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五 メタルヒーロー、救われる。

 深い森が広がる深緑の町マーテルを守る戦いは、群れのリーダーであるゴブリンジェネラルを倒してもなお続いていた。


 ゴブリン最大の脅威はゴーギャンの手によって倒されたが、群れの多くがその場に残り、引こうとせずにジェネラルの仇を討つべく殺気を滾らせていた。


 普段ならばリーダーを失った群れは散り散りに逃げ出す。それがゴブリンという生き物のはずだった。しかし彼等は逃げるどころかますます殺気を昂らせて、身動きが取れないゴーギャンを討とうと武器を構えていた。


 ジリジリと相手を窺いながら包囲網を縮めるゴブリン達。その様子とバイザーに表示されているクールダウンの残り時間とを交互に見つめ、魔魅は焦る。


 星殻鎧(スタースーツ)のクールダウン終了まで、あと一分――



 ☆ ☆ ☆



 ――時は少し遡る。


 ドォン――。二度目の破城槌の音が町を駆け抜け、住民達は我先にと逃げ惑う。ある者は神に祈り、ある者は愛する我が子を力強く抱き締めていた。


 マーテル防衛隊の作戦室では、椅子にどっかり腰を下ろす防衛隊隊長のアランと、机に拳を叩き付けたままの冒険者ギルドマーテル支部の支部長ロウェインとの睨み合いが続いていた。


「決めろ。ロウェイン。このまま町と心中するか、わずかな希望に賭けて逃げるかだ」 


 ギリッ。と奥歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握るロウェイン。彼とて分かってはいた。町が壊滅しようとも、人さえ生き残れば再建はできる。


 だがそのために、自由であるはずの冒険者を、死地に縛りつける真似はしたくなかった。そうして決断ができないまま三度目の音が鳴り響く。ロウェインは断腸の思いで決断する。


「……っ、分かった。冒険者達を集め、防衛にあたらせよう」

「了解した。我らは住民と共に脱出の準備を進めるぞ。時間がない急げ!」

「はっ!」


 アランは室内に居た兵士の一人に声をかけ、兵士と共に退室する。残されたロウェインは足取り重く歩き出した。


 ドォン――。四度目の音が鳴り響いた。音が鳴っているという事は、千年樹でできた門は未だ健在である証拠でもあり、いつまで保つのかという不安にかられる。


 ロウェインが冒険者ギルドに着いた時、五度目の音が鳴り響いた。けれど、ドォンドォンという大地を震わせた音とは違い、やたらと鈍い音。その直後にドガァン。という轟音ともいえる大きな音が響き渡った。


「な、なんだ今のは……?」


 門が壊されたのにしては音が派手すぎる。一体何が起こっているのか? 人を派遣して調べる為にギルド内へと入る。室内では、この町に滞在していた冒険者が二十人ほど集まっていた。


「よぉ、マスター。なんかエライ事になってるじゃねーか」


 頭がつるりと禿げ上がり、筋骨隆々とした腕には無数の包帯。巨大な熊のような男がロウェインに話しかける。


「モーガン。体はいいのか?」

「良いわきゃねーだろう? アイツのお陰で全身ズタボロなんだぜ?」


 モーガンは腕を水平に上げて具合をアピールする。直後に『あたたた』と苦痛に顔を顰めた。


「お、おい。大丈夫か?」

「んな事ぁどうでもいい。アンタはオレ達にやってもらいたい事があるんだろ?」


 ロウェインから差し伸べられた手を振り払い、その目をジッと見つめるモーガン。ロウェインは真っ直ぐに見つめるモーガンの視線を合わせる事ができずに目を逸らした。守備隊長のアランにはああ言ったが、彼の心の中では未だ迷いが生じていた。


「……しかし、やはり私には皆を死地に送る訳にはいかな――」


 ゴスッ。鈍い音がギルドに響く。モーガンの拳がロウェインの頬を捉えていた。と同時に、腹の底まで響く破砕音が天井から埃を舞い落とさせる。何が起こっているのかと冒険者達は不安な表情で天井を見上げた。


