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八 メタルヒーロー、ひと肌脱ぐ。

 もうもうと立ちこめていた土煙が晴れつつある廃屋の中。救出対象であるルーナリアは、赤く目を光らせた化け物と誤認したゴーギャンの前で気を失っていた。


 散々、石や木片を投げつけられたゴーギャンこと魔魅は、バイザー越しにルーナリアのバイタルサインを確認する。


『身体に問題は……なし。どうやら気を失っただけみたいね』


 あれだけ悲鳴をあげて怖がっていたのだから、相当な恐怖だったろう。


『にしても、久しぶりに怖がられたな……』


 お子様に悲鳴をあげられたのはこれが初めてじゃない。人気が出てからはそういうこともなくなったが、放映開始時の知名度がなかった頃にはよく泣かれていた。


『おっと、感慨にふけっている場合じゃないな。とっとと脱出しよう』


 よっこいしょ、とルーナリアをお姫様抱っこし、倒壊寸前の小屋から出る魔魅。その際、視界の端で何かを見たような気がしたが、王女を安全な場所へ運ぶのを優先してそれを無視した。



 マーテル守備隊長であるアラン。豹猫族の娘と異形な全身甲冑が森の中に入ってしばらく、守備隊の兵士たちに守られている侍女のリサは、どうにも落ち着きがなかった。


「ルーナリア様はご無事でしょうか……」


 檻の中の虎のように、行ったり来たりを繰り返すリサ。草葉がそこだけ踏み固められていた。


「きっとご無事ですよ」


 なにせ、隊長と英雄殿が向かわれたのですからと、兵士の一人がそう励ますも、それに応えることもなくウロウロし続けるリサ。


 だが、森の中から絹を裂いたような悲鳴が聞こえた途端、彼女は顔色を変えて駆け出した。


「姫様っ!?」

「あ、ちょっ!」


 兵士の制止も振り切り、森の中に突入するリサ。着替えてせっかく綺麗になった服を、枝で破き、草で裂きながら突き進み、混乱に乗じて逃げてきたアランとナミルにばったりと出会した。


「待て待て、どこへ行こうというのだ?」


 横をすり抜けるような動きをしたリサをアランは強引に止めた。


「行かせてくださいアラン様。先ほどルーナリア様の悲鳴が聞こえたのです」


 だから助けに行かねばと、再び駆け出そうとするリサをアランは止める。


「心配はしなくていい。王女殿下は英雄殿に連れられて、すでに脱出している」

「それは本当でございますか?!」

「ああ。もうそろそろ野営地に着く頃だろう」

「では、姫様は本懐を遂げることができたのですね……」


 これでようやく静かになると、リサはボソリと漏らした。


 ◆


 そよりと吹いた風によって髪が揺れ、その刺激で目が覚めたルーナリア。青い空の下で、心配そうに自身を見つめる三つの人影にビクリと驚く。


「お目覚めになられたのですね、ルーナリア様」

「リサ……それに、カインとミハイルも……」


 リサに背中を支えられ、起きるなり目を手で覆うルーナリア。


「わたくしは一体どうなったの?」


 ルーナリアはとてつもなく恐ろしい何かを見た気がしたが、その姿を思い出せずにいた。どうやらその辺の記憶が曖昧なのに気付く。――というふりをする。


「姫様は本懐を遂げることができたのですよ」

「本懐……?」


 あれを本懐と言っていいのかと、カインとミハイルは互いに顔を見合わせた。


「そう、なのですね……」

「姫様……?」

「実はねリサ。わたくし、あの時のことをよく覚えていないのよ」


 護衛騎士のカインとミハイル。そして侍女のリサに衝撃が走った。王女の策略通りに英雄と呼ばれた者の手引きをし、王女の望み通りに引き合わせた。


 だが、憧れていた英雄との出会いも、せっかくのお姫様抱っこも、当の本人が覚えていなければ意味がない。


 またやらかすぞこのお姫様は。その場にいた誰もがそう思っていた。


「王女殿下」


 右手を胸に当て、片膝をついてこうべを垂れる守備隊長のアラン。その頭に向けて、ルーナリアは言葉を放つ。


「そなたは?」

「わたくしめはマーテル守備隊隊長のアランと申す者でございます」

「うむ。して、なに用かな?」

「は。殿下がおわすこの場所は、すでに街の外にございます。我ら守備隊が王女殿下をお護りするにも、限度がございます。積もるお話もおありかと存じますが、ここは一度マーテルの町へお越しいただき、改めて会談の場を設けさせていただきたく存じます」


