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六 メタルヒーロー、巻き込まれる。

 ――アムタリア王国。


 エストリア南東部に位置するこの国の総人口は約二十万人。そのうちの八万人ほどがこの王都で暮らしている。


 温暖な気候に恵まれ、麦の収穫量は他の国々よりも群を抜く。そこから作られるエールは香りが高く喉越しも格別。西方の帝国。北方の聖王国はもちろんのこと、遠方からも商人達がはるばる買い付けに訪れる。


 朝日が大地を黄金に染め上げるその光景は誰もが息を呑むほどに美しい。そんな朝の光景を横目に一人の女性が王城の長い廊下を凛と背筋を伸ばし、無駄のない足運びで歩いていた。


 彼女の名前はリサ。アムタリア王国第一王女付きの侍女である。扉の前で小さく息を整えると、リサは控えめにノックをし、わずかに間を置いてドアを開けた。


 開け放たれたままのテラス側の窓から部屋を通って吹き抜けた風がリサの頬をふわりと撫でる。それによって少し乱れた髪を耳の後ろへと撫で付けながら、風で揺れる半透明の天幕が垂れたベッドの中心にある膨らみに声をかけた。


「おはようございます、王女殿下。本日も良いお天気でございますよ」


 しかし、ベッドの膨らみはぴくりとも動かない。その静けさに、リサはほんの少し眉をひそめた。


「殿下? 朝でございます」


 今日も一日、殿下の御予定はぎっしりと詰まっている。あまり遅くなっては差し支える。そう判断したリサは、やむなく布団を揺すろうと手を伸ばした。


 次の瞬間、彼女の表情が凍り付いた。布団の中に人の気配が感じられなかったからだ。


「で、殿下!? ルーナリア様っ!?」


 ばさりと掛け布団を捲ると、中身はクッションとクローゼットにしまってあるはずのドレスの詰め合わせで人の形を作ってあった。


「一体どちらへ!?」


 部屋の中を見渡すリサ。以前はクローゼットの中に隠れて『わっ』と脅かしてきた。だが今日はいない。その前はベッドの下から足首を掴んで驚かせてきた。――ここにもいない!


 焦りが募る中、ふと窓の外から馬の嘶きが響いた。


(馬……? そういえば今日はマーテルの町を救った英雄様をお迎えに行く日だったわね。王女殿下は毎日のようにお会いするのが楽しみだとおっしゃって……まさか!?)


 ぞわりと背筋が粟立ち、リサはスカートをつまんでテラスへと駆け出した。


「これは!」


 手すりに布が結ばれている。それはまるで脱走用のロープのように外へと垂れていた。


 慌てて身を乗り出したリサの視線の先。中庭から走り去る馬車の中で、にこやかに手を振る王女の姿があった。


「お、王女殿下ぁぁぁっ!」


 王城の朝に、リサの叫びが高らかに響き渡った。


 ◆


「そして私は慌てて馬を拝借し、王女殿下を追いかけたのです」


 殿下に追いつきはしたものの、どうしても英雄様にお会いしたいのだと駄々をこねる王女殿下に頷く他なく、仕方なく同行する事になったのだとリサは話す。


 その話を聞き終えると、マーテル守備隊長アランは執務机の向こうで重いため息を吐いた。



 ☆ ☆ ☆



 深緑の町マーテル。その守備隊詰め所に一人の女性が連れて来られたのはつい先ほどのことだった。


 泥だらけの給仕服はあちこちが破れている。門番の兵士が大丈夫かと尋ねると、町をお救いした英雄様に大至急お会いしたいとの申し出に、とりあえずは守備隊長であるアランの元へと案内した。


 ――そして今の話を聞かされたのだ。


「なぜ真っ先に侍従長へ報告しなかった……」


 いくら王女付きの侍女とはいえ、通常は王宮に報告すべき案件をマーテルの町に来てから報告するとは言語道断。リサの話を聞いてアランは呆れ果てていた。


「それで、肝心の王女殿下はどちらにいらっしゃるのだ?」

「それが、王女殿下は謎の男達に連れ去られ、私のみが辛うじて抜け出して助けを乞いにここへ来たのです」

「なぜそれを――」


 早く言わないのか。大声を上げそうになって言葉を飲んだ。


 王女が誘拐されたなど国家の一大事だ。そんなことはこの侍女は分かっているはず。なのに慌てた様子もなく落ち着き払っている。


 それに、彼女の言うことには色々と不審な点が多い。賊に襲われたというのに傷一つ負っていないのはおかしな話だ。それは後で(ただ)すとしても、まずは王女の身の安全を確保しなければならない。捜索隊を出さねばなるまいと、アランは考えていた。