「そうじゃねぇだろ?」


 頬を押さえ、驚きの表情でモーガンを見るロウェイン。


「アンタが苦しいのは皆知ってる。けどよ、オレ達だって町の為に命張ってきたんだぜ? だから遠慮する事ぁねぇ。オレ達に何をして欲しいんだ?」


 ロウェインは手をグッと握り締める。


「町を放棄する。守備隊は住民をリムウッドに逃すつもりだ。彼らが撤退するまでの間、敵を引き付けて欲しい」

「そりゃぁひでぇ命令だな」


 すまん。と頭を下げるロウェインの肩にモーガンの手が置かれた。そして振り返ったモーガンはギルド内に居る冒険者達に口を開いた。


「っつー事だ。皆、覚悟はできてるな?!」


 モーガンが吠えるとあちこちからもちろんだと声が上がる。


「それじゃいっちょ、ゴブリン共を――」


 おちょくりに行くか。そう言おうとした時、ギルドの入り口の扉が弾け飛ぶような勢いで開き、豹猫族の少女ナミルが飛び込んできた。


「なんだ。まだ生きてたのかモーガンのオッサン」


 モーガンを一目見るなり毒を吐くナミル。モーガンは、何だとコラァ! と、喧嘩腰になろうとした所をロウェインに止められる。


「どうしたんだ? ナミル君」

「ああ、そうだ。マスター! 今、門の前でゴブリンの大群と戦っているんだよゴーギャンが!」

「んだとぉ!?」


 たった一人でか? 冒険者達の騒めきの中から何処からともなくそんな声が上がった。


「じゃあ、あの爆発音は彼が……?」


 破城槌の音の直後の破壊音。彼が魔法か何かを使用したのだろう。そして、ついさっきの振動も……。


「皆。彼を、ゴーギャン君を援護してほしい。頼めるか?」


 モーガンが悪かったとしても彼はゴーギャンの事を良くは思っていないだろう。そう思って遠慮がちに頼み事をするロウェイン。


「頼めるか、じゃねぇんだよ」


 モーガンはニヤリ。と、口角を吊り上げる。


「行けでいいんだよ、行けで」


 そう言ってナミルの方へと振り向き、ビシッと指を差した。


「それとな、豹猫族のメスガキ。誰がオッサンだよ。オレはまだ二十歳だ」

『うそぉ!?』


 ギルド中がどよめいた。誰もがモーガンを四十代だと思っていた。怒鳴るモーガンを見てロウェインだけが苦笑する。この中で唯一、彼だけが本当の年齢を知っていた。



 ☆ ☆ ☆



 バイザーに表示されたクールダウン終了のカウントが続いていた。ゴブリンの一匹によって一切動けない事がバレてから一分の時が流れていた。その間、どうにかして動かせないものかと力だけでなく、システムも駆使してどうにか動かそうと足掻いたが、結局立ち尽くすしかなかった。


(あと二分)


 ギリッ。と、奥歯を噛む魔魅。早く早くと気持ちだけが(はや)る。その時、魔魅の胸に衝撃を感じた。ゴブリンの一匹が毒矢を放ったのだ。


 幸い、スーツが毒矢を弾いたお陰で魔魅の体には異常が見られなかったが、散発的に放たれる毒矢を受けては気分がいいものではなかった。


「ギャッ、ギャッ、ギーギャッ!」


 ゴーギャンを取り囲む輪の外から獣の鳴き声が響き渡ると、包囲網の一部が解け、綻びが生まれた。その暗がりからヌゥ。と、丸い何かが姿を現した。


(あ、あれは……破城槌?!)


 ジェネラルが投げて寄越した破城槌を今度は数十匹のゴブリンが運ぶ。その切っ先は動けないゴーギャンへと向けられていた。


(アレをぶつけようっての!?)