 アランの言葉遣いに、ナミルと魔魅に衝撃が走った。『アランってあんな話し方できたんだ』というナミルの言葉に、無言の圧をかけるアラン。


「そうだな。では、案内せよ」

「は。かしこまりました」


 言って立ち上がったアランは、守備隊に撤収の指示を出す。そしてアランと入れ違いでミハイルが一歩前へと出た。


「王女殿下。この者らはいかがいたしましょうか?」


 ミハイルが言うこの者らとは、王女と約束を交わしたビジネスパートナーである、野盗の面々だ。彼らは王女に協力したその報酬を貰いにノコノコとついてきたのだ。


 だが、王女の『誰だコイツ』という態度に、ヒゲ面の男は焦り出す。


「お、王女……殿下。俺ら……わ、私どもは約定通りに王女殿下に協力……ご、ご協力い、いたしました。その働きに応じた報酬を、いただきた……いただきとうございます」


 ヒゲ面の男にしてはかなり頑張ったのだろう。あちこち噛みながらも拙い敬語を披露していた。


 守備隊に囲まれたこの状況は、ヒゲ面の男の胃に相当なダメージを与えており、早いところ報酬である金貨二十枚を手に入れて街へ戻りたいと彼は考えていた。しかし、王女の態度が冷静なままなのが、男をさらに不安にさせる。


「先ほど言ったであろう? わたくしは一切何も覚えていないと」

「そ、そんな!」

「カインよ。この者らは何者なのだ?」

「は。この者らは付近を荒らす野盗でございます。我らが木こり小屋にいた時も、王女殿下を誘拐なさろうと画策しておりました」

「盗賊か。ならば、法にのっとった処罰を――」

「お、お待ちくださいっ!」


 王女の言葉を遮り、声を張り上げるヒゲ面の男。王族の言葉を遮ったことで、カインとミハイル。そしてアランまでもが怒気を孕む。ざわりと、その場の空気が一変した。


「こ、これは商談です! ビジネスパートナーである私共を処断なさるなど、いかがなものかと!」


 あくまで自分たちはビジネスパートナーで、野盗ではないと言い張る男。


「商談? そなたらは商人だと申すのか?」

「そ、その通りでございます」


 手を揉みながら懸命に愛想笑いをするヒゲ面の男。その後ろに並ぶ仲間の男たちも揃って、愛想笑いを浮かべているものだから気味が悪い。


「だが、わたくしが全幅の信頼を寄せている近衛騎士のカインが、そなたらは盗賊だと明言している。加えて、せっかく敷いたシーツをぐしゃぐしゃに――」

「え?」


 思わず言葉に出して聞き返したヒゲ面の男。カインやミハイルらも『本当に記憶がないのかこのひと?』と内心で思いながら無言でルーナリアを見つめる中で、『おっと』と、目を逸らしてコホンと咳払いを一つする彼女。


「コ、コホン。そなたらが何者であろうとも、王族であるわたくしを害そうとしたのであるならば、どうなるかは知っていよう?」

「そ、それは!」


 それはこの国のみならず、各国の法に記されている。


「ミハイル。この者らはそれをわかってはいないようだ。教えてやるがいい」

「はっ!」


 ミハイルは一歩前へ出て、男たちを見下しながら口を開いた。


「統治者に刃向かい、その身を害しようとした者に、死を与える。これは、やんごとなき身分の者であろうとも変わることはない」


 ミハイルが言い終わるのと同時に、今度はカインが一歩前に出る。


「お前たちは国の至宝であるルーナリア様のお身体をもてあそぼうとしたな? それだけで重罪である」

「あ、あれは冗談だったのですよ!」

「冗談だと……?」

「さ、さようです。あの時は姫様が王家の方とは存じておらず、つい下品な言葉遣いを使ってしまった次第でして……」


 男の説明に後ろに並ぶ男たちもうんうんとうなずく。


「我が国の民であるならば、王家の方々のご尊顔を知っているのは当然。小さな子供ならばともかく、大の大人が知らぬというのは不敬に値する。マーテル守備隊長アランに命ずる。この者らを捕らえよ」

