七 メタルヒーロー、絡まれる。
宴が催された次の日、宿屋の自室ですやすやと眠っていた魔魅は、ドアを叩く音で目が覚めた。
「はあい、なにー?」
寝ぼけ眼を擦りながらドアを開けると、そこには一頭の豹が立っていた。
「うわっ!?」
「ヴァッ!?」
驚きのあまり、床に尻餅をつく魔魅。
「だ、大丈夫か?」
ナミルはそう言って手を差し伸べるが、魔魅には何を言っているのかわからなかった。
でも、助け起こそうとしてくれてるのだと理解できたので、その手を掴んで引き起こされた。
「あ、ありがと。でも、ちょっと待っててね」
魔魅の言葉も、ナミルには理解ができない。魔魅が両手のひらを向け、そのままゆっくりとドアを閉めたので、ナミルは「待っていてほしい」のだと解釈した。
「あー、びっくりした」
魔魅は深呼吸して、早鐘のように脈打つ心臓を落ち着かせて、床に向かって腕を伸ばした。
「着装っ!」
床から白銀の光が立ち上り、魔魅の体を覆い隠す。そして光が消えるとそこには、白銀に輝く甲冑が立っていた。
『宇宙っ! 捜査官っ! ……ゴーギャンッ!』
一つ一つ、決められたポーズをなぞる魔魅。最後のポーズを決めたところで、立ち眩みに襲われた。
『ううっ』
何もないところでガックリと膝を折るメタルヒーロー。
その瞬間、ドアが開いた。
「だ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄るナミル。魔魅はヘルメットを押さえた。
『あ、頭が痛い……』
「頭が痛い……?」
ナミルは、くん、と鼻をひくつかせて部屋の中を見渡す。テーブルの上や床には、幾つもの酒瓶が転がっていた。
「そりゃ、こんだけ飲めば二日酔いにもなるぜ」
待ってな、と部屋を出ていったナミル。戻ってきた時には、その手に何かの液体が入ったコップを持っていた。
「ほら、酔い覚ましだ」
『あ、ありがとう。それで、何か用事があるの?』
渡されたコップを手に持ちながら、ナミルが部屋に来た理由を尋ねた。
「ギルドマスターから呼び出しだ。今日中に冒険者ギルドに立ち寄るようにだとさ」
きっと報奨金の話だぜ、とナミルはニシシと笑った。
「ま、今日中って言うんだから、二日酔いが治ってからでも構わないだろうさ。オイラは部屋にいるから、出る時は声をかけてくれよ」
『うん、わかった』
じゃあな、と言って部屋を後にするナミル。それを見届けてから変身を解き、コップの中身をぐいっと飲み干す魔魅。そのコップの中身も酒であった。
◆
ナミルに渡された酒を飲んで一時間もすると、寄せた波が引くように、魔魅の二日酔いもスーッとどこかへ消えていった。
「ああ、あれな。薬草を漬け込んだ、酔い覚ましの酒なんだよ」
隣を歩くナミルがこともなげに言う。酒に酒をぶつけて二日酔いを解消するのは、この町ならではの発想だろう。
魔魅とナミルが階下へ降りると、壁に開いた大穴が目に入った。
「なあ、おっちゃん。それ、どうしたんだ?」
鍵をカウンターに置いたナミルが聞いた。
「ああ、それな。昨日酔った客が投げ飛ばされたんだとよ。それも女にな」
「え、女に?」
「ああ。黒目黒髪のすげえ別嬪だったらしいぜ」
「黒目黒髪の別嬪ねえ……」
ナミルは頬を掻きながら宙へと視線を向ける。どこかで見たような容姿だった。
ナミルは後ろを振り返る。すると偶然にも魔魅も後ろを振り返っていた。
「まあ、いいか。それじゃ、行ってくるぜ」
「ああ、気をつけてな」
魔魅とナミルに手を振って送り出す宿屋のご主人。
前を向いて歩きながら、魔魅は心の中でひたすら謝罪を繰り返していた。
☆ ☆ ☆
――冒険者ギルドマーテル支部。
昨日の今日ということもあってか、ギルド内には多数の冒険者が訪れていた。
ギルドホールのドアが開けられると、ざわりと騒がしくなった。そのドアを開けたのが――
周囲を朧げに映し出すほどに磨き上げられた白銀の鎧に身を包む、一人の騎士風の男。
豹猫族を従えて(周りはそう思っている)、悠々とカウンターに向かう姿に、畏怖の念を抱いた者が唾を飲んだ。
「あ、ナミルさん。ゴーギャンさん。お待ちしておりました」
アリサが笑顔でそれを出迎える。ギルドのアイドルにそんな対応をしてもらえるなんて、と周りが再びざわついた。
