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Chapter.72

 地元駅で電車に乗ろうとしたけど、足が動かない。

 ――学校、行きたくないかも。

 それでもサボる勇気もなくて、結局学校行くしかない。なににおいても意気地(いくじ)なしな私は、前にも後ろにも動くことができない。

 重い足をひきずるようにして乗車した。乗ってしまえば、あとは自動で学校の最寄り駅まで運んでくれる。

 私服で登校したら、サボりやすかったりするかな? と考える私は、予備の学校指定シャツに身を包んでいる。制服の汚れは全部キレイにはならなくて、替わりの制服を引っ張り出した。

 まだ着られる服を無駄にしてしまった、という罪悪感も相まって、新品の服なのになにも嬉しくない。

 ふぅ、と息を吐きながら電車に揺られつつ、またいつか、学校に来るのが楽しくなる日がくるかな、なんて考える。

 私が由上さんと距離を置いて、なにも関わらなくなったら、また……。

 いまのつらい環境は、一部の人たちからの嫌がらせ(?)が原因なんだし、それさえなくなれば……また、きっと。

『次は、音ノ羽学園前です。』

 車内アナウンスが聞こえると、胃が痛くなる。今日も学校に、教室に行かなくちゃって。

 大丈夫。また授業が始まるまでの間、どこかに潜んでいればいい。授業が始まって人と交流を持たなくても良くなれば、重い気持ちも少し晴れるから。

 授業は楽しいんだ。知らないことを知ったり、わからないことがわかったりする。理解ができればすぐに問題は解決する。ちゃんと答えがあるから。

 今回のことも、原因はわかってるんだから、答えだってすぐに導き出せる。なのに……なのに、なんだよなぁ……。

 電車を降りて改札を出て……少し周囲をうかがって、誰もいないのを確認してから学校へ向かった。

 できれば今日も、津嶋くんがいてくれたら、少しは気が楽になったかな、って思うけど、そんな都合のいいことはなくて。

 お願いしたらきっと一緒に行ってくれるだろうけど……そこまで甘えるのは良くない。

 普段なら普通に履き替えていた室内履きも、最近は良くチェックするようになってしまった。疑い深いのは良くないけど、椅子に接着剤、とかやる人たちだ。下校したら無防備になる靴はねらい目かもしれない。

 靴の内側と外側と底の部分と……うん、大丈夫、なはず。

 履き替えて、なにもないのを確認して思い出した。

 今日私、日直じゃなかったっけ。

 時間はちょっと早いけど、学校が開いてるってことは先生もいるはず。

 職員室に立ち寄って、相良先生に挨拶をした。

「今日、私、日直ですよね……」

「うん、そうだな。なんだ、珍しいな。天椙がそういうの忘れるの」

「ちょっと、うっかりしてました」

 はは、と乾いた笑いを浮かべる。

「なにかあったら先生に相談してな。できることはなんでもするから」

「ありがとうございます」

 学級日誌を受け取って、お辞儀をして職員室を出た。

 先生の言葉に、由上さんからのメッセを思い出す。

 手を差し伸べてくれるのは嬉しいけど、頼るわけにはいかない。

 結局昨日のメッセも既読にしないままだし……由上さん、どう思ってるかな……。もうあいつのことはいいやってなってるかな……。

 誰もいないうちに教室に行って、日直の仕事をサッと済ませる。朝の準備が終わっていれば、あとは授業の間に号令をかけたり、集めるプリントがあれば集めたり、学級日誌書いたりするだけ。

 朝やることが全部終わったのを確認して、誰も来ないうちに教室を出た。今日はできれば誰とも交流しなくていいようにしたい。そういうときは、図書室にこもるに限る。

 図書室へ向かう途中、グラウンドから複数名の声が聞こえた。部活の朝練をやってるみたい。

 大変そうだなって眺めながら図書室の入り口をくぐる。ここはいつ来ても落ち着ける。誰とも喋らなくてもいい。誰かから声をかけられることもない。

 戦えないなら逃げるしかない。私には逃げる場所がある。だから、大丈夫……。

 ロフト(いつも)の席に行ったら出られなくなりそうで、階段をのぼらずに席に着いた。バッグを開けて中から教科書とノートを取りだす。今日はあまり長居できないけど、それでも少し、心が落ち着いてきた。