 硬度の高い千年樹の門を打ち破った代物。この破城槌もまた、千年樹の若木から作られている。門を破った代物なら鎧も砕けると思ったのだろう。


 けれど星殻鎧(スタースーツ)は、星の生命活動エネルギーを凝縮して生み出された装甲だ。星を壊せる程の力を加えなければ傷一つ付ける事は叶わない。


 問題は、中身。外側は平気でも中の人間はその衝撃に耐えられるのか? それだけが魔魅が懸念している事だった。


 破城槌が迫り、ゴーギャンは町の外壁まで吹き飛ばされる。


『グハッ!』


 バイザーにダメージリポートが届く。魔魅の推測通り非常に軽微なダメージだ。しかし、スーツが衝撃を受け止めても腹の奥に鉄杭を打たれたような痛みが走った。


(これ、何度も食らうと、ヤバい……)


 その上背後は町の外壁。今度の破城槌による衝撃は逃げる事なく全て魔魅へと集中する。破城槌の先が再び魔魅に向けられた。


 万事休す。衝撃に備える為に、魔魅は奥歯を噛み締めて腹に力を入れる。それで耐えられるとは思わない。受けるダメージが少しでも和らげればいい。今の魔魅にできる事はそれくらいだった。


 魔魅は見た。再び加速し始めた破城槌の上に何者かが降り立った姿を。黒いシルエットのその者は、手にしていた光り輝く棒状の何かで破城槌を真っ二つに斬ると、そのまま何処かへと飛び去っていった。


『あれは!?』


 今見たものをバイザーにプレイバックさせる。辺りが薄暗く画像が荒くてはっきりとは分からないが、黒いマントを翻した何者か。その手に持っているのは間違いなくコアブレードだ。


 コアブレードが何故もう一つ存在するのか? 魔魅の中に疑問が浮かび上がるが、ジリジリと包囲を縮めるゴブリン達を見て疑問に思ってもいられなくなった。どうやら彼等は直接手を下す事にしたらしい。


(お願い、耐えてスタースーツ!)


 スーツの防御性能を信じて己が身を託す魔魅。星殻鎧(スタースーツ)のクールダウンが終了するまで残り一分を切っていた。




 包囲を縮めたゴブリンの先頭が右腕を大きく振り上げる。その手には手入れなどなされてはいない錆びた剣が握られていた。それを振り下ろす直前、ゴブリンの輪の外側で爆発が起きた。


(爆発!? 一体何が?!)


 魔魅が視線を向けると、砕かれた門の破片が散乱する町の入り口に人影が見えた。


(あれは、冒険者のみんな!?)


 杖を持つ者からオレンジ色の光球が放たれた。その光球がゴブリンの群れの中で炸裂すると辺りに炎が撒き散らされた。


 突然放たれた炎にゴブリン達は慌てふためき、頭が禿げ上がった人物が浮き足だったゴブリン達に剣の切っ先を向ける。


「ヤロウ共、突撃だぁっ!」

『おおーっ!!』


 剣や槍、弓など。各々が得意とする武器(エモノ)を構え、ゴブリンに駆け出した冒険者達。ゴブリン達も突如として出現した新手の対処をすべくゴーギャンの包囲網を解いて対応する。


