第19話 雪山のお菓子と枯れた森
フレイヤの案内で、わたしたちは村の北に広がる森の奥へと進んでいった。
やがて、フレイヤが指し示す先に、確かに様子のおかしい木々が見えてきた。古木は幹の色艶を失い、どこか弱々しい佇まいを見せている。
「これが、あなたの言ってた変な木?」
「そう。うちのおじいちゃんが言うには、この森の木々は、冬でも土地の魔力を蓄えて、春になったら一気に開花するんだって。でも、今年はどうも、その魔力の蓄えが上手くいってないみたいで」
フレイヤの説明に、わたしとセシルは真剣な表情で耳を傾けた。
「土地の魔力……」
これまでの旅で何度も聞いてきた言葉が、ここでも再び姿を現した。
「もう少し奥に、古い石碑があるって聞いたことがあるの。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれないわ」
フレイヤの提案に、わたしたちは顔を見合わせて頷いた。
「行ってみましょう」
日が傾き始める中、わたしたちはさらに森の奥へと足を踏み入れていくことになった。
☆
進むにつれ、雪は次第に深さを増し、木々の間から差し込む光も乏しくなっていった。
「もう少し奥のはずなんだけど……」
フレイヤが先頭に立ち、慣れた足取りで雪道を進んでいく。ボンボンはその後ろを、危なげない足取りでついていった。
「もふぅ」
「ボンボン、雪道でも本当に頼りになるわね」
感心しながら見つめていると、セシルが横で小さく身を震わせた。
「それにしても、この寒さは応えますね」
「セシル、大丈夫? 温かいものでも食べる?」
わたしは鞄の中から、旅の途中で仕入れておいたシナモンロール風のパン菓子を取り出した。ノルディア王国名物だという、香辛料の効いた甘いパン菓子だ。
「まだ温かいうちに食べましょう」
差し出すと、セシルはありがたそうに受け取り、一口かじった。
「……美味しいですね。体が温まる気がします」
「でしょう! シナモンの香りが、なんだかほっとするのよね」
プティも服の内側から鼻先だけを出し、パン菓子の匂いに反応していた。
「きゅう」
「プティも食べる? でも、あまり動くと寒いでしょう」
小さな欠片を差し出すと、プティは服の隙間から器用に顔を出し、パクリと頬張った。それでも、すぐにまた服の中へと引っ込んでしまう。
「相変わらず、寒さには弱いのね」
フレイヤがくすくすと笑いながら、こちらを振り返った。
「あなたたちの旅、本当に賑やかね。見てて飽きないわ」
「そう? まあ、いつもこんな感じよ」
しばらく雪道を進み続けると、ようやく開けた場所に出た。木々に囲まれたその場所の中央には、苔むした古い石碑が、雪に半分埋もれるようにして佇んでいた。
「あれだわ!」
フレイヤが指差した先に、わたしたちは急いで駆け寄った。
石碑の表面には、長い年月を経て風化した文字と紋様が刻まれている。サハリア王国で見た紋様と、どこか似た雰囲気を感じさせるものだった。
「これは……」
セシルが積もった雪を丁寧に払いのけると、石碑の全貌が姿を現した。
刻まれた文字は古い言語らしく、すぐには読み取れなかったけれど、紋様の方は、まるで大陸全体を描いたかのような、大きな地図のような図柄になっていた。
「これって、もしかして……」
わたしは目を凝らして、その紋様を注意深く観察した。地図らしき図柄の各所には、点のようなものが刻まれており、それらが線で結ばれている。
「各国を繋ぐ、何かの経路のように見えます」
セシルの言葉に、わたしも大きく頷いた。
「精霊脈……とか、そういうものじゃないかしら」
その言葉が口をついて出た瞬間、これまでの旅で感じてきたすべての違和感が、一本の線として繋がっていくような感覚があった。
「精霊脈?」
フレイヤが不思議そうに首を傾げる。
「詳しいことは分からないんだけど……もしかしたら、各国の土地を繋ぐ、魔力の流れのようなものがあるんじゃないかって、思ってるの」
わたしは石碑の紋様を指でなぞりながら、これまでの旅路を思い返した。
「フロレンツァ公国、ヤマトノ国、サハリア王国。どの国でも、植物の実りが悪くなってた。そして、それぞれの国で、土地の魔力や精霊の気配みたいなものが関わってた」
「もし、この石碑に刻まれた紋様が、その魔力の流れを示しているのだとすれば……」
セシルが石碑の一部を指差した。
「ここ、線が途切れているように見えます」
その指摘に、わたしは息を呑んだ。よく見ると、確かに紋様の一部で、本来なら繋がっているはずの線が、ぷつりと途切れている箇所がいくつも見受けられる。
「途切れてる……」
「これが、もし本当に魔力の流れを示すものだとしたら、その途切れている部分こそが、今起きている異変の原因なのかもしれません」
セシルの推測に、わたしの背筋に、ぞくりとしたものが走った。
フレイヤも真剣な表情で石碑を見つめていた。
「これって、もしかして、村のおじいちゃんが昔話で言ってたことと関係あるのかも」
「昔話?」
「うん。昔は、国境を越えて、土地の魔力が自然と巡っていたんだって。でも、いつのころからか、各国がそれぞれ自分の土地の魔力施設を独自に管理するようになって……その結果、魔力の巡りが悪くなったんだって、そんな話を聞いたことがあるわ」
フレイヤの言葉に、わたしとセシルは思わず顔を見合わせた。
「国境を越えて、魔力が巡っていた……もし、それが本当なら……」
わたしは石碑に刻まれた大陸の地図を、改めてじっくりと見つめた。
「わたしたちが旅してきた国々だけじゃなくて、まだ行ったことのない国々でも、同じような異変が起きてる可能性があるってことよね」
「はい。おそらくは、世界規模の問題なのだと思います」
セシルの声には、これまで以上の緊張感が滲んでいた。
わたしは石碑から一歩下がり、改めて周囲の森を見渡した。
雪に覆われた木々は、確かに本来の生命力を失いつつあるように見える。この森だけでなく、大陸中の様々な場所で、同じような異変が進行しているのかもしれない。
「これは……もう、ただの食べ歩き旅行じゃ済まされないかもしれないわね」
思わず漏らした呟きに、セシルがゆっくりと頷いた。
「姫殿下がそこまでおっしゃるのなら、これは本当に、看過できない問題なのだと思います」
日が完全に沈む前に、わたしたちは石碑の紋様を丁寧に写し取り、村へと引き返すことにした。
帰り道、フレイヤが心配そうな表情で尋ねてきた。
「ねえ、この問題、あなたたちが何とかできるものなの?」
その問いに、わたしはしばらく考え込んでから、冷静に答えた。
「正直、まだ分からないわ。でも、このまま見過ごすことはできないと思うの」
「そう……。何か力になれることがあったら、いつでも言ってね」
フレイヤの優しい言葉に、わたしは温かい気持ちになりながら頷いた。
村に戻ると、村長が心配そうな様子で出迎えてくれた。
「何か、分かりましたかな」
「まだはっきりとしたことは言えないんだけど……この問題、もしかしたら、この村だけの問題じゃないかもしれない」
わたしの言葉に、村長は驚いた表情を見せた。
「世界規模の、問題だと?」
「まだ確証はないの。でも、これまで旅してきた国々でも、似たような異変が起きてた」
村長は深刻な表情で考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「もし、そのような大きな問題であるならば……お嬢さんたちの旅が、この村だけでなく、多くの人々を救うことに繋がるやもしれませんな」
その言葉に、わたしは改めて、自分たちが背負い始めている責任の重さを感じた。




