53.論破
ジュリアの言葉を思い出したことで、出かけた言葉を飲み込む。
ジュリアのお陰で、辛うじて最後の一線を越えずにすんだ。
一度大きく深呼吸する。
「……エドワード様、本気なのですか?」
「ああ。本気だ」
その瞳の輝きは、一片の曇りもない。
こんな真っ直ぐな人に、私はなんてことを考えたのだろう。
誠意をもって、真剣に答えないと。自然とそんな思いにさせられた。
「……エドワード様のような方に、私なんかを好いていただけるなんて、これ以上幸福なことはございません」
「ジェイン……っ」
「ですが」
わずかに高揚した声。
それに被せるように続けた。
「私には、もったいないことでございます。何もかも、エドワード様に釣り合いません。年齢も、容姿も……器も」
「……」
「この国では妻となる女性が年上であるだけで、白い目で見られます。……私のような地味な女であるなら、なおのこと」
苦しい。でも目だけは逸らさずに、私は続ける。
それが私が見せることのできる、せめてもの誠意だ。
「それに私は狭量な人間です。自分のことしか考えられない。そんな人間が、仮に公爵夫人など……破滅の一歩になってしまいかねませんから」
私の正直な気持ちを、最後まで伝える。
エドワード様の告白は、正直にとても嬉しかった。
ううん。嬉しいなんて、簡単な言葉じゃ言い表せないくらい。
それでも、エドワード様を受け入れることはできない。
なぜならエドワード様は、いずれ公爵家を継ぐお方だから。
好きなだけで公爵家としての働きが、うまくいくはずもない。
そんな甘いものではない。
いつかもう無理だと、終わりがくるくらいなら。初めから私が相応しくないと、烙印を押してほしい。
ジュリアの言葉を受け止めれば、これが正解だとは思わない。自分の気持ちを否定しているのと、これは同じことだ。
そこまでわかっていても、進んで傷つくなら停滞を望んでしまう。
こんなにも憶病で、最低な人間なのだ。私は。
だからエドワード様には、私を見限ってほしかった。
こんな人間より、もっと相応しい人間が——
「ジェインはつまり、自分が俺より年上だから相応しくないと言っているのか?」
その声はなんの感情もない、平坦な声だった。
「そ、そうです。貴族の結婚において、万人に祝福されることは、とても大事なことですから」
自分自身に相応しくない相手を選べば、それだけで周りの目は厳しいものになる。
普通なら見過ごされるような少しのミスでさえ、罵倒されることに繋がってしまう。
それだけではないけれど、年齢というのが一番の理由ではある。
「ジェイン、おかしいとは思わないか?」
「え?」
「それではまるで、女性は若くないと価値がないと言っているようではないか?」
突然、エドワード様は滔々と話し出す。
「もし若くないと価値がないというのなら、母上はもう価値がないのだろうか? 母上は四十路近いが、いまだに父上を虜にしている。それに皇后も、老若男女問わず羨望のまなざしを集めている。なのに2人には価値がないのだろうか」
「え? えっと」
返答に詰まってしまう。もちろん、お2人に価値がないなんてことはあるはずがない。
というかそんなことを言う狼藉者がいたら、一瞬で首をはねられるだろう。
「どう思う? ジェイン」
「……もちろん、この国の月である皇后や公爵夫人であるステファニー様に、価値がないなんてことはありえません」
「そうだろう?」
エドワード様はそう言いつつ、とても神妙的な表情をしている。
「ならばジェインに価値がないなんて、絶対にない」
「……」
金色の瞳に射抜かれる。その輝きに、言葉が詰まる。
けれどそんな、皇后やステファニー様と一緒にされるのは話が違う。
「いえ、その……お2人と一緒にされるのは、とても恐れ多いというか、不敬と言いますか」
「ではジェインの母君、サンドラ伯爵夫人は?」
「っ意地悪が過ぎます」
思わず強い口調が出てしまう。
けれどエドワード様も、それはわざと言っているのだろう。
「すまない。だが、俺の言いたいことは分かってもらえると思う」
「……」
ぐ、と喉が鳴る。
反論したい。けれど、言葉が出てこない。
エドワード様は自分の意志を貫くために、私を論破しようとしているのだ。
「俺は年齢で、女性の価値が決まるのはおかしいと思っているんだ。女性が子供を産むには、年齢が若い方が良いというのが、この国の風潮だ。しかし、果たして20歳を過ぎてからの出産は、本当に問題があるのだろうか」
「え、っと」
急に話の雰囲気が変わった。なんで子供の話?
「むしろ体は成熟して、比較的安全に出産できる可能性が高い。寧ろ他国では、20歳を過ぎてからの出産を推奨する声が大きい」
「そ、そうなのですか?」
いかんせん他国のことは詳しくない。知り合いもいないのであれば、それらを知る機会は少ない。
それこそ、王妃教育や後継者教育などで他国のことを学ぶくらいだろう。
ただの伯爵令嬢、特に私のような人間だと他国のことを学ぶ必要というか、タイミングはないに等しい。
「ああ。この国では若ければ若い方が良いという、俺からすれば古い考えに囚われているように思う」
「は、はあ」
「実はリチャードもそのことを憂いていてな。まあ彼には大切な婚約者がいるから、今からどうこうできるものでもないのだが」
あ、噂の通り、リチャード殿下はアデレイド様のことを好きなんだな。
「と、いうことで。俺はこの国で、先駆者になろうと思う」
「はい⁉︎」
急に豪速球がきた。
え? じゃあ、私と婚約したいと言うのは、改革のため?
「……という建前ならどうだ?」
「たてまえ……」
エドワード様は、それはもう真面目に言っているのだ。
ごくりと、喉を鳴らす。まるで肉食動物を前にした、哀れな草食動物のようだ。
「……エドワード様、私は、そもそも公爵夫人の器でもありません」
「侍女としての仕事も、呑み込みが早いと聞いた。それにマティルダからの評価も高いぞ」
「いくらなんでも、侍女と公爵夫人の仕事を一緒にするのは……」
「母上の評価も高いぞ」
「……」
エドワード様本人の考えだけなく、他者の意見を出すことで、本気だということを否が応でも悟ってしまう。
本気で、私の逃げ道塞いできてるのだと。
「ジェイン、それとも、俺には見る目が無い……と言いたいのか?」
私が一番弱いところを突いてくる。それほどエドワード様は、私をしっかりと見ていたということなのだろう。
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