三 メタルヒーロー、連行される。
陽光も届かないような森の奥深くに、その町は築かれていた。
周囲に生える大木を切り出して造られたと思しき強固な防壁が、町並みをすっぽりと覆い隠している。
その姿はまるで、森の中に築かれた砦のようだと魔魅は思っていた。
そして魔魅たちの行く手には、魔魅の身長の三倍はあろうかという巨大な門扉が聳え、その前には町へ入ろうとする人々が列を作っていた。
傷だらけだが、妙に手入れの行き届いた鎧を着込んだ冒険者風の男。頭からすっぽりとローブを被り、顔の見えない魔導士風の人物。
商人風の男が御者をする幌付きの立派な馬車が数台。かと思えば、野菜などが積まれた荷台をロバらしき動物が曳いている。
魔魅たちがそれに並ぶと、後からやってきた者たちが後ろに並び、あっという間に最後尾ではなくなった。
『ずいぶん混んでるわね……』
「普段はそうでもないんだけどな、ちょうどキャラバンの到着と被っちまったらしい」
『へえ、ずいぶんと人気がある町みたいね』
「そうだな。エストリアの中でも相当賑わっている町だと思うぜ。オイラはよ」
エストリア。また一つ、魔魅の知らない地名が増えた。
『エストリアってのはこの町のこと?』
「何言ってんだよ。エストリアはここさ」
そう言って地面に指を差すナミル。
「この島がエストリアって言うんだ。大陸の地図にもしっかり載ってんだろ?」
『あ、ああ。そうね。長旅ですっかり忘れていたわ』
顔を兜で覆われていて助かった、と魔魅は思った。
「次の者!」
金属製の鎧に身を包み、槍を携えた兵士が、門扉のそばで叫んだ。列が少しずつ前へと進むたびに、魔魅の不安が大きくなる。
『私、身分証とか持ってないんだけど、大丈夫かな』
前に並ぶナミルが驚きの顔で振り返る。
「え? 持ってねぇの?」
『……うん』
「そうなると、入市税を払わなきゃならねえんだけど、ゴーギャンは金。いくら持ってる?」
『え?』
お金。この世界の通貨だ。もちろんそんな物は持ち合わせてはいない。どう言おうか、と視線を落とすと、布切れで作った簡素な包みに目がいった。
『これくらいしか持ち合わせてない』
緑色の液体が染みた包みを持ち上げてナミルに見せると、魔魅の後ろで並んでいた者が顔を顰めてわずかに後退る。
それをHUDのレーダーが感知した。
「そんなの渡されても、門番の奴ら困るだけだって」
ですよね、と魔魅は心の中で思う。
「仕方ねえ。今はオイラが出してやるから、後で倍にして返してくれよ」
『わかった。ありがとう』
「……冗談だよ」
今のは冒険者仲間の間じゃよくある冗談だよ、とナミルは呆れたように頬を掻いた。けれど魔魅は、見ず知らずの自分に何かと手を貸してくれるナミルに、心底そう思っていた。
「次の者!」
とうとうナミルたちの番が回ってきた。手のひらを空に向けて出せ、と言わんばかりに指を動かす兵士。
ナミルは首から下げている赤銅色のプレートを外し、兵士へと渡す。
「ふむ……」
兵士はプレートの両面を眺め、最後にナミルを一瞥してプレートを突き返した。
「通ってよし」
「へへ。サンキュ」
次は魔魅の番だ。
兵士はナミルの時と同じように、出せと言わんばかりに指を動かす。
ない物を乗せられるわけがない。視線でナミルに助けを求めると、それに気付いたか気付かないかはわからないが、代わりにナミルの豹柄の手が乗せられた。
兵士が怪訝そうにそのもふもふの主を見ると、ナミルはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべていた。
そして兵士は気づく。ふにふにとした肉球の下から、何か硬いものが押しつけられていることに。
「とっといてくれ」
ナミルがそっと手を退ける。
