EP3. 肉くださいよ
若い男は名乗らなかった。
「この怪異、霊力のあるものを食って生きてんだよね。
あの猛ダッシュの様子じゃ
お兄さん、奴からするとかなり美味しそうな霊力の持ち主だと思うから、気を付けた方がいいよ。」
いや、自分に霊感があるなんて生まれてこの方感じたことはないんだが。
オカルトにハマっていた時期ですら。
というか気を付けるってどんな風にだよ。
訂正したい衝動は胸の内にしまって、質問をする。
「こ、こいつなんなんだ?
というかその恰好はなんだ?何故正真正銘本物の刀を持ってる?」
「…いわゆる怪異、妖の類だよ。
僕はこういう奴らを退治してこの国の平和を人知れず守ってるヒーローってとこかな、ハハ――。」
つい先ほどまで得体のしれない化物と対峙していた緊張感が嘘だったかのように男は軽快に笑って答える。
『...にく』
「―—!?」
俺はその声に肩をつかまれたように、先ほどまで地面に伏していた頭と胴体に目を向けた。
「あらら...。そういう感じねコイツ...。
お兄さん。危ないからまっすぐ帰った方がいいよ。――っと。」
男は手慣れた様子で刀を構え戦闘態勢をとった。
頭と胴体が分断された『それ』はうごめきながらそれぞれが元の人型を復元するように形作っていく。
すぐに完全に元の姿を取り戻した『それ』は二体で叫んだ。
『『 肉 ください よォォォ』』
よし、帰ろう――。
さようなら。見知らぬ心優しき軍服チャラ男。
俺はコンビニへ行くのは当然諦め、そそくさと、足元が絡まりそうになりながらもいつもの帰り道を目指した。
――――――――――
――まだ心臓の鼓動がうるさいくらいに感じられる。
帰り道。
俺の脳は先ほどまでのぶっ飛んだ体験のおかげでとうにキャパオーバーしており、継ぎ接ぎみたいに様々な思考―といっても論理的な思考ではなく理性を保とうとする感情に近いもの―が頭の中でぐるぐるとまわっていた。
「あのお兄さん、大学生―—下手したら高校生くらいにも見えたな...。
めちゃめちゃ強そうだったし大丈夫だよな...。」
俺が助太刀しようものなら足手まといになること請け合いだし、どう考えても任せるのが正解だ。
あの状況から逃げた罪悪感を抱くことすらおこがましい――が。
22時18分か。
助太刀しようなんておこがましいことは思わない。
ただ――。
どうしても、悪い予感に頭の中を支配されていた俺は、その予感が間違いだったと確かめるために踵を返した。




