「役割」って、なんだろう
「正直に言うと、コトネが私やエリンを選ぶとしたら、男になるのだとばかり思っていたの」
ああ、とコトネが頷く。
サヴジに言われるまでは、自分もそう思っていた。サヴジを選べば女になり、エリンやフェリカを選べば男になるのが当然なのだと。
「だから、今の話で、少し驚いたし……戸惑ってもいるわ」
ごめんなさい、と小さく言って、フェリカはシュワシュワと泡を立てるドリンクに口をつける。
こくり、と小さく喉を鳴らしてゆっくりと飲み込むと、グラスを置く。
「コトネが選びたい方。なりたい方を選ぶのがいいと思う気持ちがあるの」
「……うん」
「でも──」
そこまで言って、フェリカの視線がグラスに落ちる。
口の中がカラカラになってきたように感じて、コトネも自分のグラスに手を伸ばす。
しゅわり、とした刺激は、さっきよりも弱く感じられた。
「……そう、ね、きちんと話すべきよね」
視線を上げると、フェリカは笑っていた。けれど、いつもの余裕はどこか薄れて見える。
「私は──、どちらでもいいと思うの。ただ、きっとサヴジが言う『どちらでも良い』とは違うわ」
「……どう違うの?」
「サヴジや、エリンを選べば……コトネは王か王妃として共に統治を行うことになるわよね?」
「……うん、きっとそうだと思う」
「でも、……もしコトネが私を選んでも、──私は何もないのよ」
どういうことだろう、と反射的に首を傾げると、今度は先程よりも少し穏やかに笑みを浮かべるフェリカ。
「姉は名君と名高いし、私も尊敬しているわ。それに……次期王はルークよ」
昔からしっかりしていて、努力家だった姉。
国を背負うべく即位した後もたゆまぬ努力を続け、日々を民のために尽くしている。結婚後はなかなか世継ぎに恵まれず、悩んでいた時期もあったという。
──が、そんな様子を民の前や家臣の前では一切見せず、気丈に振る舞っていた。
そしてそれは、姉ばかりではない。母も、そして祖母も、なかなか子供に恵まれず苦労をしたという。
だから、と前置き、
「もし、……コトネが私を選んで、男になったとしても──私には子供ができないかもしれないわ」
「そんなの……わからないし、まだ、ピンと来ないよ」
「きっと今はそうね。でも……もしコトネが子供を望むようになったとき、私は応えられるかわからないの」
真剣な目で見つめられ、思わずコトネも口をつぐむ。
「性別が変われば、コトネの考えや気持ちだって、変わるかもしれないわ」
サヴジが言っていた。──男になれば体力や力もつくと。
「もし子供ができたとしても、そうしたら……王位継承権がとても複雑なことになる。私は姉から王位を奪いたくはないし、ルークから未来を奪いたくもない。でも、もし私に子供ができたら、私もどう考えるようになるのかわからないの」
ひんやりと指先が冷えるのを感じ、フェリカは視線を手元に落とす。
グラスの表面についた水滴が、つうっとテーブルに落ち、丸い跡を作っていた。
「……もし、私が女になったら?」
「それは──……」
コトネの問いに、フェリカは言葉に詰まってしまう。
視線が揺らぎそうになる──が、踏みとどまるように再びコトネを見つめ、
「──私は何も、コトネにあげられないわ。だって、私には役割がないもの」
ほんの少し、いつもの余裕を取り戻したように笑う。
「役割がない……って?」
「私は王位にはつけないわ。それにもしコトネが女になって……子供を望んでも、応えられないかもしれない。養子を迎えることも考えにくいから。だから──私はただ、一緒に暮らすことしかできないの」
「でも、フェリカは何でも知ってるよ。時計の作り方も、本の修理の仕方も、銀細工も──フェリカは、いろんなことを教えてくれたじゃない」
「……それは、学んだからよ」
だけど、と言い返そうとするが、言葉が出てこない。
役割がない、と言われて、考えてしまう。
(役割──)
サヴジは王だ。
エリンも、いずれ王として国を背負う。
フェリカだけは、そのどちらでもない。
(でも、私は王になりたいのかな。子供が欲しいのかな)
自分に問いかけてみるが、答えは出てこない。
男になるか、女になるか。どちらになりたいかも、まだわからない。性別ができたらどんな自分になるのかも、わからない。
「コトネにはちゃんと、役割があるでしょう? 誰かを選び、契りを結び、地脈をつなぐという」
「……うん」
「だから、ちゃんと考えてほしいの」
ちゃんと考えてはいる。だから、話を聞きたいと思った。
ただ、フェリカが言っているのは、そういうことではないような気がする。
何でも知っているフェリカには役割がなくて、何にも知らない自分には役割がある。
(それなら、役割って、……なんなんだろう)
ね、と諭すように優しくフェリカが笑う。
返す言葉が出てこなくて、コトネはただ、静かに頷くしかなかった。
「……すっかり冷めてしまったわね。でも、これはこれで薄焼きのパンにはさんで食べるとおいしいのよ」
すっかりいつもの調子に戻ると、フェリカはテーブルに備え置かれた薄焼きのパンに料理を乗せ、くるくると巻いていく。
そうしている間に、仕事帰りの人たちなのだろう。通りが徐々ににぎやかになってきた。
気さくに笑い合い歩く姿に、思わずコトネは目を細める。
そんなコトネを視界の端に捉え、僅かにフェリカの唇が震え、また緩む。
「さあ、できたわ。食べてみて」
くるりと巻いたパンの端を食べやすいようにとじると、フェリカはそれをコトネに手渡した。




