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Chapter.74

 帰宅して自室に戻って、そのままベッドに寝ころんだ。私服に着替える気力もない。

 部屋から見える空も、電車内から見えた空と同じく青い。でも私の心は黒い雲がかかったまま。

 もう終わり。決めたはずなのに、ルーズリーフの手帳からチェックリストを外す決心がつかない。これがなくなったら、本当に終わってしまう、どこかでそう思っているから。

 本当に終わりなのになぁ。

 どこか俯瞰視点な自分が、あーあとため息をつく。

 あんなにひどいことしたくせに、それでもまだ続いていくかも、なんて都合のいいことを期待している自分ってなんなんだろう。

 自分を罵って、否定して、それでも足りないくらいの後悔と懺悔と……接続詞のない言葉が浮かんでは消えていく。

 電車の中から見た由上さんの表情が浮かんで、胸が苦しくなる。

 なにを言おうとしてくれてたんだろう。なんで追ってきてくれてたんだろう。

 あのあと、どうしたんだろう……。

 力が入らない身体とは逆に、頭は冴えて色々考えてしまう。

 そうしているうちにも時間は経って、気づいたら窓の外は暗くなっていた。このまま眠ってしまおうか。そう考えていると、部屋のドアがノックされた。

「みーなー。ごはんできたってー」

 おねーちゃんだ。

 返事をするのも面倒くさいけど、勝手に入ってこられても面倒だから、のそのそ起きてドアを開ける。

「今日は唐揚げだっ……どしたの」

 顔を見るや、おねーちゃんがいぶかしげな声を上げた。私の顔が相当ひどいらしい。

「電気点けなよ。ってかまだ制服だし。具合悪い?」

「ううん、病気とかじゃない」

「どうする? ごはん。無理そうだったら言っておくけど」

「んー、おなか減ってないから、悪いけど、やめとく」

「うん。減ったら降りるように言ったって言っておくから」

「ありがとう」

「はいはい」

 おねーちゃんは軽く手を挙げてドアを閉めた。

 力なくドアを閉めて、またベッドに横になる。こういうとき、おねーちゃんのドライな性格には助けられる。

 いつも明るくて、元気で、見た目にも気を使ってるおねーちゃんみたいな人だったら、由上さんの隣にいても許してもらえたのだろうか。

 許すって、誰に?

 もう一人の自分が疑問に思う。別に誰かに許してもらわなきゃいけないようなことじゃないじゃん、って。

 結局は自分の気持ち次第なんだろう。自信があれば、きっとこんな風に引け目を感じることもなくて、誰かに嫌な思いさせたり、誰かを傷つけたりしなくて済む。

 じわりと涙がにじむ。視界がぼやけて湾曲した。


 ――好きだったんだ。


 確信してももう遅い。

 “憧れ”とか“尊敬”とかじゃなくて、私は由上さんのことが好き。過去形じゃない。もうどうしようもなく好きになってる。なのに、その気持ちすら踏みにじって、手放してしまった。ばかみたいだ。

 青春が甘酸っぱいなんて、誰が言ったんだろう。

 ただただ苦くてしょっぱいだけの私のこの人生はなんなんだろう。大人になったら“思春期”という言葉で終わらせられるようになるのかな。

 こんなにも苦しくて、つらくて、悲しいこの“いま”を……。

 のそりと起き上がって、ようやく制服を脱ぎ始める。

 クローゼットを開けて、部屋着を出して、床に座ったままモソモソ着替える。

 明日も……朝になったら起きて、着替えて、電車に乗って……。

 明日、会ったら、どんな顔したらいいだろう。どんな顔もしなくていいかな。私はモブです。ただの“ヒト”です。ただここにいるだけなので、お気になさらず……。

 そうしたら、由上さんもきっと、もう私のことなんて……。

 そう考えるだけで涙があふれてくる。

 やめるのは簡単だ。ただ手放せばいい。あとのことなどなにも考えず、最初からなにもなかったように振る舞えばいい。慣れてる。だから大丈夫。だけど――そうするには、もらったものが多すぎた。

 あんなに嬉しくて楽しくて幸せだった気持ちが、幻のように消えていく。パチンと弾ける音すら聞こえず、ただ静かにしぼんで、消えてしまった。

 私はただ由上さんの優しさに甘えていただけ。ただそれだけ。私はなにもしていない、できていない。

 だから私はもうなにもしない。なにもない。

 由上さんとお話する楽しさも、幸福感も、チェックリストが埋まっていく嬉しさも、もう味わうことができない。

 いままではその思い出があれば大丈夫だと思っていたけど、いまはもう、その思い出があることも寂しさを増長させる要素になってしまった。

 もっともっと、大切にすれば良かった。

 そう思っても、時が戻ることはなかった。

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