49.認めたくない
貴族の結婚は、大前提として家の存続のために行われる。
それこそ、リチャード皇太子殿下とアデレイト様が最たる例だ。あの二人は物心つく前に婚約が決まった。
けれどお互いに思いやっているからこそ、上手く関係を築けているのだろう。それは、あの時のパーティーでのダンスを見ただけでも分かった。
きっと皇太子殿下とアデレイド様は、お互い好きあっているのだと思う。
実際、相思相愛だという噂は流れてきている。
政略結婚に恋は必要ないとはいえ、お互いに敬意を持つことは大事だ。
だから恋愛が絡むことを否定しない。
それでも高位貴族になればなるほど、家のための結婚の意味は大きくなるのだ。
どんなに相手を好きでいても、家柄と合わなければ認められないことも過去にはあったらしい。
閑話休題
私の好きな人。それは友情ではない、別の“好き”。
ジュリアの言っている意味は分かる。けれどそれ以上を理解することを、心が拒む。
だってそれは——。
考え込む私の手が、ふと温かくなる。
見るとジュリアが私の手を包み込んでいた。
いつの間にか、ジュリアは悲し気な表情に変わっていた。
「お姉様、お願い。それを拒まないで。お姉様がやりたいことがあって、選んだ道に進むのはいいの。けれど否定はしないで」
それはお母様にも言われたことだ。
「……そんなにわかりやすい?」
ぽつりと零れた言葉は、私の心からの問いかけ。
自分でも何を拒否しているのか、理解できない——いやしないようにしているのに。
それを力づくで引きはがそうとしてくる。
「私が心から、お姉様の幸せを考えているからだよ。じゃなきゃ、ここまで分からない」
「……そっか。ジュリアもすっかり淑女だね。私なんて、どんどんおいていかれているような感じだな」
エドワード様も然り。情けないなぁ。
「お姉様は過小評価しすぎなの。もっと自分を客観的に見ないと、卑下する癖は治らないよ。お姉様は自分が思っている以上に、しっかりしているもの」
「そうかな」
「そうなの」
力強く言われて、ふっと笑ってしまう。
敵わないなぁ。人間として、ジュリアの方がよっぽど成熟している。これじゃあどっちが姉か分からない。
私の様子を見て安心した様子で、ジュリアは立ち上がった。
「それじゃあ私、エドワード様と話してくるね」
「え」
突然のことに、間の抜けた声が漏れる。
「大丈夫、喝をいれてくるだけだから」
「それ、なにも大丈夫じゃないよ!」
「エドワード様のためになるから、大丈夫よ」
とても心配だ。心配しかない。
というかジュリアと話をしにきたのに、どうしてエドワード様に喝を入れることになったのか。
「悪いことにはならないわ。それは断言できる。……これは私からのお詫びよ。私が慕っている人がいるともっと早くに言っていれば、また違った結果になったはずだもの」
「でも……」
「エドワード様もお姉様も、明日には帰るのでしょう? 今話さないと機会は無いわ! というわけでこれは決定事項!」
「あ、ジュリア!」
そこまで言うと、ジュリア強引に部屋を出て行ってしまった。
止める間もない素早さだった。ジュリアはそんなに忙しなく動くことはしなさそうなのに、身軽に動けるのがすごい。
「……」
部屋の主人がいないのに、ずっといるのも忍びなくて、自分の部屋へ向かう。
その間走馬灯のように、過去の出来事が私の中を駆け巡っていた。
エドワード様と関わるようになってからの日々を。
本当はわかっていた。自分で言うのもなんだけれど、私はそこまで愚鈍ではない。
ただ認めようとしなかった。
気のせいだ、ありえない。そんな言葉を使って考えないようにしていた。とどのつまり、ただの現実逃避だ。
「だって、そうじゃない。……年下に恋焦がれるなんて」
シャングリラ皇国の一般的な感覚では、女性が年下に嫁ぐなどあり得ないことだ。
それに加えて、私は結婚適齢期を過ぎた行き遅れ。貴族社会でプラスに捉えられることなど、まず持ってあり得ない。
そしてこの場合、批判は私だけでなくエドワード様にも向くことになる。
それは絶対にダメだ。
エドワード様は将来、間違いなく国の重鎮となるだろう。
公爵家の嫡男で、リチャード皇太子殿下とも仲が良いとなれば、重鎮にならない理由もない。
ならば結婚相手もエドワード様に相応しい、完璧な淑女であるべきだ。
私は相応しくない。エドワード様の隣に立つべきは、私ではない。
「……ジュリアがああ言っていたのなら、状況的に導き出せる答えは、一つだよね」
誰に聞かせるわけでもなく、ひとりごつ。
エドワード様はジュリアに告白したわけではない。ならばあれは恋愛相談をしていたということなのだろう。
確かにその方が、今までの会話の流れに合っている。
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思い込みもあったけれど、認めたくない、認めてはいけないという気持ちが強かったせいだ。皆、私に気づかせようとしていたけれど、それでも認めようとはしなかった。
とはいえ認めたくないがあまり、エドワード様の地雷を踏み抜いたのはさすがに反省している。どの口がではあるが、傷つけたいと思ってしたわけではない。
それこそ、年上としてもう少しスマートに躱せたらよかったのに、上手くいかない。
でもそれで諦めてくれたら良かったのに。
「そう思うなら、ジュリアを止めなさいって話だけれどね」
結局、止めない時点で私も……。
その日、エドワード様が私の部屋を訪ねてくることはなかった。
◇◇◇
次の日。朝食を終えると、私達は帰宅の途につくことになった。
遅くとも午前中には出発しないと、次の宿に間に合わない可能性もあるからだ。
忘れ物がないか最終確認をしたあと、荷物を持ってエントランスへ向かう。
見送りのために、家族が揃っていた。エドワード様はまだきていないようだ。
「ジュリア、気をつけてな」
「ありがとう。お兄様」
お兄様は色々言いたいこと——主にエドワード様のことだろう——があるようだけれど、それを飲み込んでいた。
代わりにジュリアが口を開く。
「お姉様、昨日は大丈夫だったわ。だから、心配しないでね」
「……うん、ありがとう」
朝食の時のエドワード様の様子からも察してはいたけれど。
私としては心配でしかない。
感情で動いて後悔するのはもう沢山なのだ。
あくまで合理的に動きたい。
エドワード様が、それで納得してくれたらいいんだけどな。
なんて考えていると、エドワードがやってきた。




