表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/94

Chapter.69

 電車を降りてホームを歩いて改札を出て……遠くに学校が見えたら胃が痛くなってきた。

 夏休み中はあんなに嬉しくてドキドキできたのに、いまは心配のドキドキが強い。

 いや、学校は行くよ。つらいからって、休むわけにはいかない。親に無理言って通ってる学校なんだから。でも、由上さんに会ったら、どんな顔すればいいんだろう……。

 考えと一緒に、歩く速度が遅くなっていく。このまま止まってしまいそうなとき、

「天椙」

「っ!」

 背後から急に声をかけられて、身体がすくんだ。

「悪い、驚かせた」

 振り向いた目の前に立っていた私服姿の男性の名を呼ぶ。「津嶋くん……」

「うん。おはよう」

「おはよう……早いね」

「天椙もな」

「うん、ちょっと」

 人にあんまり会いたくないから、なんて理由は言えなくて、濁しつつ歩き始めたら津嶋くんも同じ速度で歩を進めた。

「もう大丈夫なの? 体調」

「うん、一応」

「あんまり無理すんなよ。文化祭の準備とかもあって忙しいんだからさ」

「うん、ありがとう」

 まだ誰もいない通学路を、二人でゆっくり歩く。なんとなく間が持たなくて、口を開いた。

「……偶然だね」

「……そう思う?」

「ちがうの?」

「違うよ」

 即答した津嶋くんの言葉に、思わず立ち止まった。

「心配で、でも一緒に行こうって言っても断られるだろうと思って、来るの待ってた」

 まっすぐな瞳がこちらを見つめている。

「迷惑だろうと思ったけど、止められなくて」

「め……迷惑なんて、そんなこと……」

 私が津嶋くんと同じ立場だったら、同じことしてたと思う。だから、迷惑だなんて思わない。

 津嶋くんはふと駅のほうを見て

「少し、違う場所で話さない?」

 通学路とは違う方向を指した。

「うん……」

 駅から出てくる人影とは別方向へ進む津嶋くんに着いて歩く。秋口の風が心地よくて、無意識のうちにしていた緊張がほぐれていく。

 学校から少し離れた道沿いで、津嶋くんが立ち止まった。このあたりだったらきっと、学校の人は誰も通らないと思う。

「寒くない?」

「うん……平気」

「風邪とかだった?」

「ううん? そういうのじゃなくて……病気じゃなくて……」

 精神的なものです……とは言えなくて

「病気じゃないから、大丈夫」

 結局具体的なことはなにも答えられなかった。

「……なんかあった? ……由上と」

 急に出た名前に、心臓が反応する。

「な、なにもない」

 由上さんとは、なにも……。

 うつむいて黙ってしまった私を、津嶋くんは見守ってくれている。

 どうしてそんなに、優しくしてくれるんだろう。津嶋くんも、由上さんも……。

「なんで……」

 由上さんには言えない言葉を、津嶋くんになら言えてしまう。それはどうしてなんだろう。

「好きだから、まだ」

 津嶋くんから放たれたストレートな言葉にドキリとする。

「“なんで優しくするの?”とかでしょ? 聞きたいの」

「う、ん……」

「優しくしたい相手だから。あとなんか、かまいたくなる。天椙は」

「そ、そういう、もの?」

「うん」

「そう、なんだ……」

 よくわからないけど、ありがたいことなのはわかる。私なんかにそんな感情を持ってもらえるとか、音ノ羽に入る前には考えられなかった。

「好きなんだよ、どうしても。無理だって、わかってても」

 無理……なのかな……。

 一年のときはそう思ってた。私なんかとそういう関係になっても、きっと幻滅させるだけだって。でもこんなに、ずっと想っててくれる人のこと、なんとも思わないままなんて……。

 黙って考えこむ私から津嶋くんは視線を外して、

「あとはきっと、由上がハッキリさせるだろうから、おれはなにも言えないけど……」

 うつむいて少し考えて、またこちらを見た。

「なにかあったら力になるから、連絡ちょうだい」

「……ありがとう……」

「うん。……一緒じゃないほうがいい?」

「え?」

「学校、行くの」

「あ……」

 そうだ、学校、行かなくちゃ……。

 考えた途端、胃がキリキリ痛む。

「できれば……一緒に行って、ほしい、です……」

 痛みに気づかれないように、うつむきがちに言った。背が高い津嶋くんからだったら、顔は見えないはず。

「うん。じゃあ、行こう」

 見上げた先に、津嶋くんの優しい笑顔があった。それだけで少し、安心する。

 ちゃんと自分のことを見て、尊重してくれる人がいるんだって。

 それがとても嬉しくて、ありがたかった。

 津嶋くんは文化祭で自分のクラスはなにをやるのか、自分はどんな役割を担っているか、夏休み中はなにをしてたか、なんて話をしてくれた。おかげで教室に着くころには、自然と笑みがこぼれるようになった。

 私のクラスの前まで送ってくれて、「なんかあったら連絡な」って念押ししてくれて、バイバイした。

 少し軽くなった気持ちと一緒に教室に入ったら、何人かの男子生徒と一緒に由上さんが談笑していた。

 ドキリと心臓が反応する。

 私に気づいた由上さんの口が『あ』と動き、周囲の男子に「ちょっとごめん」と断りを入れて席を立った。

 あっ、こっち来る……? どうしよう、どうしたらいい? でもいまなら教室に私以外の女子いないし、お礼だけ伝えて、あ、ファイル、お返ししないと……。

 急ピッチで動き出した思考に従って、通学バッグの中から慌ててクリアファイルを取り出した。

「天椙さん」

「お、おはようございます。これ、ありがとうございました」

「おはよ。いいのに、別に」

 ふっと笑って、由上さんは私が差し出したクリアファイルを受け取る。

「体調は? 大丈夫?」

「は、はい。もう、大丈夫です」

「そっか。送っていけたら良かったんだけど」

「いえ、そんな。お気になさらず」

 気遣ってくださるのはありがたいのだけど、誰か教室に入って来ないかって、見られたりしないかってヒヤヒヤしてしまう。

 誰かに見られたら、またなにか言われたりされたりするかも……って思ったら、挙動不審になってしまう。

「……なんかあった?」

「えっ……」

 驚いて、思わず顔をあげた。目の前に、由上さんの心配そうな顔。

 また胃が痛む。

 関わったら、どうしたって迷惑をかけてしまう。

 もういっそ、素直に言ってしまおうか。

 あなたと仲良くしてるから、嫌がらせされてます――って……言えるわけがない。

「……ぁ」

 口を開いたと同時に教室のドアが開いた。入ってきたのは恵井(エイ)さんと(シイ)さんだ。

 心臓がギクリと縮む。

「す、すみません」

 由上さんに頭を下げて、私はその場を去った。

 教室を出て、そのまま女子トイレの個室に入る。ここも嫌な記憶が呼び起こされる場所だけど、あのまま教室にいて、由上さんと喋ってるとこを見られるより、いい……んじゃないかな……。

 きしむ胃と胸を押さえてうずくまる。あともう少ししたらチャイムが鳴って、ホームルームや授業が始まる。そうしたら、誰にもなにもされない。だから大丈夫。

「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」

 かすれた声が小さな個室に消えていく。

「だいじょうぶ……」

 なにをされても、なにを言われても、それが由上さんに向かわなければ、だいじょうぶ……。

 繰り返し、呪文のように唱えていたら、個室の中にチャイムの音が響いた。重い身体をゆっくりと持ち上げ、ドアの鍵を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