Chapter.63
「寄りたいところって、学校側? 地元のほう?」
「地元です。商店街にある、100円ショップに」
「あぁ、じゃあ、道案内はお願いしようかな」
「はい、おまかせください」
音ノ羽学園前駅のホームで電車を待ちながらこのあとの予定を決める。もしお付き合いとか始めたら、こんな風なのかなって想像して、思っていたよりしっくりきて、却って恥ずかしくなってしまった。
そんな思いを知らない由上さんは、いつものように小さな笑みを浮かべて隣にいてくれる。
いまの私の場所にいたい人、たくさんいるんだろうな。
ひと月と少し、学校生活をしていないからうっかり忘れてしまいそうになって、登校日にクラスメイトに囲まれる由上さんを思い出す。
私なんかでいいのかな、って思わないでいいように、もっと頑張ろうって、由上さんの隣にいると思う。
だって、すれ違う人とか一緒の車両に乗り合わせた人が、由上さんを見る。その視線が隣の私に移って、ふとそむけられる。思惑なんてないのだろうけど、やはり考えてしまうんだ。もっと可愛い女の子だったら、納得してもらえるのかなって。
いましかないかもしれないから、いまのうちに頑張らないと、って決意した隣で、窓から入る光に照らされ、由上さんが眩しそうに目を細める。
この“普通”が、とても愛おしい。
空気越しにほんのり感じる由上さんの体温にもっと触れてみたい。
ふと思ったことにハッとして、恥ずかしくて暴れそうになる。気づかれてないか心配で横目で見てみたら、同じようにこちらを見ていた由上さんと目が合って、慌てて逸らした。
あぁ、もう、恥ずかしいしもどかしいし……でも、嬉しい。
なにも話さなくても、ただ近くにいられるだけで嬉しくて楽しくて、安心できて、幸せで……もうこれだけでいいんじゃないかって。
じんわりと、身体の芯が熱くなる感覚。
この先、どのくらい一緒にいられるのかなって考えると少し寂しくて、悲しくなって、なんだか気ぜわしい。
「天椙さん」
「っ、はい」
「着いたよ」
「えっ、あっ、はい」
由上さんの隣にいられる嬉しさを噛みしめていたら、いつの間にか地元駅に着いていた。
慌てて立ち上がって、ドアへ向かう。なんだか足取りがギクシャクしてしまう。
「なんか考え事してた?」
「えっ……す、少し……?」
まさか、由上さんのこと考えてましたなんて言えなくて、誤魔化すような言葉になってしまった。
「困ったことあったら教えてね。なんか、力になれることがあるかもしれないから」
「ありがとうございます」
そのお気持ちだけで充分嬉しいです……!
思いがけない優しさに、顔が緩んでいく。デヘデヘとだらしなくなっているかもしれない。けど、なんかもう、いいや。
もうあまり、取り繕っても仕方ないような気がして、緩んだ顔のまま改札を出て、由上さんを道案内する。
「こちらです」
「おぉ。けっこうでかいね」
「はい、このあたりでは一番敷地が広いらしいです」
「へぇ~。オレもなんか見ようかな」
「ぜひぜひ。少しお待たせしてしまうかもなので、お時間都合悪かったら先に」
「だいじょぶ。終わったら声かけて」
言い終わる前に由上さんがさえぎった。買い物が終わるまで、一緒にいてくださるらしい。
「はい。では、ちょっと」
「うん。店の中にはいるけど、見つからなかったらすぐ電話ちょうだい」
「は、はい」
ペコリと頭を下げて、店内で一時解散した。
天井からさがってる売り場案内を見て移動しつつ小さく振り返ったら、由上さんが陳列棚を眺めてなにかを探していた。天井からは【おもちゃ】のプレートがさがっている。
一方的に待たせるだけにはならなさそうと安心して、でも一人のときより少し急ぎめに目当てのものを物色した。
* * *
欲しかった、クマちゃんのリングを飾るためのケースを買って、店内にいるはずの由上さんを探す。あ、いた。
棚の合間に見えるピンク色を頼りに近づいて行く……と、由上さんが誰かと喋っていた。
お知り合い……? いや、そういう感じでもなさそ、あ。
由上さんは私に気づくとパッと表情を明るくして、手を振りながら
「光依那」
私の名前を呼んだ。
えっ、えっ、えっ???