「では、守備隊の総力を上げて王女殿下の身柄を確保します。場所はどこですか?」


 アランが周辺の地図を出そうとすると、リサは手の平をアランへと向けた。


「それには及びませんわ」

「……なに?」

「賊はそれほど多くはありません。町をお救いになられた英雄様がお一人で十分に倒せる数ですわ。なので、守備隊の皆様にはこの町の警備を続けていただき、王女殿下の救出には英雄様にお任せしたく存じます」

「そういう事か……」


 アランの中で全てが繋がった。つまり、王女の目的は英雄殿なのだ。その為に侍女とおそらくは同行の者と共謀して英雄殿。つまりはゴーギャンを誘い出そうという計画なのだろうと推測を立てる。


(そういえば、王女殿下ももう十四か……)


 恋に恋する多感な年頃。吟遊詩人達が謳うヒロイックサーガを実際に自身で体験してみたいのだろう。


「しかしだな。だからといって冒険者一人に任せる訳にはいかん。我らにも立場というものがあるのでな」


 単なる戯れとはいえ、王女殿下をお救いするのは一介の冒険者ではなく国に仕える者でなくてはならない。そこはアランとて譲れない。


 もしこの一件が国王陛下の知る所となれば、叱責を受けるのは他でもない王女殿下とそこの侍女。そして守備隊長であるアランであるに違いないのだ。


「それでは王女殿下の意にそぐいません」


 王女殿下こそが首謀者だと、ついに言い切ったリサ。アランはため息を吐いて目頭を押さえる。


(王女殿下にも困ったものだ。戯れもほどほどにしてもらわないと、もしもの時があったらどうするおつもりなのか)


 このまま話を続けていても平行線をたどるだけ。ならば。とアランは提案を申し出る。


「我々と一緒に英雄殿にもご同行を願う。それでいかがだろうか?」


 これで頷かなければアランは強行策に出ようと思っていた。部隊を率いて小屋を捜索。木こり小屋はそれほど多く建てられている訳ではないだろうから、すぐに見つけられるだろう。小屋で王女殿下を保護したならば即座に王都へお帰りいただく。


 そのプランを考え始めたアラン。リサの頷きによって、王女殿下の駄々こねは回避される事となった。


「分かりました。ですが、英雄様に先陣をお任せしてください」

「英雄殿も随分と好かれたものだな」


 ボソリ。と呟いたアランにリサは首を傾げる。


「――? 何か?」

「いや、なんでもない。了解した。至急冒険者ギルドに英雄殿の臨場を打診。英雄殿と同行し、王女救出に動く。ただし、王女誘拐の話は一切誰にも漏らすな」

「了解しました!」


 室内で立ち会っていた兵士は敬礼をしながら、『王女殿下が考えた誘拐劇だもんな。そりゃ誰にも言えんわな』と、思っていた。



 ――一方その頃、王女失踪で大騒ぎな王城と頭を抱えるアランをよそに、今回の誘拐事件を楽しんでいる唯一の人物がいた。


 その人物は小屋の中に(シルク)のシーツを敷き詰め、ぬいぐるみとクッションに囲まれながら潤んだ瞳で格子に映る満月を見上げていた。


「ああ、英雄様。捕らわれた儚きわたくしをどうかお救い下さい」


 金色の髪が月光に照らされ、小屋内に敷き詰めたシーツが白い事もあって、神秘的な室内の雰囲気に心躍らせるルーナリア。一筋の雲によって月光が遮られると、雰囲気が台無しだと口を尖らせる。


 しかし、この後訪れる避けようのない災難に巻き込まれる事になろうとは、彼女だけでなく野外で焚き火を囲む犯人役の騎士たちもまだ知らない。



 ☆ ☆ ☆



 深緑の町マーテルから西へ一日。鬱蒼と茂る千年樹の森の中から馬に乗った一団が姿を見せた。


 先頭をマーテル守備隊の兵士。次いで守備隊長のアランと侍女のリサ。その後ろに、なだらかな草原をその身に映している、まるで鏡のような甲冑を着込み、その甲冑の関節部やエンブレムから淡い光が漏れ出ている怪しげな人物。


