47.ジュリアの想い人
「お姉様?」
「私が不甲斐ないせいで、ジュリアを思い詰めさせちゃったね。……もしかして、婚約の話になっていない本当の理由は、私がいるから?」
「っ違うわ!」
ジュリアは身を乗り出し、私の手を握る。
暖かい手だ。少し冷えた私の手を、優しく包み込んでくれる。
「お姉様のせいじゃない。それだけは絶対にない……! 本当に、アトウッド伯爵家がもう少し安定するまでってお話なの……っ」
「ジュリア……」
「お願い、信じて」
あまりにも切実な声音に、また過ちを犯してしまったのだと知る。
「ごめんなさい。私また貴女に、苦労を掛けてしまったんだね」
「いいの。私も伝えられなくて、ごめんなさい」
「うん、大丈夫だよ」
私が頷くとジュリアは、ホッと息を吐いて手を離した。
体温が無くなって少し寂しいと思いつつ、ジュリアに向かって微笑む。
「……良ければ聞かせてくれないかな。その人のこと」
「もちろんっ」
ジュリアは顔を輝かせた。
「どんな人なの?」
「とても素敵な人なんだ。ウォード伯爵家の人でね。……実はね、学園で一部の人から私、きつく当たられてたの」
「まって、それ聞いてない」
「言わなかったからね。……家族にこれ以上余計な苦しみを感じてほしくなかったの」
「そんな……」
屋敷でも私はジュリアにきつく当たった頃があった。同時に学園でも……少し考えればわかったことなのに。
「本当にごめんなさい、ジュリア。謝るだけじゃ足りないくらい……。私は本当に自分のことしか考えていなかった。愚かな姉ね。ううん、姉失格だわ」
「お姉様だって辛かったでしょう? 婚約話はろくでもない人しか来なくて、役目も与えられなくて。私より辛かったと思うの」
「……だからと言って、ジュリアを傷つけていい理由にはならないよ」
私が首を振りながら言えば、ジュリアは眉尻を下げた。
「確かにそうかもしれない。でもお姉様はずっとそうではなかった。途中で立ち止まって、私を傷つけないように距離をとったでしょう? 悲しかったことは否定しないけれど、お姉様だって私をこれ以上傷つけないようにしていたのを知っているわ」
本当にこの子は私よりずっと立派な子だ。
同じ血を分けた姉妹とは思えないほど、成熟して見える。
誇らしさと自己嫌悪を、同時に感じる。
「ふふ。話は戻るけれど、その人たちのお陰でウォード伯爵子息と出会えたのだから、むしろありがたいくらいだよ」
「……え? そうなの?」
ジュリアの表情は、とても明るい。
「うん。私がある令嬢たちに囲まれていた時、助けてくれたの」
「わあ。おとぎ話みたいだね!」
「そうなの! そこから一緒にいることが多くなったんだ」
まさにおとぎ話の王子さまだ。
それはジュリアが心を奪われても仕方ない。
その令嬢達には、何かしら制裁を与えたいけれど、下っ端侍女では何もできないだろう。
「とても優しいの。でもちゃんと自分の軸を持っていて、私のために動いてくれるんだ」
「ベタ惚れってことなんだね」
悔しいけれど、ジュリアは楽しそうに話をしている。それに水を差すのは違う。
「あはは、うん、そう。……最初は家のことを考えて、積極的には動けなかったけれど、向こうは気にしないって……」
「わああ」
本当に聖人みたいな人だな。エドワード様もそんな感じだったし、良い人というのは彼らのことを言うのではないだろうか。
「それでも、私は一歩踏み出せなくて、婚約までは話がいってないんだ。だから、お姉様のせいじゃないよ」
ジュリアは本当にその人に恋をしているのだろう。頬に赤みが差して、目が潤んでいる。とても愛らしい。
こう比べてみると、確かに初日のジュリアと雰囲気は違ったな。
これが本当に恋する乙女ということなんだろう。
「本当にその人のことが好きなんだね。よかった」
「良かったの?」
「うん。ジュリアが幸せなら文句はないよ。……エドワード様のことは、エドワード様にも婚約者はいらっしゃらなかったし、ジュリアもとても魅力的だから、お似合いだと思っただけなんだ」
「確かに学生時代もエドワード様は有名だったね。関わりのない私まで噂が流れてきてたから」
学生時代もエドワード様は、とても人気だったんだろうな。
私たちの方には、エドワード様の学園での話は出てこなかった。
「というかお姉様、いくらなんでも私を買いかぶりすぎじゃないかな。さすがに私は、エドワード様とは釣り合わないよ」
「そんなことないと思うな。だって、ジュリアはとても魅力的だもん。公爵夫人になっても十分やっていけると思う」
「ええ……」
誉めているのに、なぜか引かれてしまった。
「それを言うならお姉様もでしょ?」
「私はもう侍女として働いて、貴族としてのマナーが拙くなってしまったから難しいよ」
お茶のマナーでさえ、ブランクを感じたくらいだ。学びなおせばいいのだろうけれど、それでも変な癖ができている気がする。
「そんなことないのにな……。ううん、ここは後回しにしよう」
「ジュリア?」
独り言のように呟いているジュリアは、何を言っているのか私には分からなかった。
「ねえ、お姉様。確認したいのだけれど」
「なあに?」
「エドワード様には、今回どんな理由で一緒に帰ってきたの?」
ジュリアに聞かれて、帰省前のやり取りを思い返す。
「アトウッド伯爵家の家業に、興味があるという話から始まったかな。昔から我が家の家具などを、気に入ってくれてたんだって。それで復興が進んできているって話をしたら、いつの間にか帰省することに……」
「……はあああああ。なるほど。根本的な原因が見えた気がする」
「ジュリア?」
まだ話したりないけれど、ジュリアが大きなため息をついたので様子を窺う。
ジュリアは頭痛でも感じているのか、額に手を抑えていた。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。お姉様。やっぱりエドワード様ももう少し頑張ってもらわないと。外堀を埋めるだけじゃお姉様は捕まえられない。時々とんだ行動力をみせるんだから」
「え? もしかして貶されてる?」
「これ以上ないほど褒めているわ。お姉様」
そうだろうか。とてもそんな感じはしない。
訝しげに視線を送っていると、ジュリアは少し呆れ気味に口を開いた。
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