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四 メタルヒーロー、冒険者になる。

 ――冒険者ギルド。


 大陸中央に位置する大国に総本部を構え、各地に支部を持つ巨大組織。


 エストリアという小さなこの島にもその支部があり、腕に自信がある多くの冒険者たちが訪れている。


 彼らは壁に貼られた依頼書を見上げ、己の腕と相談する。名誉と一攫千金を夢見る者たちが集う場所。


「それが、冒険者ギルドって場所だ」


 ナミルはそう説明するが、魔魅にも予備知識はあった。番外編でファンタジー世界を舞台にしたことがあるからだ。


『へえ。それでナミルは、何を得たいの?』

「オイラが欲しいのは名誉だな。魔物たちをバッサバッサと斬り倒して、有名になりたいんだ」


 幼い頃、村を訪れた冒険者が、魔物を打ち倒す姿を見て感化されたのだとナミルは語る。


「さ、着いたぜ。ここが冒険者ギルドだ」

『え、もう?』


 なんのことはない、家を二軒挟んですぐの場所にあった。振り返れば、建物の前に立って眼光鋭く見渡している兵士の姿が見えた。



 ☆ ☆ ☆



 ――冒険者ギルド内。


 受付カウンターに肘をつき、依頼書が貼られた壁を見つめながら、アリサはため息を吐いた。


「今日も暇ねえ……」


 他の支部では賑わいを見せているギルドも、マーテルに至ってはその限りではない。


 賑やかなのもいるにはいるが、それは昼間から酒盛りをしている者たちが上げる笑い声くらいなもので、壁に貼られたいくつかの依頼書は虚しく風に揺られていた。


 ――外から声が聞こえた。


 聞き覚えのあるその声に、アリサは背筋を正して、手ぐしで髪を整える。


「きた」


 ギルドの扉を開けたのは、アリサが思っていた通りの人物だった。


 猫のような面長の顔。丸みを帯びた耳。揺れる尻尾。


 革製の胸当てで覆い隠してしまうのが勿体無いくらいの鮮やかな豹柄の毛並み。


 近頃頻繁に出入りするようになった冒険者がアリサのお気に入りだった。


(ナミルさん。今日もいい毛並みだわ……)


 あの胸に顔を埋めてもふもふしたい。危うく声に出しかけて、咳払いを一つした。


 アリサはにっこりと笑顔を作る。


「お帰りなさいナミルさ……ん!?」


 ナミルに続いて入ってきたモノに、アリサは目を剥いた。


 それは、鏡のように周囲の景色を僅かに映し出す、白銀の全身甲冑。関節部からはピカピカと何やら光が漏れ出し、見たことのない国の紋章が胸に刻まれていた。


 軽快にジョッキを傾けていた飲んべえたちも、その動きを止めて見入っていた。


(なに、この人。何でナミルさんと仲が良いの!?)


 目を剥いて唖然としたままのアリサの目の前に、豹柄の手が横切った。


「アリサ? おーい、アリサ?」

「はっ。あ、お。お帰りなさいナミルさん。今日はお早いんですね」


 冷静になれ、と心で思いつつも、ナミルに向けた笑顔は若干引き攣っていた。


「まあな。今日はちっと予想外の出来事があってさ、早く戻ってきたんだ」

「へ、へえ。そうなんですね……」


 アリサはナミルの後ろで佇む甲冑にチラリと目線を送った。


「と、ところで、そちらの方は……?」

「ああ。彼はゴーギャン――」

(か、彼ですって!?)