 他の者達が茶色や黒の毛並みの馬に乗っているのに対し、一人白馬に跨がり悠然と歩みを進めるメタルヒーロー。その馬はどこか疲れたような表情をしていた。


(何でこんな事に……)


 鏡のような鎧の奥で、誰も知らないため息が漏れる。アランの説明を聞いたときは身構えたが、話を聞くうちにその緊張も薄れていった。相手が王女殿下ともなれば断る訳にもいかず、気づけば流れに飲まれていた。


「リサ。王女殿下はどちらにいらっしゃる?」


 森から出た所で街道から離れ、拠点となる場所を作り始めたマーテル守備隊。自分達は必死に王女を探した。国王陛下からの雷を回避するためにそういう演出も必要だったのだ。


 そこから抜け出すように歩みを進め、北の方向へスッと指を差した。


「あの突き出た木の向こうに一軒の小屋がございます。王女殿下はそちらにおります」

「了解した。では、ゴーギャン殿。打ち合わせ通りにお願いしたい」

『わ、分かりました』


 番組用の音声変換が作り出す、低くよく通るイケボが甲冑の内側から響く。そのためリサだけでなく、ナミルを除いた周囲の者は中身を男だと思い込んでいた。


 魔魅は手綱を波立たせ、白馬を前へと進ませる。『えーっ、もう少し休ませてよぉ』という意味かはわからないが、白馬は小さく(いなな)いた。


 仕方なくゆっくりと歩き出す白馬に乗る魔魅を見送る一行。馬に乗るメタルヒーローというのも実に奇妙な絵図である。


 魔魅に与えられた任務(ミッション)は、小屋前に陣取る悪漢を倒して王女殿下を救出。お姫様抱っこで小屋から脱出してきた所に守備隊が駆け付ける。そういうプランだ。


 普段の撮影からヤラセ満載の演出を行なっていたのだから、魔魅としても慣れたものである。


 ◆


 陽光を反射させた魔魅が木々の向こう側へ消えてからしばし。出動を待っていたアランは、草原を駆け抜ける風の音以外何の音も聞こえないことを疑問に思っていた。


(おかしい。打ち合わせでは、大きな音を立てる手筈だったはずだ)


 魔魅には必殺技を地面に放て。と言い含めてある。にもかかわらず、うんともすんとも音沙汰がないのはおかしな話だ。


 まあ、『ゴブリンの時に地面に穴を穿っただろう。あれをやってくれ』と、軽く言われて魔魅は困惑していたが。


「あ。戻って来た」


 隊の誰かが言った。アランはゴーギャンが消えた方向へと視線を向けると、白馬に乗った全身甲冑の異様な光景が目に入る。その何処にも王女らしき姿は見られなかった。


「どういう事だ?」


 アランは馬を走らせてゴーギャンに近付いた。


「王女殿下は!?」


 ゴーギャンはゆっくり首を横に振る。


『誰もいませんでした』

「そんなバカな!?」


 手綱を波立たせて木こり小屋へと馬を駆るアラン。それを後方で見ていた守備隊員もにわかに騒ぎ始め、アランの後に続く。小屋の周囲は奇妙な静けさに包まれていた。


「どういう事だ? リサ、我々を謀ったのか?」

「い、いえ。そんな事は……」

「ならばなぜ、護衛の騎士がいない?」


 燻る焚き火。そこに誰かがいたような痕跡はそこかしこに残っている。けれど肝心な人がいない。


「王女殿下!」

「待て、リサ!」


 アランの静止を振り切って小屋へと走り出すリサ。その焦りの表情から想定外の出来事がおきたのだとアランは推測する。


「ルーナリア様っ!」


 ドアを開けると小屋はもぬけの殻になっていた。ドアを開けたことにより敷き詰めたシーツが風に揺れる。


「二人……いや、三人か」


 純白のシーツに残る足跡を見渡して、瞬時にその人数を見抜くアラン。シーツの折れ具合からして抵抗をした形跡があるが、シーツには一切の血痕が付いていないことにアランは首を傾げる。


(……おかしい。外にも血痕らしきものは見当たらなかった。護衛の騎士が付いていながらそんなことがあり得るのか……?)


 抵抗をすれば斬り合いになるのは必然だ。だがしかし、抵抗をしたような跡は見られるものの、武器を使った形跡が見られない。


(いや、今はそんなことを考えている場合ではない。一刻も早く王女殿下をお救いしなければ!)


