第七章:残り8カ月——西の国イエリへ
「コトネ」
イエリへと到着したコトネをフェリカは笑顔で迎える。
「長旅だったものね、疲れたでしょう?」
馬車のタラップからレンガ敷きの路面へと降りると、コトネはぐ、と身体を伸ばす。
ルーシアやサンティエよりも、イエリはずっと遠い。
時折休息を挟み、身体を動かしながら来たとはいえ、この数日ほぼ座りっぱなしだった分それなりの疲れはある。
「うん、少しだけ。でも、景色がとてもきれいだったよ」
道中では、様々なものを見た。
森に月が落ちる様子や、滝の上を飛ぶ鳥。鹿の親子や、丘一面に揺れる草の穂。
はるか向こう、地平線から朝日が昇るのも見た。
「それから──オルゴールを、ありがとう」
とてもきれいな曲で、気に入った。
そう付け足すと、フェリカは柔らかく微笑む。
「それなら良かったわ。まずはお茶にする? それとも少し歩きたいかしら」
「歩くって、どこへ?」
イエリは工芸と機巧の国として有名だ。
区域ごとに様々な工房があり、今回コトネが訪れたのは王城付近の城下町だった。
遠くからは時計塔の鐘の音が響き、通り沿いの店先にはガラス細工や銀器が並んでいる。
風が吹くたび、どこか甘い蒸留酒の香りがかすかに漂ってきて、ついその元をたどりたくなってしまう。
「いくつか考えてみたの。蒸留酒の工房に、時計工房。それから──」
フェリカの視線の先。馬車の向こうには、鈍い銀色に輝く夜間灯と、整然と並ぶ街路樹やレンガ造りの建物が続いている。
緻密に敷き詰められた路面もまた、他国では見られない光景だった。
「図書館、ガラス工房、銀細工……」
「どれも、すごく楽しそう!」
「ふふ、見るだけじゃなくて、実際に何か作ることもできるわ」
「本当!?」
ええ、と笑って、フェリカが左腕を見せる。
華奢な手首にかかっているのは、繊細な彫り物がなされた銀のブレスレットだ。
いくつかガラス玉が埋め込まれているが、表面を擦ってあるのだろう、光を吸い込むような不思議な質感に、コトネは目を瞬かせる。
「わあ、いいな……すごくキレイだ。どうしよう、どこも楽しそうで迷っちゃうよ」
「せっかくだもの、全部案内したいわ」
「うん、全部見たい!」
──が、すぐにその眉が、視線が下がり始めた。
「……でも、何日いられるのかがわからないんだ」
ルーシアでも、サンティエでも、いつまで滞在できるのかは知らされなかった。
ある日突然、「帰還」の知らせが届く。
わずかに目を伏せたコトネに、フェリカは小さな銀色のポットを見せた。
「……?」
「さあ、おひとつどうぞ」
パチン、と留め金を外すと、中にはキラキラと輝く小さな飴玉が入っている。
赤、青、黄色、緑、白と色とりどりに並ぶ様子に、コトネの口角がふわりと上がった。
「思い出したよ、考えるときは甘いもの、だよね」
「ええ、そうよ。じゃあ、食べながら近くから行くのはどう? ──そうね、ここからなら銀細工の工房かしら」
手前にあった青い飴玉を口に含むと、すうっとミントが鼻を抜けていく。
それから柔らかな甘みが広がり、自然と呼吸が深くなる。
「うん、そうしよう!」