兵士の手の中には、銀色に輝く硬貨が一枚残されていた。
「すまんが、入市税は銀貨二枚だぞ」
「えっ。あ、あれ? そうだっけ?」
「そうだ。それと、この者の身元はお前が責任をもって保証するんだからな」
「わ、わかったよ」
そう言って、ナミルは残りの一枚を手渡した。
◆
門を潜ると、道路脇に並ぶ屋台から威勢のいい声が聞こえてきた。
串焼き屋では、炙られた肉から脂がしたたり落ち、火元から香ばしい煙が立ち昇っている。
また、スープを提供する店では、大鍋から香辛料の香りが漂っていた。
それらの匂いはナミルの鼻を大いに刺激し、容赦なく空腹を誘った。
一方で、気密性の高い星殻鎧に身を包んだ魔魅には、その香りを直接感じることはできなかった。
『結構賑わっているのね』
「ああ。今は夕食の買い出しやらで少し混み気味かな」
この後夜になると、賑やかさが増すという。
「おっと、そうだ」
そう言ってナミルは魔魅に向き直った。
「ようこそ。酒蔵の町、マーテルへ」
両腕を広げ、歓迎の仕草をするナミル。
『酒蔵……?』
「そうさ。ここで作る酒はとにかく美味い。美味い上にじょうきようそ……なんだっけ」
ナミルは言葉に詰まり上を向いて頬を掻いた。
「な、なんか元気が湧いてくるんだ」
(じょうきようそ……もしかして、滋養強壮のことかしら?)
養◯酒と同じか、と魔魅は結論付けた。
『それでこれからどうするの?』
「そうだな。まずはそいつを換金しないとな」
ナミルは魔魅の持つ包を指差した。
「それと、冒険者登録だな。あれば入市税を払わなくて済む」
『それじゃあ、行き先は冒険者ギルドだね』
「お、わかってきたじゃねーか」
それじゃ案内するぜ、とナミルが歩き出そうとした時、後ろから二人を呼び止める声がした。
振り向くと、門扉のところにいた兵士が駆けてくるのが見えた。
「なんだ?」
「その包みの中身を確認していなかった。何が入っている?」
兵士が指差した包を魔魅は目の高さに持ち上げた。
「こいつはゴブリンの討伐証明の耳だよ。これからギルドに持ち込むところだ」
「ゴブリン? ゴブリンと戦ったのか?」
眉を顰める兵士に、ナミルはおや、と内心で首を傾げた。
「そんなに変なことなのかい?」
「ああ、いや。そうではない。少し話を聞きたいだけだ。守備隊本部までご同行願えないだろうか?」
「そりゃ、構わねえけど……ゴーギャンもそれでいいか?」
『私も別に構わないよ』
「そうか、助かる。こっちだ」
兵士に案内されて、魔魅とナミルは守備隊本部へと向かった。
☆ ☆ ☆
深緑の町マーテルの門より進むことしばし、町の中心に近い場所にその建物はあった。
――マーテル守備隊本部。
入り口には、槍を持つ兵士が周囲の警戒にあたり、開け放たれたままの扉の向こうでは、隊員が忙しそうに動いている。
門の兵士に案内されて魔魅とナミルが建物内に入ると同時に、忙しそうにしていた職員たちの手が止まる。
その視線を集めていたのが、ゴーギャンのコンバットスーツだ。
朧げながらも周りの景色を映し出すほどに磨かれた甲冑は、良くも悪くも人々の目に留まる。
奇異、興味、恐れ。それらの視線に見送られながら、魔魅たちは小さな部屋に案内された。
広さは四畳くらいだろう。部屋の中央には木製の机が一つに椅子が四つ。離れた壁際に小さな机と椅子が一つ。
軋みを上げる椅子に、メタルヒーローがちょこんと座る姿など、ちびっ子たちには想像もつかないだろう。
ドアがガチャリと開けられる。入室してきた男は、四十を少し過ぎた年頃だろうか。
短く刈り込んだ黒髪には、わずかばかりに白髪が混じり、あごには無精髭が伸びている。その容姿を見て魔魅は、まるで外タレみたいだと思っていた。
「すまんな、遅くなった。マーテル守備隊を預かる、アランだ」