 学生の本分は勉強、という言葉を隠れ蓑にして、どうしたらいいのかわからなくなった人間関係から逃げ出した私を、誰か責めたりするだろうか。

 止められない時間を恨めしく思いながら、束の間の安らぎに身をゆだねた。


* * *


 ホームルームが始まる前に、図書室はいったん閉まってしまう。仕方なく教室へ行って、誰とも挨拶をせずにそそくさと席に着く。すぐに先生がやってきたから、日直の仕事をこなす。授業中は安心。休み時間はみんな授業の準備したりトイレ行ったりして忙しいから、特に問題ない。

 一番長いお昼休みにはそっと教室を抜け出して、屋上でご飯を食べた。

 誰にもなにもされない、一年のころと同じ学園生活。あのころは寂しかったけど、いまはこれがいい。安心する。

 文化祭の準備はもう佳境で、あとは各自個別で衣装を作ったり準備したりするだけ。今日は放課後に日直の仕事内容を先生に報告すれば帰ることができる。

 初音ちゃんも部活の日だから帰りの約束してないし、一人で気ままに帰宅することにする。

 昼休みあとの授業も終え、職員室へ行って先生に学級日誌を渡し、日直の仕事を終えて教室に戻ろうとして、気配を潜める羽目になった。入ろうとした教室から「あますぎさぁー」不機嫌そうな女子の声が聞こえたからだ。

(甘すぎ……の沖縄弁だといいn)

「あいつ最近、なんか被害者ぶってない?」

(あぁ。私だ)

「わかるー」

 思考を遮ったのは椎さん、それに同意したのは恵井さんの声だ。開いたドアからそっと室内を覗くと、恵井さんが机に、椎さんが椅子に座って足を投げ出し、向かい合って話している。

「しかも蒼和様のこと無視してるくない?」

「そうそう! なにあの塩対応! 失礼だっての」

「蒼和様の優しさにつけこんじゃってさぁ、同情されようとして必死じゃんね」

「ブスだから気の毒に思われてるだけだっつーのな!」

「それな!」

 なんて悪口を、私は廊下にしゃがみこんで気配を消しながら聞いていた。そうか……彼女たちにはそう見えてるんだ……って絶望しながら。

 彼女たちが出て来るまでにここを去らなければ、盗み聞きしているのがバレてしまう。とりあえず、いまはもう無人の隣の教室へ逃げ込もうと、少しずつ身体を回転させて方向転換した廊下の先に、由上さんがいた。遠目にもわかるくらいパッと笑顔になって、それでも少し首をかしげて不思議そうにしてる。そりゃそうだよね。私、廊下にしゃがみこんでるんだから。

 駆け寄って来そうな雰囲気を察知して、右手を広げて前に出し、左手の人差し指を口元に当てた。

 察しのいい由上さんはそれで異変に気付いてくれたらしく、忍び足でそっと近付いてきて、私の隣にしゃがみこんだ。

「どうし」

「だからマジ、どうにかしないとだよね〜」

 由上さんの忍び声が椎さんの声に掻き消される。

「……それ、あますぎの机だよね」

「カバンまだあんね、まだ学校いんのかな」

「今日あいつ日直だったんじゃね?」

「そうだ、毎回号令で声聞くのウツんなるわーって思ってたんだった」

 キャハハハ。甲高い笑い声が響く。

 その陰口を自分が聞いていることより、由上さんに聞かれていることのほうが苦痛で息苦しくなる。

 会話の一片で状況がわかったらしい由上さんから表情がなくなった。私の胃がシクシク痛み出す。いまにも飛び出しそうな由上さんを、開いた両手と首を横に振る動きで止める。だけど……

「中身、捨てとくかぁ」

 ガタンと音がした。床と椅子か机の脚が擦れる音だ。行動するために立ち上がったとわかる。同時に、由上さんも立ち上がって教室内へ入って行った。

(うそ……)

