55.本当の気持ち
「ジェイン」
今まで聞いたことのないくらいに、柔らかな声。
その声が耳に届くと同時に、温かな体温に包まれる。
「そんな表情をされたら……自惚れじゃないと思っていいか?」
鼻孔をくすぐる、香水の香り。私はこの香りを知っている。
あの夢うつつで、嗅いだ香りだ。
「エドワード様……」
「……嫌なら振りほどいてくれ。そうじゃないと……止められないから」
掠れた声。懇願と渇望の入り混じった声。
振りほどけと言っているのに、私を抱きしめる腕はまるで、逃がさないと言われているかのように力強い。
そのことを嫌悪感を感じないどころか、嬉しいと心が叫んでいる。
そう思った時点で、自分自身の気持ちを認めたのと同義だ。
たまらない気持ちになって、そっと、震える腕を持ち上げる。
僅かな躊躇いは、雪解けのように静かに消えて。
その背中に、腕を回した。
応えるように、更に強く抱きしめられる。言葉にできていないのに、エドワード様は嬉しそうに、幸せそうに笑っていた。
◇◇◇
しばらく抱き合ったあと、ゆっくりとエドワード様が離れる。
温かな体温が離れて少し寒く感じるけれど、さすがにはしたないので我慢する。
そうだ、結局まだ私は言葉にしていない。
「エドワード様……」
「なんだ?」
「…………す、き……です」
なんとか言葉を絞り出したが、とても小さい声になってしまった。
情けないけれど、告白なんて初めてなのだ。心臓が口から飛び出そうだ。
告白って、こんなに緊張するものなんだな。
それを気づかないふりをして、あまつさえ断ろうとしていたなんて、私は人でなしだ。
エドワード様の反応がない。もしかして聞こえていなかったかな、とエドワード様を見て驚いてしまった。
だってエドワード様は、顔から首まで真っ赤にしていたから。
その様子を見て、私も更に体温が上がっていく。
「……ジェイン」
「は、はい」
「嬉しい。ありがとう」
そう微笑むエドワード様の表情は、今まで見た中でも一番に甘いものだった。
今までの甘い表情すら、かすむほどに破壊力抜群だ。
今度は私が言葉を失う番だった。
「え、エドワード様」
「ん?」
「その顔やめてくだい……」
「なぜだ?」
そう言いながら、近づいてくる。やめて。死んじゃう。恥ずか死する。
堪らず顔を手のひらで覆いながら、蚊の鳴くような声で言った。
「刺激が強すぎます……」
「ジェインはこんな表情をしていても、前は何ともなかったじゃないか」
「あの時とは全然違います!」
「そうなのか? 俺はあの時と変わらずに真面目にジェインを口説いているのだけれど、そんなに違うのか?」
なんだか意地悪モードに入っていませんか⁉
「違いますよ! 以前は彫像のような美しさだけだったのが、人間味が増して、見てはいけないものを見ている気持ちになるんです!」
「ふっ。そうか」
「刺激が強いので、離れてください!」
もうキャパオーバー寸前だ。馬車の中の時よりはマシとは言え、とても心臓に悪い。
「それは嫌だな。これから毎日こうなるんだぞ? 少しは慣れてもらわないとな」
「えっ⁉」
「そうだろう? 屋敷に帰れば婚約の準備をして、ジェインは公爵夫人の勉強をして……。俺との時間も今よりずっと増えるぞ?」
確かにそうなのだろう。私も考えていなかったわけではない。
けれど改めて、次期公爵夫人となると考えると急に見えない圧を感じた。
怖気づきそうになる。本当に私が……。
でも私は応えたのだ。エドワード様の気持ちに、これ以上誤魔化すことはしない。
「……そうですね。私はこれから猛烈に忙しくなるのでしょう」
「……ん?」
ぐっと両手を握りしめる。決意を漲らせて、私は言った。
「やることはたくさんです! そう、エドワード様の色気に負けている暇はありません!」
「うぅん。さすがジェインだ。その性格はとても評価できる……が、釈然としないな」
そう言いつつも、エドワード様はとても嬉しそうだった。
「まあ、せっかくだ。俺としてはようやく、気持ちが通じあえたのだし、色々話がしたいな」
「お話ですか?」
「ああ。ジェインが踏み込んだ話をしてくれそうになかったからな。ジェイン自身のことを色々知りたいんだ」
確かにそうだ。大体仕事や家業の話をしていた。
ジュリアにも言った通り、私はエドワード様の趣味も知らない。
それでも好意は持てるのだから、不思議なものだ。
「分かりました。私もエドワード様のことを知りたいです」
そう答えれば、エドワード様は再び嬉しそうに笑った。
「良かった。そうだな、まずは……ああ、気になったことを聞いても良いか?」
「もちろんです」
「さっきも言ったように、俺は真面目にジェインを口説いていたつもりだったんだ」
「あ、ああ。そう、なんですね」
私は気まずくなって視線を逸らしたけれど、エドワード様は気にすることなく続けた。
「先ほどとも反応が全く違うから、あの時ジェインは何を思っていたのかと思ってな」
正直に答えた方が良いんだろう。
……すごく言いづらいけれど。
「……心配しておりました」
「え?」
エドワード様の表情が、狐につままれたようになる。
その様子を見て、更に視線をずらしながら話し続ける。
「エドワード様が誰彼構わずお褒めになる方でしたので、いつかトラブルのもとになるのではないかと心配しておりました」
「……ああ。そういうことか……。待て、俺はちゃんと人を選んでいると言わなかったか?」
「それを正直に受け取らなかったんです。ついでに2人きりのお茶会のあと、マティルダ侍女長にも同じように言いました!」
「……マティルダが言っていたのはこういうことか」
顔を覆って呟くエドワード様。
「そ、そういえばエドワード様、一度マティルダさんと私のことをお話ししたのでは?」
「ああ。俺のせいで、ジェインが体調を崩したと。あと、もう少し考えてアプローチしろと言われたな」
「あ、あれはエドワード様のせいでは……。え? アプローチ?」
なんだか信じられない言葉が聞こえたような。
「ああ。そもそも俺がジェインと2人きりになりたいといったからな。あのお茶会も、マティルダの提案だ」
「……」
そうだった。私が仕事中抜けていいと言われたのも、マティルダさんに許可を貰っていたからだった。
そんなことを忘れているなんて。
ということは、あの晩、呼びだされたのも別の意味合いが出てくる。
マティルダさんの様子も、明らかにおかしかった。私に全く響いていなかったということを知ったから、あれほど焦っていたのだろう。
どんどん空いていたピースが埋まっていくような感じだった。