「――森の中で偶然会ったんだ。道に迷ってたみたいだったから、連れてきた」

「そう、なんですね……」


 とりあえず、思っていたような関係ではないことに、ホッと胸を撫で下ろしたアリサ。


「それで、証も持っていないっていうからさ、登録してやってくれねーか?」

「冒険者証をお持ちではない……?」


 それならば、やはり何処かの国に所属している騎士なのか。それとも、証を得ることのできない身分なのか。例えば、盗賊とか。


「冒険者証をお作りすることはできますが、お顔を見せていただくのが条件になります」


 長く受付を務めているだけあって、顔つきや目つきから相手の性格をある程度察する自信もあった。


『顔、ですか?』

「はい。その兜をお脱ぎになっていただくだけで結構ですよ」

『あー。兜だけとか無理なんですよ』


 胴とくっついてて、と言いながら兜を持ち上げて見せる魔魅。


『スーツを脱げば、顔くらいは見せられますけど、何処か部屋を貸してもらえます?』


 流石に目の前で変身を解けば間違いなく驚かれる。周りに他の人もいることだし、余計な波風を立てたくはない。


「部屋ですか?」

『ええ』

「そうですね。でしたら、こちらの部屋をお使いください。物置で申し訳ないですけど」

『ええ。構いませんよ』


 アリサはカウンター横にある小部屋を手で差し示し、物置部屋に入るメタルヒーロー。


 バタン、と扉が閉められてすぐに、アリサはナミルに向き直る。


「ナミルさん、あの方は一体何者なんで――」


 アリサの言葉を遮るように、扉や壁の隙間から強い光が瞬間的に漏れ出た。


「……今、光りました?」

「あ、ああ。光ったな」

「ゴーギャンさん!?」


 慌てて扉に駆け寄るアリサ。ドアノブに触れるか触れないかのところで、扉が開かれる。そこには、黒髪黒目の若い女性が立っていた。


 歳の頃は二十と三ほどだろうか。


 身長はそれほど高くなく、アリサと同じか少し高いくらい。一サッツ(メートル)六十五イェン(センチ)。


 切れ長の目でやや凛とした美人顔で、艶のあるセミロングの黒髪。


 身体の線がはっきりと分かる、真っ黒な奇妙な服を身に纏い、腕や脚の露出した部分からは、程よくついた筋肉が顔を覗かせる。


 頬にかかった黒髪を、魔魅が指先で耳へ掻き上げる。その何気ない仕草が、妙に色っぽく見えた。


「え……誰?」


 目を丸くして瞬きを数回。唖然とするアリサ。ナミルはポカンと口を開けて魔魅に見入っていた。

 

 アリサが物置部屋に駆け込むと、そこに人の姿はなく、掃除用具などが乱雑に置かれた部屋だった。


「え? ……え?」


 アリサは振り返って魔魅を見る。そして再び部屋の中に視線を戻す。ネズミと目が合った。


「ご、ゴーギャンさん?」


 指を差しながら聞くアリサ。それに続いてナミルも同様に指を差した。


「ご、ゴーギャンなのか?」


 驚きの表情で魔魅を見る二人。当の魔魅は、二人が何かを言っているとまでは理解ができた。けれどその内容はまるでわからなかった。



 ☆ ☆ ☆



 ――時はほんの少し遡る。


 受付嬢のアリサが手で差し示してくれた部屋に入ると、魔魅は一呼吸おいて小さく呟く。


『キャスト・オフ』


 ゴーギャンの体が光に包まれた。変身する時とは真逆で、今度は光が地面へと吸い込まれるように消えていく。


 光が収まると、埃っぽく、かび臭い空気が魔魅の鼻をついた。


「緊張するな」


 食事や就寝時にもそのままというわけにはいかない。いずれは本当の姿を見せなくてはならない。


 ナミルとアリサ。二人はどんな顔をするのだろうか。


「やっぱり、驚くかな」


 魔魅は喉の調子を整えて、ドアノブを握った。


 ◆


 ドアを開けると、アリサが固まっている姿が目に入った。手を伸ばして何かを掴むような格好から、中に入ろうとしていたようだ。


 そして、魔魅が予想した通りに、二人は目をまん丸くして驚いていた。


「ネ……ナエ?」


 瞬きを数回したのちに、アリサが聞き慣れない言葉を口にする。今度は魔魅が眉を顰めた。


(え? なに?)


 アリサは慌てた様子で魔魅を通り過ぎ、部屋を覗き見た後に再び魔魅を見つめる。


「ゴ、ゴーギャンアン?」


 指を差して発した言葉は、魔魅にとって意味すらわからなかった。


「ゴ、ゴーギャンヤモラ」

(ヤモラ!? ナミルもどうしちゃったの? まるで理解ができないわ)


 つい先ほどまで言葉が通じていたのにどうして、と疑問に思う魔魅。


(ゴーギャンでいた時にはちゃんと話が通じていた。それに、さっき目に入った依頼書の文字も意味が分かったのに……)


 今では壁に貼られた羊皮紙の文字も、何を書いてあるのかすらわからない。


 原因を探るように記憶を辿っていた魔魅は、ふと番組公式の設定資料に書かれていたある機能を思い出した。


(翻訳機能か!)