 その隙を突いて、頭が禿げ上がった筋骨隆々な体に包帯を巻いた人物と、やたらと毛深く獣と間違えそうな容姿をしている二人の人影がゴーギャンへと近付いた。


「よぉ、ヒーロー。ゴブリン相手に随分と苦戦してるじゃねーか」

『モーガン!? それにナミルも?! 何故ここに?』

「おいおい、何故はねーだろ。お前さんだけにカッコつけさせてたまるかってんだっ」


 話途中に襲ってきたゴブリンをモーガンは易々と切り伏せる。


「少しはオレにもカッコつけさせろ」

「そうだぜ。水臭いじゃねーか」


 獣の亜人特有の突き出た鼻を擦るナミル。直後にクロスボウを構えて矢を放つ。


『モーガン、ナミル……』


 仲間。その存在が頼もしい。モーガンは足を引きずりながら襲い掛かってくるゴブリンを斬り捨て、ナミルはクロスボウの弦を引き、スロットに矢をセットしながら問う。


「なあ、ゴーギャン。アンタ何で動こうとしねぇんだ?」

『クールダウン中で、今は体が動かせないのよ』

「く、くーるだうん? ……ま、まあ。とにかく動けねぇんだな」

『ええ。でももう少しで……』


 クールダウン終了まで残り十秒。バイザー内で搭載AIによる各部のチェックが始まった。


『スタンバイ。システムチェック、ファイナルフェーズ。……カウント。スリー、トゥー、ワン。システムチェックコンプリート。オールグリーン』


 オォォ、と駆動系が唸りを上げる。拘束を解かれた魔魅は手を握ったり開いたりして動く事を確認してから空を見上げた。


『ジェットブラスト!』

『アンチグラビティ・アクティベート』

「と、飛んだ?!」


 スラスターによって宙に浮いたゴーギャンを口を開けて追うナミル。上昇点が最高値に達した魔魅は冒険者の居ない場所を選んで急降下する。


『メテオインパクト・グランドアタック!』

『アンチグラビティ・オフライン。フルスラスター』


 隕石が衝突したかの様な衝撃が固い地面を波立たせ、抉り飛ばしていく。衝撃波は固まっていたゴブリン達を吹き飛ばして木の幹に叩き付け、あるいは抉り飛んだ石がその体に多大なダメージを与える。


 大きく抉れたクレーターを目の当たりにして、驚きに目を剥く冒険者達の中でモーガンだけが口角を吊り上げて笑んでいた。


「やっぱ、トンでもねぇヤツだな」


 クレーターの中心の底で地面に拳を立てたゴーギャンの目がギラリと怪しく光る。


『ここからは私達のターンだ!』


 イケボで吠えた魔魅にナミルやモーガン。冒険者達の誰もがその叫びに親指を立てて応える。クレーター上部から射られた毒矢を易々と弾き返し、幾度目かのメテオインパクトが地を駆けた――



 ☆ ☆ ☆



 破城槌で破壊された門の木片が散乱する町への入り口はゴブリンの死骸だらけだった。


 冒険者たちは一体ずつ確認をし、息のあるものには容赦なく刃を突き立てる。油断すれば奇襲を受けかねない。それを防ぐための慎重な作業だった。


「にしても。すげぇ数だな、こりゃ」


 ひとりの冒険者がため息をつきながら、血の臭いの漂う戦場を見渡す。


 戦闘中、魔魅のバイザーが計測していた敵の数は二百を超え、最終的には三百近くに達していた。


「みんな。すまないが、死骸を荷台に乗せてくれ」

「了解だ。ギルドマスター」


 ロウェインが用意した荷車付きの馬車に、ゴブリン達を無造作に放り込んでいく。


 今のままでもゴブリンの体臭がふんわりと漂っているが、時間が経つとそれも濃くなり酒蔵の町としては致命的な問題が発生する。それを防ぐ為にマーテルの町から西へ半日ほどの所にある空き地に死骸を集めて火葬しようとしていた。


「うおっ?! こいつぁ、ゴブリンジェネラルじゃねーか」


 胸に風穴が空いた一体の大型ゴブリンにロウェインは驚きのあまり目を剥く。


「知っているのか?」


 モーガンの問いにロウェインが頷く。


「ああ。十七年前の厄災にも居たからな。……なるほど。奴らの統率が取れていた理由がこれでわかった」


 斥候をはじめ、破城槌などの余計な知識を与えたゴブリンジェネラル。その存在が居なくなった事で最終的には散り散りになって逃げたゴブリン達の頭の中から、やがては兵士としての知識が消えていく事だろう。