 止めたいけど、後をついて行くわけにはいかない。だって、私はここにはいないことになってるから。

「ねー」

「ひゃっ! 蒼和さ……くん」

 様付けは本人の前ではしないのが彼女たちのルールらしく、とっさに言い換えた。声色もさきほどより高くなってる。

「いま通りかかって聞いちゃったんだけど、なに? 他人(ヒト)のカバンの中身、捨てるとか言ってた?」

 努めて明るく言ってはいるけど、きっと真顔のままだ。

「えっ、いえっ、その……」

「なにかの聞き違いじゃ」

「あんたらがやってること、なんていうかわかる?」

 今度は由上さんが彼女たちの言葉をさえぎった。

 少しの沈黙。

 身体全体が心臓になったみたいに脈打ってるのがわかる。

 やめて……それ以上は言わないで……私なら大丈夫だから、由上さんに迷惑かかっちゃうから……。

 声にできない言葉が頭の中をグルグル巡る。すぐに立ち上がって、なにも知らない顔をして教室へ入れれば良かった。そうしたら……

「イジメってんだよ」

 ハッキリとしたその言葉を、聞かなくて済んだのに……。

 庇ってもらったのに、何故か胸が痛む。背中を冷たいものが走って、血の気が引いたのがわかった。薄々自覚していたけど、人に言われると現実味が増す。

 実感しなければ、気のせいだってやりすごせていたのに――。

「なんでそんなことすんの?」

 恵井さんも椎さんも、黙ったまま由上さんの言葉を聞いている。

 由上さんの気持ちも行動も嬉しい。だけど……。

 頭の奥の方からジワジワ痛みが沸いてくる。頭痛が音を立てて忍び寄ってくる。

「彼女のなにが気に入らないの? 彼女、あんたらになんかした?」

 頭の芯がクラクラする。少し貧血になっているらしいと自覚するけど、どうしようもできない。

「そ、それは……ない、ですけど……」

「じゃあなんで」

「蒼和、くんは」絞り出すような声が、由上さんの言葉を遮った。「あますぎ……さんとはどういう、関係なんですか……」

 ふり絞るような声は、苦しそうにかすれ、震えている。

 好きで、憧れている人に責め立てられたら……私だったら声が出せないと思う。だからもう、やめてほしい。私なら大丈夫だから……。

「どういうって、いま関係なくない?」

 怒り気味の口調に気圧され、二人が黙った。原因が自分にあることを知らない由上さんは、ここで自分の名前が出たことに疑問を感じたらしい。

「……最近、よく、話したりしてるから……」

「そうね。それがなに? え? それが原因ってこと?」

 由上さんの声に、あからさまに“怒り”がにじむ。

 もう教室内を見ることができない。恵井さんと椎さんは、いまどんな表情で由上さんの言葉を聞いているんだろう。私と同じように、泣き出しそうに歪んでいるだろうか。

「オレが天椙さんと話すからって、なんでそれがイジメに繋がるわけ?」

 私が責められてるんじゃないのに、由上さんの言葉に追い詰められていく。

 呼吸が浅くて息苦しくて、知らぬうちにシャツの胸の辺りを掴んでいた。

「それは……」

 言いよどむ椎さんに、

「あますぎ、さん、が……好き、なんですか」

 恵井さんが言葉を続けた。苦痛にゆがんだ声が痛々しい。

「オレは」

 由上さんが言い終わらない内に、身体が動いた。好きだろうと嫌いだろうと、由上さんが私のことをどう思っているのかなんて、聞きたくなんてない。

「やめてっ……!」

 ガタン!

 身体にぶつかったドアが鳴る。こういうときまで、私は締まらない。

「え……」

「いつから……」

 目を丸くし、口を開けた恵井さん、椎さんが視界に入る。そのすぐそばで、由上さんが驚き顔でこちらを見ているのが見えた。

「やめて、ください……。言われるような、ことしてる、私の……私が、配慮不足、だった……」

 喉につかえているなにかを出そうとすると、出そうとしていない言葉が一緒に出てしまう。自分が本当にそう思っているのかどうかもわからないままつむがれるその言葉は、聞いた人にとって真実になってしまう。

「も……もう、誤解、させるようなこと……しないので……!」

 だから、私がいま言ったことも、真実になる。

 誤解させるようなこと全部、由上さんとなにかすることをもう、しない。だから……もう、全部、終わりにしよう。


 教室内がシンと静まり返った。


 顔があげられないまま、三人がどんな顔をしているのかもわからないまま、私は机の上に置いてあったバッグを掴んで教室を飛び出した。

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