 考察をやめ、王女救出を最優先に切り替えたアランは、小屋の外で整列する守備隊員に告げる。


「聞け、皆の者! 王女殿下が何者かに拉致された。人数は三人以上。周辺を捜索し、その痕跡を探すのだ。言っておくがこれは演習でも戯事でもない。国家の一大事である。心してかかれ!」

『はっ!』


 寸分違わず敬礼をし、それぞれの馬に跨って散る隊員達。その場に残されたのは、眉間に皺を寄せた厳しい表情のアランとオロオロしているリサ。そして、陽光をその身で反射させたゴーギャンだけだった。


 ◆


 ――少しして。兵士の一人から報告を受けたアランは顎に指を触れながら呟いた。


「流石に草原側には痕跡は見つからんか。となると……」


 アランは鬱蒼と茂る森を見る。


「草原には隠れる場所すらないが、この森の中にはそこかしこに隠れられる。身を隠すのならこれ以上最適な場所はない」


 人が通った痕跡もすぐに見つけられるだろう。


「しかし、大勢で動いては相手に悟られる。そうなれば殿下の身も危険に晒されるか」


 少数精鋭で動いた方が得策だとアランは判断する。けれど懸念がない訳じゃなかった。


「問題は数か……」


 先のゴブリン襲撃のように数で圧されれば勝ち目はない。あの時は防壁を挟んでの戦いだったから被害はそれほど出なかったが今回は違う。アランは傍に立つ異質な甲冑へと目を向けた。


「ゴーギャン殿」

『はい?』

「あなたはどんな武器を得意としているのだ?」

『え? ええっと……』


 突然のことで魔魅は焦る。バイザー内に武装を表示させて使える武器を検索する。


 メテオインパクト時に装着される地殻(アース)ナックルにコアブレード。強力だがどちらも近接武器だ。ライトニングソーサーやワイヤーアンカーは遠距離も可能だが殺傷力は無いに等しい。


(改めて見てみると、少ないわね……)


 その少ない武装で長年戦ってきたのだ。それでちびっ子達の人気を得ているのは監督やら構成作家やら演出家のウデだろう。


『そうですね。殴打武器と剣がありますけど、そのどちらも強力すぎて使えません』


 何でも焼き切る設定のコアブレード。隕石の衝突の如き威力の設定がされたメテオインパクト。そのどちらも王女を巻き込む。


『使えそうなのは、ライトニングソーサーですかね』


 マッドイーターに使用した、雷を放って相手を無力化する設定のライトニングソーサー。ワイヤーアンカーも使い方によっては有効といえるだろう。


「その、らいとにんぐそーさーなるものはどんな武器だね?」

『えっと、内部に蓄積した雷を広範囲に放って相手を無力化する武器です』

広範囲(・・・)に……?」


 アランの頬がひくりと引き攣る。


『使ってみますね』

「え……?」


 両肩の装甲がバクリと開き、中から丸い筒がせり出してくる。魔魅はそれを両腕をクロスさせて引き抜くと、筒が伸びて丸型の皿のようになった。


『えーっと……。あ、あの岩を目標にしますね』


 魔魅が指差したのは青々とした草原に突き出した一つの岩。その場に居た全員の視線がその岩に集まる。


 ヒョイ。と、無造作に投げた円盤は、音もなくふわりとその場に浮き、魔魅の操作によって岩の上に位置取ると、円盤が僅かに輝き始めた。次の瞬間――


 ガガァン! と、轟音を立てて、いかずちが降り注いだ。


「ひいっ!?」


 悲鳴を上げるリサ。兵士たちも驚き、耳を塞いで中腰になる中で、アランだけがその場に立ち尽くす。その顔はさっきとは比較にならない程に引き攣っていた。


『出力を調整すれば、人に対しても使えますよ』


 浮遊して接近できる為、相手に気付かれる事なく先制攻撃を仕掛けられる。しかし、魔魅の言う通りに出力を絞ったところで広範囲に影響を及ぼす事には変わりなく、目標とした岩を中心に十メートルほどが焼け焦げていた。