 ――やがてマーテル守備隊も駆け付け、町の住民も加わって死骸の処理が進み、森の中の空き地は壮大な火葬場となった。


 爆ぜる炎。舞い上がる火の粉を安堵の表情で見上げながら、誰もが大した被害がなくて良かったと喜びあっていた。


 被害らしい被害といえば門が破壊されただけ。街道の一部がクレーターと化しているが町自体に被害は無く、国の主力産業は守られた。


 ゴーギャンの装甲に燃え上がる炎を反射させ、そのバイザーに映し出された人々の笑顔を見ていた魔魅は、彼等の生活が守られて良かったと安堵していた。


「どうしたんだよゴーギャン。そんな所で突っ立って」

『ナミル……』


 魔魅はゆっくりと首を横に振る。


『何でもないよ。町が無事で良かったなって思っていただけ』

「そうだな。それもこれもみんなゴーギャンのお陰だぜ?」

『そんな事はないよ。みんなが来てくれなきゃ私も危なかった』


 装甲があるとはいえ滅多刺しにされては無事である保証がない。ゴブリン達の武器には基本的に毒が塗られており、その切っ先が僅かに触れるだけで昏倒してしまう。そうなれば、スーツが再起動したとて動く事もままならなかっただろう。


「ゴーギャン君!」


 声のした方へと視線を向けると、ロウェインが早足で向かってくるのが見えた。その顔は喜んでいるというよりも怒っている様子だった。


「ゴブリンの軍勢にたった一人で立ち向かうなんて無謀が過ぎる!」

『え? あ、すみません。門が破られそうだったんでつい……』

「いいじゃねぇか。お陰で町は無事――」


 ゴーギャンの前に立ちはだかり彼女を擁護するナミルを通り過ぎて、ロウェインはゴーギャンを抱き締めた。


『ちょっ、ギルドマスター?!』

「ありがとう」

『え?』

「キミのお陰で町は救われた。キミがあの軍勢に立ち向かってくれていなければ、町は奴等に蹂躙されていただろう」


 町には二十人ほどの冒険者が居たが、質で勝る彼等も押し寄せる物量には到底敵わなかった。それに加えてゴブリンジェネラルの存在は、彼等冒険者に絶望を与えていた事だろう。


「町を救ってくれた英雄殿に何か報いたいと思うのだが、何がいいだろうか?」


 何でも言ってくれ。と、ロウェインは言うが、マッドイーター討伐によって懐事情が暖かい魔魅にとって特に欲しい物とかは無かった。


『特に欲しい物とかは――』

「おいおい、ゴーギャンさんよ。そいつは無粋ってもんだぜ?」


 背後からの声に振り向く魔魅。そこには頭が禿げ上がり、筋骨隆々の体に巻かれた汚れた包帯が解けかかっている男が立っていた。


『モーガン』

「貰っとけよ。金だろうが食いもんだろうがそれで気が済むってんならよ、何でもいいから貰っとけ」


 謙虚さも時にはいいが、過ぎると嫌味にしかならねぇよ。と彼は付け足した。


『では、王都までの旅費を……二人分』

「え? ゴーギャン、それって……」

『ナミルは王都に行きたいんだよね』

「覚えててくれたのか!?」


 嬉しさのあまりテンションが爆上がりしたナミル。それに水を差すようにロウェインは手の平を二人に向ける。


「すまんがそれは却下だ」

『え?』

「どうしてだよマスター?!」

「今回の件は、国王陛下の耳にも入るだろう。そうなれば、君たちは王都から正式に招待されるはずだ。つまり、旅費など出さずとも陛下の方からお呼びがかかる、ということだ」

『そうですか……』


 それなら無理に頼む事はない。では何が良いだろうか? と悩んだ末に思い付いたのは、冒険者達に美味い酒を振る舞う事であった。彼等が来てくれなければ、今この場に立っている事すら怪しかったからだ。


