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朝食を終え供された紅茶を口にしながら、ふと、コトネは思い出したように顔を上げる。
「あの……サヴジ。薬草園、もう一度見てもいい?」
もう、問題は解決したとサヴジは言っていた。
先日は途中で戻ることになってしまったし、まだ見ていない場所もある。何より、こうして様々なハーブの効果を目の当たりにしたからこそ、もっと知りたいという興味も沸く。
先日より様々なことを知った分、また違った目線で見ることもできそうだ。
「構わない」
短く頷くサヴジに、コトネの表情がぱっと明るくなる。
「先日作りかけだったポプリを仕上げるのも良いな」
「うん! 染料になる花もあるんでしょう? それで布を染めて、作ったポプリを入れる小袋を作りたい」
「ああ、それなら染色職人のところにも行こう。布も様々な種類がある。染め方を教わり、好きなものを作れば良い」
「ほんと!? すごく楽しそう、じゃあ──」
立ち上がろうとした、そのとき、
「失礼いたします」
キィ、と扉が開き、侍女が食事の間に入ってきた。
「何事だ」
「ヤコクより、使者様が参りました」
その言葉に、コトネの動きが止まる。
するすると静かに入ってきたのは、先日婚姻の儀開始を宣言した使者だ。
「皇貴様のお渡りは本日の朝まで。そのため早々にご出立をお願いします」
淡々と告げられる言葉に、コトネの眉が、肩が下がる。
「……コトネ」
呼びかけに顔を上げると、サヴジが心配そうにこちらを見つめていた。その目は、薬草園のときとも、熱を出して倒れた時とも、違う。──だから、
(もう少し、あと少しだけ……)
やっとこのお渡りにも慣れてきた。
ルーシアをもっと知りたい。サヴジの知らなかった一面も見た。もっと、見たい。だからこそせめて後一日だけ。それが難しいのなら、半日だけでも。
そう思うが、望んでも叶えられるものではないことは、これまでの経験からよく理解している。
(それでも──)
やはり、寂しい。苦しい。悲しい。
様々な感情が押し寄せてきて、思わずコトネは唇をきゅっと噛む。
「話せ」
けれど、それを口にして良いものなのか分からない。
「言わなければ分からん」
まっすぐに見つめられる。しばらく迷って、コトネは小さく、短くふうっと息を吸い、吐く。
「……どうして」
「いつも」
「当日にならないと──」
とぎれとぎれに出る言葉を丁寧に、サヴジは待つ。
「……帰還を」
「知らせて」
「くれない、んだろう」
それ以上、言葉は続かなかった。
「……昔からか?」
こく、とコトネの頭が小さく下がるのを見て、サヴジは驚いたように目を見開く。そのまま使者に目を向ける──が、使者は黙って首を振る。
まっすぐに見据えるサヴジの視線にひるむことなく、ただ凛とヤコクの意志を示すように。
「それが、決まりです」
「婚姻の儀を前にしたお渡りだ。せめて後一日だけでも時間をもらえないだろうか」
「なりません」
「待たれよ、ならば」
サヴジがなお、何か言おうとする──が、
「ルーシアへのお渡りは、これにて終了となります」
声音ひとつ変えることなくそう告げると、使者は胸元から木の柄がついた小さな鈴を取り出した。
そして、りん、と一度、小さく鳴らす。
りぃん、りぃん、りぃん、と静かな部屋に余韻のように音が響くのを聞き、コトネが静かに顔を上げた。
「……帰ります」
小さく、そう呟く。
「──また、見に来ればいい」
その言葉に、コトネの目が揺らぐ。
それからその揺らぎを鎮めるように、小さく頷く。
(——でも、その“また”は、……いつのことだろう)
王族しか見ることのできない薬草園。
そこに来ることができるのは、いつか。
そんな日が来るのか、来ないのか。
そんな日を作ることができるのか、できないのか。
(わからない、でも、……)
その言葉は、しんと冷えかけた心に、ほんのりと温かかった。




