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残り12ヶ月、未性別の皇貴は誰を選ぶ━━三国の王子と王女の国取り婚姻譚  作者: ぬこ@nuko_nuko


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10

***


 

 朝食を終え供された紅茶を口にしながら、ふと、コトネは思い出したように顔を上げる。


「あの……サヴジ。薬草園、もう一度見てもいい?」


 もう、問題は解決したとサヴジは言っていた。

 先日は途中で戻ることになってしまったし、まだ見ていない場所もある。何より、こうして様々なハーブの効果を目の当たりにしたからこそ、もっと知りたいという興味も沸く。


 先日より様々なことを知った分、また違った目線で見ることもできそうだ。


「構わない」


 短く頷くサヴジに、コトネの表情がぱっと明るくなる。


「先日作りかけだったポプリを仕上げるのも良いな」

「うん! 染料になる花もあるんでしょう? それで布を染めて、作ったポプリを入れる小袋を作りたい」

「ああ、それなら染色職人のところにも行こう。布も様々な種類がある。染め方を教わり、好きなものを作れば良い」

「ほんと!? すごく楽しそう、じゃあ──」

 

 立ち上がろうとした、そのとき、


「失礼いたします」


 キィ、と扉が開き、侍女が食事の間に入ってきた。

 

「何事だ」

「ヤコクより、使者様が参りました」

 

 その言葉に、コトネの動きが止まる。

 するすると静かに入ってきたのは、先日婚姻の儀開始を宣言した使者だ。


「皇貴様のお渡りは本日の朝まで。そのため早々にご出立をお願いします」


 淡々と告げられる言葉に、コトネの眉が、肩が下がる。


「……コトネ」


 呼びかけに顔を上げると、サヴジが心配そうにこちらを見つめていた。その目は、薬草園のときとも、熱を出して倒れた時とも、違う。──だから、


(もう少し、あと少しだけ……)


 やっとこのお渡りにも慣れてきた。

 ルーシアをもっと知りたい。サヴジの知らなかった一面も見た。もっと、見たい。だからこそせめて後一日だけ。それが難しいのなら、半日だけでも。

 そう思うが、望んでも叶えられるものではないことは、これまでの経験からよく理解している。


(それでも──)


 やはり、寂しい。苦しい。悲しい。

 様々な感情が押し寄せてきて、思わずコトネは唇をきゅっと噛む。


「話せ」


 けれど、それを口にして良いものなのか分からない。

 

「言わなければ分からん」


 まっすぐに見つめられる。しばらく迷って、コトネは小さく、短くふうっと息を吸い、吐く。


「……どうして」

「いつも」

「当日にならないと──」


 とぎれとぎれに出る言葉を丁寧に、サヴジは待つ。


「……帰還を」

「知らせて」

「くれない、んだろう」


 それ以上、言葉は続かなかった。


「……昔からか?」


 こく、とコトネの頭が小さく下がるのを見て、サヴジは驚いたように目を見開く。そのまま使者に目を向ける──が、使者は黙って首を振る。

 まっすぐに見据えるサヴジの視線にひるむことなく、ただ凛とヤコクの意志を示すように。


「それが、決まりです」

「婚姻の儀を前にしたお渡りだ。せめて後一日だけでも時間をもらえないだろうか」

「なりません」

「待たれよ、ならば」

 

 サヴジがなお、何か言おうとする──が、


「ルーシアへのお渡りは、これにて終了となります」

 

 声音ひとつ変えることなくそう告げると、使者は胸元から木の柄がついた小さな鈴を取り出した。

 そして、りん、と一度、小さく鳴らす。

 りぃん、りぃん、りぃん、と静かな部屋に余韻のように音が響くのを聞き、コトネが静かに顔を上げた。


「……帰ります」

 

 小さく、そう呟く。


「──また、見に来ればいい」


 その言葉に、コトネの目が揺らぐ。

 それからその揺らぎを鎮めるように、小さく頷く。


(——でも、その“また”は、……いつのことだろう)


 王族しか見ることのできない薬草園。

 そこに来ることができるのは、いつか。


 そんな日が来るのか、来ないのか。

 そんな日を作ることができるのか、できないのか。

 

(わからない、でも、……)


 その言葉は、しんと冷えかけた心に、ほんのりと温かかった。

 





 

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