「直ちに」


 アランは一礼して守備隊員に拘束するように命令を下す。


「お、お待ちくださいっ! 王家の方々のお顔を知らなかったというだけで処罰されるのですか?!」


 守備隊員によって腕を体の後ろで縛られながら、男は悲痛な叫びで訴える。


「本来は比較的軽い罪だ。だがしかし、お前たちは盗賊の疑いがある。綿密な調査を行い、その結果次第で罰を下すことになる」


 それは彼らにとって事実上の死刑宣告。ガックリと項垂れたヒゲ面の男に、ルーナリアは『ごめんね』と、ペロッと小さく舌を出した。


 ◆


 守備隊によって連行されていく男たちを見ながら、ルーナリアはそれにしても、と今回のことを振り返る。


 盗賊の処理は思いのほか上手くいったが、英雄様に対しては魔物と見間違えて、驚きのあまりつい悲鳴をあげてしまった上に、失神をするという失態を演じてしまった。


(せっかくお会いできたというのに、まさかあんな姿だなんて思わないじゃない。吟遊詩人の歌にもないんだもの)


 けれど今回の旅は非常に満足のいくものであったことに違いない。お姫様抱っこを堪能する機会は得られなかったが、それは後日の楽しみとして残しておこうと思っていた。



 ☆ ☆ ☆



 深緑の町マーテルに奇妙な一団が到着した。


 先頭を行くのはマーテル守備隊員を伴った守備隊長のアラン。その後ろには二頭立ての馬車が続き、その横には白馬に跨った全身甲冑を着込んだ者が、町の風景をわずかに反射させて進んでいた。


