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二 メタルヒーロー、豹猫族の少女と出会う。

 森の中に築かれた町から、歩いて約半日。街道沿いを流れる川のほとりに設けられた小さな広場に、一人の少女がいた。


 猫のような面長の顔。丸みを帯びた耳。背後では、持ち主の感情を隠すのが苦手な長い尻尾が、ゆらゆらと揺れている。


 名はナミル。豹猫族(ひょうびょうぞく)と呼ばれる亜人の少女だ。


 彼女は水袋の口を川に沈め、満たされていく様子を眺めながら、小さくため息を吐いた。


「王都まで十四日。旅費を稼ぐのがこんなに大変だったとは思わなかったな……」


 宿代に食事代に装備の手入れ。幼少の頃に思い描いていた、魔物をバッタバッタと薙ぎ倒して、名の知れた冒険者になる、という夢は、金という現実の前に足踏みを余儀なくされていた。


「マッドイーター狩りが楽にできりゃ、薬草採取なんかよりも稼げるんだけどな」


 囮に使う家畜が高すぎて割に合わない。ナミルはそう呟き、腰に手を当てて背筋を伸ばした。


 ――とその時、ピンと立っているナミルの耳に、奇妙な音が聞こえてきた。


 ドン、という空気を震わせたような音に続き、メキメキと樹木が裂けるような音。そして最後に、足元に揺れを感じた。


「木が倒れた音……?」


 そんなバカな、とナミルは思った。


「町の防壁に使われるほど堅い木だぞ!?」


 もしも、そんな木を倒すような化け物がいるのなら、それは町にとって……いや、国にとっても一大事だ。


「どうする? このままギルドに報告するか……?」


 それが一番の安全策だ。けれど、彼女の功名心がナミルをその場に釘付けた。


「もし、どんな化け物かを詳細に報告することができたなら、ナミルの名を成さしめることが叶うんだぞ」


 彼女の内なる声がそう囁く。


「け、けどよ。オイラの身に何かあったら、町だけじゃなく国までも危険に晒されるんだぞ?」


 ナミルは内なる声にそう返した。


「だったら、遠くからコッソリと見ればいい」

「え……?」

「遠くから覗き見て、やばくなったら逃げればいい。豹猫族(ひょうびょうぞく)の脚に敵う者なんざ、この島にそれほど多くはないだろう? ましてや、この深い森の中なら独壇場だ」

