ナギの憂鬱
最近、お兄ちゃんが変だ。
変、と言っても、いつも通りナギに過保護だし、学校に行くときもエスコートしてくれる。
でも、何処か、うわの空の様な、何か考え事をしている様な感じだ。
話しかければ答えてくれるけど、口数も減っている。
そして何より、あまり笑わなくなった。
いつもはナギの傍にいるときはずっと笑顔なのに、今では、話しかけてやっと少し笑う位になっている。ナギはこんなお兄ちゃんを見たことが無く、不安になってしまう。
しかも、今日は体調が悪い。女の人は皆、月に一度こうなる。
…ああ、憂鬱だ。ナギは子供が欲しい訳でも、そもそも良い相手なんていないのに。
あ、でも、お兄ちゃんなら…
ん?
…え!?ま、まって!今、ナギは何を考えたの!?え、嘘、ナギって、お兄ちゃんの事…
あ、あれ?だめ、頭が、まわって…
あれ?暖かくて、落ち着く。
「…!」
ん?なんだろう。
「…サ!…ギサ!」
おにい、ちゃん?
「おい!ナギサ!大丈夫か!意識はあるか!?」
ああ、これは、お兄ちゃんの煙。優しくて、暖かくて、包まれると、安心するの。
「…うん。だいじょう、ぶ」
「ほ、本当か?とりあえず、学校は休め。熱が出てる。」
「え、でも…」
「でもじゃない!いいから休め。お兄ちゃんの心臓が持たん。」
う、確かに、そんな気がする。
「コウキ、あなたは学校に行きなさい。お父さんも!」
お母さんが言う。
「おう、分かった。ナギサは頼むよ。」
お父さんは仕事に向かった。
「な、なんで!?こんなナギサは放っておけない!」
お兄ちゃんは言う。嬉しいけど、なんだかなぁ。
「だから私が看病します。これは、同じ女である、母の役目です。」
「え?あ、ああ。そ、そうなのか。ナギサ、大丈夫か?」
お兄ちゃんが納得したようだけど、まだ心配してくる。
「うん。お母さんがいるなら、大丈夫。」
ナギはそう答えた。なんでだろう、お兄ちゃんと話していると、胸が苦しくなる。
「そうか…じゃあ、行ってくる。何かあったら、これを握り締めろ。すぐに行く。」
お兄ちゃんは昔に、ずっと身に付けろとナギに渡してくれたお守りをナギに持たせ、部屋を出た。
お守りは暖かかった。お兄ちゃんの熱がそこに、いつまでもあるような気がして…
「朝ごはんは、おじや?それともゼリーとかの方が良い?」
お母さんが聞く。
「ゼリー。」
体が熱くて、冷やしたいの。
「はいはい。じゃあ、ちょっと待っててね。」
お母さんの優しい声がナギを包み込んでくれる。
「はい。食べれる?」
お母さんが聞いてくる。
「うん。」
ナギはゼリーの容器とスプーンを持ってゼリーを食べる。ナギの好きなブドウ味だ。
でも、少し苦みが強いような…
「ナギサ!?どうしたの?どこか痛いの?」
お母さんが心配そうにナギを見る。
…え?ナギ、何で泣いてるの?何でこんなに胸が苦しいの?
「あ、あれ?なんで、ナギ…」
止まらない。涙が溢れて、流れ続ける。ナギはたまらず、お母さんに抱き着いた。
「ナギサ、落ち着いて。ゆっくり、少しづつでいいわ。何か辛いことがあったのね?言いなさい、お母さんに。コウキには言えないのでしょう?」
お母さんは優しく、手を背中に回して子供をあやすように背中を叩く。
「う、ん。ぐすっ、ナギ、ナギね?お兄ちゃんが、好きなの。」
ナギは決意を固めて言った。
「ええ、知ってるわ。いつも仲良しだものね?」
お母さんがそう言う。ああ、そうじゃないよ。
「違うの。兄妹とかじゃなくて、女の人として、好きなの。」
ああ、言っちゃった。もう、取り消せない。
「まあ。あらあら、本当に双子なのねぇ。全く同じ事を言うから、お母さん、びっくりしちゃった。」
「え?」
どういう、事?
「コウキも…中学二年生の頃かしら。ナギサの事を妹としてじゃなく、異性として愛してしまうって言って、私に相談しに来たのよ。ふふふ、懐かしいわねえ。私、その時はパニックになっちゃったわ。」
お兄ちゃんも、同じ?じゃあ、あの時にナギに言ってくれた『愛している』は…
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう…ダメだ。すごく、嬉しい。
「あらあら、初々しいわねぇ。こんなに顔を真っ赤にしちゃって。」
お母さんがナギの頬をつつく。
「うぅ~、やめてよぉ。」
ナギは弱弱しい反応しかできなかった。
「でも、あの子、最近変なのよねぇ。」
お母さんが気になる事を言う。
「うん。元気が無い、のかな?よく考え事とかしてるみたい。」
それに、顔には出していないけど、とても…辛そう。
「ナギサが知らないなら、喧嘩したわけでもないんでしょう?」
うん。していない。ナギは頷く。
「うん。確か、体育祭が終わった頃くらいかな?お兄ちゃんがおかしくなったの。」
お兄ちゃんが『死煙』だってことを知ってしまったからでもなさそう。あの後は普通だった。
表彰台に上って、帰ってきたら、少しボーッとしていた。
そういえば、カエデちゃんも分かりにくかったけど、俯いていた?
まるでお兄ちゃんと顔を合わせないように…
「ナギと同じ?」
あ、口に出ちゃった。
「え?男の人は生理なんて無いのよ?」
お母さんが困惑している。
「あ、いや、ううん。そういえば、カエデちゃんもその時、様子が変だったような気がしたの。お兄ちゃんと顔を合わせないみたいに俯いてた。今のナギみ、たい…」
ナギは気が付いてしまったの。ううん。気が付いていたけど、分からないふりをし続けていたの。でも、もう誤魔化しけれない。
カエデちゃんは、お兄ちゃんの事が好きなんだ。最近、お兄ちゃんの様子がおかしかったのは、お兄ちゃんもカエデちゃんの事が…
だめ!やだやだやだ!考えたくない。でも、どうしても比べてしまう。妹のナギと、幼馴染のカエデちゃん。兄妹で恋人になるより、健全な付き合いになるのは…
二人の為になるのは…
「ナギサ、悩むくらいなら、想いの丈を打ち明けなさいな。どんな結果であろうと、言わなかったことを後悔するよりはましよ。」
お母さんがそう言う。
「…うん。そうだね、言葉にしないと、うまく伝わらないもの。」
怖い。苦しい。でも、後悔したくない。この気持ちを打ち明けたい。届かなくても、伝えたいの。
だから、ナギは待ちます。…あなたがこのドアを、開けるまで。




