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Chapter.71

 美好さんと由上さんが一緒にいると絵になる。美男美女って感じ。恵井さん、椎さんも特に気にしてないのか、みんなで和気あいあいと作業していた。

 私は、初音ちゃんに一緒にいてもらうのが申し訳ないくらい無口になってしまったのに、初音ちゃんはなにも言わずに、一緒にいてくれた。

 本当にありがたくて……でも申し訳なくて……。

 初音ちゃんと教室で別れて、こうべを垂れて校内を一人で歩いていたら、どこかから水が飛んできた。

「きゃー! ごめんなさい! ちょっと待っててください!」

 少し離れた、水が飛んできたであろう場所から、今度は声が飛んでくる。

 一瞬訳が分からなかったけど、どうやら私は水浸しになってしまったようだ。目の前でぽたぽたとしずくが落ちている。

 周囲に人はあまりいなくて注目を浴びることもないけど、冷えた空気の中、濡れたままで待つのは案外苦痛だ。

「ほんとごめんなさい! ヒトがいるの気づかなくて!」

 言いながら駆けてくるその人に見覚えがあった。以前女子トイレで恵井さん、椎さんたちと一緒に私を取り囲んだ、由上さんのファンクラブの人だ。

 クラスも違って交流がないからわからないけど、あのとき五人の中心的存在だったから顔は覚えてる。あとから知ったのだけど、この人は由上さん(非公式)ファンクラブを立ち上げた“会長”らしい。

「ごめんなさい! ほんと、いたの気づかなくて!」

 “会長”は持っている布で頭や服を拭いてくれる。けれどその布は明らかに雑巾で、顔をかすめるたび少し、生乾きのにおいがする。

 チラホラ増えてきた下校中の生徒たちの視線にさらされながら、立ち尽くして“会長”の行動を受け入れるしかない私は考えていた。

 これ、拒んだら私が悪いみたいに見えるかな……だとしたらすごい計算。ぐうの音も出ない。いっそ出したほうがラクかなって思うけど、その気力すらいまはないから飲み込んで、

「大丈夫です。ありがとうございます」

 ひきつる笑顔で“会長”の手を止め、平謝りする彼女を残して損の場を去った。

 拭かれる前より汚れた制服の白。洗ったら落ちるだろうか。

 またママに謝りながら差し出さなければならない憂鬱を抱えて駅に向かう。

 なんか、自分からさっきの雑巾のにおいがする、気がする。

 電車に乗るのがためらわれたけど、歩いて帰るには距離があるから仕方なくホームへ移動する。

 濡れて束になった髪が重たく感じる。もう早く帰ってお風呂に入って眠ってしまいたい。

 まだ月曜日なのに週末かのような疲労感。身体というより、精神が疲れているみたい。

 周りの人に迷惑をかけないように、車両の端っこ、運転席スペースのすぐ脇に陣取って駅に着くのを待つ。

 いつものように電車に揺られているだけなのに、世界が揺れて、回っているみたい。やっと地元駅のホームに到着したときには、たった数駅が永遠のように感じていた。

 立っていられなくて、ホームのベンチに座る。

 少し休んで帰ろう。

 そう思っていたけれど、見送った電車が十数本になってしまった。完全に乾いていないワイシャツが風にさらされ、体温を奪っていく。

 これ以上ここにいたら風邪を引いてしまう。家には受験生のおねぇちゃんがいて、そんなのうつしたらサイアクだ。

 ゆらゆら揺れているように感じる地面を踏みしめて、なんとか帰路に着いた。

 リビングにいたママにまた謝って、心配されて、そのままお風呂に直行した。シャワーで髪や身体を洗う。周囲に充満した暖かな湯気が涙腺をゆるませる。

「だいじょうぶ……」

 私よりつらい人なんてもっとたくさんいる。学校なんて小さな世界、あと一年ちょっと経てば、よっぽどのことがない限り出ていかなきゃならなくなるんだから。ただその一年とちょっとが、いまの私には永遠なんじゃないかと思えるほど長い時間に感じてしまうってだけで……。