「独壇場……そういや、そうだな」


 よし、とパシッと手と拳を合わせるナミル。


「い、行くぞ」


 ゴクリと唾を飲み込み、森の中へと足を踏み込んだ。


 ◆


 深く薄暗い森の中。それでも夜目の利くナミルには、周囲の景色が昼間と大差なく見えていた。加えて、ピンと立つ耳には、今やハッキリとゴブリンの雄叫びが届いていた。


「この先か……」


 太い幹を背中に、前方を覗き見るナミル。


 目を数回瞬かせ、眉間にシワを寄せる。その視線の先では、白銀の全身甲冑を纏った人物が、四匹のゴブリンを相手に奇妙な戦いを繰り広げていた。


「なんだ。化け物なんていないじゃないか」


 そこにいるのは、ゴブリンの動きに翻弄され、手にした武器らしきものを振り回すだけの素人としか思えない人物。


 その武器に、ナミルは目を見張る。


「な、なんだ。あの光る棒は……」


 武器が光るなんて見たことも聞いたこともない。ナミルの関心はその光り輝く棒へと向けられた。


 ゴブリンの一匹が、棍棒を振り上げ甲冑に襲いかかる。甲冑の方はというと、その棍棒ごとゴブリンを苦もなく両断した。


「な……」


 ゴブリンを両断してなお止まらなかった光る棒が、その背後にそびえる大木の幹を薙いだ。


 一拍遅れて、巨木がメキメキと音を立てて傾き始める。その先にいたのは、ナミルだった。


「あっぶっ!」


 ナミルは咄嗟に地面を蹴り、横へ飛んで地面を転がった。一瞬遅れて、つい今しがたまでナミルがいた場所に巨木が倒れ込み、凄まじい地響きを轟かせた。


 ナミルの額に大粒の冷や汗が流れ落ちる。


「あ、危うく死ぬところだったぜ……」


 それにしても、とナミルは再び光る棒を見つめた。


「なんて切れ味なんだ。木こりが何日もかかって切り倒す木を一発かよ……」


 その切れ味に戦慄を覚えたナミル。内なる声が再び囁いた。


「あれを手に入れれば、名声を得るのも簡単だぞ」

「ば、馬鹿野郎。そんなことをすればオイラは盗賊と同じになる。それはオイラが目指す冒険者とは違う!」


 その意志の強さに、内なる声も黙らざるを得なかった。


「ん?」


 内なる声との密かな決着を付けたナミルは、奇妙な動きをする一匹のゴブリンに気が付いた。


「なんだ、あいつ?」


 もう一匹のゴブリンが派手に動き回っているのに対して、このゴブリンは足音を立てないように、抜き足差し足で甲冑の死角へと回り込んでいく。


「ま、まさか。ゴブリンが連携を?」


 あり得ない、とナミルは目を見開く。


 ゴブリンは群れる。だが、群れることと連携することは違う。


 一匹が敵の注意を引き、その隙にもう一匹が死角へ回り込む――そんな戦い方をするほど、奴らは賢くない。


「あの甲冑の人は気付いてなさそうだな……」


 目の前のゴブリンに巧みに翻弄されている。甲冑を助けられるのは自分しかいない。


 そして、幸いなことに、忍び寄るゴブリンは、さらに後ろにいる自分に気付いていない。


 助ければきっと感謝されるだろう。そんな打算がナミルを次の行動に移した。


 ナミルは腰に巻いたベルトから、音がしないように短剣を抜き放つ。


 ゴブリンと同じように足を忍ばせ、襲い掛かろうとするゴブリンの背後に回り込んだ。


(よし、今だ!)


 ナミルは加速するために地面を強く踏みつける。――と同時に、甲冑を翻弄していたゴブリンが斬り伏せられた。


 甲冑は大きく振り抜いた姿勢のまま、一瞬動きを止める。それを好機と見た背後のゴブリンが、甲冑めがけて飛びかかった。


「あ……」


 ナミルの中で感謝という言葉がするりと抜け落ちた。直後、光る棒が背後から迫るゴブリンを体ごと回転させて断ち切った。


「え……?」


 ナミルは甲冑と目が合った気がしていた。


(気付いてたのかよ……)


 ナミルの目に光る棒を大きく振り上げる甲冑が映る。自分は地を蹴って既に加速段階に入っている。しかも、短剣を手に携えて。


 このままでは斬られる。瞬時にそう判断したナミルは、手に持つ短剣を手放して大声で叫んだ。


「うわっ! 待った待ったっ!」

『喋った!?』


 振り下ろされる寸前でピタリと止まった光る棒に、ナミルは心底安堵した。もしあれが振り下ろされていたらと思うと……ナミルは思考を放棄した。


『あなた、喋れるの?』

「あっ、当たり前だろ!? オイラをなんだと思ってるんだよ!」

『えっと……猫?』


 コテン、と首を傾げる甲冑に、ナミルは少し苛立った。


「豹猫族だ豹猫族! 聞いたことはないのか?」

『いえ、全く……』

「結構あちこちにいるんだけどな……」


 ナミルは頭を掻いた。


「んで? あんたは一体何者だ?」

『えっと。私は、ま……』

「ま?」


 言いかけて動きが止まった甲冑を覗き込むように見つめるナミル。


『あ、いや。……ゴーギャン、よ』

「ゴーギャンさんか。それで、この辺りには何をしに来たんだ?」

『何って……』


 魔魅はどう答えたものかと考える。正直に答えるべきか。ぼやかして答えるべきか。


 結局魔魅は、後者を選択した。


『ちょっと……ぶらりとね』

「へー。じゃあ、あれだろ? この町の名物目当てに来たんだろ?」

『町? 町があるの!?』

「お、おう。あるぜ」


 町という言葉に食い付いたゴーギャンに、ナミルは内心で訝しんだ。


 ぶらりと来たという割には、この先に町があることも知らない。


 甲冑を着ていることから、盗賊というわけではなさそうだ。しかしその胸には、この国のものではない紋章が付いている。


(どこかよその国の騎士か? いや、盗賊が鎧を奪った可能性もあるか……)