驚いてあたふたしていたら、
「彼女来たんで、すみません」
喋っていた女性のかた(多分年上の、キレイな人)に頭を下げて、私のほうへ歩み寄ってくる。
「行こっか」
「あ、う、うん」
なんとなく、敬語は良くない気配を察知して、うなずきながら由上さんと一緒に店を出た。
「天椙さん、めっちゃナイスタイミングだった! ありがとう!」
「い、いえ……なにか、お困りでしたか……?」
「あー、えーっと……ナンパ? されてた」
「えっ? 由上さんがですか?」
「うん……そう」
ナンパって男性が女性に声をかける行為だという固定観念があってビックリしてしまったけど、確かに女性から男性に声をかけるってこともあるよね。
っていうか、ナンパされてた……んだ。
「な、なんだかすみません」
「えっ、なんで。助けてもらったんだし、なんで謝るの」
「私が寄り道なんてしなければ、そんなこともなかったでしょうし」
「あぁ、いや、それは全然」
歯切れの悪い言葉が不思議で首をかしげたら、由上さんはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「割と、あるから。そのー……ああいうの」
“ああいうの”……と口の中で転がして、ようやくなにを指しているのかがわかった。
「ナンパ、ですか」
「あー、うん……高校入ってからは、割と」
「そうなんですね……」
なんて言いながら、そうだろうなぁ、って思った。由上さんかっこいいし目立つし、さっきみたいにキレイな、自分にちゃんと自信があるような女性だったら声かけちゃうよ。
「ってかごめん」
「え?」
「名前、呼び捨てにして」
「……あっ、そっ、そう、でした……」
ナンパのワードが強くて、衝撃的だったのに記憶から飛んでしまっていた。
思い出したら急に恥ずかしくなった。っていうか、
「下の名前、憶えててくださったんですね」
率直にそう思ったから言ったら、由上さんがきょとんとした。
「いや、そりゃそうでしょ。覚えてるよ、そりゃ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
恥ずかしくて、ドキドキして、由上さんの顔を見れなくなってしまう。
しばらく無言のまま歩いていたら、
「ねぇ」
由上さんに呼びかけられる。
「はい」
「寄ってかない?」
指さした先を見ると、そこには小さな公園があった。
園内では小さな子どもたちとママさんたちが思い思いに楽しんでいる。その一角、比較的人が少ない広場に陣取り、由上さんがさっきの100円ショップで買ったというシャボン玉で遊ぶことになった。
シャボン液が入った一つの入れ物に、5本の吹き棒が入ったセットの中から、一本の吹き棒をもらった。
「はい」
差し出されたシャボン液の入れ物に棒の先をさしこんで、そっと息を吹き込む。液体がフワッとふくらんで、光を受けて虹色に光りながら空中に浮いた。
「おー、でかい」
「わぁ……キレイです」
「オレもやろー」
由上さんも同じようにシャボン液に棒を漬けて、空中に向かっていくつもの小さなシャボン玉を送り出した。
「おー、すげぇ」
「わー! 可愛い!」
「久々だけど楽しいね!」
「はい! 由上さんもこどものころはこういうので遊んだんですか?」
「うん。水に洗剤とかしたやつとかだけど」
「私もやりました。なんだか懐かしい」
「そーだよね。オレも高校生になってシャボン玉ふくらますとは思ってなかった」
由上さんが笑うその後ろで、色々な大きさのシャボン玉が空気に乗ってふわりと舞っている。
その光景は一枚のポートレートのようで、目に焼き付いた。
* * *




