サヴジ:「お前」
「もう休むのか」
戻る途中の通路で声を掛けられ、コトネは振り返る。
「うん。お茶もお菓子も美味しかった、ご馳走様」
それだけ言って戻ろうと思っていたが、
「お前は昔からあの焼き菓子が好きだったからな。どんなに腹がいっぱいだと言っていても、あれだけは残したことがない」
サヴジのほんの少しだけからかうような優しい声音に、思わず頬がゆるむ。
「覚えててくれたんだ」
「忘れるわけがないだろう」
柔らかく笑うと、サヴジは一歩距離を近付け、さりげなくコトネの手首をつかむ。
未性別のコトネは、女であるエリンやフェリカよりは少し、身長も高い。
だが、男であるサヴジよりは、身長も、手も、歩幅も小さい。
「もう少しいいだろう?」
優しくたずねる口調ではある。
──が、その手も、目も、力強い。
「まだ、俺たちは十分に話し合えていない。もっと話し合う方がいい」
先程の茶会でにごした話題を再び出され、しまった、と思うが、手首をつかまれているため逃げられない。
(そういえば、昔からそうだったな)
***
──それは、今から8年前。
四国の友好関係を築くため、いずれ来る婚姻の儀に向けてそれぞれを知るため──など様々な名目で、コトネたちはこれまでに何度も顔を合わせ、ともに過ごしてきた。
そのひとつとして、北の国ルーシアで春を祝う祭りに参加したときのことだ。
「やだ、やだやだ、やだ! エリンは花噴水を見に行くの!」
中央広場で行われる演奏会へ向かう途中、「西広場では花を一面に浮かべた噴水が見事だ」という市民の会話を聞いたエリンが、予定変更を求めて駄々をこねた。
「ここからなら少し遠回りすれば西広場に行けるわ。花噴水を少し見て、それから演奏会に向かうのはどうかしら」
いつものようにフェリカがエリンをなだめ、案を出す。
コトネとしても、演奏会は楽しみだった。
何より、北の国ルーシアの楽隊は有名で、今日の目的でもある。
ただ、花噴水も、正直少し気になる。
それほど回り道ではないのなら、少しくらい回り道をして立ち寄っても──と思ったが、
「いや、先に中央広場で演奏会を見よう」
サヴジの声に、エリンがすかさず反論をする。
「なんで!? コトネもフェリカもいいって言ってるよ!?」
「演奏会はこれを逃すと4時間後だ。花噴水を見に行ってからでは、開始時間に間に合わなくなるかもしれない」
「ちょっとだけ見て、それから急いで中央広場に行けばいいじゃない!」
「花噴水は西広場のあちこちにある。ひとつだけ見て満足するものじゃないだろう」
結局先に中央広場で演奏会を見て、それから西広場に行くことになった。
実際のところ、演奏会はとても見事だったし、花噴水も結局エリンがすべてを見たいと言い張り、見て回ることになった。
先に花噴水を見ていたら、出し物を見ることはできなかっただろう。
***
──強引ではあるが、サヴジが言うことは大体、正しい。
婚姻の儀まで、後1年。
自分の気持ちも大切だが、この婚姻にはそれぞれの国や、そこにかかわる人たちの運命がかかっている。
(確かに、もっとちゃんと話をしないといけないのかもしれない)
昔から変わらない、まっすぐに人を見るサヴジの目。
そして、年を重ねたことで増した、その手の温かさや力強さ。
そこに諭され、励まされたような感じがして、コトネは小さく息をつき、頷いた。