 近衛騎士のカインとミハイルがその後に続き、最後尾にはシーツやぬいぐるみを満載した二台目の馬車が追走している。


 物々しい隊列ではあるが、馬車の側面や小さな旗に刻まれた紋様は、それが王家の一行であることを雄弁に語っている。


 片膝をついてこうべを垂れる者。スカートを広げて会釈をする者。子供たちは無邪気に手を振っている。


 そんな彼らに応えるように、ルーナリアは微笑み、小さく手を振っていた。


「リサ」

「はい姫様」

「この後の予定はどうなっています?」


 リサはメイドエプロンのポケットから、小さくカットした羊皮紙のメモ帳を取り出して、事前に聞いておいた予定を見る。


「この後は、マーテル町長宅にて晩餐が開かれる予定です。それまでは――」

「自由時間よね?」

「え……?」


 一瞬、何を言われたか頭が回らなかったリサ。馬車が停車した一瞬の隙を突いて、ルーナリアは車外へと飛び出した。


「え? ちょっ、姫様?! 姫様ぁぁっ!?」


 こうべを垂れていた民から驚きの眼差しで迎えられたルーナリア。彼女が駆けていくその背中に、誰もが例外なく視線を送っていた。


 ◆


 深緑の町マーテルには宿屋が三つある。止まり木の宿。深緑の月樽亭。そして琥珀の森。


 名前こそ違うものの、建物内の造りはどの宿屋もほぼ変わらない。一階が酒場兼食堂で二階と三階が宿泊できる施設だ。


 そのうちの一つ。琥珀の森で部屋を取っている魔魅は、木製のベッドに腰掛けて虚空を見つめていた。


『うーん……』


 魔魅が身動きすると、スタースーツの重みでギシリと、ベッドが軋んだ。


『やっぱり、何か変だな……』


 バイザー内に投影されたウィンドウには、文字の羅列が並んでいる。それを目で追っていた魔魅は、解析がなかなか終わらないことに疑問を感じていた。


 黒マントからキューブを渡されて、解析を行ってからもうしばらく経つ。なのにまだスーツは延々と解析を続けている。


 解析が終わらない理由は二つだと魔魅は考える。一つはこのキューブが見た目以上に多くの情報を内包している。二つ目は、何らかの妨害によって解析が進まない。


 恐らくは後者だろうと魔魅は見ていた。


『黒マントが言ってたっけ。「いずれキミの助けとなる」って……』


 その時が来るまでは、キューブの秘密が保持されている状態なのだろう。魔魅は小さくため息を吐いた。


『仕方がない。その時まで待つとしますか』

「何を待ちますの?」

『え? うわぁっ!?』


 バイザーのウィンドウを消すと、目の前で金髪の美少女が覗き込んでいたのだ。その美少女は、『よっこいしょ』と声を出して魔魅の隣に腰掛けた。


『おっ、おおお。王女殿下!?』


 魔魅は立ち上がってルーナリアの前に跪く。こうべを垂れようとした魔魅の眼前に、ルーナリアの小さな手の平が向けられた。


「かしこまる必要はありませんわ英雄様。どうぞ普段通りになさってくださいませ」

『は、はあ……』


 言われて魔魅は立ち上がり、ルーナリアの手でポンポンと叩いたベッドに腰掛ける。ベッドの端でちょこんと座るメタルヒーローなんて、現世の子供たちが見たら何と言われるか。魔魅はそればかりが気になっていた。


 ルーナリアはお尻を少し魔魅の方へとスライドさせる。


「英雄様、お名前はなんて言うのかしら?」

『えっと、あの……ゴ、ゴーギャンです』

「ゴーギャン様。なんてよい響きなのでしょう」


 ルーナリアは再びお尻をスライドさせる。


「ゴーギャン様。わたくし、お父様に進言するつもりですの」

『し、進言……? 一体なにを?』


 王女殿下のお父様ってアレだよな。国王陛下だよな。と思いながら、ベッドの端へ、端へと追い詰められる魔魅。


「決まっているじゃありませんの。わたくしとゴーギャン様との……婚姻を、ですわ」


 きゃっ、と頬に手を当てて恥ずかしがるルーナリア。驚きのあまり、バイザーの目がカッと光るゴーギャン。


『こここ、婚姻!?』

「はい。ゴーギャン様の話を聞いてから、わたくしはあなた様の虜になりましたの」


 一体誰がそんな話を広めたのだろう。そう思う魔魅だったが、マーテルの町に訪れていた行商人が、その情報を吟遊詩人に売りつけたのが始まりである。


 マーテルを救ったその話は、今や詩人たちの手によって盛りに盛られ、美化されている。それを聞いたルーナリアが、恋焦がれたという顛末だ。


「わたくし、ゴーギャン様のように強くてカッコいい殿方と結ばれたいと常日頃から思ってましたの」


 壁際に追い込まれたゴーギャンの腕に、しゃなり、と身を寄せるルーナリア。


「そしてあなた様を間近で見て、その想いがより強くなりましたわ」


 悲鳴を上げて、物まで投げて寄越したあの時のどこに、想いが強まる要素があったのだろう、と魔魅は思っていた。


「ですから、わたくしを妻として迎えてくださいませんか?」


 胸の前で祈るように手を組み、上目遣いで目を輝かせながら、ゴーギャンを覗き込むルーナリア。そんな彼女から逃げるように、魔魅は立ち上がる。


『申し上げにくいのですが、王女殿下。その話は、お断りいたします』

「なぜです!? わたくしでは不満だとおっしゃるのですか?!」


 目を潤ませて訴えるルーナリア。


『いえ、そうではなくてですね。私が女だからです!』


 自身の胸に手を当てて、自身が女であることを告白した魔魅。一方で、一瞬だけ驚いて目をぱちくりさせたルーナリアは、クスリと笑う。


「そんなお声でいらっしゃるのに?」

『あ、そういえば……』


 今更ながら気付く魔魅。魔魅が発した声は、ゴーギャンのボイスチェンジャー機能によって、番組の主演俳優である麻生亮の声に変換されている。


 女であることを証明するには、もはやスーツを脱ぐしか方法はない。それで彼女が諦めてくれるのなら、と魔魅は姿をさらすことを決意する。


『わかりました。それでは、私が嘘を吐いていないことを証明いたしましょう』


 セパレート、と呟くように魔魅が口にすると、ゴーギャンの全身が光り、ルーナリアは眩しさのあまり目を逸らした。


 光が収まり、視力が回復したルーナリアは驚いて立ち上がる。今まで英雄が立っていた場所に、全く知らない女性が佇んでいたからだ。彼女は何かを話している。けれど、ルーナリアにはそれを聞き取ることができなかった。


