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「それでね、最後がコトネのよ」
エリンの声に、コトネははっと顔を上げる。
指し示された先にあったのは、深い藍色を基調とした衣装だった。
サヴジのものが夜の闇なら、こちらの衣装は宵の口。
重厚ではないが、どこかしなやかさを感じさせる。
胸元には銀糸で装飾が施されており、草の意匠が細く伸び、ひとつの紋をかたどっていた。
華やかではあるものの、エリンやフェリカの衣装とは違い、裾は大きく広がらず、全体的にすっきりとしている。
「素敵な衣装でしょう?」
「うん」
「絶対コトネに似合うわ」
エリンが嬉しそうに言う。
「そう……かな」
「そうよ、だってコトネはエリンの王子様なんだもの」
(王子……)
一瞬、思考がそこで止まる。
素敵な衣装だとは、思う。
ただ、自分がその衣装を着た姿が想像できない。
かといって、エリンやフェリカの衣装を着た姿を想像できるかと問われれば、それもまた別の話だ。
「ね、着てみて?」
エリンがくいっとコトネの手を引いた。
「でも、サイズが合うかな」
「大丈夫よ、だって次の歌劇祭で着たくて、皆に合わせて作ったんだもの」
「えっ、だってサヴジは完璧に仕上げるには時間がなくて、フェリカは歌が得意じゃない、って──」
「そうよ、だから次の歌劇祭なの。それならサヴジにも時間はあるし、フェリカだって練習できるわ」
それから軽く息を吸い、楽しげに一節歌ってみせると、
「それにどうしても歌が苦手なら、かわりにエリンが歌うもの」
あっけらかんと言われて、思わず笑ってしまう。
きっとサヴジは反論するも押され、フェリカは仕方ないわねと付き合うことになっただろう。
「絶対似合うわ、ね? それとも、違う衣装を着てみたい?」
コトネの顔を覗き込むようにして、少しだけ首を傾げるエリン。
(どれを着たいかって言われると……わからない)
「それなら、最初にこれを着て、それから次どうするか考えればいいわ」
ためらう間もなく、衣装を手渡される。
そのまま部屋の片隅にある小部屋へ案内され、
「着方がわからなかったら言って、手伝うから」
にっこりと笑ってぱたんと扉を閉められた。
手渡された衣装を見下ろす。
ハリのある深い藍色の布で仕立てられた、王子の装束。
それは、見た目よりもずっしりとしているように感じられた。
(これを、着るんだ……王子の衣装を)
そう思った瞬間、わずかに指先が強ばった。
けれど――ゆっくりと袖を通す。
布は思っていたよりも柔らかく、するりと腕に馴染んだ。
前を合わせ、紐を結ぶ。
ひとつ、ひとつ、形を整えていく。
その途中で、ふと手が止まる。
サイズは、エリンが言った通りぴったりだ。しかし──
(……本当に、似合ってるのかな)
確かめる術はない。
胸元に視線を落とす。
それから、ぎこちなく身体を動かしてみる。
こういった装いが初めてなこともあって、なんだか落ち着かない。
――そのとき。
「コトネ? 大丈夫?」
扉の向こうから、エリンの声がした。
一瞬迷うが、衣装は整っている。あとは――扉を開けるだけだ。
小さく深呼吸をすると、
「う、うん……もういいよ」
「開けるわね!」
勢いよくドアが開けられる。
その瞬間――エリンの表情が、ぱあっと明るく弾けた。
「――すごい……!」
ぱん、と胸の前で手を合わせるとキラキラと目を輝かせる。
「なんて素敵な王子様なの!」