そんな冒険者たちの最奥から、羨望の眼差しとは別の視線を送る者たちがいた。
「アイツっスよ。噂のゴーギャンって奴は」
「なんでえ、あんなヒョロっとしたのがマッドイーターを倒したってのか?」
筋骨隆々な大男が、手にしていたジョッキを面白くなさそうにテーブルに置いた。
「人の獲物を横取りしやがって、こいつぁお仕置きが必要だなあ?」
「そうっスよモーガンさん。オレたちで懲らしめてやりましょうや」
ああ、とジョッキの中身を飲み干すモーガン。
しかし、彼らの会話は周囲のざわめきに紛れ、ゴーギャンの集音センサーにも届くことはなかった。
◆
アリサに案内され、バックヤードのとある部屋にやってきた魔魅とナミル。
アリサがドアをノックすると、中から男性の声で入室するように伝えられた。
「失礼します。ゴーギャン様、ナミル様をお連れしました」
アリサは軽く会釈をし、「どうぞ」と二人に中に入るように促す。その二人を室内へ通すと、アリサは部屋には入らずそのままドアを閉めた。
「来たな。マーテルの救世主さんよ」
立ち上がったロウェインの開口一番が、それだった。思いもよらない呼ばれ方に、魔魅は面食らう。
『え? 救世主、ですか?』
「そうだ。長年悩みのタネだったマッドイーターを狩ってくれたのだからな。おかげで、新鮮な魚が再び手に入るのも時間の問題だ」
酒飲みにとってはまさに救世主だ、とロウェインは豪快に笑う。
「それと、これだ」
机の引き出しを開けたロウェインは、中から麻袋を取り出して机の上に置いた。じゃらりとした音から、中身は金属質の何かと思われた。
「これが、マッドイーターの討伐報酬。銀貨百枚だ」
「ひゃっ、百枚だってえ!?」
目を丸くして驚くナミル。マッドイーター一体につき銀貨四枚。それが二十五体で百枚となる。
今回、魔魅は囮用の家畜を使わずに討伐したため、必要経費はゼロ。その百枚が丸々懐に入ることとなった。
「昨日渡そうと思ってたんだがな。宴の時は見なかったが、どこかへ出掛けていたのか?」
『え、ええ。ちょっと野暮用で……』
そうか、とロウェインはそれ以上の追求はしなかった。
ロウェインは二つ目の袋を机に乗せた。
『それは?』
「町長からの礼金だ。銀貨で三十枚。町に貢献してくれた礼だそうだが、思いの外がめつくてな、これ以上は無理だった」
散々粘ったんだがな、と申し訳なさそうに言った。
「それと――」
「ま、まだあるってのか!?」
「もちろんだ」
ドン、と置かれた袋は、直前に置かれた二つの袋よりも大きかった。
「こいつぁ、マッドイーターの代金だ」
『マッドイーターの?』
「ああ。一体につき銀貨十五枚で買い取らせてもらったよ」
魔魅が狩ったのは二十五体。その内の五体は傷みが進んで商品としての価値はない。それでも銀貨三百枚という金額になっていた。
「解体費用として銀貨六十枚と言いたいところだが、五十枚でいい。これが今回、君が得た報酬だ」
机の上に並べられた中、小、大の袋。合計で三百八十枚の銀貨となるが、魔魅はその価値を分かってはいなかった。
『えっと、これってどれくらいの価値になるんですかね?』
「小さな屋敷くらいならポンと買える金額だな」
『へ?』
「五年は余裕で暮らせるぞ」
『そ、そんなに!?』
二人の話を聞き、魔魅の金銭感覚は大幅な修正を余儀なくされた。
魔魅自身、銀貨一枚は百円程度だと思っていた。銀色だし。
「おっと、そうだった」
ロウェインは何かを思い出したかのように、別の引き出しを開ける。魔魅は思わず身構えた。
『ま、まだ何か?』
「もう勘弁してくれぇ」
「そう言うな。一番大事なことだ」
コトリ、と机の上に置かれたのは、小さなプレートだった。
「おめでとう、ゴーギャン君。今日から君は鋼ランク冒険者だ」
『鋼ランク……』
「な、なんだってえ!?」
鋼ランク。下から三つ目の階級とはいえ、まともに上げようとするとその道のりは長い。通常、一年ほどかかる道程をゴーギャンはたった二日で踏破したことになる。
「そんな一気に上げちまっていいのかよ」
「まあ、オレがマスターになってからは一人としていなかったがね。だけど、ゴーギャン君の成した功績はそれに足ると思わないか?」
「ま、まあ。確かに」
ナミルは頬を掻きながら言う。