 その者は、真っ黒で身体に密着した服を着ていた。肩にまで伸びるその髪も、服と同様に黒く、そして艶があった。


 胸はルーナリアよりも大きく、腰のくびれは彼女と同じくらいの細さ。腕は太くて逞しく、程よく筋肉がついている。


 眩暈にも似た感覚がルーナリアを襲った。よろけて手をついた先で感じた柔らかいもの。それに驚いて、手の平を凝視する。


「えっと、王女殿下……?」


 彼女たち異世界人には聞き取れないことも忘れ、つい日本語で話しかける魔魅。ルーナリアは魔魅と目を合わせると、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。


 ちょっと残酷だったかな、と思いながら、ルーナリアの背中を魔魅は見送る。でもこれで彼女の熱も冷めるに違いない。静かな日々がやってくる、と彼女はホッと胸を撫で下ろす。


「現実へようこそ、お姫様」


 開いたままの扉に、魔魅はそう呟いた。



 ☆ ☆ ☆



 マーテルの町長宅は、西門から入ってまっすぐ進んだ最奥に建っている。ちょうど、北門と南門へと至るT字路に位置している場所だ。


 いくつかの部屋を借りて王女様御一行は宿泊をしているのだが、その一室でカインとミハイル。そして、侍女のリサが、眉を八の字に歪めて、途方に暮れていた。


「いったい、どうしたというのだ姫様は……。町にご到着なさるまでは、あんなにもはしゃいでおられたというのに……」


 王女の急変に困惑する騎士二人。一方、ルーナリアの傍らでは、侍女のリサが懸命に彼女の名前を呼んでいる。


 王女の目の前で手を叩いてみたり、ルーナリアにやらされていた変顔を披露してみせたりしたが、何の反応も得られなかった。


 唯一反応を得られたのは、太ももを小さくキュッと抓った時で、小さな身体がビクッと震え、ギロリと睨み付けられて、『ひっ』と、リサは小さく悲鳴を漏らした。


「わたくしのことは放っておいてください……」


 虚空を見つめたまま、力なく言葉を発するルーナリア。


「困ったな、姫様がこのようなご様子では、この後のご予定に差し支える。リサ、姫様のご予定は……?」

「はい。この後は、英雄様を交えての晩餐会となっております」


 英雄様という言葉でピクリ、と反応を示したルーナリア。それを二人の騎士が見逃すはずもなく、『まさか、姫様に何かをしたのでは?』と殺気立つ。


「オレ、ちょっと行ってくる」

「待て、カイン」


 クルリ、と振り返ったカインのその肩をミハイルが掴む。


「何をするつもりだ?」

「決まっているだろう? 英雄だかなんだか知らないが、引きずってでもここへ連れてきて、姫様に詫びさせる」


 ミハイルを睨み付けるカインの目には、確固たる意志の光が宿っていた。このまま手を離せば、こいつが口走ったことを実行に移すだろう。ミハイルにはそう思えた。


「カイン、わたくしのためを思っての行い、大義である。けれど、もうよいのです」

「ひ、姫様……」


 カインはルーナリアの前にひざまずく。


「差し出がましいこととは存じますが、一体何がおありになられたというのですか?」


 ルーナリアはカインの顔から視線を離し、遥か遠くを見つめる。


「わたくしが信じていた理想は、空虚な夢でしかなかった。そう思い知らされただけですわ……」


 カイン、ミハイル、リサ。その場にいた者に雷が落ちたかのように衝撃が走る。そして、三人とも気づくことはなかったが、内心で『今更!?』と、同時に突っ込みを入れていた。


 ◆


 晩餐会が始まった。上座に座るルーナリア王女殿下に、町長をはじめ、マーテル守備隊長のアラン。冒険者ギルドマーテル支部長ロウェインらが次々と挨拶をして席につく。


 そして、次に入ってきた人物に、ざわり、と周囲が色めき立つ。


 その人物は、エンブレムや関節部から淡い光を発し、周囲の景色をおぼろげに反射する全身甲冑――それを脱ぎ捨てた魔魅だった。


 王女であるルーナリアを立てるために、簡素なドレスを着込んでいるが、それがかえって彼女の美貌を際立たせ、その美しさに誰もが感嘆のため息を漏らしていた。と同時に、『誰だこいつ』、とも内心で思っていた。


