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Chapter.62

「家族旅行で、明日からしばらく来られなくなっちゃうんです」

 秘密の陽だまりで、久しぶりのコマゴメベーカリー謹製パンを由上さんと食べながら伝えたら、由上さんは少し寂しそうな顔になった、ように見えた。

「そうなんだ、いいね、家族旅行」

「ぱ……父が突然決めたらしくて、なにも聞かされてないんですけど」

「へぇ、そりゃ大変だ」

 由上さんはソーセージドーナツをかじりながら笑う。

「ん、これ旨いね」

「そうなんですよ、生地がちょっと甘くって」

「ソーセージのしょっぱさと合うわ。これパン生地じゃないよね」

「多分、ホットケーキミックスみたいなのですよね。ドーナツって名前ですし」

「あぁ、なるほど。少しカレーの風味もあるな」

「ソーセージにカレー粉がまぶしてあるって、商品紹介ポップに書かれてました」

「なるほど。そりゃ手間かかってるわ」

「そうなんですよ~」

 と、ひとしきり感想を言い合っていたら由上さんが笑った。

「どうしました?」

「いや、三咲(ミサキ)がいないと、思う存分感想言い合えていいなと思って」

「確かに」

 立川くんがいると、『深夜の通販番組みたい』って止められてしまうから、ちょっと遠慮してたとこある。

「コマゴメのパン、久しぶりだわ。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ、いただいてばかりで」

「いや、それはいいんだよ。オレの……勝手だから」

 珍しく口ごもる由上さんを見て、ふと笑みがこぼれた。

「じゃあ、私も勝手に、差し入れしたってことで」

「おあいこだ」

「です」

 ふふっと、二人で笑う。

 夏の陽ざしは暑いけど、それすら心地よく感じる。二人で過ごす穏やかな時間は、なににも代えがたい大切なものだって気づいたから、風に揺れる青葉も、それが地面に落とす影も、太陽を反射して光るガラス窓も、すべてが眩しく輝いて見える。

 それは由上さんがいるからで、きっと、由上さんに出会えていなかったら、私はこの景色を見ることができなかったと思う。

 同じ風景を見れたとしても、こんなに輝いてなかったんじゃないかな。

「もう、終わっちゃいますね」

「ん?」

「夏休み」

「あぁ、そうだね。今年はなんか、早かったな」

「はい」

 青い空を見上げる。いつの間にか鳴り響いていたセミの音がどこからか降り注ぐ。

 夏の太陽の熱さが終われば聞けなくて寂しくなるのに、いまは少しだけうとましくなるときがあって、とても身勝手だなと思う。

 私にとっての“好き”に対する考え方と少し似ている。

 誰かから好意を寄せられたら嬉しいけど、過剰だと少し困ってしまう。いつかうとましくなるかもしれない。

 けれどなくなったら寂しくて、また欲しいと求める。

 誰かを好きになってしまったら、自分の気持ちがうとましく思われるんじゃないかって、どこかで怖がっていた。自分を否定されたら、拒否されたら、きっと立ち直れない。

 それでも多くの人が“恋”や“愛”に焦がれるのは、それだけの魅力があるってことで、素敵なことで……私はこれから、それを知っていく。多分、きっと、この人と……。

「どしたの?」

 思わず見つめてしまっていた横顔がこちらを向いた。

「えっ、あ、いえ」

 慌てて前を向いて、手に持ったままのソーセージドーナツをかじった。

 同じ時間に同じ場所で同じものを食べることがこんなに嬉しくて幸せなことだって知ったのも、由上さんが一緒にいてくれたから。


 だから私は、由上さんが、好き……なんだ。


 心がウズウズ、ムズムズして、おとなしくしていられない。けれど一緒にいると落ち着けて、しみじみと幸せを感じる。

 もうこの先の人生で、こんな風に思える人には出会えないんじゃないかと思う。

 じゃあ、ずっと一緒にいるにはどうしたらいいんだろう。私はまだ子供で、近い将来である大学受験すらまだ始まっていなくて、だからそのずっと先のことなんて想像すらつかない。

 わかるのは、誰と一緒に過ごすのかが大事なんだなぁってこと。

 いつの間にか一緒にいることに慣れてきて、最初は緊張して味がわらかなかった飲み物や食べ物も、いまは由上さんと同じ時間を共有できてるってだけで美味しく感じるし、学校内のどこかで一人ぽつんと食べるお昼ご飯は、少し、味気ない。

「美味しかった。ごちそうさま」

「一緒に食べれて、良かったです」

 パンが入っていた袋をたたんで、さっき由上さんにいただいたイチゴミルクを飲む。ん~、美味しい。

 こんなに穏やかな時間が過ごせる私の人生、すごく幸せだなって思う。

 夏休みが終わって学校が始まったら、またきっと減ってしまうけれど、この記憶があればどんなことでも乗り越えていける気がする。

「来年のいまごろは勉強漬けかなぁ」

「多分……姉がいま、そうなので」

「お姉さん、いま高三?」

「はい」

「そっか~。連続だと親御さんも大変だろうね」

「そうですね、きっと。姉の高校受験のときは割とピリピリしてました」

「いまは?」

「両親も私も、姉も、割と気楽にしてますね」

「やっぱ慣れるもんかな」

「どうなんでしょうか……。由上さんのお兄さんたちは」

「うちは割と間があいてるからなぁ。一番上の兄貴は、オレが物心ついたときにはもう成人してたし」

「え、そんな上なんですか」

「そう。だから親も受験があるたびに『もう前のこと忘れた』って言って、でも割と放置というか……普段と変わらないかも」

「おうちによって色々あるんですね」

「そうだね。自分で管理しないとな~とは思うけど」

「さすがです」

「そう? もっと褒めて?」

 てへっと笑った由上さんが可愛くて、手放しに褒めたたえたら頬を赤くして

「も、もう大丈夫、ありがとう」

 と手で制されてしまった。

「なんか……変わった?」

「え、そうですか?」

「うん、なんか。いや、全然嬉しいんだけど」

 変わったところといえば、きっと、自分の気持ちに気づいたってところ。気づいて、自覚して、いましかないかもしれない時間を大事にしよう、って決めたこと。

 そうしたら、モヤモヤした気分が晴れて、なんだか素直になれた気がする。

 習慣づいてしまった敬語は消えないけど、それでも少し、緊張がほぐれて“素の自分”を出せてるんじゃないかと思う。

「図書館戻る? 帰る?」

「うーん、借りたい本があるかもです」

「じゃあ戻るか」

「帰りに寄りたいところがあるので、いつもよりは早く帰るつもりです」

「そうなの? じゃあある程度時間決めておくか」

「由上さん、お時間のご都合があるようでしたら」

「大丈夫。合わせるし、っていうか、今日も送っていくし」

「えっ、そんな、悪いです」

「いいよ。別にそんな時間かかるわけじゃないし……何日か会えないのは確定してるんだから……ねぇ」

 由上さんはなにか、言葉を濁すようにして、目先にいる猫ちゃんたちを眺めた。

「……ありがとう、ございます」

「うん。じゃあ涼みに戻るか」

 伸びをしながら由上さんが席を立ったから、私もそれに倣ってみた。

 雲一つない青空の下でする伸びが、こんなに気持ちいいんだって、初めて知った。

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