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第四話 いつか来た道

自分だけが荷物を背負っている。

自分だけが対価を払っている。

そう思えれば楽だったのに……。

皆、何かを背負っていて。

みんな何かを代償にして。

そうして苦しみ歩んでいる。

そう思って諦めれば、少しは楽になれるから。 



窓の外から鳥の声が聞こえる。

窓辺から穏やかな日の光が差し込んでおり、うっすらと消毒液の匂いのする保健室の空間にはなんとなく不似合いだった。


 日陰側のあるベットで寝息を立てているのは、先ほど教室で立ち上がった娘だ。


「……大丈夫そうね」


 紫音は静かに寝息を立てる様子を見て、安堵の溜息を付いた。


「あの人、驚いてたわね」


 ふと、紫音の脳裏に最近知ったばかりの顔が浮かぶ。

 当然と言えば、当然なのだ。彼はこの村の事など何も知らないのだから。



――こんな時期に転校生など、珍しくもあるものだ。


 教壇の上でわかりやすく緊張している少年の姿を見て、最初に思ったことはその程度で特に興味もなかった。


 よそから人が来ることがないわけではない。

 だが、それは多くても数日の滞在であり、彼のように長期にわたる事はほとんどない。四方を山に囲まれた片田舎の村である。


 半分開けた窓から吹き込む風が、不意に彼女の髪をかき上げる。

 

「刀伊原フツオです。短い間ですがよろしくお願いします」


 典型的な定形の挨拶だと言うのに、呆れるほどに緊張の滲む硬い声。

 思わず吹き出しそうになるが、何とか平静を装った、


 ふと、もう一度転校生に眼をやれば、彼は呆けたようにこちらを見ていた。

 異性にこのような眼で見られること自体は初めてではない。村の大人たちは彼女の顔を見るたびに「綺麗になった」と囃し立てるし、それが世辞だけではないのはなんとなく分かる。


 ごくたまに村に訪れる余所者からよこしまな視線を向けられたのも一度や二度の話ではない。

 ジロリと視線を合わせると、転校生はハッとして、こそこそと逃げるように目をそらした。あちらこちらに気まずそうに視線をさ迷わせるあたり、女子にもあまり慣れていないようだった。


 ただ一瞬、その目の奥にひどく冷めた色を見た気がして、それが妙に気になった。



「先生、私の隣あいてるよ~」


 不意に、教室に響いた明るい声が響く。橙色の髪をした女の子が転校生に輝くような笑顔を向けた。

 彼女、鶴内ヒビキは快活で人懐っこい。クラスのムードメーカーであり、やや遠巻きにされがちな自分とは真逆の存在である。


 紫音がそちらに目線を向けると、ヒビキは振り返って一瞬ウィンクをした。彼女は誰にでもこうなのだ。罪作りだと思う。女子に免疫のない男の子なら猶更だ。


――女の私でも一瞬ドキッとさせられる……。

 

 人に接するときに物おじしない彼女の在り方が、紫音には眩しく見えた。 


 転校生の方に視線を向ければ、やはりと言うかだらしなく相好を崩している。

 ハッと我に返ったのか、こちらの視線に気づくと、彼は気まずそうな笑みを浮かべた。


――また、あの子の悪い癖だ。

 

 そもそも好奇心が旺盛なヒビキは余所者にはとくに愛想が良かい。

 案の定、彼女のお眼鏡に叶ったようで、明るく笑いながら手招きしている。


―――この村の者でなければ誰でもよいのかもしれない。

 

 ふとそんな考えが頭をよぎる。彼女の気持ちはわからないでもない。


 あの子の「お役目」を考えれば理解できなくもないのだ。もし私が同じ立場ならそんなふうに考えていたかもしれない。


 とはいえ、転校生はそんな事情など知るはずもない。だから、釘を差しておかねばならない。あの子は私の大事な親友なのだから……。



 


「ちょっと良いかしら?」


 退屈な授業が終わって早々、あくびを噛み殺していた転校生に話しかけた。


「……あ、あ!? うん全然全然大丈夫! 無問題!!」


 あたふたと慌てて挙動不審になっている様子を見ると、少々申し訳なく思わないでもない。


「私は字久良 紫音。一緒に来て」


 食い気味に帰ってきた了承の返答に、紫音はビクリと肩を上げた。

 


 そうして私は自分がクラス委員長であることを口実に、彼に校舎を案内した。

 おそらくは、放課後にヒビキがやろうとしていたことだ。

 

 勿論、彼女に嫌がらせをしたいからではない。あの子には自分を大切にしてほしいのだ……。


――本当に?