 それは、辻褄合わせのための設定だ。「ちきう人じゃないのに、なんで言葉がつうじるの?」という、ちびっ子からのお便りに、公式が真面目に出した答え。


 それが翻訳機能である。


「ジャスト、ア、モーメント!」


 魔魅はナミルとアリサの二人に自分の手のひらを突き出すと、二人を交互に見ながら後退り、再び部屋の中へ入る。


 閉まったドアに寄りかかりながら、魔魅はため息を吐いた。


「まいった。設定だけじゃなくて、本当に機能してるなんて……」


 やれやれ、と頭を掻いてから、腕を地面へと伸ばす。


 伸ばした先で何かを掴むように手を握り、掴んだ何かを引っ張り上げるようにして空に向かって手のひらを掲げる。


「着装っ!」


 魔魅が言葉を発すると、魔魅の足元から光が立ち昇り、その全身を包み込む。


 やがて全身を包んでいた光が消えると、そこには鏡面のように周りを映し出す、白銀の甲冑が立っていた。


『宇宙っ! 捜査官っ! ゴーギャンっ!』


 セリフと共に一つ一つポーズを決めていくゴーギャン。どうやらモーションのキャンセルは出来ないらしいことがわかった。


『めんどくさ。でもこれで、この世界の言語はわかるわね』


 そう言った直後、魔魅は重要なことに気がついた。


『え、待って。私、ずっとこれ着たまま……?』


 この時魔魅は、この世界の言葉を覚えようと決意をした。


 ◆


 魔魅が再度ドアを開けると、出てきた甲冑に驚いて身を引くアリサと、興奮冷めやらぬナミルが捲し立てる。魔魅の予想は的を射ていた。


「えっと、ゴーギャンさん?」

「すっげえ、さっきの女がゴーギャンなのか!?」

『ええ、まあ。そうです』

(鎧を着た音がしなかったけど、どうやって着たのかしら……?)

「あれ? でも、声は男だな」

『そ、それは、ちょっとした事情で……』


 声と中身が違うのは、特撮ヒーローもの全般にいえることだ。ちびっ子たちには黙っててあげることが優しさだった。


『今のでどうですか?』


 魔魅とナミルに見つめられながら、アリサはふむ、と考え込む。


(この甲冑の中身がさっきの美人と同じなのはわかったわ。犯罪を起こすような人物には見えないし、登録して問題ないかも。それにしても、肌がやたらと白かったけど……いつも甲冑を着ているからかしら?)

「なあ、アリサ。頼むよ、いいだろ?」


 もふもふした毛並みと、ふにふにした肉球がアリサの手を包み込む。見れば、アリサの手はナミルの豹柄の両手にすっぽりと包まれていた。


(はっ、はわわわっ! な、ナミルさんの手がっ! それに、顔近いっ)


 ときめく鼓動を悟られないように、必死に冷静さを保とうとするアリサ。けれど――


(アリサのやつ、なんか嬉しそうだな)


 彼女の顔は緩みまくっていた。


「はっ。わ、わかりました。も、問題はないようですので、冒険者登録をさせていただきます」

「そうこなくちゃ」


 離れていくナミルの手を名残惜しそうにしながら、アリサは自身の業務へと戻る。そして、開けた引き出しから、二枚の金属製のプレートを取り出してカウンターの上に置いた。


「こちらが、冒険者証になります」


 小判形の金属プレートには、紐を通せるような穴が空いていた。


「それでは、この紙に必要事項をお書きください。書いた文字をこちらのプレートに刻みますので」


 プレートに名前を刻む。魔魅の頭に浮かんだのは、軍人たちが身に付けているアレだった。


(まるでドッグタグね)


 魔魅は羽ペンを取り、いつもの調子で名前を書き込んだ。


(まずは名前から。そうね、本名……は控えた方がいいかもしれない。ゴーギャンの方が知名度は高いから、そっちにしよう)


 その名を知っている者。それはすなわち、日本人であるということだ。


(ゴーギャンっと……)

「あの……」


 それを見ていたアリサが口を挟む。


『はい? なんでしょう?』

「読める文字を書いて欲しいのですが」

『え?』


 魔魅は不思議そうな顔でアリサと記入用紙を交互に見つめた。


(あっ、日本語は読めないのか!)


