大丈夫
「御三方の意思を確認いたしました。それではこれより誓約を行います」
導師は左手に短剣を、右手に小皿を持ち、その場で一礼する。
静かにコトネの前へと歩き──
「皇貴様、こちらの皿に血を」
「はい」
差し出された短剣に、コトネは迷うことなく手を伸ばす。
そして手にした短剣を反対側の手のひらに当てた、その瞬間、
「待て!」
声を上げ、サヴジが立ち上がる。
「なぜだ、口外しないと誓うのは俺だ。なのになぜコトネが」
「これは本来秘されるべきこと。今回こうして公開されるのは、皇貴様の願いの権利を行使されたが故。だからこそ、誓約の媒体は皇貴様が代償を支払われることになります」
「エリン、絶対、絶対言わないわ! それなのに、どうしてそんな……、約束するわ! 絶対言わない!」
だからそんなの放して、とエリンがコトネの腕を強く引き、必死で短剣から遠ざけようとする。
でも、と戸惑うコトネを見つめ、フェリカが口を開いた。
「誓約は、コトネだけがするものなのですか?」
「はい。誓約は皇貴様が成されること。お三方にその義務はございません」
皇貴の血をもって、三人が秘密を守ると誓ったことを文書に記し、残す。
もし誓いが破られることがあれば、その咎はすべて皇貴が背負う。
その結果皇貴が消滅することになれば、地脈は再び流れがよどみ、結果的に他の国々にも因果の波が及ぶ。
そう聞いたエリンが、目を見開き絶句する。
コトネの袖をつかんだ指先がかすかにふるえているのに気付き、
「大丈夫だよ、エリン」
「いやっ! ……そんな、そんなのっ、やだっ、いやよっ! 何一つ大丈夫なんかじゃないわ!」
コトネが微笑みかける──が、エリンは大きく頭を振る。
「コトネが傷つくなんて、いや! エリン、絶対、絶対、本当に絶対言わないわ! でも、コトネが消えちゃうとか、コトネが罰を受ける可能性があるのも、嫌! 絶対言わないって約束するし誓う! だからお願い、コトネにそんなことさせないで!」
大きな目に涙をたたえ、呼吸を乱しながら必死で導師に訴えかける。
なんとかしてコトネの手を短剣から遠ざけようと必死でその腕を引き、抱え込む。
(どうしよう、エリンを怖がらせた。私は平気なのに……)
エリンをなだめようと、コトネは反対側の手で、そっとエリンの髪を撫でる。
大丈夫。
これは儀式なのだから。
心配しなくても平気。
怖いことなんてないし、すぐに終わる。
(それに、血で誓いを記すって教えてもらった。だから、その分だけ血があれば、終わる)
わかっているから、怖くない。
不安もないし、辛くない。
三人は、秘密を守ってくれると信じている。
もし誰かが漏らすことがあったとしても、本来は自分がひとりで抱えなければいけない秘密だ。それをともに受け止めてもらい、責任を背負わせてしまうのだから、自分にできることくらいはするべきだ。
「怖い思いをさせて、ごめんね」
柔らかく温かい、エリンの髪を優しく撫でる。
これまで、様々な儀式をしてきた。でも、それがなんのためか。どんなものか。どのくらいで終わるのか。そういったすべては、知らされなかった。それが当たり前だった。だから、いつの間にかそういうものなのだと思っていた。
知らされなかったのは、これから行われる変化の儀で、生き抜く可能性を高めるため。
そして今知らされているのは、もう間もなく、その変化の儀が行われるから。
(これで全部、話せるんだ)
「エリン、ちょっと待っててね」
優しいコトネの声音に、その腕を抱きかかえたままのエリンは、しゃくりあげながら首を振る。
黙って成り行きを見ていたフェリカが、ぎゅっと目を閉じ、深く息を吐く。
そんな二人を見つめながら、コトネは静かに微笑んだ。
(本当なら、今こうして会うことはできなかった。もしかしたら、あのお渡りが、最後かもしれなかった)
でも、今こうして会えている。
そして、この誓約が済めば、三人にこれまでのこと。そして、これから起こり得ることを話せるのだ。
「だから、……ね、エリン。大丈夫」
「何が大丈夫なものか」
これまでに聞いたことのない、サヴジの低い声に、思わずコトネは振り返る。
「なぜだ。なぜお前はそうたやすく受け入れる」
「私が、会いたいって……願った、──だから……」
「それの何が悪い。俺だって、ずっとお前に会いたかった」
本当なら、この時期交流会は行われない。
ルーシアの冬はまだ、開けていない。そんな中、サヴジを呼び出してしまった。
(──だから)
「……ありがとう、でも」
「だからなぜ、お前はすべてを一人で抱え込む」
そう言われて、コトネは言葉に詰まる。
自分は、皇貴だ。そしてこれは、皇貴にまつわることだ。
それならば、自分が抱えるのは当然だし、誓約をするのもごく自然なことだと思う。
戸惑うような表情になるコトネを、サヴジは小さく首を振り、じっと見つめる。
「何のために、俺たちが来たと思う」