木製の椅子が鎧の重さに悲鳴を上げた。
「冒険者のナミルだ」
『ゴーギャンです』
アランはゴーギャンに一瞥して、そうか、と短く返した。
「地図を」
「はい。こちらです」
背後に控えていた兵士が、持っていた羊皮紙をアランに渡す。
それを広げて、アランは地図の上に手のひらをかざした。
「それで、ゴブリンと戦ったのはどの辺りかな?」
地理に疎い魔魅が、HUDに記録された移動データから位置を割り出そうとしていると、ナミルが迷いなく手を伸ばした。
「ここだ」
ナミルが指先で示したのは、マーテルより王都に向かって半日ほど歩いた街道沿いにある休憩所、その北側。
「なるほどな……」
アランは顎に手を当てて、背もたれに寄り掛かる。椅子が再び軋みを上げた。
「なあ、一体何なんだ?」
地図を見ながら考え事をしていたアランが、ナミルへと視線を向ける。
「ナミルと言ったな。この町で何が作られているかは知っているだろう?」
「そりゃまあ、酒。だろ?」
ナミルが自信なさげに答えると、アランはコクリと頷いた。それを見てナミルは安堵した。
「そうだ。この町では、エストリアで非常に人気の高い酒を製造している。我が国、アムタリア王国の主産業でもある」
「え。そうなの?」
主産業とまでは知らなかったらしい。アランの眉がわずかに動いたのを魔魅は見逃さなかった。
「良質な酒を作るには、良質な水が欠かせない。白天連峰から齎される清らかな水は、この町にとっての命といえる」
それはもっともだと魔魅は内心で頷いていた。
「水源近くを薄汚いゴブリン共が徘徊していると噂が立とうものなら、行商人や旅人の足は遠のき、町は瞬く間に干上がってしまうだろう」
そのため、ゴブリンの動向には目を光らせているのだという。
「今回は守備隊に来てもらったわけだが、報告はギルドでも構わない。何かおかしな点に気付いたら報告してもらえると助かる」
「おかしな点ねえ……」
何かあったかな、と頬を掻くナミル。
「ああ、そういえば。ゴブリンの一体がおかしな動きをしていたな」
「おかしな動き?」
ナミルの話に興味をひいたのか、アランは机に肘を付いて前のめりになった。
「あ、ああ。ゴーギャンとやり合っていた一匹が囮となって、別の一匹が背後を襲う。なんてことをしていたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、アランの目つきが変わった。
「あいつらが連携して相手を倒そうなんて、おかしいだろ?」
「確かにな……情報提供感謝する。何かあったら、また報告してくれ」
言ってアランは椅子を跳ね飛ばすように勢いよく立つと、踵を返して部屋を出ていった。その顔は、入ってきた時とはまるで別人のような表情だった。
「どうぞ、外までご案内します」
残された兵士は開いたままのドアを手で差し示し、魔魅たちを先導して歩いて行った。
◆
表に出ると、辺りは薄暗くなり始めていた。町にはちらほらと明かりが灯り、心なしか道ゆく人の足も早かった。
見上げると空はまだ青い。その空を見つめながらナミルはどうするか、と呟いた。
「余計な手間がかかっちまったしな……」
ナミルはチラリとゴーギャンを盗み見る。宿に行くにしろ、彼は今夜の宿代すら持ち合わせていないだろう。
ならば行き先はあそこだな、とナミルは頷いた。
「冒険者ギルドへ行こう。そいつを換金しなきゃな」
ナミルはゴーギャンの持つ包みを指差すと、ゴーギャンは胸の高さに包みを持ち上げる。
『了解』
「ギルドはすぐそこだ」
歩き出したナミルの背を追って、小走りで駆け寄るメタルヒーロー。聞こえてくる町の喧騒が、酒の入った者たちによるものなのか、それとも周囲を映し出すほど磨かれた白銀の甲冑を見てのものなのか、魔魅にはわからなかった。




