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Chapter.51

 午後も無事ロフトの席を陣取ることができて、由上さんと一緒に勉強した。特に会話があるわけじゃなかったけど、同じ空間で同じ時間を過ごせていることが嬉しくて勉強もはかどった。


 休み期間中の図書室は食堂と同じく、15時で利用時間が終わる。

 室内に退室を促すアナウンスが流れ始めて、私たちは後片付けを始めた。

 バッグを肩からさげて、図書室をあとにする。部活組ももう引き上げてるみたいで、校庭には誰もいなかった。渡り廊下を歩いているとき、裏庭で佇んでいる猫を見つけた。いつも体育館付近で見かける茶トラの猫だ。

 陽だまりで毛づくろいをしていたから、気付くかなぁって思いながら手を振ると、茶トラちゃんは毛づくろいを一時中断して足をあげたままこちらを一瞥し、また毛づくろいに戻った。

 いつも遠巻きに見るだけだけど、十分に可愛い。

「猫、好き?」

「好きです。父がアレルギーなので飼えないですけど」

「そっか、そりゃ残念だね」

「はい。いつか飼えたらいいなぁって思うんですけど……大事な命なので、気軽にはできないなって」

「そうね。協力してくれる人がいたらいいけどね」

「やっぱり一人暮らしだと難しそうですよね」

「工夫すれば大丈夫かも。猫は散歩とかいかなくてもダイジョブだし、割と気ままに生きてる感じ」

「お詳しいんですね」

「うちにいるから、猫」

「えっ、そうなんですか!」

「うん。母親が好きで、オレが子供のころからずっと」

「いいなぁ~」

 心底思ったから声にも感情が乗りすぎて、由上さんがふっと笑った。

「ホントに好きなんだね」

「はい。でも触れ合い方が良くわからなくて、いつも遠くで眺めているだけです」

 そういう点では、出会った当初の由上さんと同じ存在だなぁって思う。

「……天椙さんになら、いいかなぁ……」

「?」

 ぽつりと言った言葉の意味がよくわからなくて首をかしげたら、由上さんがこちらを向いた。

「明日さ、晴れたらまた学校で会わない?」

「は、はい、ぜひ」

「じゃあ、11時ごろに会おう。学校着いたら連絡ちょうだい。もし朝になって都合悪くなったら教えてね」

「はい。わかりました」

 なんて約束をして、駅で別れた。

 すごく自然だったけど、そんな風に約束をするのは初めてで、部屋に戻ってから時間差でドキドキした。


 日記には今日も由上さんの名前が綴られる。由上さんが言ったこと、由上さんと喋ったこと、由上さんと一緒にしたこと……高校に入ってからの日記は、もうほとんど【由上さん記録】のよう。

 由上さんの影響力、効果絶大。

 そしていつものようにチェックリストを指でなぞるけど、一緒の時間が増えても黒い四角が増えることが減ってきた。

 今日もないや……。

 一瞬、寂しい気持ちになって、いやいや、それは違うでしょ、ってツッコミを入れた。チェックリストはあくまで目安で目標で、だから項目が埋まらなくてもガッカリすることなんてない。それは贅沢だよ。