 一体何者だろう、とナミルは改めてゴーギャンを見る。全身甲冑で顔は見えない。


(背はオイラより低いから……だいたい一サッツ(メートル)六十イェン(センチ)……いや七十イェンってとこか)


 声からして中身は男だろう。


 なるほどなるほど、と頷くナミルに、何を納得しているのだろう、と魔魅は首を傾げる。


『ところで、あなたのお名前は?』

「おっとすまねぇ、オイラはナミル。見ての通り豹猫族だ」

『豹だったんだ……』


 言われてみれば確かに豹柄だ。もふもふしたらさぞかし気持ちが良いことだろう。


「それで、ゴーギャン、さんは、どこから来たんだ? あんた、この辺で生まれたやつじゃあないだろう?」

『ゴーギャンで構わないよ。私はね、ずっと遠いところから来たの』

「遠いところ? 草原の国エリヴェリア? それとも、山岳の国ドルガディアとかか?」


 そのどちらも魔魅には聞き覚えのない国。やっぱりここは異世界なんだと実感する。


『いえ、もっと遠いところよ』

「もっと遠い……?」


 ナミルはふむ、と考え込む。そしてハッと閃いたようにゴーギャンを見た。


「もしかして、大陸から来たのか!?」


 それなら、この奇妙な鎧も、見たことのない紋章も、彼が手にしている輝く棒も、大陸のものであるなら説明がつく。


(どうりで見たことのないものばかりなわけだぜ……ん?)


 ナミルの耳がピクリと動き、姿勢を正して森の暗がりを凝視する。突然のピリッとした空気に、魔魅は尋ねる。


『どうかしたの?』

「ん? ああ。ダイアウルフだ」


 ナミルがそう言うのとほぼ同時に、魔魅のHUDにも警告が流れ、浮かび上がったレーダーに複数の赤い点を捉えた。


「大方、ゴブリン共の血の匂いを嗅ぎ付けたんだろうぜ」

『戦うの……?』

「いや、奴らとやり合う必要はねえ。取るもん取って、町へ行こう」

『取るもん?』

「ああ。討伐したって証をな」

『それは何処にあるの?』


 ゴーギャンの問いに、ナミルはゴブリンに向かって指を差す。


「そこにあるじゃんか。耳だよ」

『……へ?』


 そう言ってナミルは腰から短剣を引き抜き、息絶えているゴブリンのそばにしゃがみ込んだ。


『耳をどうするの?』

「こうするんだ」


 ナミルはゴブリンに当てた短剣を躊躇なくスライドさせて耳を切り落とす。落とした耳をナミルは「ほらよ」と言って、魔魅へと放り投げた。


『わたたったっと』


 手の上に乗ったゴブリンの耳。切り口からドロリと緑色の液体が漏れる。そのさまを見てしまった魔魅は、何かが胃から逆流してきそうになって辛うじて持ち堪えた。


(あ、あびゅなっ。スーツの中で吐くところだった)


 ナミルといえば、平気な顔をして二匹目のゴブリンの耳に取り掛かっている。


『これ、売れるの?』

「ああ。薬草採取なんかより、高い報酬を出してくれるぜ?」


 銀貨一枚くらいだな、と言って二個目の耳を投げて寄越した。


 その後、三体目、四体目の耳を狩り終え、ゴーギャンの手の上には、計四つの耳が並んだ。


(あれ? ゴブリンは五匹じゃなかったっけ……? あ)


 初撃の必殺技を食らって爆発四散したのを思い出してしまい、再び胃の中が逆流しそうになった魔魅。


「よし。じゃあ、とっととずらかろうぜ」

『そ、そうね。それで、町はここから遠いの?』


「いや、そう遠くもないぜ」


 歩いて半日くらいだという。それの何処が遠くないのだろうか、と魔魅はつくづく現実との違いに驚くのだった。

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