 明日……学校、行きたくないな……でも行かないと……。

 休むって選択肢はない。休んだら、そのままズルズル行かなくなってしまいそう。せっかく無理行って入らせてもらった学校なんだし、大学受験もあるし、ちゃんと行きたい。

 明日、起きたら全部リセットされてないかな。由上さんにも忘れられてて、私も全部忘れてて……そうしたら、いまとは違う状況になってたりするかな。

 それでもまた、由上さんに惹かれてしまうのかな。

 たくさんの人に焦がれている由上さんを遠くで眺めて満足して。それだけで……良かったんだよ、きっと……。

 優しくしてもらって、それに甘えちゃったから、こうなっちゃったんだ。

 もう何日も同じことが頭をグルグル回ってる。やめたいのにやめられなくて、思考の回廊をただグルグルと回るだけ。

 ちゃんと、距離を置かないと……。

 決意しても、離れたり拒んだりできなくて、また悩む。

 自分の人生にこんな悩みが生じるなんて、思ってもなくて、解決方法がわからない。やっぱり私は、あまり人と関わらないほうがいいんだ。

 こんななのに、津嶋くんはなんで好きになってくれたんだろう。初めて気持ちを伝えてもらったときから、もうすぐ一年になる。

 ――好きなんだよ、どうしても。無理だって、わかってても――。

 朝、津嶋くんに言ってもらえた言葉がよみがえる。

 嬉しいけど、好きになれたらいいのにって思うけど……。

 シャワーを止めて、お風呂を出た。身体は温まったけど、気持ちは冷えたまま。

 汚れた制服はママが回収してくれたらしい。いつも手間かけて申し訳ないな……。明日は私服で……汚れても大丈夫なやつで……。

 浴室ドアの前に置いたままの通学バッグを回収して、外していた眼鏡も回収してバッグの中のケースに入れて部屋へ戻る。ドライヤーを部屋でかけようと思い、いつもの場所に通学バッグを置こう……として、スマホの画面が明るくなっているのに気づく。裸眼で見えるかすかな視界に、メッセのアイコン、ぽいものが見えた。

 初音ちゃんかな……。

 送り主を思い浮かべながらぼやける文字を見て、息が詰まった。

「よしかみさん……」


sowa{なんか最近元気ないね?〕

sowa{俺で良ければ聞くよ?〕


 画面通知に表示されていたのは、私を気遣う言葉。

 ぼやけていた視界がさらにゆがみ、スマホの画面に水滴が落ちた。乾いていない髪からじゃない。私の目からこぼれた水滴。

 いままでのことが、いいことも悪いことも全部ごちゃまぜで、頭の中をグルグル回る。


 仲良くするのはいけないことなのかな。

 好きになってもらうためじゃない努力はしても無駄なのかな。

 いままで通りじゃ、だめなのかな……。


 答えが出ない自問自答が涙と一緒にあふれ出してくる。

 心配かけたくない。迷惑かけたくない。それでも、メッセを“既読”にすることも、返信することもできない。だって私は、もう由上さんから離れないとならない。

 手に持ったスマホの画面を伏せて、机に置いた。

 なにも見てない。なにも知らない。なにもなかった。

 そう思い込みながら、ドライヤーの電源を入れた。

 熱風になびいて髪が遊ぶ。風にさらされて乾いた涙のあとが、すこしひきつれたように感じる。

 そういえば最近、化粧水とかそういうの、なにもできてない。でももういいや。そういうのやる意味も、もうないんだし。

 なにもしない、なにも感じないようにしていればきっと、なにもなかったあのころのように、元通りになるはず。

 ふと浮かんだ由上さんの笑顔を、ドライヤーの風で吹き飛ばすようにして髪を乾かし続けた。

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