56.初恋
「そ、うでしたか。え、っと」
もう何を言えばいいか分からない。ずっと混乱しっぱなしだ。
「少しは手ごたえがあっただろうか、と考えていたら、次の日にはジェインが体調を崩したと言われるし、マティルダには叱られるし。自分のせいかと落ち込んでしまってな」
うん、私の視点とエドワード様の視点で、大分差異があるな。
「そんなことがあれば、しばらくは近づくのも良くないかと思って、散歩していたら外で昼寝しているジェインを見つけた」
「え?」
何の話だ? 昼寝?
少し考えて、ハッと気が付いた。
「もしかして森で寝ていた時のことですか?」
「ああ。まさかそんなところにいるとは思わなくて、驚いた。本当に顔色が悪いし、心配したんだ」
そんな姿を見られていたのか。恥ずかしい。
「だからジェインと仲のいいヴァイオレットに、場所だけ教えておいた」
「えっ。ヴァオイレットはそんなこと一言も……」
「気を遣ってくれたんだろう。ヴァイオレットの有能ぶりも、相当だからな」
「そうなんですね……」
ヴァイオレットは、私達4人の中でも一番の古株だ。リーダー的立ち位置にもなっているし、有能なのは当然だ。
「いや、今はいい。それから方法を少し変えたのに、全くジェインには響いていなかったんだな。リリーがいた時も、好感触だったと思ったのに」
「あれはリリーにバレたくなくて、焦っていたんです」
「その割には俺を称賛してくれてたな」
あれはパニック状態だったからだ。
いや、パニックになって相手を称賛するってどういうことだ。
けれどあの時は、思ったことを何も考えずに口に出していたと思う。
「それにリリーのことを考えれば、エドワード様を貶すなんて考えられません。あの子は——」
「俺を慕ってくれていたな」
「……知ってたんですか」
ということはリリーの気持ちを知っていて、私をリリーの目の前で口説こうとしていたと。
そこだけみると、ちょっと酷いと思ってしまう。リリーは大切な後輩だから、余計に。
「まあな。言っただろう? 1年ほど前からジェインを気にかけていたと。たまにあるパーティーにジェインが仕事を担当すると聞いて、やっと近づくチャンスが来たと思ったら、リリーがいたんだ。何回か続けば察する」
私を探す過程で、リリーを知ったのか。確かにそれは、リリーの気持ちを察してもおかしくない。
「避けていたわけではありません。リリーの淡い想いを、少しでも応援したいと思っていたのです」
「へえ」
「本人は自分の立場をわきまえていますから、大きな行動を起こしませんでした。そのいじらしさも相まって、皆で協力していましたよ」
もしこれが、調子に乗るような性格だったら、皆協力なんてしない。
リリーだから皆、協力したのだ。
「で、ようやく俺の成人祝いのパーティーで、ジェインに近づくチャンスができたからな。そこからは結構必死だったんだぞ?」
「ええ。数日おきに私のところに来るので、とても怖かったです」
私の言葉に、エドワード様は意外そうな顔をする。
「怖かったのか?」
「……女の嫉妬は怖いんですよ」
エドワード様、ぎりぎり目立たないようにしてくれたからいいけれど、見つかっていたらどうなっていたか。
どちらにせよ、これから嫉妬の視線は飽きるほどに来るだろう。ああ、それは耐えられるか、不安だ。
「まあうちの使用人は大丈夫だろう。あの3人が守ってくれるだろうしな」
「……そう、ですかね」
3人のことは信頼しているけれど、それとこれとは別だ。
……うん、ヴァイオレットとオリーヴは大丈夫。問題はリリーか。
時々荒れていたし、その件で一時期関係がぎこちなくなった。
「ああ。何せ、この帰省の期間中に母上から、3人にはそれとなく伝えるそうだからな」
「えええ⁉」
ということは既に伝わっている!?
それよりも。
「私が断ったら、どうするつもりだったんですか⁉」
「好感触だったから、大丈夫だと思っていた」
えええ。なにそのゴリ押し感。
結果的には問題ないけれど、危ない橋を渡りすぎじゃない?
「まあ、おかげで俺も焦っていたがな」
「そ、そうでしょうね」
結構エドワード様的には、色々下準備して私を落とそうとしていたのか。
いや、から回っている感もあるけれど。それはある意味、年相応と考えたらかわいらしいものだった。
「エドワード様って、結構年相応なところもありますよね」
「……当然だろう。初恋だからな」
「っ⁉ え⁉ 初恋!? 私が⁉」
ありえない、と思ってしまった。だって、エドワード様なら幼少期から、様々な令嬢と関わっているはずだ。
なのに、その見た目麗しいはずの令嬢たちを差し置いて、私が初恋⁉
「嘘でしょう⁉ だって、そう! フォークナー公爵令嬢は⁉」
「なぜそこでアデレイド嬢が出てくる? 彼女は物心ついた時からリチャードの婚約者だから、そもそもそういう目で見ていない!」
そうだった。良識ある人間なら、婚約者のいる相手に横槍をいれるような真似はしないだろう。
「え? ですが他にも学園とかパーティーでいいなって思う令嬢はいなかったんですが⁉」
「いなかったな」
「……エドワード様、それはさすがに趣味が……」
初恋が私って。趣味が悪いとしか言えないんじゃないだろうか。
「ジェインは本当に、自己肯定感が低いな。自分が思っている以上に、君は綺麗だよ」
「いやぁ。それはちょっと」
それはもう、あり得ない。本当に。
私の表情を見て、エドワード様はため息を吐いた。
「まあ。この問題は追々な。すぐに変えれるものでもないし」
「は、はあ」
よし、とエドワード様は気合を入れるように、膝を叩いた。
「遅くなってきたし、今日はここまでだな」
「あ、はい。あの……おやすみなさい」
少し名残惜しいけれど、まだ旅は続くんだ。体力は少しでも回復させておかないと。
エドワード様を見送ろうと、ベッドから降りようとするが、エドワード様に手を取られて動けなくなってしまう。
「ああ。おやすみ、ジェイン。……明日から、楽しみだ」
そう言って、手の甲に唇が落とされる。
「っ⁉」
「ゆっくり休んでくれ。……今日はありがとう」
そう言って、エドワード様は部屋から出て行った。
扉が閉まってからも、私はしばらく動けなかった。
何なら手も、エドワード様に引かれた体勢のままだ。
ぷしゅう、と頭から湯気が出ているのではないかという、錯覚に陥る。
「あれは反則だぁ……」
その日の夜は、当然のように眠ることができなかったのだった。