 そう思うけど、指でなぞるうちに(今度はこれかな)(これなんて実現しやすいんじゃない?)なんて思ってしまう。

 良くないなって思うけど、それがやる気の源になっているのも事実で……。

 パタンとルーズリーフを閉じて、クローゼットに向き合った。

 明日、なに着ていこう。

 手持ちの服を見比べながら、コーディネイトを考えた。


 * * *


 翌日、良く晴れた空を見上げながら学校へ向かう。受付で利用手続きをしようと申し出たら、出された紙にはもう由上さんの名前が書かれていた。

 わ、待たせちゃった。

 少し慌てて、並木道の片すみに立ち止まり、由上さんにメッセを送った。


〔おはようございます。}みーな

〔学校、着きました。}みーな


 ほどなくしてメッセの通話呼び出し画面が表示される。緑の丸いアイコンをタップして、電話に出た。

「はい、天椙です」

『由上です。おはよう』

「おはようございます」

『いまどのあたり?』

「並木道を校舎に向かって歩いてます」

『そしたら、校舎に入る前に脇道に入ってほしいんだけどさ』

「はい」

 由上さんの指示にしたがって歩いていく。途中で立ち入り禁止の表示があったけど、由上さんに言われてそこも進む。と、訪れたことのない小道が見えた。

『そこの建物沿いを左に入ったとこにいるから、静かにおいでよ』

「はい……」

 “静かに”の意図があまりよくわからないけど、あまり音を立てないようにそっと建物を曲がる。

「あ」

『お』

 お互いの姿を確認したところで、通話を終えた。手招きされて近付いて、由上さんが指差した方向を見ると……

 ふぁー!!!

 叫びたくなる気持ちを“握った右手を振る”ことに変換して、由上さんを見る。私の反応に由上さんは満足した顔でうんうんうなずいた。


 由上さんが指した方向に、猫の集会場所があったのだ。


 ここは校舎裏。コの字の建物に囲まれた広場に、太陽の光が燦々(さんさん)と地面を照らす。そこで十匹近い猫たちが思い思いにくつろいでいる。

 まるで楽園のようなその光景に、私の表情はデレデレゆるみっぱなし。

 はわー!

 私の右手は無意識のうちに空気を揉みしだいている。

 さわさわ、触りたい……!

 しかしこちらから距離をつめたら逃げてしまいそう。かといってご飯で釣ることもしたくない。そもそも持ってきてないし。

 絶妙な距離感の人間()と猫。

 きっとギラギラ輝いているだろう瞳で由上さんを見上げると、由上さんは少し困ったように笑った。

「とりあえず、座らない?」

「あっ、あっ、はい」

 由上さんが立っている位置には、誰かが持ち込んだのか鉄製のベンチと丸いテーブルが置かれていた。テーブルを挟んで横並びに座る。背中には建物の壁、目の前に猫だまり。最高の環境だ。