「だから、オレの権限を使って鋼ランクにしたわけだ。それ以上は複数のマスターの承認が必要になって、さらに上を目指すのなら、王族の承認が必要になってくる」
自分のためではなく、国を跨いで国や人々のために活動する。それが最高位ランクなのだとロウェインは熱弁する。
「おっとすまんすまん、熱く語り過ぎたな。話は以上だ。今後の活躍を期待する」
『わかりました』
ロウェインとガッチリと握手を交わすゴーギャン。その横では、ナミルの眉間に皺が寄っていた。
「でもこれ、どうすんだ? 相当な重さになるだろう?」
銀貨一枚八グラムだとしても、全部合わせると三キロほどの重量になる。それだけのものを常日頃からじゃらじゃらと持ち歩くわけにもいかない。
「だったら、うちで預けていったらどうだ?」
『ギルドで?』
「ああ。必要な分だけ持ち出せば、それだけ身軽になるだろう? 他所のギルドに行くのなら、声をかけてくれれば預かり証を発行するぞ」
冒険者証と合わせて見せれば、他所のギルドでも金銭の出し入れが可能となる。ただし、預かり証をなくした場合は、発行したギルドで再発行手続きをしなければならない。
『それならお願いしてもいいですか?』
「わかった。責任を持って預かろう。それで、いくらか持っていくか?」
『ええ。じゃあ、これを』
魔魅は銀貨が三十枚入った小さな袋を手に取った。
その様子を見ていたロウェインは、ふと頭の片隅に引っかかっていたことを思い出した。
「そうだそうだ。君たちに聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ。君たちは数日前にゴブリンと戦ったよな?」
『え、ええ。戦いました』
「その場所を教えて欲しいんだが」
ロウェインの言葉に、魔魅とナミルは顔を見合わせた。
「なんだ、またその話か。それなら守備隊に報告したぜ?」
「ああ、なんだ。そうだったのか。それなら大丈夫だ」
『何かあるんですか?』
守備隊といいギルドといい、こうも同じことを聞かれては、何かあると思わざるを得ない。
「……いや、そうでなくてだな――」
酒造りに欠かせない水源問題。旅行者の安全確保。守備隊のアランが言っていたそのままの文言が返ってきた。
それが魔魅には、あらかじめ決められた文をなぞっているだけのようにも思えた。
「そういうわけで、ゴブリンを見かけたら逐一報告してくれ」
「それは、守備隊でもギルドでもいいってことだな?」
「ああ。守備隊の方に報告したなら、一言もらえると助かる」
「わかったぜ。任せろ」
ナミルは納得しているようだが、魔魅の中ではそれだけが引っかかっていた。
◆
部屋を出ると、受付嬢のアリサが出迎えてくれた。そして、彼女の案内でギルドホールへと戻ると、冒険者たちのざわめきが一層大きくなる。
そのざわめきの大半はゴーギャンの異様な姿に向けられたものだったが、中には、その首から下がる鋼のプレートに気づいて声を上げる者もいた。
「それでは、ゴーギャン様のご活躍を心より願っております」
深々とお辞儀をするアリサに送り出されたゴーギャンとナミルは、依頼書が貼り付けられた壁に向かう。
『ランクが上がっても、受けられる依頼に変化はないのね……』
依頼書を確認しながら魔魅は呟いた。
「そりゃまあ、比較的マシなのが薬草の採取か魔物の討伐くらいだからな」
それに加え、ゴブリン討伐の常設依頼の三つがこの町の高レート依頼。あとは迷い猫の捜索やら木こりの手伝いなどの平和な依頼しかない。
「どうする? 資金もあることだし、王都へ行って依頼を受けてみるか?」
直接マッドイーターを倒してはいないナミルも、魔魅を手伝ったことで、それなりの報酬を得ている。
本来なら、幼い頃から夢見ていた高名な冒険者になるため、すぐにでも王都へ向かいたいところだった。だが、隣にいるゴーギャンという存在が、ナミルの心に小さな変化をもたらしていた。
「そいつあ、困るなぁ」
背後からの声に驚き、ナミルは振り返る。一方で魔魅はというと、背後から近付いてくる反応をモーションセンサーが捉えていたために、たいして驚きもしなかった。
そのことが、声をかけた男の神経を逆なでした。
光り輝くスキンヘッドには薄らと血管が浮き、拳を握りしめた太い腕がプルプルと震えている。怖いからではない。怒っているためだ。
「な、なんだい。アンタ?」