 自分の中の冷静な部分が冷徹に問いかける。


――羨ましいからじゃなくて?


 そうなのかもしれない。


「――ヒビキは誰にでも優しい子だから」


 そう振舞えるあの子が羨ましいのかもしれない。


「うん。うん?」


 彼の戸惑う声が背中越しに聞こえる。

 釘を刺すためとはいえ、キツイ言い方をするのは気が咎める。

 とはいえ、言うべきことは言わねばならない。


「勘違いしないで、て言ってるの。そう言うの迷惑だから」


 最大限、冷たく聞こえるように言い捨てる。正直、後ろを振り返りたくない。 


――別に彼だって来たくてここに来たわけじゃないのにね。


 もう一人の自分が心の中で冷たく言い捨てる。

 そんな事は分かっている。


「い、いやまあそれはそうだけど」


 彼の戸惑いと何かを押し殺した声が聞こえる。

 

「なら、私たちに関わらないで」


 彼の言葉を押さえつけるようにぴしゃりと言い返す。彼はぐっと押し黙った。

 怒りを露わにしないのは、相当に理性的なのだろう。


「じゃあ、私まだ仕事があるから……」

「……案内してくれてありがとう」


 平静を装った言葉に混じった僅かな冷たさ。

 当然だ、あそこまで言われて怒らない方がおかしい。


「貴方だって来たくて来たわけじゃないんだろうけど……!?」


 振り返りざまに視界に入ってきた彼の表情に、紫音はぎょっとした。

 無感情な表情。怒りを押し殺したものとはまた違う。


 これは諦観だ。まるでこうなる事を最初から分かっていたかのような……。

 それが猶更、彼女の心を締め付ける。


「……それでもここから出られるんだから」

 

 なんとか逃げ口上のようなそれを言い捨てて、その場を後にした。




 結局のところ、その日の事について、私がヒビキから何かを言われる事はなかった。

 どうやら刀伊原君は黙っていてくれているらしい。


 ヒビキは相変わらず刀伊原君にアプローチを続けている。

 あの子もなんとなく、私がそれを良く思っていないことを知っているのだろう。

 私の前ではあまりあからさまにはしていないが、それでも放課後や登校時はよく一緒にいるようだった。


 ふと、窓から見える山の姿をみた。


 所々、紅葉の見えるごく普通の山。紅葉狩りやハイキングなどが楽しめそうな山だ。

 だが、この村に住むものはあの山を見てそんな気持ちにはなれない。


 山の所々に見える赤々とした紅葉がいっそ本物の火だったら良いのに、と紫音は心の中で呟いた。


「すべて燃えて、灰になってしまえば……いっそ囚われる事もないのに」


 誰に聞かれるでもない呟きが、窓から吹き込んできた風の中に溶けた。


 





 いつものように授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。

 校庭の隅に積まれていた資材が、いつの間にか組み上がり始めている。

 近づいてくる祭りの準備に、だんだんと村だけではなく、学校全体がせわしくなっているようだ。


 いつも通りの日常、変化と言えばそれくらい。

 だからこそ、あの騒動の後、そのまま何事も無かったかのように教室を後にするクラスメイト達が僕には信じられなかった。

 

 あんなに奇妙な事があったと言うのに、誰もそれを話題にしない。


 ――まるで、そうするのを避けているかのようだ。


 昼休みに入って、鶴内さんが足早に教室を出るのが見えた。

 あの日から鶴内さんとはちゃんと話せていない。僕もなんて聞いたら良いのか分からなかった。

 

