54.用意周到
そんな風に言われて、ハイ、そうです。なんて、誰が答えられるだろう。
「……エドワード様、意地悪が過ぎます」
そんな思いから、私は思わず恨みがましい声を上げてしまった。
「ははっ。ジェインに意地悪されたからな。まあ、ちょっとした仕返しも含んでいる」
意地悪したかな⁉︎ と思ったけれど、ジュリアとくっつけようとしたことを言っているのだろう。
「意地悪だなんて……私より、ジュリアの方がよっぽど素敵な子ですよ。……想い人がいるのは想定外だったんです」
言い訳にしか聞こえないだろうけれど、意地悪したくてしたわけではない。
「ああ。ジュリア嬢に発破を掛けられた。俺は思いあがっていたんだ。ジェインの態度も、好感触だったから余計に」
尊敬しているからこそ、正直に言ったに過ぎない。けれどもう少し抑えるべきだったかと、今になって思う。
随分、思わせぶりな行動をとってしまった。
あの頃は、異性としては見ていなかった……は言いすぎか。
けれど私なんかが、エドワード様に恋愛感情を持たれるなんて、夢にも思わなかったのだ。
「まあ意地が悪いのは許してくれ。こうでもしないと、話が止まってしまうからな」
「……何度言われても、私は——」
「ジェインはやはり、自己を卑下するきらいがあるな」
卑下もなにも、事実だろう。
私はそもそも年齢以外にも、エドワード様に相応しくないことが多すぎる。
「エドワード様、先ほどは年齢の問題をお伝えしました。けれどそれだけではないのです。私はもう貴族としてのマナーがありません。そんな者が由緒正しき、フォーサイス公爵家に嫁ぐなど、言語道断です」
「ないなんてこと、あり得ないだろう」
私の言葉に、エドワード様は力強く反論する。
「今まで学んだものが、きれいさっぱり無くなるなんてあり得ないことだ。確かに忘れることはあるだろうが、学びなおせば思い出せるはずだ」
「!」
エドワード様の言葉は、私にとって盲点だった。
「俺たち貴族のマナーは、一朝一夕に身に付くものではない。何年もかけて習得したものが、そんな簡単になくなるはずがないんだ」
「で、ですが」
「頭が覚えてなくとも、体が覚えている。そうじゃないか?」
それは説得力のある言葉だった。土台ができているのなら、確かにそうだろう。
けれどそれでも駄目なのだ。
ぐ、と詰まりそうになりながら、最後の切り札を出す。
「そ、それ以前に、エドワード様はフォーサイス公爵家の跡取りでございます。貴族の結婚は、家への影響が何よりも重視されるのではないですか? 旦那様や奥様が、お許しにならないでしょう」
現状を考えれば、アトウッド伯爵家と縁付くメリットがあまりにも少ない。
フォーサイス公爵家からしたら、デメリットの方が大きいだろう。
ジュリアが言っていたのは、こういうことか。と頭の隅で思った。
相手にとって迷惑となるのであれば、歩みを止めるのは仕方のないことだろう。
そういう思いも抱きつつも、このことはあまり言いたくなかったなとも思う。
だって、これを言うということは、お父様達を貶めているのと変わらないから。
けれど、この切り札も、全くエドワード様には刺さらなかったのだ。
「ふ。ジェイン、君は勘違いをしている」
「はい?」
何故か余裕たっぷりなエドワード様。
「もちろん、父上からも母上からも、俺は応援されているぞ」
「……はあっ⁉」
思わず大声をあげてしまう。次いで自分の失態に気づき、顔から血の気が引いた。
エドワード様にこんな態度をとってしまうなんて。
「あ、申し訳ございません。わたし……」
「気にしていない。驚くのも無理はないかもしれないが、俺も個人の想いだけで暴走しているわけではないんだ。ちゃんと当主の許可はとって行動している。前に母上とお茶をしただろう?」
そうだ。帰省前に、クレメンスを交えてお茶をした。確かに、ステファニー様はうちの息子はどうだと言っていた。
言っていたけれど……!!
「あ、あれを真に受ける人間はいないと思います……!」
「……いや、公爵夫人だぞ? 冗談でも言ってはいけないことは言わない。それで自分が不利になる可能性もあるのだからな」
「う、うう」
もう頭を抱えるしかない。エドワード様の言い分はもっともだ。ステファニー様が、そんな軽率な行動をとるはずがない。
あの時は必死に否定してしまったが、自分を守ろうとするあまり、私は周りをも貶めているのではないだろうか。
そこまで考えてから、もしかしてこれって、完全に外堀を埋められているのではないだろうかと思った。
え? エドワード様、そこまで本気で私を……
「父上も母上も、ジェインは全く問題ないと言っている。むしろ歓迎するとな。それに未婚の男女が2人きりで旅行なんて、結婚を見据えて許可をするに決まっているだろう? お互いの醜聞のためにも、軽率なことはしない。……まあ、思い返せばジェインにはそう取られていなかったな」
「あう……」
つまり、ここまでの抵抗は全く無意味と。
なぜエドワード様は、そこまでして私を欲しがるのだろう。
「……そんなわけで、あとはジェインが頷くだけだ」
「……」
「と強引に行きたいところなんだが」
「?」
エドワード様の言葉に、顔を上げる。
少し眉尻を下げた、寂しさを感じる表情で言った。
「ジェインが俺を恋愛的な意味で好きではないのなら、これ以上無理強いはしない。無論このまま、侍女を続けてもらって構わない。昇進しないという忖度もないから安心してくれ。……あとは、ジェイン。君の判断に委ねるよ」
「……」
まさかの言葉に、私は頭が真っ白になってしまった。
まるで、急に宙に放り出されてしまったかのようだ。
思考が鈍ってしまい、全く考えがまとまらない。
おかしい。だって私は、エドワード様のことをさっきまで拒んでいたんだ。
ならここで拒めばいい。
そうすれば今度こそ、エドワード様は私を諦めてくれる。
そう、分かっているのに、声が出ない。
「わたし、は……」
ああ。こんな形で知りたくなんてなかった。
答えられない、拒否できない。
それが何を意味するかなんて、火を見るより明らかだった。
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