第五章:サンティエとトケイソウ
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エリンに連れられたどり着いた部屋の扉を開けると、色とりどりの衣装が並んでいた。
「わあ、すごい……!」
「でしょう? サンティエの歌劇祭では、皆素敵な衣装を着て楽しむの!」
南の国に古くから伝わるという伝統衣装もあれば、華やかにレースをたっぷりとあしらったドレス。
神々を模した荘厳な衣装や、村祭りでよく着られるという揃いの羽織。
そして、各衣装に合わせた、様々な装飾品。
あまりの鮮やかさに、コトネは思わず声を漏らしてしまう。
「エリンはね、皆で『トケイソウの乙女』を演じたかったのよ」
「どんなお話?」
「昔ね、サンティエは草原の国って言われたの。いつでも温かい風が吹く、緑豊かな国だから」
衣装の間をゆっくり歩きながら、エリンが続ける。
「でも、あるとき、寒さで作物が全部だめになって……皆、どうしたらいいかわからなくなったの」
地脈の流れは、天候にも影響を及ぼす。
フェリカの言葉が思い出されて、コトネは僅かに視線を落とした。
「王様も、司祭も、どうにもできなくて――それで、時の神に祈ったんだって」
くるりと振り返ると、
「そうしたらある日、王子の左手に光が差したの」
ぐ、と握った手を見せるエリン。
それから、ぱっと開く。
「すると、そこには一粒の種があったのよ」
時の神からの贈り物だと受け止め、王子はその種をまく。
凍り付いた土地で種が無事に芽吹けるよう、残されたわずかな蓄えを持ち寄り、皆で守った。
そのおかげで小さな芽が顔を覗かせ、しっかりと大地に根を張る。
やがて花が咲く頃には、凍り付いた時が戻り、大地に緑が戻り始めたという。
「……どうして、トケイソウの『乙女』っていうお話なの?」
「凍りついた世界の中で咲いたその花は、まるで祈る乙女みたいだったんだって。だから後に、その歌劇は『トケイソウの乙女』と呼ばれるようになったの」
それから、サンティエでは『トケイソウの乙女』という話が語り継がれてきたのだそうだ。
「素敵なお話でしょう?」
「うん、……そうだね」
――時は戻された。
そして、サンティエには今のように穏やかな気候が戻ってきた。
(でも……)
窓の外を見れば、先程まで真上にあった太陽は既に低く、外がオレンジ色に染まっている。
日は登り、落ち、そうして季節は移ろっていく。
「……」
コトネは小さく息を吸い——ほんの一瞬だけ、言葉を探す。
けれど見つからず、細く息を吐いた。
そんな様子に、エリンが首を傾げる。
どうしようかと一瞬迷うが、
「……それでも、もし、──また凍りついたら?」
コトネの問いに、エリンは迷わず頷いた。
「そのときは、また皆で祈るわ。だってサンティエはそうしてきたんだもの」
再び凍り付く時が来たとき、途方に暮れてしまわないように。
誰一人、凍えて苦しむことがないように。
――そう願って手を取り合う。
「それが、サンティエなの」
まっすぐに見つめられ、何か言おうとするが言葉が出ない。
それが、サンティエ。
エリンの目には、迷いもなければ、疑問もない。
夕日に照らされ、僅かな曇りもなく、キラキラと輝いていた。




