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Chapter.78

 一緒に浜辺で遊んで、一緒に電車に乗って、一緒に駅を降りた。私の家まで送ってくれるという由上さんに、私は早速甘えた。

 由上さんの地元駅まで、ずっと手を繋いでいた。

 学校が終わるにはまだ少し早い時間だから誰にも会わないだろうけど、さすがに誰かに見られたらま照れくさいね、ってなって、名残惜しかったけど手を離す。馴染んでいた熱がなくなって、いつもより空気が冷たく感じる。

 もっと一緒にいたいなって思ったら、由上さんがもっと一緒にいれたらいいのにって言ってくれて……同じこと考えてたことを伝えたら、同じように喜んでくれた。

 朝までの憂鬱な気持ちは一転、幸せすぎて少し怖くなるくらいの多幸感に満ちる。こんな未来が待ってたんだって、驚きもする。

 夏休みに送ってもらったのと同じルートを辿る。あのときも嬉しかったけど、今日はもっと、もっと嬉しくて、なんだか泣きそうだ。

 今日はパパに邪魔されることもなく、ちゃんとバイバイすることができた。明日は少し早めに待ち合わせをして、一緒に学校に行く約束をした。

 部屋に戻って、急に実感が湧いてきた。

 うわー、うわーって頭の中の自分が騒いでる。うわー、嬉しい! って。なんだかいまならなんでもできそうな気になってくるくらいチカラが湧いてくる。

 やっぱり由上さんはすごい。人の気持ちをこんなに動かすことができるなんて。でも私が浮いた分、沈んでしまう人がいる。私はラッキーだっただけで、沈んでしまう側にいてもおかしくない。というか、こんなモブみたいな人、どこが良かったんだろう。

 さっきまで恋愛小説の主人公みたいな気持ちでいたけど、落ち着いたら気になってしまった。同情や哀れみでああいうことを言うような人ではないし、やっぱり、純粋に……こう、気に入っていただけたというか……そういう、私と同じ、気持ち? なんじゃないかとは思うけど……。

 この期に及んで確信が持てないでいるのは、ちゃんと言葉で伝えてもらってないから……でもそれは私も一緒だ。そのときになったらちゃんと、伝えなきゃ。

 そのとき――あと少ししたら始まる文化祭、それが終わったら……多分、後夜祭のことかな? って予想。

 ちょ、ちょっとちゃんとしないと……。

 やにわに気持ちが()いて、しばらく放っていたスキンケア用品を引っ張り出す。

 ……お風呂あがりのほうがいいかな。

 考え直して押し戻した手で、こちらも放置していたルーズリーフを取り出した。空白になっていた数日間を、少しずつ埋めていく。

 つらかった日々の記憶が曖昧だけど……それでも覚えてはいるから、吐き出すようにペンを走らせた。

 嫌がらせを受けていたこと、とてもつらかったこと、あんなに楽しかった学校に行きたくなくなったこと、津嶋くんが助けてくれたこと、初音ちゃんに心配をかけてしまったこと、由上さんを寂しがらせていたこと――。

 綴る間そのときの感情がよみがえるけど、でももうそれは、過去のこと。いまは――。

 今日の出来事を書いていくうちに、どんどん笑顔になっていく。借りたままのジャケットから、微かに由上さんの香りがする。柔軟剤と、整髪料と、由上さんから醸し出されるそれらが混ざった、好ましくて、なぜか懐かしいその香りに包まれながら書く日記は、いままでのどの日よりも光り輝く内容になった。

 こちらも久しぶりに開く【チェックリスト】のページを指でなぞる。


 ■男らしい所を見せてくれる

 ■辛いとき気付いてくれる

 ■特別扱いしてくれる

 ■困ってるときに助けてくれる


 一気に塗りつぶした四角。でももう、必要ないのかな、これ……。

 作ったときはどこかで『思い出づくりに』って考えがあって、でももう『思い出』じゃきっと、満足できなくなっていて……。

 それにやっぱり、もしなにかがあって由上さんに知られたら、さすがに気持ち悪いんじゃないかな……。

 でもきっと、これからも続けちゃうんだろうな……いつかまた、これが心の支えになるときがくるかもしれないし。

 いままでは心の支えになっていたチェックリストの存在を見つめ直す時期にきたのかもしれないなぁって考えながら、ルーズリーフを閉じて元の場所に戻した。


* * *


 次の日、いつもより少し早めに家を出た。今日は駅で由上さんと待ち合わせをしてるから、学校に行くのも怖くない。

 むしろ昨日の夜はお風呂上りにスキンケアとかヘアケアとかして、しばらくサボっていたリンパマッサージなんかもしちゃって、いつもより調子がいいくらいだ。

 昨日、体調不良で休んだとは思えないくらい……と気づいて、あんまり良くなかったかな、って反省してももう遅い。あと一駅で音ノ羽学園前駅に着いてしまう。

 ……まぁ、そこまで深く突っ込んでくる人もいないよね、きっと。

 昨日のドキドキとは違うドキドキを胸にかかえながら、停車した電車から降りた。よし、改札へ、と思ってホームの前を見たら、ピンク色が目に入った。

 驚いて、少し小走りにベンチへ近づく。

「よっ、由上さん」

「お。おはよ」

 由上さんは私の声に顔をあげて、笑みを浮かべた。

「おはようございます。すみません、お待たせして」

「いーのいーの。オレが勝手に早く来ちゃっただけだから」

 言いながら立ち上がって

「じゃ、行こっか」

 出口を指しながら、私に微笑みかけてくれた。


 昨日の朝は進めなかった道を由上さんと二人で歩く。いつもと同じはずの風景が、今日はキラキラ輝いて見える。

 気持ち一つで世界の見え方がこんなに違うなんて、人生って面白いなって思う。

 手を繋いだりはしていないけど、なんだか心が繋がってる感じ。それにもう、二人でいるところを誰かに見られても大丈夫だから、ビクビクうかがったりはしない。

 ただ二人でおだやかに会話して、教室へ行かなくてはならない時間になるまで“秘密の場所”でぼんやりしてるだけで、本当に気持ちが落ち着く。学校に来るのが憂鬱だった昨日までの気持ちが、もう遠い昔のよう


 こうして、私はもう学校をサボることなく、毎日由上さんと一緒に登校するようになった。

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