「ヒューッ。流石はヒーローサマだ。太っ腹だぜ」


 ニヤリ。と笑むモーガン。その顔からは、しこたま飲んでやるぜ。という意図が感じられた。それを聞いた他の冒険者達も浴びるほど飲んでやると意気込んでいた。


「何とも無欲な事だな」


 了解した。と、ロウェインは頷いた。こうしてマーテルの町を守る戦いは幕を閉じた。



 ◇



 ――マーテルの町の宿屋。


 机とベッド。そしてクローゼットだけの六畳一間の簡素な部屋。窓の外からやって来る虫の声は、ゴーギャンが腰掛けた千年樹で出来たベッドを軋ませた音でピタリと止む。


 虫の音が止んだ事を気にも留めず、魔魅は星殻鎧(スタースーツ)のバイザーに二度目の破城槌を食らう直前の映像と、ジェネラルが持つ大剣が弾かれた時の映像を繰り返し再生していた。


(コレは間違いなくコアブレードだ。こっちも、大剣が振り下ろされる瞬間に光線が当たってる……)


 この二つは恐らく同一人物が行なったもの。一体何者だろうか? いや、コアブレードを使用している以上は宇宙警察機構の捜査官なのだろう。しかし、宇宙警察という組織も含め、それらは全て設定上のフィクションでしかないはずだ。


(このスーツと同様、組織も実体化した……? そんなバカな)


 魔魅は考えを打ち消すように首を振った。


 トントン。と、ドアがノックされる。


『ナミル? ちょっと待ってて』


 バイザーの映像を消して、ナミルを招き入れる為に扉を開ける。バイザーに映し出されたその姿に魔魅は目を剥いて飛び退いた。


 右手の内側の装甲が開き手の平の中に二十センチほどの円筒が滑り込む。それをグッと握ると、八十センチほどの光刃が生まれい出た。


『コアブレード・オンライン』


 一触即発の静けさの中にゴーギャンに搭載されているAIの声が響く。


『あんたは一体何者なの!?』


 光刃の切っ先をドア向こうの相手に向ける。ランタンの光が届かぬ廊下の闇に深紅のラインが浮かび上がった。


『答えなさい!』


 さもないと。と、コアブレードを構える魔魅。廊下に満ちる漆黒の闇の中から、ヌゥ。と手の平だけがランタンの光に晒される。


『待て。私は敵ではない』


 ゴーギャン役の主役俳優、麻生亮とはまた違った別のイケボが、バイザーの目の部分に深紅の光と共に発せられた。


 敵ではない。といっても相手は得体の知れない相手であり、命の軽いこの異世界で警戒を解く訳にはいかない。魔魅はブレードを構えたまま、バイザー越しに注視する。


『キミに渡したい物があって来たのだ』

『渡したいもの?』

『そうだ』


 待て。の状態だった手の平を天井に向けて手を差し出す。手の平の装甲が開かれて中から四角い物体が現れた。


『これだ』


 手の平の上でふわりと浮いた物体を押し出すように腕を動かす。四角い物体は宙に浮いたまま、ふわりふわりと移動してゴーギャンの目の前で止まった。


『これは……?』

『それの名は『キューブ』。いずれキミの助けとなるだろう』

『助けに……?』


 キューブを手に取ると、ゴーギャンに搭載されたAIが解析を始める。その解析もすぐに終わるだろうと思っていたが、小窓に表示された英数字の羅列が上から下へと流れていく勢いは終了する気配もなかった。


 これが一体どういった物なのか? それを渡した人物に聞いた方が早いと判断した魔魅は、視線をキューブからドアへと向けたがソコに存在した圧倒的なまでの存在感は綺麗さっぱりと消えていた。


『何なの、一体……』


 ドア向こうの闇を呆然と見つめる魔魅。不意に現れた人影に、ギョッとして目を見張った。


『何だ、ナミルか』

「ドア開けっぱなしで何をしてんだ?」

『今、廊下で誰かとすれ違わなかった?』

「――? いや、誰ともすれ違ってないぜ?」

『そう……』


 魔魅から見て右方向は一階へと続く廊下。左側は明かり取りの開かない窓が設置されている壁だ。


(どうやって彼女に悟られずに出たのかしら……?)