 ゴーギャンの姿をしている間は、言葉も文字も翻訳されているから理解ができるが、自身で字を書く場合には、翻訳機能の適用外らしかった。


(か、考えてみれば、適用されないのも当たり前よね……)


 どうしたものか、とペンを宙で走らせていると、アリサが助け舟を出してくれた。


「あの。よろしければ、私が書きましょうか?」

『お、お願いできますか!?』


 渡りに船、とばかりに食いつく魔魅。若干顔を引き攣らせながら、アリサは引き出しから羊皮紙を取り出した。


「そ、それでは、お名前をお伺いします」

『ゴーギャンです』


 さらさら、とペンを走らせるアリサ。


「はい。では、出身地を教えてください」

『出身地……?』


 再び硬直する魔魅。


(これは、正直に答えるべき?)


 魔魅はチラリとナミルを覗き見る。


(そういえば、ナミルは私が大陸から来たのだと思っているのよね……)


 どうしたものか、と考え込む魔魅に、アリサは首を傾げて不思議そうに顔を覗き込んでいた。


『よし、じゃあ。日本で』

「にほ……え?」


 聞き慣れない土地名に、紙に書こうとしたアリサはゴーギャンを二度見する。


「ニホン、ですか?」

『はい。日本です』

「それは一体、何処なんでしょうか?」

『それは――』

「この人は大陸から来たんだよ」


 ゴーギャンの言葉を遮り、ナミルが口を挟んだ。都合が良い、と魔魅はナミルに便乗する。


「大陸から……?」

『ええ、そうなんですよ。大陸の辺境にある島国から来たんです』


 それで通じるか、とゴクリと唾を飲む魔魅。アリサは羽ペンの羽で頭を掻きつつ考えている様子だった。


「なるほど、そうなのですね」


 その言葉に、魔魅はホッと胸を撫で下ろした。


「ですが――」


 ドキッ、と魔魅の心臓が跳ね上がる。


「――冒険者として活動なさるのは、私は反対したいですね」

『それはどうして?』

「故郷から遠く離れたこの地で、ゴーギャンさんの身に何かあった場合、ご家族の元にプレートをお届けできないからですよ」


 アリサはカウンターに置かれたプレートに指を這わせた。


「このプレートは、その人が存在した証でもあるのです。持ち主に何かあった場合には、冒険者ギルドが責任を持ってご家族の元へとお届けしています」


 遺体が損傷して判別ができなくても、プレートに刻まれた名前と登録番号から、それが誰なのかはすぐにわかる。


(まさにドッグタグなのね……)


 アリサの言葉に、魔魅は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


(だけど、私の故郷に届けるなんてことは不可能。何より、死ぬつもりなんて毛頭ない!)


 必ず生きて戻るのだと、魔魅は決意を新たにした。


『構いません』

「え?」

『証が家族の元へ届かなくても、構わない』

「そうですか」

『あれ?』


 魔魅としては強い意志を持って言ったつもりだったが、アリサからすんなりと出た言葉に、肩透かしを食らった気分だった。


「それでは作成してきますので、少々お待ちください」


 そう言って席を立ち、バックヤードへと消えた。


 少しして、金属を打ち付ける音が耳に届く。時には強めに、時にはリズミカルに。


 その音が止むと、バックヤードへと続くドアからアリサが戻ってきた。


「こちらがゴーギャンさんの冒険者証となります。お間違えがないかご確認ください」


 カウンター上に置かれたプレートを手に取り、刻まれた内容を確かめる魔魅。


 表面には名前と出身地が刻まれ、裏面には登録番号と思われる文字が刻まれていた。


(シリアルナンバーみたいなものか……あれ?)


 ふと、魔魅は思い出した。


『そういえば、プレートは二枚ありましたよね? もう一枚はどこに……?』

「それでしたら、ギルドで保管させていただいてますよ」


 死亡時はもとより、紛失や損壊時に使われるのだとアリサは話す。


「荒っぽい方々が多い職業ですから」


 むしろ荒っぽくない冒険者などいるのだろうか?


「これで手続きは終了です。本日付をもって、ゴーギャンさんは正式に冒険者となりました」


 おめでとうございます、とアリサは控えめに手を叩いた。


「さて、続きましては――」

『まだ何かあるの!?』


 魔魅の驚きの声がギルド内に響き渡った。

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