「オレの名はモーガン。鉄ランクの冒険者だ」
「て、鉄ランク……」
「マッドイーターを狩ったのはお前か?」
『ああ、そうだ。私だが? 何か問題でも?』
「大アリだ。あいつはな、仲間の仇としてオレが狩るはずだったんだ。そのために色々と準備を進めてきた。近隣の町や村から家畜を買い集めてな」
それがどれだけ大変だったか、と愚痴るモーガンに、手下が労いの言葉をかけた。
「それなのに、だ。戻ってきてみれば、マッドイーターは討伐されちまってる。買い集めた家畜が無駄になっちまった。お前のせいでな」
『それは申し訳ないことをしたわね。だけど、買い集めた家畜は無駄にはならないわ』
「なんだと?」
『だって、奥地にはまだまだ沢山いたもの』
魔魅が狩ったのは、そのほんの一部にすぎない。取り敢えず、狩りやすい街道沿いの獲物を狙い撃ちしていただけで、離れた沼地には生息しているのを確認している。
放っておけば、やがて空いた縄張りへ別の個体が入り込み、結局は前と同じになる。
『明日も行こうと思っていたところなんだけどどうかしら、一緒に狩らない?』
魔魅は囮を使った狩りというのも見てみたいと思っていた。だが、モーガンの意見は全く違っていた。
「ふざけるな!」
モーガンの頭が、みるみるうちに赤いメロンと化していく。
「オレはお前なんかと楽しく狩りがしてえわけじゃねえ! 仲間の仇討ちに他人の手を借りたとあっちゃ、顔向け出来ねぇだろうが!」
『それは、悪かった』
「そう思うんだったら、オレたちの獲物に二度と手出ししないでもらおうか」
吐き捨てるように言ったモーガンは、ゴーギャンに背を向けた。だが、ゴーギャンの次の一言でその足を止める。
『それは約束できないな』
「なに……?」
『仲間の仇討ちをするなとは言わない。そちらの思うようにやればいい。だが、私はこの町のために狩りを続ける。それで問題はないだろう?』
モーガンの頭がますます赤くなる。
「あ? 残りはオレらがやるって言ってんだろうが。後から来て獲物を横取りするな」
『別に横取りするわけじゃない。アンタたちとは離れて狩りをする、と言っているんだが?』
「オレたちが狩るって決めたんだ! 余計な手ぇ出すんじゃねえ!」
モーガンがゴーギャンを突き飛ばす。しかし、突き飛ばしたはずのモーガンの方がよろめいた。
魔魅は一切何もしていない。ただその場に立っていただけだ。モーガンは驚いたように、自身の手とゴーギャンとを交互に見た。
「な……」
まるで巨岩を突き飛ばそうとしたかのような錯覚に陥った。
彼の頭の中では、冒険者として培ってきた勘が、警鐘を鳴らしている。しかしだからといって、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「お、表に出ろ! そこで決着を付けてやる!」
外を指差すモーガン。そこへアリサが止めに入った。
「だっ、ダメですよモーガンさんっ! 冒険者同士の私闘は御法度ですよっ!」
最悪の場合、冒険者登録の抹消。そして、幾年かの強制労働が待っている。
「んなこたあ、わかってる! だが、それじゃオレの気がすまねえ!」
「だったら、模擬戦ってことでどうだ?」
モーガンとは別の、低くよく通る声がギルドホールに響いた。
「まっ、マスター。どうしてこちらに?」
「どうにもこうにも、これだけやかましければ、嫌でも聞こえてくるだろう?」
それは確かに、とアリサは思っていた。
「それなら問題はないだろう? モーガン」
「ロウェイン……」
しばし睨み合った末に、モーガンは鼻を鳴らした。
「ふん、いいだろう。そこでお前をのしてやる。覚悟しろ」
裏に来い、と言わんばかりに、顎で差し示したモーガンは、肩で風を切るようにガニ股で歩いていく。
それに合わせて、二人のいざこざを見ていた他の冒険者たちが慌てて裏へと駆け出した。
古参のモーガンと、新参ながら偉業を成し遂げたゴーギャン。その戦いを少しでも前で見たいがためだ。この町には娯楽が少なかったこともあるだろう。
モーガンの背中を見ながら、どうしてこうなった、と魔魅はため息を吐いた。
「ま、そういうわけだ。付き合ってやってくれ」
ゴーギャンの肩をポンと叩くロウェイン。そう仕向けた彼にも、実は別な思惑があった。




