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Chapter.70

 放課後、机と椅子を教室の後方に移動させて、床を広くしてブルーシートを広げ、作業場を作る。

 部活がある人以外は教室に残って文化祭の準備を進めることになってる。

 本当はもう帰りたいけど、ここで帰るのは良くないってわかる。

 だから教室の片隅で、“耳喫茶”に使う装飾品をチマチマ作ってる。

「ミイナちゃん」

「初音ちゃん」

「私も一緒に作る」

「あ、うん。ありがとう」

 今日は部活がお休みな初音ちゃんが私の向かいに椅子を置いて、机の上に置かれた布の端切れを手に取った。

「みんなと一緒、苦手?」

「え、あ……うん、ちょっと……」

「そっか。買い出しももうあんまりなさそうだから、これからも一緒にやろ」

「うん、ありがとう」

「うん」

 初音ちゃんはニコニコしながら、カチューシャに布を付けていく。

「楽しみだね、喫茶店」

「うん、そうだね」

「一回やってみたかったんだよね」

「喫茶店?」

「もそうだけど、コスプレも」

「似合いそう」

「そう? あんまりやる機会ないもんね」

「うん。人生初だよ」

「そうだよね。ミイナちゃんはなに耳にするか決めた?」

「ううん? なんか、余ってるのでいいかなって」

「えー、消極的」

「くじ引きで当たっちゃっただけだもん」

「そっかー。じゃあ私選ぶ」

「いいの?」

「うん。ミイナちゃんも私の選んで?」

「もちろん」

 二人でえへへ、って笑い合ったら、少し気が軽くなった。

「そうだ。文化祭の準備落ち着いたらさ、三咲と、蒼和ちゃん誘ってまたファミレスとか行かない?」

「え、あー……しばらく、遠慮、しようかな」

「え、そう? っていうか……」

 初音ちゃんは声のボリュームを落として、顔を近づけた。

「蒼和ちゃんとなんかあった?」

 少し心配そうな声。そんなにわかりやすく避けてるつもり、なかったんだけど……。

「なにも、ないよ。ただ、その……」

 私の次の言葉を、待つ初音ちゃんから視線を外して、小さく言った。

「あんまり、甘えすぎるの、良くないなって……」

「……そっか……」

 初音ちゃんは納得してなさそうだったけど、それ以上掘り下げることはしなかった。きっとなにか事情があるんだってわかってくれたみたい。

 ごめんなさい、初音ちゃん。もう少し気持ちの整理がついたらお話させてもらうから……。

 由上さんは教室の中心で、喫茶店用の看板なんかを作ってる。周りには男女関わらず人が集まっていて、その中には美好さんや恵井(エイ)さん、(シイ)さんもいる。

 由上さんが女子たちと楽しそうにしてるの見るの、少し胸が痛い。きっと美好さんも恵井(エイ)さんも(シイ)さんも、他にも由上さんのことを気にしてる人たちも、私が由上さんとお話したりしてるの見ると、いまの私と同じような気分になってるんだろうな。

 だとしたら、やっぱり私が近づきすぎるのは良くない。

 “みんなの由上さん”の隣にいていいのは、私じゃない。もっと可愛くて、明るくて、みんなから好かれているような女のコ。それならみんなもきっと、納得できる。きっと、私も……。

 少しずつ離れるのなら、きっと私の心もあまり痛まない。私にはちゃんと、チェックした分の思い出がある。

 それでいい。大丈夫。

 由上さんに好きになってほしい美好さんと、由上さんと思い出が作りたかっただけの私じゃ、雲泥の差なんだ。

 やり方はともあれ、行動に移すことができる恵井さんと椎さんとも違う。ただ受け身なだけの私には、距離を置くことしかできない。

 高校を卒業したら……来年クラス替えで違うクラスになっただけでも、きっと接点はなくなってしまうから……距離を置くなら、早いほうがいい。

 動物の耳を黙々と作りながら、そんなことを考えていた。

 朝、話しかけてくれた由上さんから逃げて以来、ちゃんとお話していない。先週末から失礼なことばっかりだなって落ち込むけど、そういうのを繰り返していけば、由上さんもきっと、私のことなんか……。

「お、すごい。できてる」

 頭上から降り注いだ声にハッとする。由上さんだ。

「そー、ミイナちゃんが作ったんだよ。ね」

「う、うん」

 初音ちゃんが会話のきっかけをくれたのがわかる。でも私は決めた。もうあまり関わらないようにするんだって。だから、顔をあげられずに、手元を見ながら答えた。そうすれば、作業に没頭しているように見える、と思う。

「そっちは? 看板作ってるんでしょ?」

「うん、もう終わるから、任せてきちゃった。仕上げは細かい作業上手な人のがいいかと思って」

「蒼和ちゃんザツだもんね」

「そー。でもこっちも作業細かいか」

「そうだね。自分が付けるのくらいは作ってみたら?」

「そうだな。……いい?」

 由上さんの声が、二人に向けて、から私に向けて、に変わったのがわかる。

「は、はい……」

 断っても角が立つし、断る理由も見つからなくて、小さくうなずいた。

 すぐそばで椅子がガタガタ鳴る。由上さんが着席したのが横目に見える。

 胸が苦しいのはなんで?