 魔魅は王女の前でカーテシーを行い、そしてあらかじめ決められた席につく。そこは英雄のために用意された席であった。


「おい、そこの侍女。その席は英雄殿に用意した席だぞ。身の程をわきまえろ」


 全く、いったい誰の侍女だ、と怒りが爆発寸前のカインに、ルーナリアが手を上げて制止する。


「よいのですよ、カイン。僭越ながらご紹介させていただきますわ。こちら、マーテルの町をお救いいただいた英雄様。ゴーギャン様ですわ」


 ルーナリアの言葉に、誰もが一斉に魔魅を見る。驚きで目をまん丸くしている者たちの顔を見て魔魅は少し引いた。 


「王女殿下……この度は、お呼び……お招きいただき。感謝、いたします。……感謝に、たえません」


 カタコトでお礼を述べる魔魅。豹猫族のナミルから言葉を教わり、スーツに学習させて覚えた異世界語。相手からの言葉を聞き取るぶんには問題ないが、自身からの発音と読み書きはまだ全然できない。


 カタコトでは失礼じゃないかとも思った魔魅だが、晩餐会で出された食事を口にしないのは逆に失礼かと思い、そのため今回はスーツを脱いで参加したのだ。


 カインにミハイル。そしてリサは、王女の態度の急変をそれで理解した。


 吟遊詩人たちが歌い上げるのは、英雄が英雄と呼ばれるまでの軌跡だ。それも、聞き手の興味を引くように、派手に脚色をしている。


 ではなぜ女性である魔魅が、吟遊詩人たちに『彼』として伝わっているのかというと、それは情報を売った行商人が原因だった。


 ゴーギャンのスーツにはボイスチェンジャー機能があり、魔魅の声は番組主演の麻生亮の声へと変換されてしまう。甲冑の見た目に、聞こえてくる声。行商人が『中身も男だ』と思い込むには、十分すぎる理由だった。


 そのまま英雄譚は『彼』として歌われ、それを聞いたルーナリア王女が、見事に熱を上げた。それだけの話である。


「そ、それでは始めましょう」


 男と思っていた英雄殿が女だったと知って、衝撃が抜けきれない町長。パンパン、と手を叩くと、給仕の者たちが料理を運んでくる。


 スープにサラダ。肉に魚、そして果実――出された晩餐は王宮のものには到底及ばない。


 けれど、この町の特産品である酒をはじめ、南の港町から早馬で取り寄せた魚介が並ぶ。


 そしてその中央には、英雄殿によってもたらされた幻の珍味が置かれていた。その品からは、ひときわ香ばしい匂いが立ちのぼり、参加者の腹と興味を引いた。


 その品とは、香草をその身に刷り込んで臭みを消し、千年樹の薪で炙った香り高い逸品。マッドイーターの炙りである。


 マーテルの町の総力を上げて集めた品々で、王女御一行をもてなしていた。



 テーブルから笑い声が落ち着き、腹も心も満ちた頃、場を閉めるためにルーナリアが席を立つと、それにならうように椅子をひく音が室内に響いた。


「これら品々を堪能することができたのも、この町をお救いいただいたゴーギャン様のおかげですわ。改めてお礼申し上げます」


 深々と頭を下げるルーナリア。町長をはじめ、守備隊長のアランもギルド支部長のロウェインも、揃って魔魅に頭を下げる。


「お父様……国王陛下は褒美として、ゴーギャン様に爵位を与えるお考えのようですわ」

「し、爵位、ですか……?!」


 その辺の話は初耳の魔魅。


「ええ。国王陛下は土地も与えるおつもりのようでしたが、それはわたくしが止めておきましたわ。冒険者の方々は根無し草。わたくしはそう聞いておりますので、そのようなしがらみは、なるべく減らすべきかと。もちろん、ゴーギャン様がお望みであるならば、そのまま領主としての任に就いていただくことになりますが……どちらがよろしいでしょうか?」


 永住するのなら領地をもらってもいいかもしれない。けれど、その話がでた途端、監督や番組スタッフ。そして、同僚の顔が頭に浮かんだ。


「ありがとう……身に余る光栄。ですが、領地……は要りませ……ご遠慮、させていただき……ます」

「わかりましたわ。それではそのようにいたしましょう。では、今より一ヶ月後、王城にて叙爵の儀を執り行います。是非ともご参加くださいませ」


 「それでは」と軽く会釈し、晩餐会場を後にするルーナリア。その背中に、参加した者たちは一礼をもって見送った。

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