 王女ごと雷に撃たれる光景が脳裏に浮かんだのだろう。アランは顔を引き攣らせたまま首だけをゴーギャンに向ける。


「ほ、他には何がある?」

『あとはこれくらいしか……』


 パシュ。と、手の甲から気が抜けたような音と共に一筋の糸が飛び出し、手を向けた先の木に突き刺さる。射出された勢いとは裏腹なその威力にアランは目を剥いた。


「それの命中精度はどれくらいなんだ?」

『有効範囲であれば、思った通りに動かせます』


 多分。と魔魅は呟く。公式設定資料には、ワイヤーの先に付いたアンカーには極小の推進機が付いており、思い通りの場所へ飛ばす事ができる。と記載がなされている。


「そんなことが可能なのか……?」

『ちょっと試してみますね』


 最大射程付近にある木に向かってワイヤーアンカーを射出する魔魅。飛び出したワイヤーは重力の慣性に囚われることなく真っ直ぐ進み、魔魅が思い描いた場所へ正確に突き刺さる。ぴん、と張り詰めた銀の糸が陽光を受けて一瞬だけ光った。


 そしてそれを高速で巻き取り、今度は近場の枝に向かって放つと、枝を巻き取って宙に浮かせ、枝を空中でキャッチする。それを見た兵士たちが『おおっ』と、どよめいた。


「ふむ。これなら問題はなさそうか……」


 真っ直ぐに張ったワイヤーに手を触れながら、アランは作戦の説明を魔魅に話すのだった。



 ☆ ☆ ☆



 誘拐犯の痕跡を探すため、四方に散った兵士の一人がその痕跡を見つけたのは、魔魅がアランに王女救出の作戦を聞いたそのすぐ後のことだった。


「これは確かに分かりづらいな……」


 草木によって巧妙に隠された獣道。覆い被さっている枝葉をかさりと避けると、折れた枝や鋭い刃物で切った跡がある枝が見える。


「この先には何がある?」


 アランが兵士達に問うも、互いに顔を見合わせるだけで明確な答えは返ってこない。けれどその答えは、別な方向からやってきた。


「その先は、小屋があるだけだぜ」


 誰もがその声の主に視線を向ける。


『ナミル!』

「豹猫族の娘か」


 鞣し革の軽装鎧の下から伸びる肢体は、しなやかに研ぎ澄まされたアスリートのそれ。黄金色の毛並みに薔薇の花を思わせるロゼット模様が咲き、小さな顔は刃のように鋭い輪郭をしている。


 勝手についてきてしまった自覚があるのか、ナミルの尻尾はしゅんと下がり、先だけがチロチロと不安げに揺れていた。


「話を盗み聞きしていたな?」


 アランの言葉にすまない。とシュンとなるナミル。


「けど、好都合だ」


 続くアランの言葉にナミルは首を傾げた。


「お前はこの先に小屋があると言ったな。ならば我々と同行して道案内をしてくれ」

「え? い、いいのか?!」

「いいも何も、その為に隠れて付いてきたのだろう?」

「あう……」


 再びごめんなさい。と小さくなるナミル。


「なにも謝る事はない。豹猫族の特性。存分に生かしてくれ」

「――! 任せてくれよ!」


 パアッと表情が明るくなるナミル。『道案内をよろしくね』と、魔魅が肩を叩くと、スキップする勢いで獣道へと向かった。


 ◆


 鬱蒼と茂る森の中へと足を踏み出すと、緑の気配が一層濃くなる。息苦しくも感じる只中を、三人の人影は周囲を警戒するかのように進んでいた。


 豹猫族のナミルが先頭を行き、次いで守備隊長のアラン。そして殿(しんがり)は我らがメタルヒーロー。侍女のリサは守備隊に預けてある。


「どうだ? 豹猫族の娘?」

「オイラはナミルって名前があるんだ。そっちで呼んでくれねぇかな」


 前を見たままでその顔を見ることはできないが、尻尾の先がピピピッと細かく揺れていることから不機嫌なようすだ。


「ではナミル。王女殿下を追跡できているか?」

「そこは問題ねぇよ。ちゃんと、あの匂いを辿っているぜ」


 追跡をするにあたって、その人の匂いがついた物が欲しい。と、ナミルが言い出し、アランが何かないかとリサに尋ねると、まさぐったポケットの中から取り出されたのは一枚の布。(シルク)製の、かつては真っ白だったであろう小さな三角形をした代物だった。


 なぜそんな物をポケットに入れている。アランは突っ込みを入れたかったが、今は非常時。リサから奪うように布を取り上げると、ナミルへと突き出した。


 眉間に皺を寄せ、無言で嫌がるナミルに『いいから嗅げ』と言わんばかりにさらに布を突き出すアラン。ナミルは魔魅へと視線で助けを求めるが、魔魅は森に向かって何かをしている最中で気付く事はなく、ナミルは渋々とその布へ鼻を近付けた。