 姿はよく見えなかったが、あれほどの圧倒的な存在感がある人物を豹猫族のナミルが見逃すはずもない。


「なあゴーギャン。一つ聞きたいんだけど、あんたはこれからどうするつもりなんだ?」

『……え?』


 考えに夢中でナミルの言葉を全然聞いてなかった魔魅。コテンと首を傾げるメタルヒーローというのも珍しい。


「だーかーらー、これからどうするんだって聞いてるんだよ」

『ああ、その事ね。守備隊のアランさんの話だと、今回の一件で王様から呼び出しがあるだろうから、どこにも行かずに待ってて欲しいって言われちゃってね。しばらくはゆっくり過ごそうかと思ってる』


 ゴブリンの脅威は去ったが、それで町からの依頼が無くなる訳じゃない。マッドイーター討伐の依頼もあるし、薬草採取の依頼も絶えず貼られている。


『ナミルはどうするの? 王都に行くお金、貯まったんでしょ?』


 ゴブリン討伐に参加した全冒険者に、報奨金を出すとのギルドマスターからの話。守備隊のアランさんに交渉して言質を取ったらしい。


 まあ、国としても主要産業の一つを守り抜いたのだからその礼くらいはするだろう。その額は幾らになるかはまだ分からないが、王都へ行けるだけの額にはなる筈だ。


「その事なんだけど……」


 ナミルは視線を落として人差し指同士をつつき合わせながら、どこか落ち着かない様子で言葉を続けた。


「い、一緒に行ってもいいか?」

『へ? 私と?』

「あ、ああ。ゴーギャンと」

『どうしてまた?』


 問い返すゴーギャンに、ナミルは少し間を置いて答えた。いつもの軽口とは違う、素直な声だった。


「オイラの夢、話したろ? 王都に行って名を上げるってやつ」

『うん、覚えてるよ』

「でもな。もう、ちょっと違うんだ」


 ナミルは顔を上げた。その瞳には、獣族らしい鋭さではなく、どこかまっすぐな光が宿っていた。


「最初はただ、有名になれりゃいいと思ってた。強けりゃ名前が売れて、金も入って、誰もが羨む存在になれるってそう信じてたんだ」


 ふっと笑う。けれどその笑みには、どこか照れと後悔が滲んでいた。


「でも、ゴブリン達の群れを見てビビっちまった。逃げ出したくなった。けれどアンタは逃げずに立ち向かっていった。その姿が悔しいくらいにカッコよかったんだ」


 ナミルはぎゅっと拳を握りしめた。


「だから、アンタと一緒に行きたい。もっと強くなりてぇし、アンタみたいに誰かのために戦える冒険者になりたいんだ」


 言い終わると、彼女は耳をぴんと立て、尻尾を恥ずかしそうに揺らした。


 ナミルは魔魅からの返事を待っていた。けれど魔魅の心境は少し複雑だった。


(この子はゴーギャンの背中を追いかけようとしている。このチート的な力に魅せられている……)


 ナミルは魔魅が勇猛果敢に敵に立ち向かったと錯覚をしている。魔魅とてこの星殻鎧(スタースーツ)がなければ逃げ出していた事だろう。魔魅の強さはスーツに依存しているのである。


 ただ王都へ行きたい。というのであれば断る理由はない。が、魔魅自身についていくとなると話は変わってくる。


『……ごめん。少し考えさせて』

「そ、そうか」


 期待感でゆらゆらと揺れていた尻尾がポトリと床に落ち、耳がしゅんと垂れる。がっくりと気落ちして部屋を出ていくナミルの背中が見えなくなっても魔魅はぼんやりと眺めていた。

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