 彼女の後を追って教室を出る。今日こそきちんと話さなければ、鶴内さんならあの不可思議な光景の理由を話してくれる。そんな気がした。


――聞かない方が良い。


 同時にそんな言葉が頭をよぎる。


「――おい」


 後ろから響いた声に、唐突に振り返る。


「あんただろ転校生って」


 声の主は小柄な女の子だった。背丈とは裏腹に気の強そうな顔立ちをしている。

 日に焼けた肌、金色の髪、これはいわゆるギャルと言う奴なのではないだろうか。正直言って苦手なタイプだ。


「え? あ、うん。……そうだけど」

「ふーん、都会の男って聞いてけど、この村の連中とさして変わんないじゃん」


 ギャル(仮称)がジロジロと値踏みするように僕を見る。直後、小ばかにするように笑いながら腕を組んだ。


「いや、まあ、それはそうだけど」


 着崩した制服の谷間からちらりと紫色の下着が見え、反射的目をそらす。年下に見えるが発育は良いらしい。


「ちょっと顔かせよ」


 僕の視線に気づいたのか、やや冷たい目つきになったギャル(仮称)が命令口調でそう言った。


「はい?」

「いいから来いって、言ってるんだよ」

「は、はい!」


 勢いに呑まれて返事をしてしまう。先ほどの負い目もあるが、父さんと二人で暮らしてきたからだろうか。

 基本的に女性と話すのは苦手なのだ。


――特に気の強そうな女の子は……。


 別に女性そのものが嫌いと言うわけではない(と言うか彼女は欲しい)。

 だが、それはそれとしてどうにも委縮してしまう。


「おい! なにボケっとしてんだよ?」

「うわっ!? だ、大丈夫です」 


 怪訝そうな顔で下から顔を覗き込まれる。唐突に上目遣いに見上げられる形になって、驚いて直立不動になる。


「なんでも良いから早く来い」


 とりあえず、彼女の後ろをついていく。正直言ってあんまりいい予感はしない。とはいえ毅然と断る事が出来るほど女の子と話せれば苦労はない。


 すれ違った用務員が、一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。





 僕を呼びつけたギャル(仮称)が連れてきたのは、人気のない校舎裏の一角であった。

 校舎裏に呼びつけられるとか完全にカツアゲされるパターンではないか……。


「……あの、僕はお金とかは全然」

「はあ?」


 なけなしの勇気を振り絞った言葉は、彼女が発した一音の前に空しく尻すぼんだ。


――女の子ってなんでこんなに冷たく発音出来るんだろう……。


 正直言って、もう帰りたい気持ちで一杯である。女の子と良くある青春を過ごしたかったが、こういう良くある青春(暗黒)は望んでいない。


「なんで、金の話に……て、そんな事どうでもいいか」


 ギャル(仮称)が怪訝そうな顔でそう言う。

 意外なことに、そう言う話ではなかったようだ。


 彼女は気を取り直したように厳しい顔をすると、僕の胸倉をつかんで顔を近づけた。

 不覚にもちょっといい匂いがしてドキリとする。


「――近づくな」


 発せられた言葉は、それまでの何より刺々しいモノだった。


「……誰の事言ってるかはわかってるよな」


 有無を言わせぬ口調のギャル(仮称)。


「……鶴内さんのこと?」

「わかってんじゃねーか。ヒビキ先輩には近づくな」


 字久良紫音と同じことを言うギャル(仮称)。どいつもこいつも鶴内さんの事好きすぎではないだろうか。


「それで?」

「あ?」


 ドスのきいた単音の返答……。


――だからなんで女の子ってこんなに怖く発音できるの?


「あ、いや、だから、それを僕に言われても……」


 怖いし、苦手だが、それはそれだ。鶴内さんの行動は《《彼女が決めるべきものである》》。



「ごちゃごちゃ言わずに黙って――「……ねえ、何してるの?」」


 ギャルの語気が一層荒くなったその瞬間、恐ろしく冷たい声がその場に突き刺さる。一瞬、目の前のギャルがビクリと背中を震わせるのが見えた。


「つ、鶴内さん」


 振り返れば鶴内さんが立っていた。顔こそ笑っているものの、その眼はまったく笑っていない。


――てか、ギャル(仮称)僕を盾にするのはズルいぞ!