 先頭を行くナミルが立ち止まる。鼻をヒクヒクとさせて周囲を伺い始め、アランと魔魅に緊張が走る。


「近いぜ。もうすぐだ」


 この先には廃屋同然の小屋があったはずだ。どうやら臭いの主はそこに捕らわれているようだった。


『どっちの方向?』

「あっちだ」


 魔魅に問われて指で差し示すナミル。その方向へ赤外線センサーを向けると、青々とした表示の木々の間に、赤い点がポツリと浮かんでいた。


『五百メートル先で熱源を感知したわ。誰かが焚き火をしているようね』


 めーとるとはなんぞや? と首を傾げるアラン。ともかく、何者かがそこにいる以上は身分を検めなければならない。


 王女誘拐犯なら制圧し、違うのなら追跡を始めからやり直さなくては。そう思いながらアランはさらに近付くように二人に伝えた。


 ◆


 小屋まで約百メートル。鬱蒼と茂る低木の中から六つの(うち二つが赤く光っている)目が焚き火を囲っている者たちを観察していた。


「これは一体どういう事だ……?」


 信じられない。といったふうでアランは小屋のドア付近に居る二人と、焚き火を囲む六人とを交互に見つめていた。


「どうかしたのか?」

「変装はしているが、小屋のそばにいる二人は間違いなく王女護衛の騎士だ」


 佇まいでそれと分かるのだとアランは言う。


「しかし、それ以外。焚き火を囲っている連中はそうではない」

「へ? それってどういうことだ?」

「だからそれを疑問に思っていたのだ。王女殿下はどこなんだ……?」


 辺りを見渡してもそれらしき人物は見えない。


『小屋の中に熱源反応が一つ。恐らくこれじゃないかと』


 魔魅の言葉で不安が解消されたアラン。ならば。と、彼は作戦を二人に説明する。


 アランが考えた作戦とはこうである。アランとナミルが正面に立ち、偶然訪れた冒険者を装って奴らの注意を引き付け、小屋の裏手に回った魔魅が壁を切り裂いて内部に侵入し、王女を救い出す。そういうプランだ。


 もしかしたら王女が駄々を捏ねるかもしれないが、身の安全が最優先。構わず連れ出せ。と、魔魅に厳命する。


 魔魅はそれに頷き、作戦行動が始まった。魔魅が配置につくまでは、固唾を飲んで待つ二人。中腰になったり、屈んだり、四つん這いでハイハイするメタルヒーローなんて子供達には見せられないな。と、思いながら、魔魅は大きく迂回をして小屋の後ろへと進む。


 到着した合図として、光る棒を振れ。と、アランに言われていた魔魅は、右腕の装甲の中から手の中へと滑り込んだ円形の筒を握りしめる。


『コアブレード・オンライン』

『――っ!?』


 AIの音声で心拍数が跳ね上がった魔魅。小屋の後ろから焚き火の方をそーっと覗き見ると、男たちは何ごともなかったように談笑を続けていた。


 気付かれなくて良かった。と、ホッと胸を撫で下ろす魔魅。一番近くにいたルーナリアですらも、おや? なんか聞こえた? と疑う程度である。


「よし。行くぞ」


 小屋の後ろで振られる光る棒を確認したアランは、ナミルを伴って男たちの前に姿を現す。突然現れた人影に男たちの警戒レベルが跳ね上がった。


「なんだぁ? オマエら」

「ああ、すまない。薬草を採りに来たら道に迷ってしまってね。焚き火が見えたんで道を聞こうと思ったんだ」

「道だと? 道なら――」


 そこまで言い掛けて男は訝しむ。二人がやって来た方向こそが、出口へと続く道に他ならないからだ。


「オマエら、何もんだ?」


 男の手が腰に差している剣へと伸びる。鞘から抜き放たれた刃を見て、陽動は完全に成功したとアランはほくそ笑んでいた。



 ――一方で、王女救出という大任を任された魔魅はというと、壁を切り裂くことを躊躇っていた。


(もうちょっと奥へ行って欲しいんだけどな……)


 今のままでは壁に近すぎて巻き込みかねない。しかし、アランらの話し声に中の人物は興味を惹いたのか、ドアのそばに寄っていく。聞き慣れない声に聞き耳を立てている様子だ。


(今だ!)


 その隙を突いて、魔魅はコアブレードを壁に突き立てた――

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