「いいでしょ、ここ」

「いいですね、ここ」

「探索中に偶然見つけてさ」

「探索……」

「入学したてのころね。やっぱ色々知っときたいじゃん」

 確かにその気持ちはわかる。私には行動力が足りないからやらなかったけど、由上さんならフットワークも軽そう。

「先生に聞いたらここ、旧校舎なんだって。老朽化でいまは物置になってるらしいんだけど」

「そうなんですね……」

 だから、学校案内にも載ってないんだ。

 猫だまりを満喫してから辺りを見回したら、確かに普段から人があまり立ち入っていない雰囲気だった。

「通行止めとかしてあるし来るまでの道がちょっと複雑だからさ、誰も知らないみたいで」

「確かに」

「オレの隠れ家」

 由上さんが笑う。その笑顔は少年のようで、いつもの冷静沈着な由上さんじゃないみたいだ。

「勉強もいいけど、たまには息抜きしないとね。とか言ってオレが図書室通いだしたの昨日からだけど」

「良かったんですか?」

「ん? なにが?」

「隠れ家……私なんかがお邪魔してしまって」

「天椙さんならいいよ。誰かに言いふらしたりとかしないでしょ」

「それは、まぁ……」

 言いふらすほど親しい人もいないし……という言葉は気を遣わせるだろうから飲み込んだ。それに、由上さんとの秘密は、独り占めしたい。

「それに、オレも昨日、ロフト教えてもらったし」

 お返しってこと? だとしたら、由上さんってなんだか可愛い……。

 また新たな一面を見つけて、由上さんの魅力がまた増えた。

「少しくらいだったら音立てても逃げないから」

 なるべく静かに動く私を見て、由上さんがおかしそうに言う。確かに、いくら耳がいいとはいえ、この距離ならとっさに逃げるようなこともしなさそうだ。

「向かいの建物沿いに行ったとこが住宅地のほうに続いててさ」

 由上さんが正面の遠くを指す。

「そこの飼い猫とかが散歩に来てるみたい」

「そうなんですね」言われて見れば、首輪をしているコもいる。「車とか危なくないといいですね」

「うん。そこまで広い道路もないから大丈夫みたいだけど、心配は心配だよね」

 荷物を膝に抱えて前のめりで猫ちゃんたちを見ていたら、隣から視線を感じた。

 そっと横を向いたら、由上さんがニコニコと私を見ていた。

「ホントに好きなんだね」

「う、はい……。それとは別に、憧れみたいな気持ちもあるかもしれません」

「飼えないから?」

「そうですね。小学生のころ、飼育係とかもやってましたけど、さすがに猫はいませんでしたし」

「確かに。野良は警戒心強いしね」

「はい。だから実際さわったことはなくて……調べたことないのでわかってないだけで、もしかしたら私もアレルギーだったりするかもです」

「そりゃ大変だ。早めに調べておいたほうがいいよ」

「そうですね……。由上さんはおうちに猫ちゃんいるってことは、大丈夫なんですよね」

「多分ね。ウチ、犬猫あわせて七匹いるから、もしアレルギーだったとしたら大変なことになってると思う」

「七匹……! いいなあぁ……!」

 うらやましすぎて思わず出てしまったタメ口に慌てていると、由上さんは心底嬉しそうにニヘラと笑って「見る? 写真」サルエルパンツのポケットからスマホを取り出した。

「見ます!」

 鼻息荒く身を乗り出したら、由上さんがスマホを操作して画面を見せてくれた。

「かわいい……!」

 大声で猫ちゃんが逃げないよう、口を押えて音量を絞る。

「でしょ?」

 由上さんがテレッとした笑顔で画面をスライドしていく。

 七匹のうちの何匹かがお団子になっている写真が続いたあと、七匹の犬猫に埋もれて眠る由上さんの写真が表示された。途端「あっ?!」慌ててホームボタンを押し、スマホを引っこめた。

「自撮り……じゃないですよね……?」

「兄貴が勝手に撮ったっぽい。全然気付かんかった……」

 照れくさそうに苦笑いする由上さんが可愛らしい。

「仲良しなんですね、お兄さん」

「最近はね。さすがにケンカはしなくなったかな。弟とはするけど」

「へぇ、そうなんですね」

 なんだかあまり想像できないけど、由上さんにもそういう一面があるんだよねって改めて感じる。

 でもきっと、兄弟と姉妹じゃ関係性とか距離感とか違うだろうな。

「子猫のときも写真とかもあったかも」

「えっ、見たいです」

「ちょっと待ってね」

 由上さんは無防備に画面を私に見せながら操作をしている。どうやら犬猫の写真フォルダらしいけど、果たして見てしまっていいのだろうか。とか思いつつ、私の視線は画面に注がれている。

 最近のものから遡るカメラロールの写真群の中に、一枚だけヒトが混ざっているのが見えた。

 えっ。

「あっ」

 由上さんの慌てた声とともに、画面が真っ暗になる。由上さんが電源ボタンを押したからだ。

「……見た?」

「……そのような気がします」

 その言葉の対象となっているのは、フルーツサンド越しに微笑む私の写真。だったはず。きっと。多分。

 一瞬だったし、見間違いかもしれない。だって小さな画面が何分割かされたうちの一枚だし、移動していたし、動体視力も良くないし……。

 でも確かに記憶に残っている。そのときのことを書いた日記、こないだの春休みに読み返したばかりだし。

 しかしまさか自分が写りこんでしまっているとは思わなかった。せっかくの写真なのに申しわけない。

「移動すればよかったですね」

「えっ?」

「まさか写りこんでるとは思わなくて……すみません」

「いやっ、いやいやっ、えっと……うん、承知の上で撮ってるから、大丈夫」

「そう、ですか」

「そう、です」

 少しの沈黙。

 なにか、どこか、会話がかみ合ってなかったように思うのは、私の思い上がりだろうか。

 家に帰ったら日記を読み返してみよう。

 そう思いながら、お互い何事もなかったかのように前を向いた。

 陽だまりの中の猫ちゃんたちは毛づくろいを終えて、思い思いのラクな姿勢でくつろいでいた。

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