 理由がわからなくて、鼻の奥が痛くなって。でもここで泣くわけにはいかなくて、私はますます顔を伏せる。

「蒼和ちゃんなににするの?」

「えー? ……うさぎ」

「バニーガールだ」

「ガールではないね」

「好きだっけ? ウサギ」

「んー?」

 由上さんは楽しそうに言いながら、私の前に手を伸ばして端切れとカチューシャを取った。細くて長い指は、いつもと変わらずキレイだ。

「好きってのもあるけど……」

「けど?」

「オレがいま……寂しくて、死にそうだから」

 その言葉は微笑みを湛えながらつむがれた。でも声色には寂しさが混ざっていて、私の心臓を小さく跳ねさせる。

「ふぅん? そうなんだ」

 初音ちゃんは私と同じように手作業をしながら由上さんの言葉を聞いている。けど、きっと私とはとらえ方が違う。いや……私の、勘違いかな……。きっと、深い意味なんてない。

 そう思うけど、胸が、胃が、ジクジク痛む。

 鼓動と連動して指先が震えてしまいそうで、動揺を気づかれないようにするだけで精一杯になる。

「なんだよ、全然興味ねーじゃん」由上さんは初音ちゃんのそっけない回答に拗ねた口調になった。

「うん、そうだねぇ。別にここで聞いていいなら聞くけど」

 初音ちゃんの回答に、由上さんは少し考えて、

「いや、また今度」

 苦笑交じりに言った。

「都合いいとき教えて? 三咲にも連絡しとく」

「うん、そうするわ」

「ん」

 初音ちゃんと由上さんのやりとりは熟練していて、二人が幼なじみで、初音ちゃんに立川くん(カレシ)がいるのを知らなかったら、付き合ってるんじゃないかって勘違いしてしまいそう。でも初音ちゃんみたいに可愛くて明るくてオシャレな女の子だったら、納得できるなって思う。

「で? 結局なににするの?」

「ん? うさぎ」

「あ、それは変わらないんだ」

「うん。オレ似合いそうじゃない? うさぎ」

「あー、うん。女子たちはキャーってなるだろうね」

「そういう目的じゃないんだけど」

「いまの蒼和ちゃんだったら、なにやってもキャーってなるだろうしね」

「うん、そういうの別にどうでもいいんだけど」

「うちのクラスとしては、そうなってくれたほうがいいじゃない。“売り上げに貢献!”って感じ」

「あー、まぁ、ねぇ」

 由上さんは関心なさそうに言う。

「天椙さんはなににするの?」

「あっ、えっ、えっと……と、特には……」

 初めて会話したときよりもひどい動揺を見せる私をとがめることもなく、由上さんがふっと笑みをこぼす。

「そっか。当日までに決めないとだね」

「そっ、そう、ですね……」

 さっき、初音ちゃんとお互いに選ぼうって決めたけど、なんでか言えなかった。いまの私はどうやら、由上さんとの会話を止めるための返答を選んでしまうみたいだ。

 接客か……。

 普通に人とお話することもうまくない私に、接客なんてできるのかな。でも人の口に入る食べ物を作るよりは、まだいいかも?

 メニュー数も多くないし、教室じゃなくて調理室で料理上手な人が作ったものを盛りつけたりするだけみたいだけど、小中学校の給食当番で等分に給仕するのが苦手だったから、やっぱり遠慮したい。

「なんか……あった?」

 考え込む私に由上さんが声をかける。

「え……」

 思わずあげてしまった顔、その目の前に、由上さんの心配そうな表情が見えた。

 息苦しくて、思わず表情がゆがむ。

 でも理由なんて言えない。だって、いまこうして一緒にいることだって……

「蒼和くん!」

 教室の中心から由上さんを呼ぶ声がした。

「ねぇ、これ見てほしいの」

 手招きしながら由上さんを呼んだのは、美好さんだ。

「ごめん、ちょっと、行ってくる」

 少しだけ億劫そうに席を立って、由上さんが移動した。

「はーい」

 初音ちゃんは作業をしたまま返事する。

 由上さんが離れたのを確認してから「あーあ」初音ちゃんが小さく言った。「また邪魔されてる」

「……どうしても、由上さんじゃないと、ダメだったのかも……」

「ミイナちゃんが邪魔されたって言ってると思ってるでしょ?」

「え?」

 違うの?

 言葉にする前に、初音ちゃんが少し困ったように笑った。

「交流を持ちたいのは、ミイナちゃんだけじゃないんだよ」

 幾通りにも取れるその言葉の意味を、自分に都合のよい解釈にすることができなくて、初音ちゃんに返答することも、モヤモヤした気持ちを晴らすこともできなかった。

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