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残り12ヶ月、未性別の皇貴は誰を選ぶ━━三国の王子と王女の国取り婚姻譚  作者: ぬこ@nuko_nuko
第八章

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「役割」って、なんだろう

「正直に言うと、コトネが私やエリンを選ぶとしたら、男になるのだとばかり思っていたの」


 ああ、とコトネが頷く。

 サヴジに言われるまでは、自分もそう思っていた。サヴジを選べば女になり、エリンやフェリカを選べば男になるのが当然なのだと。


「だから、今の話で、少し驚いたし……戸惑ってもいるわ」


 ごめんなさい、と小さく言って、フェリカはシュワシュワと泡を立てるドリンクに口をつける。

 こくり、と小さく喉を鳴らしてゆっくりと飲み込むと、グラスを置く。


「コトネが選びたい方。なりたい方を選ぶのがいいと思う気持ちがあるの」

「……うん」

「でも──」


 そこまで言って、フェリカの視線がグラスに落ちる。

 口の中がカラカラになってきたように感じて、コトネも自分のグラスに手を伸ばす。

 しゅわり、とした刺激は、さっきよりも弱く感じられた。


「……そう、ね、きちんと話すべきよね」


 視線を上げると、フェリカは笑っていた。けれど、いつもの余裕はどこか薄れて見える。


「私は──、どちらでもいいと思うの。ただ、きっとサヴジが言う『どちらでも良い』とは違うわ」

「……どう違うの?」

「サヴジや、エリンを選べば……コトネは王か王妃として共に統治を行うことになるわよね?」

「……うん、きっとそうだと思う」

「でも、……もしコトネが私を選んでも、──私は何もないのよ」


 どういうことだろう、と反射的に首を傾げると、今度は先程よりも少し穏やかに笑みを浮かべるフェリカ。


「姉は名君と名高いし、私も尊敬しているわ。それに……次期王はルークよ」


 昔からしっかりしていて、努力家だった姉。

 国を背負うべく即位した後もたゆまぬ努力を続け、日々を民のために尽くしている。結婚後はなかなか世継ぎに恵まれず、悩んでいた時期もあったという。

 ──が、そんな様子を民の前や家臣の前では一切見せず、気丈に振る舞っていた。


 そしてそれは、姉ばかりではない。母も、そして祖母も、なかなか子供に恵まれず苦労をしたという。

 だから、と前置き、


「もし、……コトネが私を選んで、男になったとしても──私には子供ができないかもしれないわ」

「そんなの……わからないし、まだ、ピンと来ないよ」

「きっと今はそうね。でも……もしコトネが子供を望むようになったとき、私は応えられるかわからないの」


 真剣な目で見つめられ、思わずコトネも口をつぐむ。


「性別が変われば、コトネの考えや気持ちだって、変わるかもしれないわ」


 サヴジが言っていた。──男になれば体力や力もつくと。


「もし子供ができたとしても、そうしたら……王位継承権がとても複雑なことになる。私は姉から王位を奪いたくはないし、ルークから未来を奪いたくもない。でも、もし私に子供ができたら、私もどう考えるようになるのかわからないの」


 ひんやりと指先が冷えるのを感じ、フェリカは視線を手元に落とす。

 グラスの表面についた水滴が、つうっとテーブルに落ち、丸い跡を作っていた。


「……もし、私が女になったら?」

「それは──……」


 コトネの問いに、フェリカは言葉に詰まってしまう。

 視線が揺らぎそうになる──が、踏みとどまるように再びコトネを見つめ、


「──私は何も、コトネにあげられないわ。だって、私には役割がないもの」

 

 ほんの少し、いつもの余裕を取り戻したように笑う。


「役割がない……って?」

「私は王位にはつけないわ。それにもしコトネが女になって……子供を望んでも、応えられないかもしれない。養子を迎えることも考えにくいから。だから──私はただ、一緒に暮らすことしかできないの」

「でも、フェリカは何でも知ってるよ。時計の作り方も、本の修理の仕方も、銀細工も──フェリカは、いろんなことを教えてくれたじゃない」

「……それは、学んだからよ」


 だけど、と言い返そうとするが、言葉が出てこない。

 役割がない、と言われて、考えてしまう。

 

 (役割──)


 サヴジは王だ。

 エリンも、いずれ王として国を背負う。


 フェリカだけは、そのどちらでもない。


 (でも、私は王になりたいのかな。子供が欲しいのかな)


 自分に問いかけてみるが、答えは出てこない。

 男になるか、女になるか。どちらになりたいかも、まだわからない。性別ができたらどんな自分になるのかも、わからない。


「コトネにはちゃんと、役割があるでしょう? 誰かを選び、契りを結び、地脈をつなぐという」

「……うん」

「だから、ちゃんと考えてほしいの」

 

 ちゃんと考えてはいる。だから、話を聞きたいと思った。

 ただ、フェリカが言っているのは、そういうことではないような気がする。


 何でも知っているフェリカには役割がなくて、何にも知らない自分には役割がある。


(それなら、役割って、……なんなんだろう)


 ね、と諭すように優しくフェリカが笑う。

 返す言葉が出てこなくて、コトネはただ、静かに頷くしかなかった。


「……すっかり冷めてしまったわね。でも、これはこれで薄焼きのパンにはさんで食べるとおいしいのよ」


 すっかりいつもの調子に戻ると、フェリカはテーブルに備え置かれた薄焼きのパンに料理を乗せ、くるくると巻いていく。

 

 そうしている間に、仕事帰りの人たちなのだろう。通りが徐々ににぎやかになってきた。

 気さくに笑い合い歩く姿に、思わずコトネは目を細める。

 そんなコトネを視界の端に捉え、僅かにフェリカの唇が震え、また緩む。


「さあ、できたわ。食べてみて」

 

 くるりと巻いたパンの端を食べやすいようにとじると、フェリカはそれをコトネに手渡した。

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