で、あんなに出遅れたのに、まさか、これだけ挽回できるなんて」
「ボンボンが、本当に頑張ってくれたのよ」
わたしは改めてボンボンの首元を優しく撫でた。
優勝は、犬ぞりを操っていた村の若い猟師の男性の手に渡った。彼は賞品として用意された蜂蜜酒の樽と、保存食の包みを誇らしげに受け取っていた。
「今年も、無事に大会を開催できて、良かったですな」
村長が安堵した様子でそう呟いた。
「賞品は例年より少し寂しくなってしまいましたが、こうして皆の笑顔が見られただけでもじゅうぶんです」
その言葉に、森で見た弱った木々の姿が脳裏に浮かんだ。
「来年は、もっと豊かな実りの中で大会を開けるといいわね」
「ええ。お嬢さんたちの旅の先に、この異変を解く手がかりがあることを願っておりますよ」
☆
大会が終わった後、わたしたちは村人たちと一緒に賑やかな祝宴を楽しんだ。二位に入賞したわたしたちにも、ささやかながら、シナモンの効いた温かい飲み物がねぎらいとして振る舞われた。
「今日は、本当に楽しかったわ」
わたしが温かい飲み物を口にしながら呟くと、フレイヤも満足げな笑みを浮かべた。
「あたしも、楽しかった。ボンボンとリリィのおかげで、いつもより盛り上がった大会になったと思うわ」
「もふぅ!」
ボンボンも、賑やかな祝宴の雰囲気を楽しむように、機嫌よく鳴き声をあげていた。
プティは寒さでまだ元気がなかったけれど、わたしの膝の上で、温かい飲み物の湯気を、心地よさそうに浴びていた。
「きゅう……」
「プティも、少しは温まった?」
「きゅ」
小さく頷くような仕草を見せるプティに、わたしは思わず笑みをこぼした。
夜が更けていく中、わたしは賑やかな祝宴の輪の中で、改めてこの村での日々を振り返っていた。
不作という深刻な現実を抱えながらも、村人たちは、こうして明るく前向きに、日々を過ごそうとしている。その逞しさに、わたしは、深い感銘を受けていた。
(この村の人たちのためにも、絶対に、この異変の謎を解き明かさなきゃ)
そのあと、村長の家で暖を取りながら、わたしはこれからの旅の方向性について、セシルと話し合った。
「セシル、これから、どうすればいいと思う?」
「まずは、この異変の全容を、もっと詳しく把握する必要があると思います。そのためには、さらに多くの国を訪れ、情報を集める必要があるでしょう」
「そうよね……」
わたしは石碑から写し取った紋様を、改めて見つめた。大陸全体を描いたその図柄には、まだわたしたちが訪れていない国々も、いくつか記されている。
「アルマ海洋共和国……。まだ行ったことのない国だわ」
「海を越えた先にある国ですね」
「そこにも、同じような異変が起きてるかもしれない。それに、もしかしたら、この問題についてもっと詳しく知ってる人がいるかもしれないわ」
窓の外に広がる、雪に覆われた静かな夜の景色を見つめながら、わたしは次の目的地を心に決めた。




