プロローグ:「お前は」「あなたは」「君は」誰の嫁?
「お前は俺の嫁になるんだ」
──北の国の王子サヴジが言った。
「違うわ、エリンのお婿さんよ!」
──南の王女エリンが笑う。
「コトネの気持ち次第だけど、私はコトネとなら結婚してもうまくいくと思うな」
──西の王女フェリカが静かに告げる。
三人に求婚されているのは、東の国の皇貴コトネ。
背中まで伸びたつややかな黒髪をひとつにまとめた、未性別だ。
「……たまには違う話もしようよ」
少し困ったように笑って、話題を変えようとするが、
「婚姻の誓いまで後一年しかないんだぞ。もっと話し合ってもいいくらいだ」
「そこだけはサヴジに同感。でしょ、フェリカ」
「まあ……ね。後一年で、コトネは私たちの誰と結婚をするのか決めなくちゃいけないんだもの」
再び、ああでもない、こうでもないと場が白熱し始めてしまう。
結局当事者ながらも話題に取り残され、コトネはすっかり冷めてしまったお茶に口をつける。
(それはわかってるけど、──誰かひとりを選ぶなんて、まだできないよ)
ここは、北の国の王子サヴジの住む王宮――その一角にある小さな東屋。
やっときた春の訪れを祝っているかのように白と青の花が咲き乱れ、風に乗ってかぐわしい花の香りと、鳥の声がわずかに届く。
(小さい頃は、皆で花摘みをしたり、あの丘を駆けたりしたな)
数年前を懐かしく思うが、そうしたところで時の針を戻すことはできない。
西の国の王女フェリカ。
南の国の王女エリン。
北の国の王子サヴジ。
そして、東の国ヤコクに生まれた未性別のコトネ。
四人の関係は、この世界の仕組みと切り離せない。
この世界で、地脈とはすべての生命の源だ。
東を起点として西へと流れ、また東へと巡ることを繰り返している。
——その流れは、国の豊かさも、力の均衡さえも変えてしまう。
東の国には、国にひとり「皇貴」と呼ばれる未性別が生まれる。
その皇貴を娶った国へと、地脈は大きく傾く。
北の国が娶れば、地脈は北へと傾き、
南の国が娶れば南へ。
西が選ばれればどちらにも寄らず、中間を保つ。
——そのため、皇貴を巡る争いは国の未来を左右する。
「俺ならお前を守り、一生大切にしてみせる」
「エリンはコトネに守ってもらうわ。そのかわり、コトネをしっかり支えるの」
「私はあなたが男になってもいいし、女になってもいい。望むなら今のままでもいい」
皇貴は齢15で婚姻の誓いを交わし、生涯の伴侶と契ることで性別が芽生える。
先代皇貴は南の王子と結ばれ、王妃になり、
先々代皇貴は北の王子と結ばれ、王となった。
(男になるか、女になるか……小さい頃から聞かされて育ったけど──どうしても、誰かひとりを選べない)
最初はたいして目線が変わらなかった同じ年のサヴジは、今や頭1つと少し上。
昔からおっとりと落ち着いている1つ上のフェリカは、この数年でみるみるうちに女性らしい身体つきになった。
2つ下のエリンは、身長こそコトネより低いものの、しっかり女としての意識が芽生えている。
前までは純粋に楽しかった4人でのお茶会も、誓いの儀までの期日が近付くに連れ、気軽に楽しめるものではなくなってきた。
いざ「後一年」となると、どうしても迷いが出て来る。
「コトネ、迷う必要はない。俺がお前を永遠に守る」
「ダメよ! コトネはエリンと結ばれるんだから!」
「もう、ケンカはやめましょ。コトネが困ってるじゃない」
(後一年で──私は『誰』になるんだろう)
——その選択で、この世界は変わる。
コトネはまたひとつ、小さくため息をついた。




