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残り12ヶ月、未性別の皇貴は誰を選ぶ━━三国の王子と王女の国取り婚姻譚  作者: ぬこ@nuko_nuko
第四章

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ひとりで抱え込まないように


「どうしたの? 急ぎの要件?」

「西の畑で、虫の被害が出たそうで……。対処はしているのですが、隣の区画にも広がるかもしれなくて」

「そうなのね。誰が見てくれてるの?」

「今はサージェが中心に」

「ああ、サージェなら大丈夫そうね。ちょっと待ってて」


 そういうとエリンはくるりと振り返り、誰かの名前を呼ぶ。

 呼ばれて顔を上げた人物に、これまでの流れを手短に伝え、帰りに寄って伝えてくれと、軽く手を振る。

 

「これで大丈夫よ、きっと明日にはリーヤが話を聞きに行くと思うわ」

「ありがとうございます!」

 

「……エリン、ごめん、今話が聞こえたんだけど──大臣がいないの?」

「そうなの。でも大丈夫よ、書類はもらったし、帰りに届けてもらうから」


 コトネが席に戻ってきたエリンにそう聞くと、こともなげに頷く。

 どうやら先程名を呼んだ人物は、大臣リーヤの家の隣に住んでいるらしい。

 要件をまとめた書類を渡して、明日にでも対処してもらうということだが──


「そう、なんだ。でも……それで、大丈夫なの?」


 思わずこぼれた言葉に、エリンはきょとんとした表情で首を傾げる。


「どうして?」

「だって、大臣なんでしょう?」


 コトネも、ヤコクではずっと離れに住んでいるため、それほど国の仕組みについて詳しい方ではない。

 それでも、上に立つ者がいて、方針を決め、動かしていく存在があることは知っている。

 ルーシアでも、そこは目にしたばかりだ。

 

「国のことを決める人が、いないままで……」


 口に出してみて、自分でもうまく言葉にできていないと気づく。

 そんなコトネを見て、エリンはふっと小さく笑う。


「大丈夫よ。だって、リーヤひとりで全部決めてるわけじゃないもの」

「……え?」

「さっきの話も、サージェが見てるんでしょう? だったら、まずはそれでいいの。気になることがあれば、こうして誰かが持ってくるし、皆で話せばいいだけ」


 さらりと言って、スプーンを手に取る。


「それにね、リーヤがいなくても困らないようにしてるのは、リーヤ自身なのよ」

「……そう、なの?」

「ええ。リーヤは大臣だけど、皆にもちゃんと仕事を振ってるわ」

「それは──そう、じゃない? だって、大臣なんでしょう?」

「皆に任せるかわりに、自分も皆の仕事を一緒にするの。手が回らなければ、できる人に声をかけるし、声をかけられない人がいれば、かわりに話すわ」

「あ……」

「ひとりで抱え込まないようにって、いつも言ってるもの」


 くすりと笑って、エリンは続ける。


「だから、ヤギの子が生まれたらそっちを見に行くのも、大事な仕事なの」


 まるで当然のことのように言われて、コトネは言葉を失う。


(それで、国が回るの……?)


 問いは胸に浮かぶのに、なぜか否定の言葉は出てこない。

 目の前では、皆が当たり前のように食事をし、話をし、笑っている。


 「こうして、皆で食事をするのも……」


 普通、なのだろうか。

 そう疑問が浮かぶが、こちらもうまく言葉にならない。


 ヤコクではずっとひとりで食事をしてきた。

 ルーシアでは、サヴジと食事をした。


 (そういえば、サヴジには年の離れた弟がいるって言っていたけれど──)


 同じ城にいるはずなのに、顔を合わせることはなかった。

 それが当たり前だと思っていた。


「そうよ、だってみんなで食事をして、こうやっていろいろ話せば、誰が困っているかすぐわかるでしょう?」

 

 そういえば、さっきの使者とのやり取りもそうだった。

 書簡を受け取る場面でも、言葉を交わすときも、エリンは特に声を落とさない。


 周りを見渡せば、食事をしながら会話を続ける者もいるが、何人かは自然とエリンの方へと顔を向けていた。


(もしかして──)


 ふと、昼間のことを思い出す。

 エリンは「イチゴを食べていくといい」と言われたとき、ごく自然に摘果の話をした。

 ジャムにすることも知っていたし、籠がどこにあって、どう摘むかも知っていた。

 

 コトネからすれば初めてのイチゴ摘みと、新鮮なイチゴやベリーを味わう楽しい時間だった──が、それもまた手伝いのひとつだったのかもしれない。


「……うん」


 その言葉は、自分でも驚くほど静かに胸の奥へと落ちていった。

 

 広間では、まだ賑やかな声が続いている。

 誰かが話し、誰かが笑い、料理が運ばれ、また皿が空になる。


(……不思議)


 ふと、視線を落とす。

 手元の皿には、まだ半分ほどシチューが残っている。


(ひとりで食べるのが、普通だったのに)


 なのに今は、

 隣にエリンがいる。

 向こうにも誰かがいる。

 

 同じ空間で、同じものを食べている。


 ――そのことに、少しだけ戸惑う。


「コトネ?」


 名前を呼ばれ、顔を上げると、エリンがこちらを覗き込んでいた。


「ぼーっとしてる。もうお腹いっぱい?」

「あ、ううん……大丈夫」


 慌ててスプーンを手に取り、口へと運ぶ。

 少しだけ冷めていたが、それでも不思議とおいしかった。



***

 


 部屋に戻り、コトネはひとり、ベッドに座る。


 慣れている、ひとり。

 そのはずなのに、どこか落ち着かない。


(ひとりで決めなくていい、って……)


 サヴジにも、似たようなことを言われた。

 でも、それとは少し違う気がする。


(フェリカだったら、なんて言うだろう)


 婚姻の儀まで、残り10ヶ月。

 なんだか部屋が妙に静かすぎるようで、耳の奥にさわさわと音が残っているようで──

 自分の中にある感情の正体が、定まらない。妙な感覚だが、それが何なのかわからない。ふう、と息を吐くが、その妙な感覚は静まらず、自分の呼吸の音がやたらと耳に残る。

 

(私は、混乱しているのかな……?)


 それが一番近いのかと思って自分を見つめ直してみるが、しっくりこない。

 迷っているのかと考えてみるが、それも少し違うような気がする。


(驚いている……も違う。なんだろう、この感覚)

 

 わからない、けれど、不快ではない。

 空腹感にも似ているようで、それでいて満腹感のようなものもあるのが不思議だ。


 

 ──ふと、窓の外を見る。


 遠くに、まだ人の声が残っているような気がした。


 

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