 僕の後ろに隠れるように立ったギャル(仮称)を振り返る。先ほどとは打って変わって、気まずそうに顔を伏せていた。

 どうやら彼女の事は苦手らしい。


「……ヒビキさん。あの「――星歌ちゃん、刀伊原君に何か用?」」


 ギャル(仮称)が何か言おうとした瞬間、その言葉をヒビキがぴしゃりと遮った。どうやらこの娘は「セイカ」と言う名前らしい。

 そんな事を考えて目の前の現実からなるべく目をそらす。

 助けようとしてくれているのは分かるが、もう本当に気まずくて泣きそうである。


 鶴内さんが、僕と「セイカ」との間に割って入るように立つ。ギャルが少し後ずさりした。


「あの、あたしは……「自己紹介した?」」


 セイカと呼ばれた少女が何かを言いかけた瞬間に、彼女は再びその言葉を遮った。


「もう、だめだよ? 刀伊原君はシャイなんだから、きちんと自己紹介しないと……」


 一見、穏やかな口調であるが、そこに込められた圧力は有無を言わせぬモノがある。

 耐えきれなくなったのか、ギャルっぽい少女が視線をそらした。


「秋山…星歌です。よろしく、お願いします……」

「あ、うん。刀伊原フツオです……あの、よろしく」


 恐ろしく気まずい雰囲気の中で、互いに挨拶を交わす。


「それで、刀伊原君に何か用?」


 先ほどと同じ質問を繰り返す。にこやかな表情とは裏腹にその口調は突き刺すように冷たい。


「いえ……その、別に大したことじゃ……」

「用もないのに、なんでこんなところに呼び出したの?」


 ぴしゃりと畳みかけるような口調に、秋山星歌と名乗ったギャル少女がビクリと肩をすくめる。


「それで、星歌ちゃんはもう刀伊原君に用は無いんだよね」

「……それはっ」


 何かを言いかけた星歌に対して、鶴内ヒビキは一歩前に出て、彼女の顔を覗き込む。


「なに?」

「え? あ、いや、その……」


 秋山聖歌は気おされたように顔を伏せると、もごもごと口ごもった。

 なんとなく、彼女が気の毒に見えてきた。確かに最初は腹が立ちはしたが、同性の友達がどこの馬の骨とも知らない男と一緒にいる事を心配する気持ちも分からないではない。


「あ、あのさ」


 僕が口を開くと、秋山星歌は意外そうに目を見開いた。


「確かに鶴内さんの事を心配する気持ちは分かるけど、鶴内さんの事を決めるのは、彼女自身だ。ほかの誰でもない」

「……」

「それに、多分、君が心配しているような事は起きないから」

「そんなの、わかんねえだろ」


 秋山聖歌が疑わし気な口調で言う。


「僕にそんな甲斐性あるように見える?」


 そう言った瞬間、秋山星歌の顔があっけに取られた様にポカンとした表情になった。

 我ながらどういう説得の仕方なんだと思わないではないが、こういう時は下手に言葉を練っても仕方がない。


 秋山星歌はなんとなく気まずいような顔になって、カリカリと頭をかいた。


「そりゃ、確かにそうは見えないけど……」


 心底返すことがない、と言わんばかりの表情で言われた。自分で言っておいてなんだが、もう少しオブラートに包んでくれても罰は当たらないんじゃないだろうか。


「と、とにかく! あたしは警告したからな!! ヒビキ先輩にその、へんなことするなんじゃねーぞッ!!!」


 それだけ言うと彼女は踵を返して歩き去った。最後の言葉には、最初の威圧的な色は無かった。


「……」

「あの、鶴内さん?」


 先ほどから押し黙ったままの鶴内ヒビキに声を掛ける。


「えと、ごめんね。助けてくれ……「ぶはっ」え?」


 彼女に詫びようとした瞬間に、鶴内ヒビキはもう耐えられない、とばかりに吹き出した。


「甲斐性があるように見えるって、普通そんな事言う!? ほんとに面白いね刀伊原君」


 爆笑しながら僕の背中をバンバン叩く。


「ちょ、いたい」


 彼女は苦しそうにおなかを抑えて馬鹿笑いしている。


「……そんなに笑わなくても」


 ぼやいた瞬間に、ふと柔らかい感触が僕の手を包んだ。


「え?」

「行こう?」

「あ、手、あの、うん」


 いつのまにか繋がれた手の感触に、思考がノイズだらけになる。


 最初の時と変わらない暖かな笑顔。柔らかい手の温かさ。

 その筈なのに、目に宿る光の冷たさを忘れる事が出来ない。


 どちらが本物の彼女なのだろうか。それが結局分からない。

 それでも、目の前の温もりに流されていく。


――こういう温度を、前にも知っている気がした。


 流されたその先に何が待っているのか、ふとそんな考えが頭をよぎった。




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